レプタット村へ
※12月9日誤字修正しました。ご報告すみません!
翌朝、私はレプタットへ向かう馬車の前で両親にお別れを告げていた。
「トモシビ……」
「せめてあと一週間……数日でもいいからいられないの?」
「うん」
私を見送る両親は物凄く悲しそうだ。
夏休みはそんなに長いわけではない。
もう出発の準備はしてしまったし、せっかくだからレプタットにも行ってみたい。
「いつまでも子供じゃないのねえ……」
「トモシビ……」
「あなたも何か言ってあげなさい」
「トモシビ……」
「ダメねこれは」
お父様はさっきから泣きそうな声で私の名前を連呼するだけである。
「お父様」
「トモシビ……」
「しゃがんで」
「トモシビ……ッ!?」
私の身長に合わせたお父様の首筋にハグしてあげた。
加齢臭がする……けど懐かしい匂いである。
感謝して欲しい。私を抱きしめられる男など実の父親だけなのだから。
アスラームにお姫様抱っこされたのは不可抗力である。
「トモシビ……大きくなったな」
「いえ、トモシビは変わっていないはずです」
「く、空気読みなさいよ……」
スライムが余計なことを言ってエクレアに窘められている。
「じゃ、行くから」
「気をつけてね。ちゃんと寝る前に歯を磨くのよ。お腹出して寝たらダメよ。エステレアの言う事をよく聞いて、お友達に迷惑かけないようにして……」
「大丈夫」
まだまだ続きそうなお母様の言葉を遮って馬車に乗り込んだ。
「トモシビちゃんのお父さんとお母さん良い人だったね」
「本当にね、それに強かったし」
「トモシビ様のご両親なら聖母様と聖父様ですからね」
そんなガラではないと思うが、何にせよ馴染んでくれて良かった。ただ私は一つだけ心残りがあった。
「お嬢様、アイナさんの事を考えておられるのですね」
「……うん」
最後にアイナにお別れを言えなかった。もう私の中では彼女は本物の幼馴染になっている。
彼女は私がいなくなった後どうするのだろう?
働いてもいない。学校も行ってない。
一人寂しくまた引きこもるのだろうか? そう思うと私は我が事のように不安になるのである。
「ああ、アイナなら」
「私がどうした?」
「……アイナ?」
御者席から顔を出したのは誰であろう、そのアイナだった。
「私も働くことにしたんだ、王都でな」
「昨日いきなり押しかけてきて何事かと思ったけどね。王都に新しくお店を出すからそこで働けるよう頼んだんだよ」
「行動力すごい」
「親友には負けるさ!お前らには安く売ってやるからぜひ来てくれよな!」
「か、勝手に値引きしたら困るよ」
本当に、この行動力でなんで引きこもってたんだろう?
何にせよ案外逞しくて安心した。
どうやら王都までは御者をしてくれるらしい。ずっと一緒だ。素直に嬉しい。
「これで心置きなくレプタットに旅立てますね、お嬢様」
「うん」
レプタット村はフェリスの故郷だ。まだ見ぬ地に胸が踊る。
「楽しみだわ、フェリスの故郷」
「うう、そんなに期待するとがっかりするよ?」
フェリスの耳が垂れている。
久しぶりの帰郷だというのに、あまり帰りたくなさそうである。
レプタットまでは2日ほどかかる。
ゴールドマングループという大企業の隊商だけのことはあり、私達の乗る馬車の他にも何台もの馬車が連なっている。
しかもそれですらゴールドマングループの旅団の一部だと言う。
セレストエイムからレプタットまでは南方の街道をひた走る事になる。
王都付近とは違って森林が多く、街道も森を通ったりする。
森林地帯も初めは楽しかったが、見通しが悪くて次第に飽きてきた。
景色に変化がないのだ。
窓の外もあまり見なくなった頃、馬車が止まった。
魔物である。
危険地域は避けているとはいえ、魔物はこういう場所を好むものだ。
「フェリスさんの言う通り、大蛇がいるみたいだね」
前方の馬車からヨシュアが帰ってきた。
突然馬車が止まったので原因を確かめに行ってくれたのだ。
大蛇の魔物が道を塞いでるようだ。
確かめるまでもなくフェリスの耳で知ってた私達は既に戦闘態勢である。
「倒してくる」
「あ、待って」
出て行こうとする私を止めるヨシュア。
「うちの私兵に任せてほしいんだ」
「私兵ですか」
「うん、みんな腕利きだよ。お客様に戦わせたとあっては彼らも立つ瀬がないからね」
「へー見てみたいわ。それくらいならいいでしょ?」
私も見てみたい。私達は退治した魔物の質では世界有数だと思うが、まだ戦い始めて半年も経ってない駆け出しでもある。
ここらでプロの仕事を見る機会があっても良いだろう。
馬車を出て前方へ向かうと、数人の男女が戦っているのが見えた、
大蛇は10メートルくらいだろうか?
あまり変わった特徴がないので魔物か普通の動物か見分けがつかない。
「弱そうな魔物ですね」
「こ、これで弱そうなの?」
今までの似たような形の相手……ミミズやスカイサーペントと比べると赤ちゃんみたいなサイズだ。
ヨシュアが驚いているのを見ると、私達の感覚も随分狂ってきたのかもしれない。
ヨシュアの私兵は大蛇の攻撃をうまくかわして、攻撃を繰り出している。
その中の一人の男性が噛みつきにきた頭の下に潜り込み、剣で顎から頭を貫いた。その一撃が決め手になったらしい。大蛇はビクビクと痙攣して動きを止めた。
洗練された動きだ。
「けっこうやるでしょ? ご領主様にすら勝ったお嬢様達から見るとそうでもないかな」
「そうでも……ある」
あの人達、強化を使ってない。ただの身体能力だけであの強さだ。
魔導レンズの式を移植した透明な″窓″……シーカーとでも名付けようか。それを通して見れば魔力が動いていないのが分かる。
「そのお嬢様が坊ちゃんのコレですかい」
と言って小指を立てたのは戻ってきた私兵の一人だ。髪の毛をチョンマゲみたいにした男性である。
「そ、そんなんじゃ」
「違います」
「違うわ」
エステレアとエクレアに力強く否定されてヨシュアは俯いた。
「ふーん、それならあっしがもらいますかい」
「は?」
「えっそれは……困るよ」
「そういうのが小児性愛者っていうんだよね?」
「そうですね、その通りです」
「いやいや将来性ですよ。この子は後1年もすれば美人になりますぜ」
1年で何が変わるというのか。まごう事なきロリコンである。その発言で逆に本物確定してしまった。
「失礼な、貴方がお嬢様を審美する事こそ百年早いのです」
「私は今でも世界最かわ、よく見て」
「おっと……? こいつぁ……」
「や、やめて下さいよ。彼女嫌がってるじゃ……嫌がってないけどやめて下さいよ」
ヨシュアは私を庇うように立ち塞がる。チョンマゲは何かを振り払うように頭を振った。
「なら坊ちゃんが早いとこモノにしなせえ。その子は魔性だ。ライバルは星の数ですぜ」
「ま、魔性?」
「モノに、したいの?」
「ううっ……」
ヨシュアの顔を覗き込む。
彼は顔を真っ赤にして何かを言おうとするがうまく言葉にならないようだ。
「それで正解です。お嬢様をモノにするなど神をも恐れぬ行為と知りなさい」
「まさにですね」
「やれやれ、坊ちゃんも大変ですな」
ヨシュアはガックリしている。
この反応で彼の気持ちに気付かないほど私は節穴ではない。
とはいえ、やはり私の方は彼に恋心などないわけで、モノにしようとされても困るのだ。
そう考えると私にとってもヨシュアはそのままでいてくれるのが正解なのだった。
馬車の旅はいつもの王族用というわけではないが、世界を旅しているだけのことはあり快適なものだった。
それでも前世のように宿やコンビニが整備されているわけではない。
つまり今日は見晴らしの良い場所で野宿しなきゃいけないという訳だ。
野宿と言っても馬車の中なので特に困るわけではないのだが。
「お嬢様達6人はここね。狭くてごめん」
「全然いい」
「お嬢様との密着感が高まって大変よろしいですわ」
「エステレアさんいつもですけどね」
「いつも密着……」
私たちを交互に見るヨシュア。何を想像しているんだろうか。
「ではお嬢様のお体をお清めしますので……」
「お清めって?」
「服脱いで体拭くのよ」
「目瞑ってて」
「そ、そ、そんなの……出てくよ!」
ヨシュアは何かに追い立てられるような勢いで馬車を飛び出していった。
楽しい反応だ。
私は早速服を脱いで上半身裸になると、背中を拭きやすいように髪の毛をまとめて前に流した。
「あ……」
アイナが手で顔を隠した。
そして指の間からチラチラ見る。
「お嬢様の小悪魔ちゃんにも困ったものです」
「今のはちがう」
「あ、あいつ、親友でエロい事ばかり考えてるんだよ!」
「……アイナさんもですよね?」
かく言うクロエもそんな感じな気がする。
でもエロ妄想なんて男なら大体やるだろう。
世界最かわを自負するこの私も当然妄想のネタにされるはずだ。
男などそんなものだ。本当に襲ってくるわけでもなし気にならない。
いや、気にならないどころか、楽しくなってしまう。
相手の気持ちを知りながら応えるわけでもなく、弄ぶようなことばかりする私は小悪魔なのだろうか?
でも他にどうすれば良いのか分からない。だって誰も告白してくるわけでもないのだ。つまりは相手も今までの関係を続けたいということだろう。グレンやアスラームなんかもそう思っているのだと思う。
レプタット村は森の中にある不思議な村だった。
通常、この世界では森の中に村など作らない。魔物が潜んでいることが多いからだ。
舗装されていない道路に木で出来た家々。
その中の一つ、他のと比べても立派な二階建ての家の前で私達の馬車は止まった。
そこがフェリスの家だそうだ。
「じゃあ、私らは馬車置きに行くからな!」
「ありがと」
アイナとヨシュアはここまでだ。
他の馬車は村外れの宿に停めてある。2人もそこに行くのである。
フェリスはドアの前で何やら躊躇っている。
そうしているとガチャっとドアが開いてフェリスをロングヘアにしたような猫耳の女性が出てきた。
「誰だにゃ、こんな馬車で……フェリス?」
「た、ただいま」
「フェリスにゃ!?帰ってきたのかにゃ!」
「うん、友達連れてきた……から」
「友達にゃ!?いっぱいいるにゃ!」
にゃあにゃあ言ってるのは方言か何かだろうか?
フェリスお母さんはコホンと咳払いをして続けた。
「よく来てくれたにゃ。汚い所だけど上がってくださいにゃ」
「これお土産、食べて」
「ありがとうにゃ!小さいのにしっかりした子にゃ!」
「どういたしましてにゃ」
「と、トモシビちゃん!」
方言が感染ってしまった。
わざとではない。
「これがレプタット弁なんですか?」
「ううん、うちだけ……」
「家伝の方言なの……?」
「でも可愛い話し方ですわ、お嬢様の次に」
よく分からない伝統だ。
フェリスは恥ずかしそうだけど、可愛いから私は良いと思う。
フェリスの家には今はお母さんしかいないのかな?
と思ったら、奥から大きな二足歩行の猫が出てきた。
これも可愛い。
これがフェリスのお父さんなのか。少し羨ましい。
「早く家に入るにゃ、面倒なのが……」
フェリスのお父さんは挨拶もなしに言う。
少し焦っているようだ。
フェリスが何か答える前にドタドタ足音が聞こえて来た。
通りの向こうから猛スピードで近づいてくる。
やがて玄関の前に姿を現したのは、ダチョウのような生き物に乗った牛男だった。
そいつは口元を嫌らしく歪めて言った。
「やっぱりフェリスか」
フェリス父はため息をついた。
レプタット村は獣人の村ですね。
獣人じゃない普通の人はヒューマンと言います。
獣人は差別とかはされていませんが、ケモミミ少女はヒューマンにモテるので男余りです。




