知らない親友
セレストエイムの食事について語るならば、東方貿易のおかげで王都よりもスパイスが効いていて味が濃いのが特徴と言える。
決して裕福な土地ではないので一般家庭では豆とかイモばかりだそうだが、領主である私の家はもう少しマシなものを食べていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様!!」
夕食を取るべくダイニングに入った私は思わずたじろいだ。
ズラリと並んだお屋敷の使用人やお父様の部下達が声を揃えて一斉に挨拶をしたのである。
このお屋敷には当然、私達一家の他にも何人も使用人がいる。
あまり姿を見せないのは、私達家族の居住スペースと公的なスペースを分けているからだ。
ちなみにエステレアは別だ。私が懐いているエステレアだけは食事も一緒に取っていた。
「あ、ありがと……ただいま」
私は思い切って声をかけてみた。今の私はこのくらいなんでもないのだが、昔から知ってる人にはそれだけで照れ臭いものである。
彼らが驚愕で一瞬固まった。
「いちいち驚かずとも良い。トモシビは学園で委員長をしているそうだ。今すぐにでも私の後を継げる器がある」
一番大騒ぎしていたお父様が偉そうに言う。
夕食は私の好きなものばかりだ。
メインは野菜がたっぷり入ったバタークリームスープにスパイスの効いた煮込みハンバーグだ。
「学園は……どうだ?」
ハンバーグを口に運びながら、お父様が抽象的な質問を投げかけて来た。
「たのしい」
「そうか」
「ふふふ、お友達のおかげかしらね。たしかフェリスさんは同い年なのよね?」
「は、はい」
「トモシビといつも一緒にいるって書いてあったわ。色々あったんでしょう? 詳しく教えてもらってもいい?」
「じゃあ、入学式でトモシビちゃんと出会ったところから……」
フェリスの話す私は10割増しくらいで美化されている気がする。表情に出ないせいか私が内心テンパってるのに冷静沈着に対処した事になっているようだ。
フェリスの説明をみんなで補足しながら話した。例によって私はスクリーンショットを見せていく。
楽しいイベントの話はにこやかに、戦闘パートでは身を乗り出して聞く両親。
ゴブリンにミミズにイカクラゲにケルベロス、悪魔像、オーガの群れ、その顔がだんだん強張ってきた。
「お前達、いつもそんな危ない事してるのか?」
「うん」
「でもトモシビちゃんがいたから大丈夫でした」
「考えてみると大体トモシビ様がなんとかしてたわ」
「それは何よりだが……」
「あなたの時もそんなんだったの?」
「いいや、生命の危機を感じるようなものはたまにしかなかった」
たまにはあったのか。
両親は学園の方針に疑問を持ち始めたらしい。
スカイサーペントはいわば災害だ。危険だとはいっても事故のようなものであり、神出鬼没の空飛ぶ怪魚など対策しようがない。しかし学園が意図的に命の危険を作っているというなら話は別という事だろう。
無理もない。アルグレオの話を聞く前は私もそう思っていた。
……いや、聞いても普通は納得する理由になんかならないとは思う。勝手に親善試合に出されることになって、意図的に危険な目に合わされていたなんて普通は怒る。
私が変なのかな。
翌日の朝、慣れ親しんだベッドで惰眠を貪っていた私は、コンコンというノックの音で目を覚ました。
「入るぞ? トモシ……ビ……」
入ってきたお父様は私の部屋の惨状を見て言葉を失った。
エステレアに全身でしがみつかれてキャミソールが半脱ぎになっている私の横で、フェリスがにゃあにゃあ甘ったるく鳴きながら寝ている。私が尻尾の付け根あたりを無意識に弄っていたからだ。
エクレアはあられもない格好で私の太ももに顔を埋めている。
毛布がないのは床に落ちてるクロエが全部持って行ってるからだ。
「……入ってこないで」
お父様は固まった表情のままゆっくりドアを閉めた。
友達がお泊まりしている娘の部屋を許可なく開ける父親がいるだろうか?
残念ながらいるのだ。ここに一人。
「エステレア、おきて」
「……失礼いたしました。ただ今朝食のご準備致します……クロエ」
エステレアはすぐに起きた。妙な乱れ方をしている服を直すと、クロエを足で転がして起こす。
「あう……え、エステレアさん、もっと優しく起こして下さいよ……」
「メイドが主人の毛布を奪い取るなど言語道断です」
挨拶して出て行く2人を呆然と見送るお父様。朝なのに髪から服からきっちり身支度を整えてるあたり、なかなかどうして、貴族していると思う。
「お前達……いつもそんな事をしているのか?」
顔を横に向け、目をそらしながら言うお父様。
とりあえずフェリスとエクレアにはシーツを巻きつけてみたのだが余計に扇情的になってしまっただろうか。
なんかまた勘違いされてる気がするけど、勘違いかどうかも微妙なデリケートな話題なので私はとぼけることにした。
「……そんな事?」
「いや、いい……剣の稽古をしないか? トモシビ」
「またわざと負けるから、やらない」
「そんな事を言うな。せっかくお前が剣を覚えたのだ。父と汗を流そうぞ」
お父様は私と稽古できるのが嬉しくてたまらないらしい。
私も嬉しくないことはないのだが、手加減されすぎて全然稽古にならないのが不満だ。
それに今日は予定がある。
今日は一日歩き回ってセレストエイムを案内するのだ。朝から体力を消耗してたら、猫耳少女におんぶされるお嬢様の姿を民衆に晒してしまう事になるかもしれない。
「お父様一人でやって。見ててあげる」
「そうか……では見ててもらおうか、父の本気を」
「すごい」
「すごいぞ。朝食を取りながら見るがいい」
「うん、その代わりお小遣い、お願い」
「おお良いぞ良いぞ。いくら欲しい? 好きなだけ持っていきなさい」
何がその代わりになっているのかは分からないが、今日はみんなと出かけるので入り用なのである。大したお金じゃないけど、そのくらいは甘えても良いだろう。
むしろ甘えておねだりするとお父様はやたら嬉しそうにするのだ。
冒険者や騎士団のおじさん連中もそういう傾向が強い。
おじさんとはちょろいものである。
セレストエイムは朝から騒がしかった。張り切って汗を振りまくお父様を大道芸を見るみたいに眺めた私達は、まず町の中央、広場の方面に向かった。
何か飾り付けをしてる人がいる。
どうやら、お祭りの準備をしているらしい。
「何かのお祭り? やっぱり王都とは違うのね」
「これはお嬢様が戻られたお祝いですわ」
「そ、そこまでやるの?」
驚くエクレア。
またお父様の思いつきか。
彼女によると、このお祭りは一週間続くらしい。
最後に私の誕生日パーティーをやる手はずになっているとのことだ。そういえば、今年の私の誕生日は帰れないから夏休みにやるって言ってた気がする。
それにしても、娘が夏休みで帰省したからといって国を挙げてお祭りする親がいるだろうか?
恥ずかしい限りだが、しかし領民には笑顔がある。積極的に楽しんでいるみたいだし、経済効果もありそうだ。
それに私のことを祝ってくれるのは素直に嬉しい。
「おい、お嬢様だ、トモシビお嬢様」
「ほんとだ、おーい!」
「トモシビ様ー」
領民が手を振っている。
私がそっと手を振り返すと男女問わず歓声を上げる。
「トモシビ様はやはり慕われてるんですね」
「すごいね、全然外にでなかったって言ったのに」
「人と会うの、苦手だったから」
「お嬢様はあえてお姿を隠す事で神秘性を高めておられたのです。それによって逆に全領民の期待に応えて見せたのです」
たしかに引きこもってたら神秘的で人間離れした才女みたいなイメージが勝手に作られていた気がする。
なんだか言われてみるとそんな気がしてきた。
「なるほど、さすがはトモシビですね」
スライムは鞄の中だ。
エステレアに日傘をさしてもらいながら5人と1匹で町を歩く。
私が出かける前と町はどれくらい変わったのだろう?
引きこもっていたので正直なところわからない。
ただ私の記憶にある町並みとは結構変わってはいる。
最後にこの辺を歩いたのはいつだったかな。
「あ……トモシビお嬢様?」
郷愁に浸っているとまた声をかけられた。
領民だと思って振り向く。
私と同じか少し上くらいの少年だ。
なんか見覚えがある。
この癖のある金髪。たしかずっと昔に……お屋敷で会った。豪商と会食をしたときだ。
「…………ヨシュア」
「ああ!そうだよ!覚えててくれたんだ!」
「どなたですか?」
エステレアも会ってるはずだが、彼女は覚えていないようだ。
「失礼しました。ヨシュア・ゴールドマンと言います。昔一度お屋敷で夕食をご馳走になりまして、その時にトモシビお嬢様にお会いしました」
ハキハキと喋るヨシュア。記憶が蘇って来た。そうだ。あれがきっかけで私は世界に興味を持ったのだ。
全然お喋りできなくて落ち込んだ苦い記憶だが、彼に対しては悪い気持ちは全くない。全然反応のない私に懸命に話しかけてくれたのはよく覚えてる。
「ああ本当に覚えていてくれて嬉しいよ。少し二人きりで話せるかな。話したいことがいっぱいあるんだ」
「今は……ダメ」
「申し訳ありませんが、お嬢様は先約がございます」
エステレアがちょっと不機嫌そうに言った。今日は3人に町を案内する予定なのだ。
「じゃあ明日、明日のお昼はどうかな?」
「明日は中心街を案内されます」
「なら明後日、は僕も仕事があるから……三日後はどう?」
「その日は幼学校にて講演を行う予定がございます」
「こ、講演……?」
お互い予定が合わない。
久しぶり会ったのに申し訳ないけど、私も皆や家族と過ごす時間は大切にしたいのでそういう予定はキャンセルできない。
「じゃあそうだ。君の誕生日パーティーに行ってもいいかな? どうしても君と話したいんだ」
「ぜひ、来て」
許可するまでもなく誕生日パーティーには誰でも来られる。断る理由なんかない。大歓迎だ。
彼の熱を帯びた表情に私は懐かしくなってしまった。
彼と出会った時の事を思い出す。
ほとんど相槌すら打たない私と話して楽しかったんだろうか?
「おい」
「え?」
突然、彼の背後から剣呑な声が聞こえた。
女の子の声だが話し方は荒い。
ゆっくりとヨシュアの背後霊みたいに姿を現したのは三つ編みの少女。
私と同じくらいの年だと思う。
この子も見たことある。
「私になんか言うことはないのか」
「……久しぶり?」
「それだけか!? あとは!?」
「落ち着きなさい、お嬢様がお困りです。たしかアイナさん……でしたね?」
「そうだよ!」
「この子もトモシビちゃんの知り合いなの?」
そんな名前だったのか。
彼女とは何回も会ったが話したのはこれが初めてだ。
こんな態度を取られる筋合いはない。
いや、そもそも会ったというか……。
「毎朝、窓の外に立ってた子」
「……お知り合いじゃないんですか?」
「立ってただけ」
「それって、ただの不審者?」
「何度も見つめ合っただろうが!」
「ちょっと待って、君、トモシビお嬢様の親友じゃなかったの?」
「親友だよ!」
やばい人だ。
セレストエイムでの私の日課と言えば、勉強と魔術と本と窓の外を眺めることだった。
眺めてどうするわけでもない。
ただ外に想いを馳せていただけだ。
そんな私の視界によく入り込んでいたのがこの子である。
時に歩きながら、時に立ち止まりながら、時には木陰からこちらをじっと見ながら、毎日毎日私の視界にサブリミナル画像みたいに飛び込んでくる女の子。
たまに庭に忍びこんでいたのでメイド達につまみ出されてた。
まさか親友と思われてたとは考えもしなかった。
彼女は私の肩を掴んでガクガク揺らし始めた。
「私を捨てたくせに、この女達はなんだよ!?」
「や、やめて……」
「離れなさい、このっ!」
「何なの? 何でトモシビ様のこと親友だと思ってたの?」
「そうだよ、話した事もないんでしょ?」
「だって……だって、私だけがトモシビの気持ちが分かるんだ!トモシビだって同じはずだ!」
エクレアに羽交い締めにされ、エステレアに関節を極められた少女が叫んだ。
「だって学校に行ってなかったのは私とトモシビだけじゃないか!」
彼女は私と同じだったらしい。幼学校にも行かず、友達もおらず、外にも出ず。
そんな彼女は、同じように家に閉じこもってる領主の娘のことを知った。つまり私の事だ。
ひょっとしたら領主の娘も自分と同じなのではないか? そう思って、思い切って外に出てみたという。
それからは私も知っての通り、窓の外でウロウロして私と交流した気になっていたそうだ。
なるほど、たしかに私の気持ちが分かるのは彼女だけだったのかもしれない。
私が一念発起して魔法学園へ行き、彼女はこのセレストエイムに一人取り残されたわけだ。
ちょっと可哀想になってきた。
私にはエステレアがいたけど彼女にはいなかった、だから私のところへ通ったのだ。
「なんか、ごめん」
「わ、分かってくれたらいいよ」
「なんでこの、ヨシュアさんと一緒にいたんですか?」
「成り行きで……」
「こいつトモシビに横恋慕して付きまとおうとしてたんだよ、親友の私が見張ってやろうと思ってな」
「なっ……僕はそんなんじゃ」
随分と活動的な引きこもりもいたものである。彼女も私みたいに変われたのだろうか。
どうやら私は故郷にも親友がいたらしい。それはそれで喜ばしいことである。
「じゃ、ヨシュア、アイナをお願い」
「え?」
「二人で、私の誕生日パーティーに来て、まってる」
「え、あ、うん」
「任せろ親友!」
この押しかけ親友も友達を作れば良いのだ。私はまた王都に戻らなきゃいけない。こんなに私に依存してたらしい彼女が今までどうやって過ごしてたのかは知らないけど、私が行っても楽しく過ごしてほしいと思う。
セレストエイムは田舎ですが人口は多いです。
気候が温暖なので毛布がなくても暖かいものにしがみついていればあまり寒くないです。




