赤子扱いされました
※12月3日、誤字修正しました。ご報告ありがたいです!
久しぶりに会った両親はあまり変わっていなかった。
街道が開通したのが数日前、私が王都を発ったのも数日前だ。
どうやら手紙と同時に来てしまったらしい。お父様はよほど慌てていたのかつけ髭がずれていた。
お客さんが来るのに準備する時間も与えないなんて、ちょっと悪い事をしてしまっただろうか。
お客さんとはフェリス、クロエ、エクレア、それにスライムの事である。
私の帰省には皆も一緒に来る事になったのだ。
少し前、私達がいつものカフェでお喋りをしていた時のことだ。夏休みの予定の話になり、私の帰省にクロエとエクレアが付いて行くという事になった。
「私はトモシビ様のメイドとして是非ご挨拶に」
「私も騎士見習いとして……」
「エクレアは孤児院の手伝いがあるっしょ」
「で、でも行ってみたいわ」
エクレアはトルテとアンに懇願するような顔を向けた。
「はぁ……行ってきなよ。私達の代わりにセレストエイムを見てきてよね」
「いいの!?」
「帰ってきたらなんか奢れよ」
孤児院の手伝いはアンとトルテがやってくれるそうだ。そこまでして来てくれるのは私としてもとても嬉しい。
「トモシビちゃん、私も行ったらダメかな……?」
「レプタットはいいの?」
おずおずと申し出るフェリス。嬉しいけど、彼女にも故郷がある。私に付いて来て大丈夫なのだろうか。
「村には後で帰るから……私もセレストエイムに行ってみたいよ」
仲間外れみたいで嫌だったのかもしれない。フェリスが来てくれるなら大歓迎である。私は二つ返事で了承したのだった。
そんなわけで私は5人と1匹で帰省する事にしたのだ。
懐かしの我が家に上がって私の部屋に案内する。
私の家の匂いだ。
部屋はそのままだった。ちゃんと掃除はされているようだ。埃が積もった様子はない。
「適当に、座って」
「わぁ〜、トモシビちゃんっぽい部屋だね」
「トモシビ様の香りがするわ……」
寮と同じサンダーウールの絨毯に、大きな鏡、クローゼットいっぱいの服。ほとんど一回しか着てない。
見せる相手なんか両親とエステレアだけだったから、なんとなく着なくなってしまった。
今も体型変わってないから着られるはずだ。持っていこうかな。
それからベッド。
向こうとは違って落ち着いた木のベッドだ。
ベッドには猫のぬいぐるみがいくつか。
「やっぱり猫好きなのね」
「そういえば、寮にはぬいぐるみありませんね」
「フェリスがいるから」
「私もトモシビちゃんと寝ると安心するよ」
フェリスの手触りに勝てるぬいぐるみはないだろう。
私が最初にぬいぐるみを持って行かなかったのは、子供っぽく思われるのが嫌だったからだ。エステレアに頭撫でられるのも拒否していた。無理して背伸びしてたのである
ぬいぐるみを撫でる私をスライムが興味深そうに見ている。
私は帰ってきたのだ。
たった数ヶ月前だけど、なんだか何年も経った気がする。それだけ成長したということだろう。
感慨に耽っているとドアが開いてエステレアが入ってきた。
「お嬢様、奥様がリビングでお話を聞かせてほしいと」
「わかった」
片付けは済んだようだ。私達はリビングに降りていった。
私の手紙を両親はあまり信じてなかったらしい。
王都を救ったとか、戦いの様子とかをあんまり自慢して書くのもどうかと思ったのでサラッとスカイサーペント2体倒したと書いたのだが、逆に疑わせる結果になったらしい。
スクリーンショットを見せながら話したら驚愕していた。ようやく信じてくれたようだ。
「最初から信じて」
「す、すまん」
「まさかトモシビがそんなに強くなってるとは思わなかったのよ」
「まだ強くない。みんなのおかげ」
「おお……聞いたか? なんて謙虚な娘だ」
「天使……! 天使だわ……! エステレアの報告の通りね」
「はい、お嬢様は学園でも本当に天使で……たまに小悪魔ちゃんでしたわ」
「小悪魔だと! 仔細を!」
両親のこの……なんというか、強烈な愛情も久しぶりだ。昔は普通だと思ってたけど、客観的に見るとやっぱりおかしい。
普段しっかりしてるお母様もたまにこうなるのだ。
フェリス達はエステレアで慣れてるらしく生暖かい目で見ているが、お客さんそっちのけで盛り上がるのは少々無礼である。
私は一つ苦言を呈することにした。
「お父様、お母様」
「なんだ?」
「私のことは後にして、ちゃんとお客さんと、お話ししなきゃ、だめ」
「と、トモシビ……お前……!」
「こんなことって……! ああ……エステレア!」
「はい、お嬢様にとって他人への思いやりとは湯水のように湧き出るものなのです」
それは普通では……?
私はサイコパスか何かとでも思われていたのだろうか。
「ああもうどうしましょう……ちょっとテンアゲしすぎたわ。ええと、クロエさんはトモシビのメイドなのよね?」
「は、はい、まだ見習いですが……」
「じゃあ、ちょっとお茶入れるの手伝ってもらってもいい? 」
「もちろんです!」
クロエとお母様は台所に消えていった。私が卒業してここに帰ってきたらクロエも来る事になる。お母様は今から慣れてもらおうと思っているようだ。
……まあ、まだずっと先のことだけど。
一日一日がとても長く感じるのだ。
子供だからかな。それとも密度が濃いせいか。
前世では一年なんてあっという間に終わっていたのに。
「ときにエクレア君は騎士になりたいそうだが、なぜトモシビを選んだのか聞いてもいいだろうか?」
お父様はエクレアに面接官みたいなことを聞き始めた。
「え、ええと、トモシビ様の下でなら私の能力が最大限に活かせると……」
「トモシビでなくても良いのではないか? なぜトモシビの下でなら活かせるのだ?」
「それは……その」
「圧迫面接、しないで」
「トモシビ……そんな難しい言葉まで覚えたのか!」
お父様の中の私は3歳児くらいで止まっているらしい。
王都に行く前より酷くなっている気がする。
「……と、トモシビ様が好きだからです!!」
エクレアが顔を赤くして叫んだ。
お父様は鉄面皮を少し綻ばせた。
「その言葉が聞きたかった」
「うぅ……その、私はトモシビ様に騎士になれって言われて契りを……」
「分かっている、もう良い。君は剣が得意と聞いている」
「はい……」
「少し試してみても?」
「は、はい!」
このセレストエイムの騎士団を統括してるのはお父様だ。お父様は剣の達人で、魔物でもなんでも自ら先頭に立って戦うらしい。
騎士達に稽古をつけることもよくある。
残念ながら、そのあたりは私には一切遺伝しなかった。
模擬刀を持って出て行く2人。
私達は庭に移動して2人の戦いを見守った。
「痛っ……」
「もう一度だ、剣を拾いなさい」
エクレアの剣は合わせること数回で弾き飛ばされた。エクレアは剣技なら私達の中で最強だ。やっぱり私のお父様は強かったのか。
エクレアが負けて悔しいような嬉しいような……天秤のように気持ちが揺れる。
お母様とクロエが持ってきてくれた紅茶を飲みながら観戦する私達。
「あの人、エクレアさんが気に入ったのかしらね」
「そうなんですか?」
「ちょっと楽しそうにしてるでしょう?」
言われてみればそうかもしれない。
エクレアはそのまま10分くらい打ちのめされた。お父様は息も乱していない。エクレアは歯を食いしばって何度もかかっていく。
だんだん私の気持ちは悔しさに傾いてきた。
エクレアのことだけではない。
私はお父様とこんな風に剣を合わせた事はない。本気で相手してもらった事などないのだ。
「お父様」
「なんだ?」
「次は私」
「おお、トモシビもやるか」
私だって剣の練習はしていたのだ。少しくらいは見てほしい。
私が打ち込む剣を我が父は腕を動かすだけで防いでいく。
当然だ。
エクレアですらあしらわれていたのだから私の剣が通じるわけがない。
しかし私はそれでも楽しかった。稽古をつけてもらうなんて初めてだ。
お父様も笑みを浮かべている。
よし、次は魔術も混ぜてみよう。
何が良いかな?
私がそんなことを考えながら適当に打ち込んだ剣は、なぜかお父様の肩口にポコっと当たった。
「ぬう!やられた!」
……?
わざとらしく痛がりながら肩を押さえている。
「トモシビは強いな、父は負けてしまったぞ」
「さすがはお嬢様!稲妻のごとき打ち込みでした!」
「ま、まさに鬼神です! 本気のトモシビ様がこれほどだなんて!」
「……」
「なぜお父上はわざと負けたのですか? トモシビのご機嫌取りですか?」
「しー……ちょっと黙ってなさいよ」
空気を読まないスライムをエクレアが止める。
これはあれだ。幼児をあやすためにわざと負けて見せるやつだ。
泥を塗られた気分だ。このプリティフェイスに。
「ひどい」
「どうしたんだ? トモシビ」
「わざと負けた。私は真剣なのに」
こんな屈辱は初めてだ。実の親に、まるで赤子を相手するかのように舐めプレイであしらわれたのだ。
いや、初めてじゃなかった。わりと無数にある。
「お嬢様がお怒りになられるのも無理はありません。真剣勝負で手を抜かれるなど」
「エステレア、今お前も乗っていたではないか……」
「やったのはあなたでしょう、責任転嫁しないの」
責められているお父様。
私の頭をエステレアが撫でる。
「たしかにやろうと思えば勝てた。だが私にはできなかった。なぜかわかるか? スライム君」
「なぜ……? いえ、分かります。私と同じですね」
「そういう事だ」
どういう事だろう。
愛する者には攻撃できないとでもいうのだろうか。
いやそれはそうなのかもしれないとは思うけど、なんか釈然としない。
「しかしトモシビと稽古ができるとは思わなかったぞ。力はないが剣筋には合理があった」
「私は百戦れんま、だから」
「そうか、トモシビはすごいな」
お父様はむくれている私を抱き上げた。
この子供扱いだ。ずっとこれが治らないから釈然としないのだ。
猫のように嫌がる私。
しかしお父様は下ろさない。
ああ……なんか私も幼児退行してる気がする。むくれて見せているのだって、自分では矛を収められないからだ。甘えているだけである。
私が怒ろうが暴れようが両親は私を包み込んで安心させようとするだけだ。
精神的には最初から勝負になっていない。
なんだかんだで私は両親には勝てないのであった。
トモシビちゃんの精神年齢はそこまで低くはないと思います。ただペルソナ的なものが幼げなのでそこに引っ張られることはありそうですね。




