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お嬢様の帰還

※三人称視点になります



「あなた!トモシビから手紙が届いたわ!」

「なにっ」



執務室で書類に落書きをしていたブライトは思わず立ち上がった。

待ちわびていた手紙だ。

なんでも魔物が大量発生したとかで街道が封鎖されていたらしい。そのせいで今までトモシビの安否確認すら出来なかったのだ。

自分がいれば一日で魔物など皆殺しにしてやったものを。これだから昨今の若者は。

などと理不尽な怒りを抱くブライトだが、彼にはそれが許されるだけの腕はあった。


ブライトには政治がわからぬ。

ブライトはセレストエイムの領主だが政治は苦手だ。内政は妻と大臣にほとんど丸投げし、自分は脳筋で暮らしてきた。

領主のくせにそれはどうかと誰もが思っているが、ずっとそれで上手く回っているのである。



「何と書いてある?」

「待ちなさい、ええと……お父様お母様、お元気ですか。私は普通です」

「普通か」



トモシビが元気に走り回ってる姿など想像できなかった。10秒で息切れするだろう。かと言って、元気でないと言うほどの問題はないらしい。ブライトは得心した。



「それから……驚かないでね」

「なんだ?」

「クラス委員長になったらしいわ。大抜擢よ、王女様がいるのに」

「……そうか」

「あら、嬉しくないの?」

「あの愚王ですらなれたのだ。トモシビなら普通だ」

「普通、ねえ」



普通なわけがない。彼は内心歓喜していた。

だが一方でやっぱりという思いもある。トモシビは家でゴロゴロしてるだけなのに領民からは異様な人気があった。

あの神秘的な美貌はカリスマの一種であろう。

そもそも魔法戦クラスはほぼ全員が脳筋の塊なので、昔からキレ者の頭脳派か飛び抜けた強者が委員長になるのである。ブライトの言う愚王とは現王の事だが、彼も理性的な頭脳派だった。口では愚王などと悪態をついているが彼の事は認めているのだ。



「エステレアの報告によると男子からの人気も高いみたいね、ファンクラブもあるらしいわ」

「無理もないな」

「それに、バルカ家の子息やチンピラの頭目に一方的な好意を向けられており目が離せません……だって」

「なに!?」

「落ち着きなさい、トモシビは女の子にしか興味ないから問題ないわ」

「……それは問題ないのか?」

「それこそ普通よ今時は。慣れなさい」



前にも同じ事を思ったがブライトは無理やり納得する事にした。セレストエイムは田舎なので今時の風潮には疎いのだ。ステラが問題ないと言うならブライトは口を挟まない。


どうやらトモシビは思った以上に学園生活をエンジョイしてるらしい。

初めて友達とゲームをした、初めて水着を買いに行った、初めてプールに行った、初めてバカンスに行った、初めて遺跡を探索して未発見の隠し部屋を発見した、などなど。

日記のようにいちいち全部書いてある。

よほど楽しかったのだろう。

不覚にも目頭が熱くなった。



「どうしたの?」

「……いや」



上を向いて涙を堪えるブライトに向かってステラが面白そうに声をかけた。

あの、ただの一人も友達がいなかったトモシビが。幼学校すら行かず、同年代とまともに話もできなかったトモシビが。

ああ、朗読会を開こう。この感動を領民全てで共有するのだ。いや、それだけでは足りない。教科書にも載せよう。

ブライトはまた余計な事を思いついた。



「最近は新種の魔物を飼ってるんだって、スライムって言うらしいわ」

「魔物だと? 大丈夫なのか?」

「スライムは……森を破壊したり地脈を吸い上げたり人類を家畜化しようとしたりする不定形の知的生物だけど良い子です、だって」

「どの辺が良い子なんだ?」



宇宙からの侵略者にしか聞こえない。

魔王の方がまだましに思える。



「エステレアによると、トモシビに服従してるらしいわ。スカイサーペントを倒したトモシビに恐れをなしたそうよ」

「スカイサーペントだと?」

「ええ……二匹倒して勲章の話があったらしいけど、スライムの助命と引き換えに辞退したらしいわ」

「なんだそれは……」



荒唐無稽な話である。スカイサーペントは並の化け物ではない。魔法を一切通さぬ表皮に巨大な体。空を飛び雷を呼ぶ伝説の魔物だ。

あれを倒したと言う話は聞いたことがない。

本当ならトモシビは歌になって語り継がれるくらいの英雄だ。

たぶんスカイサーペントというのは勘違いで、似たような魚の魔物だろう。ブライトはとりあえずそう考えることにした。



「それで、そのスライムとお友達を何人か連れて来るから準備してほしいそうよ」

「どういうことだ?」

「だから、トモシビが帰ってくるってことよ」

「なに? いつだ?」

「……今日ね」



パカパカと蹄を鳴らしながら表に馬車が駆け込んで来た。







「ご主人様奥様ただいま戻りました。さあ、お嬢様」



最初に馬車から降りて来たのはエステレアだ。

髪が伸びたせいかなんだか美しくなった。

そして彼女の手を取って降りて来たのは……相変わらず輝くように可愛い娘だった。



「トモシビ!ああ……!エステレアもよく無事で!」

「お母様」

「エステレア、よくトモシビを守ってくれた。トモシビ……少し背が伸びたか?」

「いえ、お嬢様は1ミリも変化ありません」

「そ、そうか」

「お父様……ふふふっ」



感動の再会である。

トモシビは口元を隠してモジモジしてる。嬉しくて笑ってしまったのだろう。なんだこの可愛い生き物は。

数ヶ月振りに会った娘は頭がどうにかなりそうなくらい可愛かった。

ブライトは抱きしめて頬擦りしながら叫び散らしたくなったが、どうやら客がたくさんいるらしい。

彼は顔中の筋肉を固めて真面目な顔を作り、威厳を保つよう務めた。

続いて3人の女の子が降りて来た。



「猫耳がフェリス、黒いのがクロエ、赤いのがエクレア……それで、これが私のお父様と、お母様」

「はじめまして、フェリスです」

「く、クロエです。トモシビ様のメイド見習いをさせて頂いております」

「エクレアです!トモシビ様の騎士……見習いです!」



口々に挨拶をする3人。ブライトとステラも挨拶を返す。

たしかフェリスが娘と寝た子で、クロエは娘達の絡みを見て楽しむ子、エクレアは娘と契りを結んだ子……とブライトは記憶している。

彼は想像より普通の女の子達である事に安堵した。

だが、それも娘の荷物から這いずり回るように出てきた冒涜的な肉塊を見るまでだった。



「これがスライム」

「スライムと申します。見ての通りトモシビ配下の魔物です」

「……んん?」



これがスライムか。少なくとも喋り方はまともに感じる。ブライトは深く考えないことにした。



「失礼した。娘の配下なら何も問題はない。どうか寛いでほしい」

「ありがとうございます」

「まあまあまあ、どうしましょう、トモシビがお友達を連れてくるなんて。何も用意してないわ」

「手紙も今着いたところでな」



用意する暇もなかったのである。客をもてなすには部屋を片付ける必要がある。



「とにかく上がって……私の部屋にいるから、呼んで」

「あ、ああ……」



屋敷に消えていく5人と一匹。

ブライトは思わず刮目してしまった。

あのトモシビが先導している。率先してリーダーシップをとっている。

見た目は全く変わってないが心は成長しているのだ。ブライトはあまりの愛おしさに執務室で転げ回りたくなった。



「転げ回る前に掃除しなきゃね、あなたはメイドを呼んできてちょうだい」

「ああ、わかった」



ブライトに自然に命令を下す妻。トモシビもいずれこのようになるのかもしれないと彼は少し心配した。


トモシビが帰ってきたのだから、本来なら休んでるメイドも総出で並ばせて『お帰りなさいませお嬢様』などとやりたかったのだが、急すぎて出来なかった。

ならせめてすぐに片付けて夕食会を開こう。ブライトは早速使用人と部下達を集めた。







トモシビお嬢様が帰ってきた。

その報せはすぐに領内を駆け巡った。

ある者は歓喜し、ある者は成長した彼女に胸膨らませ、ある者は特に何もなかった。

トモシビは引きこもりではあったが、その人気はむしろ領主である父親より上である。

たまに顔を見せるだけでほとんどの領民を虜にしていた。

神秘的な美貌、学校にもいかずに全教科満点で卒業した能力、このセレストエイムからただ一人グランドリア魔法学園へ入学する魔法の才能、どれを取っても違いすぎた。別世界の人間、この世の主役、住んでる世界が異なる存在だった。

実態はともかく、領民からはそう思われていた。



「一週間後にトモシビ・セレストエイム様誕生日パーティー……か」



自分が行ってもいいのかな。

ヨシュアはその報せを見て考えた。

彼の家は商人だ。セレストエイム人ではなく、各地を渡り歩く貿易商である。彼はセレストエイムの者達とは違って等身大のトモシビを見たことがある。

彼がトモシビに出会ったのは数年前、領主の屋敷で開かれた会食の席のことだった。







「トモシビ・セレストエイム……」



クリクリしたウサギみたいに真っ赤な瞳の少女は見事なカーテシーをしながらそう名乗った。白い肌と髪の毛に赤が映える。

とんでもない美少女だ。

彼は一目で恋に落ちた。



「あ、あの……ええと、トモシビお嬢様って呼んでもいい?」

「いい」

「良かった。それでその……トモシビお嬢様は普段何してるの?」

「色々」

「そ、そう……」



無愛想すぎる。彼女は視線を前方に固定したまま無感情な声で答えるだけだ。こちらを見向きもしない。

これは嫌われているのかもしれない。

彼はがっかりした。



「ごめん、話しかけられるの鬱陶しかったかな? もうしないから……」

「……うっとおしくない」



彼女は初めてこちらを向いた。大きな目が不安そうに揺れている。そして彼女の膝の上で握り締められた小さな手。よく見るとその手が震えていた。

そして懇願するような声で言った。



「もっと、おはなし……して」



そうか、彼女は緊張しているのだ。彼女は体が弱くてあまり外に出られないと聞いていた。人と会うことも滅多にないらしい。

緊張して当然だ。

男として自分がリードしなきゃいけない。純朴な少年ヨシュアはそう思って奮い立った。


それから彼は一方的に話した。

家族で世界中を巡っている身だ。幼いながらも豊富な旅の思い出を話した。

各地で食べた美味しいものや綺麗な景色、珍しい動物や文化の話。

彼女はほとんど黙っていたが、心なしか目を輝かせながらそれを聞いていたように彼には感じた。







その思い出は彼の心の中心で燦然と輝いている。

成長したトモシビお嬢様に会いたい。会いたくて仕方ない。

でも本当に昔のことだ。パーティー会場で会ったとしても気付いて貰えるだろうか? 彼には自信がなかった。声をかけて忘れられていたら立ち直れない。

でも……彼女はあの時、またねと言ったのだ。



「だったらまた会わなきゃ……」



未だ純朴な少年ヨシュアは久しぶりに奮い立った。また世界の話をしてあげたい。例え何の言葉もなくても、反応はあのクリクリ動く目だけで十分だった。



「あいつめ、本当に帰ってきたのか……」



……なんだって?

悪態をついたのは茶色い髪をおさげにした女の子だった。彼とは同年代に見える。

まさかこのセレストエイムでトモシビの悪口を聞くとは思わなかった。

彼は不愉快になった。



「何見てるんだよ?」



ヨシュアは絡まれた。じっと見てるのがバレたようだ。口の悪い女の子だと内心思った。



「いや……君はトモシビお嬢様の帰郷が不満なのかなと思ってさ」

「不満なわけじゃないさ」

「じゃあ、何なの?」

「あいつはな……!」



彼女の顔が怒りに染まって行く。



「私に……親友のこの私に一言もなく王都に行ったんだよ!!」



この少女と長い付き合いになるとはこの時ヨシュアは夢にも思わなかった。



最初の方は今までのあらすじ代わりです。


ちなみにこれまでスカイサーペントを倒した人はいませんでしたが、追い払った事例はけっこうありました。

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