変わらない私の世界
※10月31日、文章校正しました。
幼い頃、″俺″には出来ないことなんかないと思ってた。
どんな無茶も平気だった。失敗して痛い目に会ってもすぐに立ち上がった。
たとえ今は出来なくてもすぐに出来るようになると信じていた。
小さな″俺″の小さな世界には幸せな夢だけが詰まっていた。
……一瞬、意識が飛びかけた。
私は地に倒れ伏していた。
模擬戦で一撃をもらったのだ。
倒れた私をメガネ2が見下ろす。
「はい、勝ちー。ガキは大人に勝てない、当たり前なんだよなあ」
「……」
「まったく、年上を馬鹿にしやがって……なんだこの腰つきは、ガキのくせに……ガキのくせに……」
ふぅふぅ、と危険な息をつくメガネ2。
彼は血走った目で、動けない私のスカートに剣先をひっかけ……。
次の瞬間、その股間に勢いよく何かがぶつかった。
「げっ……」
私の爆弾だ。リンカーで地面に仕掛けておいたのである。
メガネ2の顔が赤くなり、すぐに青くなった。
股間を抑えて蹲るメガネ2。
私はスッと立ち上がると、彼の側に寄り、焦らすようにスカートの裾を少したくし上げて見せた。
「見たかった……?」
「ぐ……うおお……」
顔は痛みに歪んだままだがちょっと嬉しそうだ。
痛みと興奮が入り混じって変な事になってるらしい。
私は彼の押さえている股間をまじまじと見てから笑いかけてあげた。
「大人じゃなさそう」
「この、メスガキ……!」
口から泡を吹きながら、両手を広げて私に飛びかからんとするメガネ2。
パイルバンカーで迎撃しようか、と思ったらその前に誰かの足に蹴り飛ばされた。
「そこまでです、性犯罪者」
エステレアだ。
彼女はこちらに向き直ると私の体についた砂を払い始めた。
その手つきは怪しい。お尻から太ももにかけて重点的に手を這わせてくる。
どう見てもメガネ2よりエステレアの方がやってる事が過激である。
「お嬢様は本当にお変わりありませんね。いくら訓練してもプニプニです。不思議ですわ」
もう前期が終わるのに、成長期のはずの私の体は入学当初と同じだ。背丈も体重も何も変わらない。
クラスメイトはすくすくと成長しているのに私はそのままだ。
エステレアの手加減なしの蹴りで吹き飛んだメガネ2が立ち上がり、ふらふらと歩き去っていく。彼もタフになった気がする。
私とクラス最下位を争っていた彼であるが、私に負けてから炎の魔術以外も鍛えたらしい。私が教えたブースターをすぐに使いこなし、私はそのスピードに後手に回ってしまったのである。
「……こんな平和に授業できるのもトモシビ様のおかげですのに」
クロエが彼を見ながら呆れたように言った。
あの事件の翌日、ナザレ隊長がラナさんを伴って学園にやって来た。
私は先生と共に貴賓室でそれを出迎えた時の事を思い返した。
スライムの地脈への寄生から始まった一連の事件は一般的にはスカイサーペント襲来事件としか知られていなかった。
崩れた校舎や校庭はすぐに修復された。治安部隊が全面的に協力してくれたらしい。
「不甲斐ない姿を見せた。本当に君にはいくら感謝しても足りない。また改めてお礼をしよう」
感謝されるほどのことは……やったけど、ただあれは私が拾ってきたスライムが原因だ。元はと言えば私の責任なのだ。
それを考えると謝罪したいのはこちらである。
「近いうちにトモシビちゃん受勲されるからね。勲章だよ勲章、勲章もらっちゃうんだよ? すごいでしょ」
「勲章……?」
「お主はそれだけのことをやったということじゃ。どうした? 胸を張って良いんじゃぞ?」
それはすごい。本当にすごいことだ。正直欲しい。それを胸につけて歩いたらさぞかし気持ち良いだろう。
しかし……。
「辞退する」
「なんじゃと?」
「……なぜだ?」
「今回の災害は私のせい、だから」
私は理由を説明した。スライムを拾ったのは私だ。育てたのも私。スライムがこんな事をしたのも私のためだった。そのせいで魔封器が止まり、スカイサーペントが来たのだ。
思えば最初から先生は警告していたのである。スライムが王都を飲み込むと予測していた。
私は自分自身の不手際の後始末をしただけだ。
ずっと考えていた。
スライムの飼育は正式に先生達や騎士団の許可を得たものなのだから、私の責任を追求などされないとは思っていた。
ただ、私自身だけはそれをする。
私はやっぱり自分だけは誤魔化せないのだ。
この先ずっと、思い出すたびにチクチクと胸を刺すだろう。
称賛されても素直に喜べなくなる。せっかく貰った勲章を見るたび嫌な気分になるかもしれない。
そんな後悔のある人生は私の理想ではない。
ならば未来のために、この栄光は捨てなきゃならない。
「どうしても?」
「うん」
「お主は潔癖すぎるのう……生き辛いぞ」
私にとってはこの生き方以外の方が生き辛いのだ。
「その代わり……スライムを、殺さないで」
キョウカ先生やアスカ、アスラームと決めた。スライムを駆除するのは簡単だ。彼……便宜的に彼と呼ぶが、彼は私に従うと申し出た。私が無抵抗で死ねと言うならそうすると。
スライムはコミュケーションが取れる知的生命体になったのだ。今度こそ人間と共生する事ができるはずだ。
「……分かった、報告書は私がなんとかしよう」
ナザレ隊長はすぐに承諾した。意外である。もっと説得しなきゃいけないかと思っていた。
「い、いいんですか? 私はホッとしましたけど」
「貴様にしては物分かりの良い反応じゃな」
「人類の敵は無数にいるのだ。そのスライムとやらが味方となるなら殺す必要はない」
「……ま、そういうことらしいぞ。一先ずは安心せよ、トモシビ」
ヤコ先生は含みのある言い方をした。しかし言ってることは納得できる。魔物はスライムだけではないし魔王やら新大陸やら脅威はたくさんあるのだ。スカイサーペントだってスライムのおかげで倒せたのである。もしかしたらその功績も考慮してくれたのかもしれない。
そんなわけで、私は勲章は辞退した。表彰もなしだ。
皆に話したら、エステレア達も表彰を辞退すると申し出た。
「トモシビちゃんが辞退したのに私達が貰えるわけないよ〜」
「そうです。そんな不忠者いません」
「そっか」
「今でも知ってる人は知ってるんでしょう? あまり有名になっても表歩き辛くなるだけですわよ?」
「例え全人類の視線を集めてもお嬢様なら問題ありません。むしろ当然かと」
アナスタシアは王女だからそう感じるのかもしれない。
でも私はもっと名声が欲しい。勲章だって欲しかったし、私が王都を救った英雄なんだって叫びたいくらいなのだ。
ちなみに、あの時の光の柱は星送りの伝説通りに神様が空に昇ったとか噂されてるらしい。
「ええ、その素晴らしい力を隠してコソコソ生きるなんてトモシビには似合いません」
私の鞄の中のスライムが答えた。
スライムは私達と一緒に授業を受けているのだ。彼にはまず一般常識を学んでもらわなければならない。
先生に許可は取ってあるが、一応知らない人には内緒という事になってるので普段は隠れている。
まあここまで堂々と会話していればクラスメイトにはバレバレだろうが、あまり気にされてないようだ。
「エステレアさんが一人増えたみたいだね……」
「そんなことはありません。スライムはまだ登り始めたばかりです、この果てなきお嬢様道を」
「お嬢様道? それは一体なんですか? エステレア」
「お嬢様を見つめ、お嬢様を嗅ぎ、お嬢様を味わい、お嬢様を聞き、お嬢様に触れ、お嬢様を考えます。そうして無意識にお嬢様を宿すことで、上のステージへと至ります」
「大変興味深いです。皆さんもこれを?」
「い、いや、その域に達するのは難しいかな……」
エステレアは私について語っているはずだが、私本人は置いてけぼりである。
せっかくスライムに常識を教えても、教える側からぶち壊していくエステレア。
しかし、エステレアと似たようなものという認識のおかげで、皆もスライムを受け入れやすくなっているようでもある。
ちなみに、スライムの魔力供給や魔導人形なんかは模擬戦では使わないことにした。
模擬戦は自力をつけるための訓練なのである。私だって対人技も色々考えてはいるのだ。
有名なのは望むところだが、有名無実で中身がないのは困る。
ここのところは身内でやっていたが、そろそろ男子に挑戦しても良いだろう。
ひょっとしたらもうクラスで10番目くらいには強くなってるかも。
なってなかった。メガネ2との対戦は一旦私が倒れたので良くて引き分けだろう。つまり暫定で2人仲良くクラス最弱といったところか。
「トモシビちゃん、次は私とやろ〜」
「わかった」
「よ〜し、いつでもいいよ!」
「転移で後ろから奇襲するから、防いでみて」
「それもう奇襲じゃないよトモシビちゃん」
でも最弱だろうとなんだろうと私はあまり気にしてない。
フェリス達と練習してすぐにまた完全勝利してやる。
私の頭はもう対策を考えている。
クラス全員にブースターを教えたので、どうやら私の優位は一つ減ってしまったらしい。
だが後悔はしてない。他の優位を活かせば良いのだ。
大丈夫。
私ならきっとそのうちクラスでも最強になれる。私に出来ない事なんか何もない、そう信じてる。
ここまでで第2章終了です。見てくれて本当にありがとうございました!
お礼は長くなるので改めて活動報告の方で言いたいと思います。
終わった感醸し出してますが一応まだ続きます。
第3章は11月下旬から12月上旬あたりを予定しております。よければまた暇で暇でどうしようもないときくらいに見て頂けると嬉しいです!




