魔導書の大先生
※10月6日、7日誤字修正しました。ご報告まことにありがとうございました!!
なぜこんな事になったのか。
校長室で事情を説明した後、私は騎士団の治安部隊に連行される事となった。
王都の警備や治安維持は騎士団が行なっている。
学園はある程度の自治が認められているとはいえ、あんな爆発が起こればそうも言っていられないという事だろう。
「まず君を逮捕するわけじゃないので安心してほしい」
「うん……はい」
私の前に座っている治安部隊長のナザレと名乗った中年男性が口を開いた。無表情で隙のない眼光がちょっと怖い。
取り調べ室には私一人だけで連れてこられた。エステレアがいないのはなんだか不安になる。
私もけっこう彼女に依存していたという事だろう。
私の様子をジッと見ていた彼は隣に座る若い女性、たぶん女騎士……に目配せして少し身を引いた。
「怖いことないからねー。お姉ちゃん達にちょっとだけ教えてほしいの。はい、美味しい飴あげるからね」
明るい声と甘い飴に思わず安心してしまった。私をこうも簡単に操るとは、大したものだ。
「校庭で爆発した魔法なんだけどね。なんでそうなったのかわかるかなー? お姉ちゃんに教えてほしいなー」
「えっと……」
私はゆっくりと話し始めた。私の魔法を勘違いした先生が止めに入り、魔法陣を乗っ取ったらしいということ。爆竹で飛ばそうとしたこと。
「その爆竹の魔法をどうやって使ったのか教えてもらえるかな?」
調書を書いていた隊長が口を挟んだ。それはそうか、魔力を乗っ取られたのなら魔法を使えるわけがない。私は実践して見せることにした。
「こうやって」
瞬時にして爆竹が発動する。バァンというけたたましい音に驚く二人。室内だから音がよく響く。
「これは……すごいな」
「その変わった魔法陣の効果なのかな?」
浮いている″窓″のことだろう。とりあえずそうだと答える。仕組みはよくわからないのだが。
「普通の魔法陣ではないな。魔力を乗っ取られて使えるわけがない」
言われてみるとそうかも。
ん? ではこれは私の魔力で作ってるわけではないという事になる。ひょっとして本当にゲームの……いやそれは考えないようにしよう。
二人は″窓″を色んな角度から観察したり、魔導具を使って調査をしたりしていたが、一頻り終わると私に話の続きを促した。
「グレンが魔法の壁で囲んだのを……先生が飛ばした……校庭で爆発した」
「何重にも魔術が重なった結果の事故、と いうことでしょうかね」
「そうだろうな」
そうだと思う。
「ありがとう。では最後にこの内容で間違い無いならサインを」
調書には私が語った通りの内容が記されていた。
サインをした私は飴をくれた女騎士に連れられて待合室に通される。すぐに駆け寄ってくるエステレア。そのまま抱きしめられる。
「お嬢様、怖くありませんでしたか?」
「ちゃんと落ち着いて話してくれたよね、偉かったねー」
「そうですか、さすがはお嬢様です」
私を膝の上に座らせようと誘導してくるので拒否する。
それをニコニコしながら見ている女騎士。
「先生が出てきたらもう終わりだからね」
ヤコ先生は別の部屋で調書を取られている。先生も犯罪者にはならないらしい。何よりである。
「それからトモシビちゃんの″窓″の魔法はね。すっごい特別なものかもしれないの」
「まあ!やはりそうなのですね」
「うん、だからまたお話しさせてもらうかもしれないけどいいかな?」
「わかった」
「ありがとう。今度はお菓子用意しておいてあげるから、お姉ちゃんと一緒に食べてね」
お姉ちゃんというのはエステレアのことだろうか。どうもすっかり保護者のように思われているらしい。
「良かったですねお嬢様。お嬢様は生クリームたっぷりのショートケーキに目がないのです」
「じゃあショートケーキ用意してあげるね!」
ショートケーキに目がないのはエステレアである。
どさくさに紛れて自分の好物を用意させようとするのは呆れたが、私も嫌いではないので肯首しておいた。
私たちはそんな会話をした後、覚えておれこのハゲ!などと叫びながら出てきたヤコ先生と一緒に学園に戻るのであった。
もう夕方になってきているというのに教室にはアナスタシア達を始め、けっこうな人数が残っていた。
「トモシビちゃん、どうだった? 怖かった?」
「顔が怖かった」
「なんか変なことされたら言うんですのよ。 私がお父様に直訴してあげますわ」
「平気」
エステレアもそうだが、アナスタシアの弁護には物凄く助けられた。改めてお礼を言ったらニコニコしながら頭を撫でられた。
「トモシビとか言ったか。なんか世話かけたな」
と、女子をかき分けるように現れたのはグレンだ。
「俺の対応が不味かったのも原因の一つだ。俺とした事が女相手に手こずるとは」
「なんですって?」
ムッとしたアナスタシアを無視して続ける。
私もムッとしたが我慢したのは、これでもグレンは私を立てている事が分かったからだ。何しろ彼は最後まで私に攻撃したりはしなかった。悔しいがその実力差は理解できてしまう。
「俺と戦えるだけでも大したもんだ。何かあったら俺に言ってこい」
それだけ言い残して立ち去ってしまう。
「何なのかしら?」
「あれ、舎弟によく言ってるよ」
グレン傘下の学校に通ってたジューンが説明してくれた。グレンは配下の面倒見は良かったらしい。昔気質の番長的な感じである。
「トモシビちゃんを舎弟にしたいのかな?」
「お嬢様を舎弟になど……身の程知らずにも程があります」
「もしかして好きになってしまわれたのかもしれませんよ」
「?!」
メイの言葉に絶句してしまう。それは考えたくなかった。
「お前は俺が守ってやる的な?」
「いらない」
「いりません、悍ましい」
エステレアは男には厳しい。しかし今回は私も同意見である。
「あの男、小児性愛かもしれませんわね」
「小児性愛ってなぁに?」
「小さい女の子にイタズラして興奮するおじさんのこと」
「つまりロリコンですね」
「えぇ〜!気持ちわるっ」
14歳が12歳を好きになるのをロリコンとは言わないと思うが、彼は見た目が老けているのでそう思うのも分からなくもない。
そんなこんなで私達の間では哀れグレンはロリコンで定着してしまったのであった。
教室の窓から夕陽が差し込んでいる。
その中で一人ポツンとこちらを眺めている少女がいることに気づいた。
そういえば彼女……クロエとはまだ一度も話していない。このまま私達女子六人が固まったら入りにくくなるのではないだろうか?
声をかけてみようか、何となくそう思った。
クロエの方に歩を進めようとする私。
だが、その前にクロエに近づく者がいた。アナスタシアだ。詳しくは聞こえないが、何か誘っているようだ。
やがてアナスタシアはクロエの元から離れてこちらへやってきた。
「ダメだった?」
「ええ、そのうち行けたら行くって」
「来なさそう」
消極的に断る時の常套句である。
本人が来たくないなら強制はできない。
私達は六人で教室を出た。
校庭に開いた穴は近くで見ると予想以上に大きかった。しかも深い。中心は深すぎて底が見えない。
「……深すぎじゃない?」
「さすがに変ですね」
クレーターができるのは分かるがこの深さは異常ではないだろうか。
喋っていると穴の周囲に柵を設置している用務員さんが話しかけてきた。
「地下に何か空間があったみたいでね。危ないから近寄らないようにね」
「下、空洞だったの?」
「うん。そうそう崩れることはないみたいだけど、調査してるからしばらくはこのままだね」
不思議なこともあるものだ。私達は大して気にもせず帰路につくのであった。
「色々ありましたが、入学初日からお友達がたくさんできて良かったですね」
「うん」
帰り道、エステレアがさりげなく手を繋ごうとしてくるのを気付かないふりをしてやり過ごす。
なぜって、フェリスがいるので恥ずかしいのだ。
「2人が寮にいるなんて知らなかったよ〜。貴族の人が寮に入るのは珍しいよね」
そう、私が今住んでいるのはフェリスと同じく学園の女子寮なのである。
普通の地方領主は王都に滞在するときのために別荘くらい用意しているものらしいのだが、我が家にはそんなものはなかったらしい。貧乏なせいかも、と私が言うとエステレアが否定した。
「セレストエイム家は国境を守るために王都の守備役を免除されているのですよ」
地方領主は交代で王都に兵を置いて守備役をすることが義務付けられているらしい。
しかしセレストエイムは北の魔王領と面しているため常にその動向に備えなくてはいけない。このため守備役は免除されており、領主が王都に留まることもあまりないので王都に別荘も必要ないのだそうだ。
「せっかくだからトモシビちゃんの部屋に行っていい? きっとすごく立派な家具とかあるんでしょ?」
「いい」
「僭越ながらお嬢様のご不満が出ない程度のものを揃えられたと自負しております」
「わぁ〜見てみたい!」
フェリスを連れて私の部屋に向かう。
私の部屋は若干見た目に癖があるが、居心地はとても良い。
「この絨毯絶対高いやつだよね! あ、ベッドかわいいね!」
「サンダーウール。ベッドは……」
私の部屋の絨毯は東国からの輸入品で電気羊という魔物から取れたものである。その柔らかな極上の毛は部屋の埃を吸着し、静電気も防ぐ優れものだ。
王都ではあまり手に入らない代物だが、セレストエイムでは東国との貿易が盛んなためこういうものが集まる。引越しの際、実家から運んで来たのである。
カーテンと天蓋が付いたベッドはお父様が選んだものだが、薄いピンクで少女趣味な作りは正直恥ずかしい。
というか″俺″として意識すると全てが恥ずかしいのだが、私としてはわりと惹かれてしまう。総合的には恥ずかしいけど嫌いじゃないという、遺憾ながらなんとも乙女チックなことになっている。
コンコン、とノックの音が聞こえた。
「お茶をお持ちしました」
私の部屋とエステレアの部屋の間のドアが開いた。
これ実は私の部屋だけの特別仕様らしい。
この女子寮、クラスごとに棟が分かれているのだが魔法戦クラスの棟は非常に人数が少ない。
女子が少ないことに加えて、王都住みは実家がある。さらに地方貴族もほぼ使わないとなれば当然かもしれない。
つまり部屋が余ってしかたなかったわけだ。
そんなところに私の入寮が決まったので学園とセレストエイム家の出資で貴族用の部屋を作ることになったらしい。
最上階の部屋の壁を破壊して拡張し、さらに隣の部屋を直通できるようにして、三部屋に渡って大改装した特別室を用意したのである。そんなお金どこにあったのやら。
「王宮式のロイヤルミルクティーにしてみました。メイさんから習ったのですよ」
「良い香りだね〜」
「他にもふわふわのスコーンの焼き方とか、王宮の作法も教えて頂きました」
「エステレア、よく話してた」
そういえばエステレアとメイはメイド同士馬があうのか、給仕も最初から息ぴったりだった。
「メイさんは王女様お付きのエリートですので……全メイドの憧れですわ」
エステレアも王宮に憧れたりするのだろうか。彼女くらい優秀ならいけるかもしれない。コネもあるし。
エステレアにそういう意思があるなら尊重したい……が、もやもやする。どうやら私は嫉妬しているらしい。
男らしく(?)何か言うべきだろうか。
「エステレアは、ずっと私の」
ダメだった。
これではどちらかというと乙女だ。
エステレアは一瞬キョトンとした後、凄い勢いで抱きしめてきた。ティーカップを持っていたら危なかった。
「お嬢様はもう……!またそんなかわいらしいことを!」
「トモシビちゃんはエステレアさんのこと大好きなんだね〜」
「かわいいですお嬢様、かわいい……できることなら液体になって丸ごと取り込みたいくらいです」
エステレアはそのまま私を自分の膝の上に設置して、まるでペットにするように愛で始めた。
同級生の前でそれは流石に勘弁して欲しい。
「と、ところで二人とも教科書見た?わけわかんなかったよ」
そういえば一度も開いていない。買ったまま放置してある。
「そんなに難しいのですか?」
「一瞬で自信なくなっちゃったよ〜」
教科書を開いて三人で覗き込む。
左のページには魔法陣、右ページにはその説明があるようだが、単語を適当に組み合わせたような支離滅裂な文章が並んでいる。
これはただの教科書じゃない。
「おや」
「これは魔導書」
おそらくどこかにヒントがあるはずだ。
表紙にはない。裏表紙……表紙の裏……あった。たぶんこれだろう。
そこに描いてあるのは魔法陣。単純な暗号化の式だと思う。
この魔法陣に魔力を込めて……。
ガチャリという音がした。ロック解除ということだろう。手が込んでいる。
「えぇ〜!なんでそんなのできるの?習ってないのに」
「家にいっぱいあった」
魔導書は魔法を授けるための書である。物を教えるという点では普通の教科書と変わらないと思うのだが、なぜかいちいち暗号化されていたり妙な仕掛けを施してあるのである。私はそういうのをオモチャにして育ったので大抵のものは解除できるし、自然と魔法も覚えてしまった。
今考えるとそういう教育方針だったのだろう。
「お嬢様に読めない魔導書など世界中探してもございません。一年生の教科書ごとき、お嬢様にとっては紙クズ同然なのです」
「トモシビちゃんは魔導書の大先生なんだね!」
そこまで絶賛されると逆に微妙な気分になる。
これは魔導書の魔の字も知らない初心者に向けたものなのだから簡単で当然なのだ。
暗号化を解いた魔導書を三人で読んでみる。
「トモシビちゃん、第一元素式って何?」
「火の式のこと」
「この魔法陣のことじゃないの?」
「それだけだとダメ……完成したのが魔法陣」
「難しいんだね〜」
「法則があるのですよ」
「じゃあこっちの模様は?」
「方向指定」
フェリスはあまりよくわかってないようだ。
結局その日は夜まで私の部屋でフェリスと予習したのであった。
入学初日から予習する人なんているんでしょうか?
私には不可能です。