クソザコお嬢様は天を穿つ
絶望的なものが見えた。
スカイサーペントは一体だけではなかったのだ。
怯えるフェリスにクロエ、目を見開いて固まるエクレア。
エステレアは私の目を見て言った。
「お嬢様、逃げましょう。もう対抗できません」
それしかないか。
もう武器はない。
スライムの魔力はまだあるが、剣も槍もアースブレイカーも魔導人形もない。
「逃げんのか? がっかりだぜ」
「アホかてめえ。どうやって戦うんだ」
外からの魔法は全然効かない。やつの対魔力を打ち破るには武器がいる。
グングン大きくなるスカイサーペントの影。
まだ切り札もあるのだが、動きを鈍らせる手段もないし、なにより私が魔術の準備をしてたら落雷が防げない。
ダメだ、逃げよう。
全員に撤退を伝えて、走る。
校庭の地下通路は潰れたが、まだ寮に地下の入り口がある。
そこに避難しよう。
2体目のスカイサーペントは一直線にこちらへ向かってくる。仲間の死体に呼ばれているのかもしれない。
もう住民は避難しているはずだ、建物が壊されるくらいの被害なら……。
……いや、何か忘れている。
引っかかってる事がある。
走る途中で体育館が見えた。
「……アスカ」
屋根に置き去りにしたままだ。
ああ、もう。助けに行くしかない。
方向転換する私。
なぜか皆付いてきた。
「お嬢様お一人で運ぶのは無茶です」
「5人でやればすぐだわ」
そうかもしれない。
ブースターで飛び上がる。
闇夜に浮かぶ巨大な影はもう目と鼻の先まで迫っている。
アスカ……いた、蹲ってる。
『トモシビさん、無事か?』
その時、通信機からアスラームの声が聞こえてきた。
「うん」
『良かった。避難は概ね完了した。今学園に着いたよ』
「待って、もう勝てない。逃げて」
『まだ君達がいるだろう? 時間を稼ぐから……』
「君達は逃げろ」
最後の言葉は通信機越しではなかった。
アスラームがすぐ側を通り過ぎたのだ。
ジェットの風が私の髪を靡かせる。
どうやら彼らもブースターを習得したらしい。
7人の影が飛び交っている。
アスラームチームと双子だ。
私達はアスラーム様がどうとかうるさいアスカを持ち上げて運ぶ。
寮の地下室だ。
そこに彼女を押し込めると、また外に向かった。
「……使いこなしてますね」
「悔しいけどそうね」
ブースターのことだ。
彼らはエステレア並みの機動力でスカイサーペントの攻撃を躱している。
でもダメだ、落雷で全滅するだろう。
それに攻撃力が足りない。
時折切りつけたりしているようだが、あれではすぐに魔力が切れる。
自分で言うのもなんだが、私の火力が必要だ。
私は通信機に語りかける。
「アスラーム、早く逃げて、落雷が」
スカイサーペントの鈍色の体に魔法陣が浮かんだ。
ああ、ダメだ。
なんとか障壁を……。
魔法陣を描くが手応えはない。あまりにも遠い。私の手は届かない。
閃光が彼の体を撃った。
私は思わず目を瞑った。
「……あの野郎」
グレンの言葉で目を開ける。彼は無事だった。
良かった。本当に良かった。
イカクラゲの皮でも持っていたのだろうか?
「くそ、俺も飛べたらな」
グレンがぼやく。短時間と言えど飛べるのと飛べないのでは段違いだ。
特にこんな魔物の相手は。
「今度、クラスみんなに、教えてあげる」
「……情けねえな。だが助かる」
「チッ、どいつもこいつもブンブン飛びやがって」
騎士団も使っているのを見るとブースターなんて初歩の魔術なのだろう。私は家の魔導書で習得したジェット噴射を発展させたわけだが、たぶんそのうち授業でも習うのかもしれない。
しかし私たちはもっと急速に強くならなければならない。
皆知らないが、アルグレオとの親善試合があるからだ。クラス全員で強くならなければ意味がない。
私は再びアスラームに呼びかける。彼らもすぐに魔力が切れるはずだ。
「こっちに、おびき寄せて」
『どうする気だい?』
「キルゾーン」
『……了解!』
この言葉だけで全てを理解してくれた。作戦はあの時と同じだ。
誘き寄せて殲滅する。撃つのは私一人だが。
「みんな来て」
「ど、どうするんですか?」
「私が撃ったら、私を持って、全力で逃げて」
私の足元に魔法陣が浮かび上がる。この魔術は地面に描くのだ。そして対象は30メートル前方の地面。
「スライム、魔力全部送って」
「トモシビ様、これってあの時の……」
「あれをお使いになるのですね、お嬢様」
エステレアとエクレアは知っている。
この学園の入学試験で使ったからだ。
人形の的を一瞬で灰にしたあの魔術。
思いついたことがある。
これにレーヴァテインの式を混ぜるのである。レーヴァテインの異常な魔力消費はあの未知の部分によるものだと私は推測した。魔力消費の上限をなくすリミッター解除のような式があるのだ。
ならばそれをこの切り札に移植する。
ぶっつけ本番。一か八かだ。
このウナギの一家が二度と人間に手を出せないようにしてやる。
アスラーム達がキルゾーンを通り過ぎた。
スカイサーペントの顎門が迫る。
「これは見たことがない。何という魔術なのですか? トモシビ」
この魔術は……。
一年ほど前、私は両親に魔法学園へ入学したいと申し出た。
もちろん反対された。
幼学校すら行ってない私が、遠い王都の地でやっていけるのか、そう言われた。
でも私の決意は強固だった。
一生このお屋敷で生を終えるかと思うと耐えられなかった。変わらなきゃならない。
そこでお父様から渡されたのが一冊の魔導書だ。
その魔術を習得できたら認めてくれるという。
望むところだ。
使える魔術が増えて学園にも行ける。
「どんな魔術?」
魔導書を抱えて尋ねる私に、お父様は答えた。
「これは古より我が家に伝わる魔術、その名を……地雷!!」
……私は悲しくなった。
私の適当なネーミングは先祖からの遺伝だったのだ。
地雷は却下だ。
今、この場をもって改名する。
今日のお祭り、星送りの伝説から取って……。
「レイジングスター」
校庭に光の柱が出現した。
半径10メートルはある。
その瞬間、爆発的な衝撃波と突風が私達を叩いた。
紙のように吹き飛ばされる私。
だがすぐに空中でキャッチされた。
「おっと」
アスラームだ。相変わらずの反射神経。彼はすぐに私を皆の所に下ろした。
続いて熱波が吹き付けてきた。肌が焼けそうだ。
エステレアが私を庇うように抱きしめる。
さらにグレンとアスラームが私の前に立って防いでくれた。
だがこれらは余波にすぎない。
全ての熱エネルギーは上空に吹き上げられている。通り道の空気がプラズマ化し、白く輝いているのだ。
その地上から噴出した太陽のようなエネルギーがスカイサーペントを飲み込んだ。
巨大なウナギの頭は一瞬にして蒸発した。
続いてその長い体も光柱に飲まれて消えていく。最後に赤熱した炭となった尻尾の先が校庭にボトリと落ちた。
「う、嘘でしょ……」
「トモシビ様……本当に……」
「さすがはお嬢様……」
「いや、馬鹿だろ……最初からやれよ……こんなのがあるなら」
全員、目が点になっている。あのバルザックまで。
私もここまでとは思わなかった。
スライムの集めた魔力が膨大すぎたのだろう、
私の予想では頭を焼き焦がして撤退させるくらいかと思ってた。
まさか一瞬で消滅させるとは。
入学試験ではせいぜい10メートルほど吹き上げるくらいだった炎は、軌道エレベーターのごとくはるか雲を突き抜けて天の彼方まで伸びる光柱となった。
やがてその光の柱は地面から徐々に薄くなり消えていく。
しばらく皆で呆然とそれを見ていた。
「おおい! なんじゃ今のは!」
ヤコ先生が駆けつけてきたようだ。遅い。今更すぎる。
Bクラス担任もいる。
「お嬢様が少々本気をお出しなっただけですわ」
「がんばった」
「馬鹿を言うな!あんな事ができたら軍はいらぬわ!」
「いらなかったではありませんか。王都を襲った魔物は全てお嬢様が仕留められました。お嬢様がいなければどうなっていたことか」
「ぐ……」
いつも通りエステレアに論破されるヤコ先生。
「とんでもないな。あのスカイサーペントを……しかも2匹か」
「いや、悔しいけど僕らはまだ精進が足りないと感じたよ。少し飛んだだけでヘトヘトだ」
「……私はズルしただけ」
私は首を振った。
私達はスライムの魔力を使っていただけである。
彼らの飛行は私よりずっと鋭かった。驚かされたのはこちらの方だ。
「ところでそれはなんじゃ? 例のお主が飼っている魔物に見えるが」
ドキリとした。
スライムだ。
まずい、騎士団が目覚めたら殺処分されてしまうかもしれない。
私の顔を見てアスカが慌てて口を開いた。
「あ……ああ!この子、生物室から連れてきたの。危険だったから、逃げられる子だけでもって思って」
「ふむ、無害なようだが、魔物を連れ歩くのは感心しないな。早く戻してきなさい」
「は、はーい。ほら、おいで」
スライムは大人しくアスカについて行った。助かった。
地下の悪いスライムは私が倒した事にして……隠し通せるだろうか?
危険の終わりを察知したのか、あたりがガヤガヤと騒がしくなってきた。
お祭りはまだやるのかな?
だとしても私はもう参加できない。
疲れて仕方ない。
私の欠伸を見たエステレアが話を切り上げにかかった。
「お嬢様はお疲れです。もう今日はここまでにいたしましょう」
「そうか、まあ、お疲れじゃったな。あとはワシらに任せよ。お主らの功績はちゃんと話しておく」
「あんな魔法を使って気絶しないだけで化け物だが……」
「俺らは警備に戻るか。じゃあな、また何かあったら呼べよ」
「じゃあまた明日、トモシビさん」
「うん。また……明日」
私の星送りの夜はこうして終わったのであった。
次回はエピローグ的なお話になります。
※少し前に某ブログでこの作品を紹介してくれた方、ありがとうございました!
見つけたときは心臓止まりかけました。
この作品の特徴というか、売りみたいな点ですごく参考になりました。




