地脈を吸うもの
※10月21日、誤字修正しました。ご報告ありがとうございます!
「あら? お嬢様、お風呂が沸いておりませんわ」
浴槽に手を入れながらエステレアが言った。
転送機が壊れてから数日後、もうお祭りも明後日に迫ろうというタイミングで今度はお風呂が壊れた。
なるほど、地脈が枯れたならお湯も出ない。お湯を沸かすのも魔導具なのだ。
じきに照明も消えるだろう。
言わば停電状態だ。
お風呂に入る直前だったので私もエステレアも全裸だ。
仕方ない。私が魔力を込めよう。
給湯設備の蓋を開けて魔力を補充する。
「これで大丈夫」
「さすがはお嬢様」
転送機と比べたら楽なものだ。
どうやら我が家は私がいる限り停電とは無縁らしい。
お風呂が沸くまで服を着て待とうか、と思って脱衣所に行こうとするとエステレアに止められた。
「お待ちください。せっかくですのでこちらへ」
と言って自分の膝の上に乗せてくるエステレア。
また穢れ落としとかいうやつだと思って身構えてしまったけど、今度は違うらしい。
「お嬢様は本当に温かいですね。こうしているだけで体も心もポカポカです」
エステレアは全身で包み込むように私を抱きしめる。
寒いのだろうか?
私の太ももやお腹を撫でるエステレアの手は少し冷たい。夏なのに。
冷え性は大変だ。
「お嬢様はどうしたらもっと恥ずかしがられるのでしょう?」
エステレアが意味の分からないことを言い始めた。
「たまには羞恥に震えるお嬢様も見たいですわ」
「んっ……」
耳を噛んでくるエステレア。
そんなこと本人に相談されても困る。耳を噛まれたり囁かれたりされるのはゾクゾクするが、恥ずかしくなるわけではない。
「やはりこの程度ではもうダメですね」
「恥ずかしいことなんて、しないで」
「まあ!お嬢様ったら……!そんな可愛らしいこと仰っても逆効果ですわ」
ますます興奮して体を擦り付けてくるエステレア。しかし私はなんだかイマイチ乗れない。そんな私の心を見透かしたようにエステレアは私をジッと見て口を開いた
「スライムのことですね?お嬢様」
「……うん」
「ふぅ……お嬢様にご心配をおかけするなんて罪作りなペットですね」
スライムを連れてきたのは私だ。管理してたのは先生達だが、私が頼んで預かってもらったのである。つまり私に責任がある。罪悪感と心配で気持ちが沈んでいるのだ。
「トモシビちゃ〜ん……」
「トモシビ様ー、フェリスさんがお湯が出ないそうです」
フェリスとクロエだ。どこも魔導具が止まって困っているらしい。今日はエステレアだけの日だったけど、どうせだから一緒に入ろうか。私はフェリス達にその旨を伝えた。
「仕方ありませんね」
エステレアは少し残念そうだ。
「お嬢様、スライムの件は明日騎士団に行ってご相談されてはどうですか?」
「……うん」
そうしよう。ラナさんなら力になってくれるかもしれない。
ちょうど用もあるし、ついでに聞いてみようか。
脱衣所から音がする。二人が入って来たのだ。
とりあえず今日のところは考えないようにして皆とお風呂に入ろう。
翌日、私達は騎士団へと赴いた。
魔導具が使えないのはどこも苦労しているようだ。
部屋の照明や街灯も消えた。お湯も出ない。
私は自前の魔力を使っているので問題ないが、街の人は不便極まりないだろう。
一般向けの魔導錠なども地脈から魔力を得ているものが多いらしい。
騎士団も色々と対策に追われているらしく、ここ、魔導院もなにやらバタバタしていた。
「いやー……君にはいつも驚かされるな」
スミスさんは喜悦を隠しきれない声で言う。私が持ってきたゴーレムの部品だ。カズトーリさんに渡した分の残りである。
「これだけでもすごいのに、未発見の魔法陣二つか。正式に調査員になって欲しいくらいだよ」
「マップとフェリスのおかげ」
「え、えへへ」
ちなみに今日はフェリスとクロエも一緒だ。照れるフェリスの猫耳を撫でる私。ラナさんも一緒になって撫で始めた。
「トモシビちゃんのお友達も可愛いんだね。いい子いい子」
「その″窓″のマップか。やはり携帯できるという特性は有効なようだね」
「うん」
このマップと同じだという作戦本部のものを見せてもらったが、大きなマジックボードに繋げて映し出すタイプのようだった。携帯するにはもうちょっと小さな端末が必要だろう。
「一先ずこれの解析は他の班に回そう。新しい技術が見つかったら特許を取るといい」
「私達が取れるんですか?」
「発見者のものだからねー。トモシビちゃん達の特許にできるんだよ? すごいでしょ」
「うわ〜!すごいねトモシビちゃん」
「虫にも負けずに頑張りましたものね、お嬢様」
「トモシビちゃん虫苦手なんだねー」
「お嬢様ったら蜘蛛のゴーレムで気絶するところだったのですよ」
「そうなんだ、怖かったね!えらいね!」
私の恥ずかしい過去をわざわざ掘り起こしてくる2人。
クロエやフェリスの前なのに、赤ちゃん扱いで誉めそやしてくるのが居た堪れない。
私は無言でラナさんの持ってきたケーキを食べた。
「ご覧下さいラナ様、お嬢様のお耳が真っ赤ですわ。恥ずかしがっておられるのです」
「うわーかわいい!トモシビちゃんはまだ小っちゃいから蜘蛛に驚いても恥ずかしがることないんだよー?」
いつもながらエステレアとラナさんは息ぴったりだ。よほど気が合うのだろう。水を得た魚のようだ。
私も大抵のことには慣れたつもりである。エステレアのスキンシップも平気だ。ただこの公衆の面前で赤ちゃん扱いされるのだけは……。
そんな中、スミスさんがゴホンと咳払いをした。彼に注目が集まる。
「んん……スライムの魔物についてだけどね」
「う……うん」
「僕はそちらは専門外だからラナ君、頼むよ」
「そうそう、逃げちゃったんだって? こっちでも少し調査したのよ。 でねー……スライム君って植物を食べるんでしょ?」
「うん」
「それでね、ここ最近、街路樹が枯れてるのは気がついてた?」
「ええ、商店街もどこも変ですよね」
言われてみれば……という感じだ。てっきり王都の夏はそういうものだと思ってたが、どうやら普通じゃないらしい。クロエ以外は地方出身なので知らないのだ。
……まさか。
「うん、気がついたみたいね」
「スライムが、食べてる?」
「可能性の話だけどね」
じゃあ、もしかして……餌が少なくて脱走したのかもしれない。
もっと野菜いっぱいあげたらよかった。
なんでそんなに食い意地の張った子になったんだろう? アスラームの影響だろうか?
だったらやっぱり彼を引き入れた私のせいだ。
俯いた私の頭をエステレアが撫でる。
「ど、どうしたのかな?」
「お嬢様は責任を感じていらっしゃるのです」
「トモシビ様のせいではないですよ」
「先生だって気付かなかったんだから仕方ないよトモシビちゃん」
「……よし、じゃあこれから一緒に探しに行こっか?」
良いんだろうか?
仕事中じゃないのかな?
「いいの?」
「この子達を連れてパトロールに行ってきます! いいですよね?」
「うーん……まあ、予備隊の訓練なら問題ないんじゃないかな? 僕から伝えておくよ」
「わぁい、楽しそう〜」
「職業体験ですね!」
「君達は場数踏んでるから大丈夫だと思うけど、何かあればラナ君の指示に従うんだよ。いいね?」
「わかった」
「じゃ、行くよー!」
教育番組のお姉さんと子役みたいに出て行く私たち。とてもじゃないが、治安部隊には見えない。
最初に向かうのは街路樹の多い商店街だ。
商店街は相変わらずの賑わいだった。街灯がつかないとはいえ、昼間は関係ない。むしろ明日のお祭りに備えて予備のランタンを買う人のお陰で賑わっているみたいだ。
「いなさそうですね」
「そうですね、この人の多さならすぐ見つけられてしまうでしょう」
皆の言う通りだ。街路樹にへばり付いてる変な肉塊があれば、それだけで騒ぎになるだろう。
それに街路樹には食べ痕も見当たらない。
あれ? じゃあなんで枯れてるんだろう?
「たぶん根っこから食べてるんじゃないかなー? スライム君は地面に染み込んだりはしないの?」
「しない……と思う」
スライムは液体ではない。地面に潜ることはあるかもしれないが……地面を掘るほどの力はあるのかな?
枯れてる木をちょっと掘ってみたら、途中から溶けたように無くなっている根っこがあった。そしてそこから木の内部に向かって空洞化していたのである。
これでほぼ確定だ。
スライムは木を食べている。
しかし探せども探せどもスライムは見つからない。
その時、ラナさんのイヤリングが光った。
「あ、ごめんね、ちょっと待ってね……はい、はい……了解、すぐに向かいます」
「お仕事?」
「うん、近くで乱闘騒ぎみたいだね。トモシビちゃん達も付いてきてね」
「乱闘ですか」
「お祭り前に何やってるんだろうねー?」
商店街からほど近い路地裏だ。
急行する私達。
角を曲がると、数人の少年達が戦っているのが見えた。
チンピラというには若く、妙に洗練された魔法戦を繰り広げている。
なんか……全員見覚えのある顔だ。
「こらー!何やってるのー?こんなとこで暴れるのはやめなさーい!」
「やべえ騎士団だ」
「邪魔すんじゃねえ!てめえからやっちまうぞコラ」
「……何やってるの?」
「と、トモシビか?」
グレンがたじろいだ。乱闘してたのはグレン一味だ。
しかも、相手はバルザック。それに……。
「あの、ルークさんですよね? 」
「ひ、人違いだ」
「セト、ゲイル……」
「あ……う……」
3人はキョドッた。マスクで顔を隠してるが間違いない。アナスタシア親衛隊の3人だ。バルザックに加勢してたらしい。
「アナスタシア様にご報告いたします」
「そ、それだけはやめてくれ」
「バルザック……もう更生したと思ったのに……」
「なんでフェリスまでいんだよ、てめえらこそ何やってんだ」
「え? みんなトモシビちゃんのクラスメイトなの?」
残念ながらそのようだ。
私達が治安を守るために働いている間に、彼らは治安を乱して通報されているなんて……。
「なんでこんな事したの? ほら、トモシビちゃん達もがっかりしてるよ?」
「てめえらは俺らのお袋かよ」
「いや、こいつらとちょっと模擬戦をな、大したことはねえんだ」
「お嬢、俺らは戦うのが楽しいんだよ。知ってんだろ? 目があったらもうやるしかねえんだよ」
「おい、余計なこと言うんじゃねえ」
彼らの言をまとめると、まず歩いていて目があったらしい。それでもうやるしかないと思って乱闘が始まったそうだ。
うーん……。
「もうやっちゃダメだよ? 君達も予備隊なんだからね?」
「知らねーよ。血が騒ぐんだよ祭りの前は」
「トモシビ、俺らはもうチンピラは卒業したんだ、カタギには手を出してねえ」
「だからってクラスメイトとやったら一緒じゃないですか?」
通行人がびっくりするし、むしろ暴れ方が激しい分とばっちりの迷惑度は高いかもしれない。
というか今まで一般人に手を出していたというのがドン引きである。
ただ戦うのが楽しいという気持ちは分からなくはない。分かりたくはないけど分かってしまうのだ、私には。
……それならこうしよう。
「じゃあパトロールに協力して」
「なに?」
「ああ? めんどくせえ」
「合法的に暴力を行使できるのですよ? ぴったりではありませんか」
「え、エステレアさん……」
「ほー、それなら悪くねえな」
「グレンは監督して」
「……しょうがねえな」
引き受けてくれた。
私達はこの辺はグレン達に任せて、学園の周囲を見回ることにした。植物は相変わらず枯れまくっており、根から空洞化しているのも同じだった。
ここが一番食べられているようだが、それはスライムの飼育場所を考えれば当然だろう。むしろ街中に広範囲に広がっている方がまずい気がする。つまり、かなり増殖している可能性があるのだ。
結局スライムは見つからないまま暗くなってきた。もう5時だ。
「……ここまでにしよっか?」
「そうですね、もう遅くなってしまいます」
「みんな明日学校終わったら動けるように待機しててねー、先生に言われると思うけど、騎士団に協力してもらうからねー」
「やっぱり、私達も警備するんですね」
「仕方ないのよ、ちゃんと休憩はあげるからね」
仕方ない。私達はつまり、別の形でお祭りに参加することになるのだ。治安を守る人がいないと何かあった時対処できない。
人が多く集まるならスリとか多くなるかもしれない。一旦スライムは置いといて、私も頑張らないと。
ラナさんと別れて寮に向かう。
「トモシビ」
「え?」
その時、誰かの声がした。中性的な機械音声みたいな声。
私はあたりを見回したが、それらしき人物はいない。
どこから聞こえた? 下の方だ。
……下水道?
「どうなされました? お嬢様」
下水道、地下、迷宮、マップ機能。
私の頭にある考えが浮かんだ。
お祭り当日、学校が終わり、私達はその足で騎士団に向かった。
私の考えを伝えるためだ。
今日はエクレアも一緒である。チームで行動する事にしたのだ。
「……なるほど、君の言いたいことはわかった」
この目つきの怖いのは治安部隊のトップ、ナザレ隊長だ。入学式の日、私を取り調べした人である。
「実は我々ももう地下は調べたのだ」
「そうなの?」
「ああ、少し前にな、そうだな?」
「はい、私以下5名で下水道に突入しましたが成果は得られませんでした。また、学園地下を調査した時も何も成果は得られませんでした」
背後の人がキビキビと淀みなく答える。ラナさんを見てると忘れてしまうがやっぱり軍隊なのだ。
彼らは調査したと言うけどスライムはケージからも生物室からも脱獄したやり手だ。隠れてやり過ごしたのかもしれない。
それにちょっと私には気になる事があった。
「スライムの調査はあまり力を入れていないはずではなかったのですか?」
エステレアが代弁してくれた。そうキョウカ先生が言っていたはずだ。
「……ああそうだ。元々我々は別の調査をしていたのだよ」
「それは?」
「地脈を吸い上げるものの調査だ」
「それって、地脈が枯渇してるっていう話のこと? 魔物の大発生のせいじゃないの?」
「大発生は一時的なものだ。こんなに長く続くわけがない。我々は別の原因があると考えた」
それで地脈を吸い上げる何かが地下にあると推理したと。
……そういうことか。どうやら全てが繋がったようだ。
「これ見て」
私は″窓″のマップを開いてみせた。町中に青いアイコンが散らばっているのがわかる。
スライムの居場所だ。
昨日、このアイデアを思いついた私は家に帰る前に生物室のスライムをフレンド登録してみたのである。そうしたらこのように無数の反応が現れた。
分裂で増えるスライムの魔力は全部同じだったのだ。
ナザレ隊長はすぐに理解した。
「なるほどな、これは地下しかありえない。この魔物が地脈に寄生していたということか」
「たぶん」
「そしてこいつは……この会話を聞いている」
ナザレ隊長は立ち上がり、部屋の隅の流し台にある排水溝に剣をさすと、電撃を放った。
だが排水溝の青いアイコンは健在だ。
ホッとした。どうやら、この期に及んで私はスライムの心配をしているらしい。
それを合図のようにして全ての青アイコンが一斉に動き始めた。
ある一点に向かって。
「……学園の、地下迷宮」
「御誂え向きだな。すぐに討伐に行くぞ。ラナ君は研究班と予備隊を率いて街中の警備にあたれ。残りは討伐隊だ」
「はっ!」
「私もいく」
「相手は莫大な魔力を吸い上げた魔物だぞ?」
「私はスライムのすべてを知ってる」
私はいわばスライムの第一人者だ。
出会った時から育ててきた。どうしても行かなければならない。
ナザレ隊長の殺人鬼みたいな目をじっと見つめる。
「……いいだろう」
彼はついに根負けしたように目を逸らした。
ここからはちょっとシリアスになります。
2章は残り4話です。




