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スライムが脱走しました

※10月21日誤字修正しました。



霊術とは、生まれつきの才能であると言われている。

私達は魔力を魔法陣によって変換して魔術を行使し、世界に影響を及ぼす。しかし変換せずとも素の魔力だけで魔法的な効果があるものがいる。それが霊術である。

と、いうのが今やってる授業内容だ。

ちなみにここでは誰でも使える強化魔法などは例外である。



「このクラスではワシやトモシビが霊術を使える。つまり選ばれしものじゃ。ザマァ」

「それが教師の言葉かよ」

「持たざる者の嫉妬が心地良いのう? トモシビ」

「一緒にしないで」

「えっ……」



今日のヤコ先生はテンションが高い。この先生が生徒をからかって楽しむのはいつもの事だが、私まで巻き込んで同罪にされては困る。



「おのれ!ワシを裏切ったのかトモシビ!」

「茶番はそれくらいにして早く進めて頂けませんか?」

「冷たいのう……ま、とにかく霊術が使える人間はそんなにおらん。しかし魔物は大抵の個体が使える。空を飛んだり透明になったりするのは全部霊術じゃ」

「羨ましいですわね」

「魔物は魔力から生まれるようなものじゃからな。自然と魔力を有効的に使う器官や体質に変化するのじゃな」



言うなれば、魔物は生まれながらにして生態魔導具だ。私達の魔導具はそれを利用しているのである。



「だから魔物は魔物同士でもよく食い合う。高い魔力を保有するものを食えばさらに大きく強くなるでな。そうやって魔物は成長するのじゃ」

「じゃあなんで人間を食べるの〜?」

「人間も魔力が高いからじゃ」



高い魔力を保有するものを食う?

……気付いてしまった。

私ばっかり狙われる理由。

魔力の高い私を捕食しようとしているのだ。

まさかミミズやスカイサーペントも私に惹かれて来たのでは……?

洒落になっていない。



「先生、魔力を隠したり……できる?」

「ん? できるぞ、魔封器を使えば良い。……ははあ、トモシビ、お主自分のせいで魔物が寄ってくると思っておるな?」

「ちがうの?」

「対峙して誰か一人を狙うならそれはお主じゃろうな。しかし安心せよ。遠方からお主を狙ってやってくるようなやつはおらん。王都のように人間数万人が集まればまだしも、お主一人の魔力など感知できぬよ」



そうなのかな。じゃあやっぱり運が悪いだけなのか。



「お嬢様、少しでも安全に繋がるならその魔封器を購入してはいかがでしょう? 」

「国宝級じゃぞ? 心配せずとも王都から出なければ大丈夫じゃ。街の各所に設置されておるでな」



そういえばおじさんもそういう事を言っていた。なるほど、つまり、その魔封器によって街にいる人間の魔力を隠しているということか。そうやって魔物が近寄らないようにしているわけだ。

先生は大丈夫と言うけど私は最近その魔封器の調子がおかしいとの情報を得ている。

不安だ。



「霊術に話を戻すぞ? バルザックやフェリスの狂化も霊術じゃ。とは言え、あれはどちらかというと身体強化に近い」



獣人は特殊な霊術が使える上に身体能力が高い。しかし普通の魔術は苦手らしく、バルザックもフェリスもあまり魔術は使わない。

……そういえば、先生も獣人では? 狐耳に尻尾は立派な獣人の証だ。その割に身体能力も低いが……。



「ヤコ先生は、狂化……使えないの?」

「ワシか? ワシは別枠じゃからのう」

「このクソ教師はまともな獣人じゃねえよ、匂いがしねえ」

「匂い?」



フェリスを見る。何か特有の匂いがあるのだろうか?

隣のフェリスの尻尾の匂いを嗅いでみる。普通だ。お日様の匂いがする……。

フェリスの顔が赤くなった。



「トモシビちゃん、私変な匂いする?」

「猫のいい匂い」

「猫っていい匂いなの?」

「うん」

「お前らには分からなくても、獣人には獣人の匂いがあんだよ」

「……ワシの素性は、まあ、そのうちにじゃな」



先生も私に負けず劣らず珍獣である。ひょっとしたら霊術が使える人って皆どこかおかしいのかもしれない。







放課後、私はスライムの研究報告会に赴いた。メンバーはエステレアも入れて5人だけだ。



「……この前の現地調査のレポートは以上ね。木人についての資料も目を通して貰えると助かるわ」

「魔物の世界も面白いものですね」

「そうでしょう? それで、スライムの食性だけどたぶん雑食ね」

「草食、じゃないの……?」

「好んで食べるというだけみたいね。消化するなら動物の肉の方が楽なはずよ」

「なぜ植物を好むのですか?」

「おそらく、動物を襲えるほどの力がなかったからでしょうね」



そういえばスライムは魔物のくせに霊術なんか使ったことがない。知能は高いだろうけど、それだけだ。

突然変異してもなお弱い存在。

親近感が湧く。



「生殖は、分裂して増えるんでしょうね。大きくなったら分裂するはずよ」

「全然大きくなってないけどね」

「そうね……それについては仮説があるわ」



キョウカ先生は内緒事を話すように声を潜めて続けた。



「もう分裂しているという可能性よ」

「それは……でも分体が見当たりませんが」

「言いにくいんだけど、脱走したんじゃないかしら?」

「ちょっと待って下さい。魔物が街中に放たれたと? 大問題ではないですか?」

「まあね……私も甘くみてたわ。だから街中で見つけたら捕獲してくれない?」

「そんな悠長な。騎士団に連絡すべきではないですか?」



アスラームは少し怒っているらしい。

軍総司令の息子たる彼らしい意見だ。私の手の上のスライムがプルプル震えた。何言ってるか分かってるみたいだ。



「治安部隊にはもう連絡してあるのよ。ただ人手が足りなくて探す暇がないみたいね。魔物と言っても野良猫より弱いくらいだから、後回しにされてるのね」

「そうですか……」

「でも、スライムは人を襲ったりはしないですよ。ねっ?」

「それは大丈夫」



スライムは野菜を消化するのにすら時間がかかるし、人間を取り込んで食べるなんてあの消えた本体でも無理だろう。力が弱すぎる。



「……君が言うならそうなのかもしれないね」



アスラームはいつもの苦笑したような顔で言った。

あれだけ食べて大きさが変わっていないのだから本当に脱走しているのだろう。

騎士団に見つかったら駆除されてしまうかもしれない。なんとかその前に見つけたいところだが……。

そもそも生きてるのだろうか。

むしろ野良猫とかに食べられてるんじゃないだろうか?



「なんで脱走したの?」



スライムは珍しく反応しなかった。







翌日、寮の転送魔導具が壊れた。

起動しようとしてもうんともすんともいわないのである。

困ったことになった。

もちろん階段はある。しかし私の部屋は5階だ。

上がるたびにへたり込み、足がパンパンになる。とてもじゃないが耐えられない。


そんなわけで私たちは自ら管理人さんに申し出て、家具屋のカズトーリさんのところへ修理に持って行くことにしたのである。

この転送魔導具は、魔力タンクである水晶と魔力を集める木材、そして本体であるサファイアから成り立っている。

台座である木の部分は大きくて移動できないので、水晶とサファイアを外して持っていく。魔物の木材が壊れるなんていうのは通常あり得ないことなので大方、宝石類が問題なのだろうと思ったのだ。



「特に故障はないようじゃぞ」



カズトーリさんはしばらく宝石をいじり、片眼鏡みたいな魔導具で観察した後そう言った。



「じゃあなんで?」

「魔力切れじゃな。水晶の残存魔力がカラじゃ。使い過ぎておらんか?」



そんなことはないと思う。何しろうちの寮は人数が少ないのだ。一番魔力を使う5階に住んでるのは3人だけ。それに最近はバカンスで留守にしてたし、これで魔力不足になるとは思えない。

私がそう言うとカズトーリさんは揺り椅子に寄りかかって唸った。



「ふぅむ……実は最近こういうことが多いんじゃよ。もしかしたら魔物の大量発生が原因かもしれん」

「どういうことですか?」

「魔物は魔力の影響で変異するじゃろ? 魔力を吸って生まれてくるんじゃ」

「つまり……王都に続く地脈が吸われて、枯れているかもしれないということですね」

「そういうことじゃよ」



なるほど、魔封器の件もそれだろうか? じゃあどうすれば良いんだろう?

カズトーリさんは懐から葉巻のようなものを取り出した。



「セレストエイムの嬢ちゃん。ちょっと近くに来てくれるか?」

「?」



近くに移動する私。

カズトーリさんは片眼鏡で私をつぶさに観察し始めた。頭、胸、お腹……私は手で体を隠した。



「何をしてるんですか? 通報しますよ?」

「ち、違う! ……嬢ちゃん、思った通り魔力が桁違いじゃ。嬢ちゃんが直接魔力補充してはどうかと思ってな」

「私が?」

「このエーテル草を使うといい」



葉巻を差し出す。

……これを吸えというのだろうか。

それこそ通報モノである。

エーテル草は未成年の使用が禁止されている薬物の一種だ。吸引すると心地よい酩酊感があり、魔力の回復を助ける。しかしその一方で依存性と脳の発育に対する有害性が示唆されているのである。

エステレア達は血相を変えた。



「クロエ、すぐに騎士団に」

「はい!」

「待て!分かった!冗談じゃ!」

「おじいちゃん……」

「フェリスちゃんまでそんな目で見ないでおくれ……最近はうるさくなったが、昔は普通じゃったんじゃ……」



エーテル草をしまい、水晶を私に差し出すカズトーリさん。

私は受け取った水晶に魔力を込めてみた。グングン魔力が吸い取られていくのがわかる。

これはちょっときつい。サウスピーク村で使ったレーヴァテインを思い出す。今度は倒れないようにしないと。

……このくらいかな?

ストップ……できた。

ドッと疲労感が押し寄せる。ギリギリ倒れないくらいだ。

カズトーリさんは再び片眼鏡で私と水晶を観察する。



「一発で半分か。すごいのう、人間魔力タンクじゃな」

「その眼鏡はなぁに?」

「おお、これはな、魔力を見るためのものじゃよ。魔導具の魔法式や残存魔力を調べることができるんじゃ」

「へ〜」

「……それほしい」

「いや、これはやれんぞ? 匠の命じゃ」



見たところ水晶を加工した魔導具かな。それがあれば、″窓″の研究や魔術開発に大いに役にたつだろう。転送機や魔封器だって自分で調べられる。

どうしても欲しい。

せめてこの水晶レンズの魔法式を教えてもらえないだろうか?

私はフェリスに目配せした。

フェリスは頷いた。



「おじいちゃん、私達の命に関わることなんだよ」

「命……じゃと?」

「トモシビちゃんがそれで色んな魔法使えるようになったら私達もみんな助かるよ」

「しかし……」

「魔法式だけでも教えて……お願い」

「う、ううむ」

「教えて〜」

「教えて」



両側から縋り付く私とフェリス。

揺り椅子を揺らしながら考えるカズトーリさん。クマなので分かりにくいが、満更でもなさそうだ。

やがて立ち上がり、奥に消えていく。

再び戻ってきたときには古びた紙を携えていた。私はその紙を受け取り目を通す。

どうやら魔力変換の応用らしい。私でも半分くらいは理解できる。



「内緒じゃよ? 特許があるからのう」

「特許ですか、人前では見せられませんね」

「″窓″に組み込むから大丈夫」

「あと、魔物から取れた素材の魔法式は見られんぞ? あくまで後天的に宝石に書き込んだものだけじゃ」



魔物素材は人間が理解できるような魔法式が描かれているわけではない。宝石の魔法式がプログラミング言語だとしたら、魔物素材のそれはDNA塩基配列である。解読するのは非常に難しい。

しかし人工魔導具だけでも解析できるようになるならかなり有用だ。



「まったく、商売上がったりじゃよ……」

「ありがと」

「ごめんねおじいちゃん」

「なに、他ならぬフェリスちゃん達の頼みじゃ」

「頼みついでに……」



私はゴーレムから手に入れた部品の数々を見せてみた。

カズトーリさんは興味深そうに一つ一つ調べると、全部引き取りたいと申し出た。

知り合いの魔導具職人と調べるんだそうだ。

プロの家具屋や魔導具屋にとっても古代のゴーレムは興味深いものだったらしい。

私達はそれなりの金額を貰ってホクホク顔で帰ったのであった。


帰ってから、転送機が使えなくてもブースターで5階まで飛べば良いことに気付いて、そうした。



エーテル草は火を付けて煙を吸う他にも水蒸気で吸ったりもします。

ちなみにハイエーテル草はもっとハイになります。

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