学園には伝統があります
バカンスが終わり、いつもの日常が戻ってきた。
もう初夏は過ぎて夏に入ったはずなのに大して暑くならない。
涼しいことは私にとっては歓迎すべきことなのだが、いつまでたっても緑がつかない街路樹を見ると殺風景で寂しいとも感じる。
連休後の授業というのは億劫なものだが、私は今日一日をなんとか凌ぎ切り、今は帰りのホームルームの時間である。
「あー、そうそう、グランドリアから南東へ続く道じゃがな。少し前から魔物の大量発生で閉鎖中じゃ」
そのホームルームで先生が思い出したかのように言った。
南東って……セレストエイム方面だ。
「心配せんでも騎士団が掃討中じゃ。復旧するまではあっちの方へは行き来できんぞ」
「手紙は?」
「もちろん手紙も届かん」
つまりせっかく書いた私の手紙もエステレアの報告も届かないということだ。
前に私が出した初めての手紙はすぐに返信が来た。
お父様が私の手紙を掲示板に張り出したいと言ってきたのには驚いた。
あまりに予想通りだったからである。
なんでも私の手紙を領民の手本にしたいらしい。
私は、許可しようと思った。
恥ずかしがってどうする。
私はもっともっと有名になるし、いずれセレストエイムを背負う身だ。私の意思はどんどん言葉として発信していく事になる。手紙を見られるくらいで躊躇していたら何もできない。
手本にされるような出来であるかはこの際不問である。
そう考えたのだが……思い直して不許可に書き直した。
エステレアが体を舐めてくるとか二人で気持ち良くなってるとか書いた記憶がある。
それがセレストエイム中に知れ渡るのは常識的に考えてまずい。私にもまだ常識が残っていたことに感謝である。
私の出した手紙はどこまで届いているのだろう? 心配だ。
「王都には治安部隊がおるから大丈夫じゃ。ただ、星送りの祭りが近い。長引けばお主らも祭りの警備に参加してもらうかもしれんから覚悟しておけ」
「それってお祭りに行けないってことだよね?」
「そうなるのう。少しくらいは交代で休めるじゃろうが……まっ、今年は諦めよ」
人手が足りなくなれば私達は騎士団の指揮下に入る事になる。つまりこの場合は治安部隊の下だ。ラナさんや目付きの怖い隊長のところである。
お祭りを楽しめないのは残念だけど、知り合いだからまだマシかな。
「では、それはそれとして、ちょっと早いが学園祭の出し物を決めるぞ。トモシビ、司会進行せよ」
前に出る私。突然振られても戸惑いはない。なぜなら今決めると先生に言ったのは私だからだ。
「えと……学園祭は、夏休みの後だけど……準備がいるから、今のうちに決め……ます」
「学園祭ってなぁに?」
「学園行事じゃ。お主ら生徒は、飲食店や見世物……なんでもいいがサービスを提供する側の体験をしてもらう」
「なんだそりゃめんどくせえ」
地方出身者は知らないようだ。私も本来知らない側であるのだが、前世でも同じのがあったので知ってる。
前世と違うのはここが魔法学園であり、私達が戦うクラスだという事だ。
「なにか案があるひと……?」
……誰もいない。そんな事だろうと思った。
でも大丈夫。私に腹案がある。
「じゃあ……私の案」
毎年、クラスごとにその特色を活かした出し物をしているそうだ。一般クラスなら飲食店だったり、魔法理論クラスは研究発表や展示物など。そして我らが魔法戦クラスは一般人と模擬戦体験とかやってたらしい。
私はそういった伝統を総合的に考慮して……完全無視することに決めた。
マジックボードに文字を表示する。
『ケーキ屋さん』
一瞬、静まり返る教室。それからドッと騒ぎ出した。
「ブフォw さすがお嬢様w」
「発想かわええな!」
「正気かちびっ子? こいつらがどんなツラしてケーキ屋さんだよ」
「お嬢、俺たちをよく見ろ。ケーキ屋さんに相応しいと思うか?」
「でもやりたい」
反対多数のようだ。しかしそもそも他の人は案も出さないんだから仕方ないではないか。
既に女子とアナスタシア親衛隊の賛成は取り付けてある。あとは数人が賛成に回ってくれれば可決されると思う。
グレンはどうだろう? クッキー好きだから食いしん坊なはずだ。
「グレンは賛成?」
「い、いや」
「焼きたて、少し食べさせてあげるから、お願い」
「………そう、だな。まあ、いいんじゃねえか。こういうのも」
「血迷ったかてめえ」
まずはグレンを切り崩した。舎弟達はちょっと不満そうだ。彼らは追従しないかもしれない。
「私も賛成してあげますが、条件があります」
会長だ。どうせろくな条件ではないが一応聞いてみよう。
「お嬢様達のウエイトレス衣装は私に任せて頂きましょう。構いませんね?」
「お前天才か?」
「ええやん、ワイもそれなら……」
ウエイトレス? 彼らは何か勘違いしてるようだ。
「私達は作るだけ。接客は男子」
「いやいやいや、おかしいやろ」
「いつも私ばっかり、目立ってるから……かわいい衣装は、ゆずる」
「いりませんそんな気遣い!」
「なんで今回に限って変な気回してんだよ」
文句ばかりである。
私の構想を話すことにした。
女子7人で楽しくケーキを作って、甘い香りに囲まれて、たまに焼きたてを味見したりして幸せに浸る。エクレア達が来たら私自ら作ったケーキを出そう。作った事ないけど、クッキーも作れたんだからたぶん大丈夫だ。
メイが王宮で作るケーキも教えてもらおう。私の好きな最上級の紅茶ティラミスを作って自分で食べるのだ。エステレアは苺ショート、フェリスはフルーツタルト、クロエはガナッシュを食べる。皆ハッピーだ。
力説する私。先生がソワソワし始めた。
「わ、ワシは? ワシのぶんもあるのか?」
「先生は……」
「ドライアパイでどうでしょう? 極上のワインで育てたドライアードの実をふんだんに仕入れます」
「本当か!? ならワシも賛成じゃ! 代案がないならもう決定じゃな!」
「えっ、じゃあ俺たちも食っていいのか!?」
「ダメに決まってるじゃろ」
「売り物ですわよ?」
「なんて図々しい……」
「このクラス男女差別ひどすぎだろ」
グレンにも食べさせてあげるって言ったし、少しくらいなら良いのではないだろうか。
結局、ゴリ押しでケーキ屋さんに決定した。最後まで渋っていた一部の連中は店の外見作成などを担当する事で合意に至った。
今から楽しみだ。
私が魔法戦クラスらしくない出し物にしたのは理由がある。
実地訓練で魔物と戦い、部活でも魔物と戦い、模擬戦で対人を学び、最近は合同演習で集団での戦いも学んでいる。私たちは今日も今日とて戦い尽くめだ。
鍛えた力を振るうのは楽しい。しかしやってる事は殺しと暴力の練習である。楽しんで良いのか? という疑問は私達の間に常に付きまとう。アスラームは規律だの礼儀だのを重視しているが、それもわかる気がする。自分が正しいと思う拠り所がないと不安なのだ。
私達は休む時は休む。むしろ休むために……つまり普段の日常を守るために戦うのが理想的だ。
そんなわけで私は戦い以外の日常を大切にしたいのだ。それが私の正しさの拠り所である。
私は強くなりたいが、それだけの人生なんて真っ平御免だ。
「私は……世界中の美味しいものを食べて、綺麗なものを見て、珍しいものを手に入れる」
スライムに語りかける。
やりたい事は全部やりたい。私は理想の人生を生きるのだ。学園祭なんて今しかできないんだから当然全力で楽しむ。
それは″俺″のできなかったこと。やろうともしなかったことだ。
「スライムはどうしたい?」
スライムの表面に何かが浮き出た。
これは……顔を作ろうとしてる?
ついに喋るかも。
「がんばれ、がんばれ」
ググッと肉が盛り上がるが顔の形にならない。
……消えた。
この小さなスライムにとってそれは難しい作業らしい。
でももう少しだ。
今日は栄養のありそうな野菜をあげることにした。
スライムを返し、寮のラウンジで紅茶を飲む私たち。夕食後はたまにこうして共同ラウンジで過ごす事がある。それはそれで良いものだ。
「あ、テスタロッサちゃんだ」
「せんぱい」
「こんばんは〜」
夕食に遅れてきたのはリノ先輩だ。
数少ない寮生の一人であり、私たちの1つ上の先輩である。
このテスタロッサちゃんというのは私のことだ。赤い頭という意味らしい。私の髪の毛の赤い部分のことだろう。
「どうぞ、ロイヤルミルクティーですわ」
「ありがとね、えっちゃん」
エステレアの入れるお茶が気に入ったらしく、朝夕ねだりに来るのである。エステレアとしても自分の入れたお茶を美味しい美味しいと飲むこの先輩を憎からず思っているようだ。
「ねえ、テスタロッサちゃんってなんて呼べばいいかな? 何がいい?」
「テスタロッサちゃんでいいのに」
「いいんだ!?」
「トモシビちゃんじゃダメなの?」
「あだ名つけたいじゃん。有名人だからさ。私の付けたあだ名が広まって欲しいんだよね」
テスタロッサちゃんはなかなか可愛いので私はそれで良いのだが、彼女はイマイチ気に入らないようだ。
「それよりテスタロッサちゃん、オーガの群れを瞬殺したって本当?」
「うん」
「まじか……前から思ってたけどあんた達って私の代より明らかに強くない?」
「トモシビ様は特別ですけど……私たちは部活のおかげですかね?」
「ああ、毎週魔物と殺し合いさせられてるんでしょ?」
城外活動部が発足したのは私たちの入学初日の騒動が原因だ。まあ私たちは意図的に鍛えられている事が明らかになったので、最初から準備していたのかもしれないとも思うが……。
何にせよそれまであんな危険な部活はなかったわけだ。
実戦形式で鍛えられ、習ってもいない魔術を使いこなす私たちは上級生顔負けの強さになっているのである。
「必ずしも殺し合いするわけではないですよ。野草採ったり、大人しい魔物は見逃すこともありますし」
「いやいや魔物だよ? お人好しすぎない?」
「慈悲深きお嬢様のご意向ですわ」
普通、魔物は人類の天敵という認識なので基本見つけたら即殺すのが当然だ。魔物だって成長する。
可愛い小魚を見逃したら、次会った時はスカイサーペントになっていた、なんてことがあったら困るのだ。
私も殺す事の方が多い。思うところはあれど人類の生存に関わる問題だからだ。
ただスライムのようにほんの一部でも良い魔物がいるなら……という考えは消えないのである。
「まあいっか。そういえば、この寮に秘密の地下迷宮があるって知ってる?」
「地下迷宮!?そんなのあるの?」
地下迷宮とは穏やかでない。あの遺跡の興奮が頭をよぎった。
冒険の匂いがする。
詳しく聞きたい。
私達の目の色が変わったのを見て、先輩はニヤリと笑った。
「お? やっぱり興味あるね」
「くわしく」
「そうでしょそうでしょ。ちょっと付いてきて。厨房の倉庫の隣だよ」
移動する。すぐ近くである。
隣と言われてもそこには壁しかない。まさかまたまた隠し扉だろうか?
先輩は壁に両手を付けて魔法陣を描いた。
壁がスーッと両側に開いていく。そのまさかだった。
「開錠はさっきの魔法陣ね、テスタロッサちゃんなら覚えたでしょ?」
「うん」
「よしよし。でねー、この中なんだけど……最近、校庭に大穴空いたでしょ? あれと繋がってたみたいなんだよねー」
「なんだ〜。騎士団が調査してるって言ってたよ?」
「そうなんだよね、先輩たちは地下何階まで行けるとか競ってたみたいだけど、騎士団がもう踏破しちゃったの」
「しかしお嬢様ならまた隠し部屋を発見されるかもしれませんわ」
「そうそう、そうなのよ。だからテスタロッサちゃん達に期待してるわけ」
先輩には遺跡で隠し部屋を見つけた話もしている。
私はこういうのは大好きだ。望むところである。
「そのうち探索してくれればいいよー。もし見つけられなくても後輩に伝えてあげてね。伝統だから」
「わかった」
「騎士団が踏破した話は伝えない方が楽しいかもしれませんね」
学園七不思議、みたいなものかな。
謎だからこそ面白いのだ。
そういうのが学園生活に彩りを与えてくれるのだと思う。
騎士団は余計な事をしたものだ。穴開いたのは私のせいだけど。
今度、機会を見て調べてみよう。
楽しみがまた一つ増えてしまった。
私の学校には七不思議とか皆無でしたけど、今でもある所にはあるんでしょうか。
ロマンがありますよね。




