マイクロポンポンは海産物の夢を見るか
※10月9日、10日誤字修正しました。ご報告ありがとうございました!!
バカンスも最終日となった。明日は帰るだけだ。
今日は何をするのかというと……一日目と同じ、ビーチでゆっくりする。
私は前世の感覚で、分単位で色んな場所を観光するような休暇を考えていたのだが、どうもこちらの常識は違うらしい。
「こんなに慌ただしいバカンスは初めてだけれど、こういうのも面白いですわねえ」
「ちゃんとしたバカンスはまた夏休みだね」
アナスタシア達によると、本来は1〜2週間以上ひたすらビーチでのんびりとするものらしい。そうやって心身を休めるんだそうだ。
私もそれに習ってビーチで寝転ぶ。
「…………」
ざぁざぁと波音が聞こえる。
……海は広い。そして深い。当たり前だけど。
やばい魔物がうようよいるのに未だ我々人類が生き延びているのは、広大無辺たる海のおかげであろう。上陸するには彼らは大きすぎるのだ。たぶん。
そびえ立つ変なオブジェがあるけど慣れたらそれも悪くない。これが王都貴族の優雅な生活というものなのだろう。たぶん。
……。
…………。
………………暇だ。
私はムクリと起き上がった。
皆、目を閉じたり本を読んだりしてリラックスしている。
いつもはこんな時、″窓″を弄ったり魔術の練習したりしているのだが、休む時は休むと決めたのでやらない。手持ち無沙汰だ。
右手側ではフェリスが静かな寝息を立てている。左手側ではエステレアが目を瞑っている。
……こっちは起きてる。
私はエステレアの右腕を持って広げさせると、腕枕にして寄り添ってみた。
「あら……ふふふ、天使が腕に飛び込んで来ましたわ。どうしましょう?」
直ちに抱きしめにかかるエステレア。やっぱり起きてた。
私は彼女の耳元で囁いた。
「デートしよ、エステレア」
エステレアは目を見開いた。
2人でビーチを歩いているとやはり衆目を集める。しかしもう王女一行である事が知れ渡ったせいか近づく者はいなかった。
景色を楽しんだり、変な貝殻を拾ったり、屋台を見たりして楽しむ。
「お嬢さん達、ウニ食べていかない?取れ立てだよ」
ウニ。
ここではウニも獲れるのか。
ビニールシートにまな板を設置しただけの簡素な露店。水槽にはたしかにウニがいる。何ウニかな?
ウニなんて前世でしか食べた事ない。
「これがあの、ウニですか……」
「買いたい」
「じゃあこれ1セットね」
セット?
バゲットを渡される。
これに塗って食べるんだそうだ。
「生で食べるのですか?」
「生が一番うまいんだよ」
「……ワサビ醤油、ある?」
「ん?お嬢さん東方の子か? 醤油はあるよ」
良かった。私はバゲットは遠慮して醤油で食べる事にした。お昼ご飯が入らなくなるからだ。
その場でウニを叩き割る店主。エステレアはちょっと引いている。
その紅色の中身に醤油をかけ、スプーンで食べる。
生臭さが全くない。トロリとした食感はクリームのようだ。
「お、お嬢様、大丈夫なのですか?」
「食べてみて」
ウニをすくったスプーンを口元に差し出す。エステレアは何度も躊躇ってから思い切って口に入れた。
「おいしい?」
「上品な味ですね……美味しい……気がします」
こんなものだろう。新鮮なウニは格別だと思うが、初めての人には謎の脳みそにしか見えない。次はバゲットに付けるのも試してみよう。
そういえば私たちは、生の海産物なんて食べた事ないのだ。私はまだ前世の記憶があるけど、エステレアは皆無のはずだ。
どうせならもっと食べさせてあげたい。皆にも。
マグロのお刺身なんてどうだろう?あるだろうか?
そういうお店を探してみよう。皆でお昼に食べに行くのだ。
「エステレア、もっといっぱい、珍しいもの食べよ」
「はい、お嬢様のマイクロポンポンが満たされるまで食らい尽くしましょう」
マグロはなかった。
露店の人とかに聞いてみたが、店で出すのも浅瀬で取れる貝や魚くらいだという。
考えてみれば、海に出られないのだから、近くで取れない魚がないのは当然と言えば当然だ。
諦めて皆のところへ戻る途中、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「こんにちは、トモシビ様」
「……双子の」
「はい、プラチナと申します」
Bクラスの双子の女の子の方だ。彼女もバカンスだろうか。相変わらず慇懃な態度だが、水着を着てジェラートを手に持っているあたりかなりエンジョイしてるらしい。
「ようやく接触できました。アスラーム様がお待ちです」
なんだろう? 彼もいるのか。
彼女に連れられて少し歩くと、バーベキューグリルを囲んで騒いでる男たちがいた。
アスラーム達だ。なぜかグレン一味もいる。
「やあ、来たね。呼びつけてすまない。こんな形じゃないと君達に近付けなくてね」
「なぜ貴方達が一緒にいるのですか?」
「こいつらを見張るためだ。不本意だがな」
「彼に付きまとわれているだけさ」
「お嬢が平和にバカンスできたのは俺たちのおかげなんだぜ?」
「やめろ、ランド」
よく分からないが、アスラームが私達に近付くのをグレン達が止めていた、ということだろうか?
どの道、私達には王家の護衛が付いてたんだけど。
ツリ目が沢山の貝を持ってやってきた。
私をみて片手を上げる。
「よっお嬢、楽しんでるか?」
「うん」
「今からバーベキューやるからお前らも来ねえか? それでこいつらも満足するらしいからよ」
彼らはずっとテントで寝泊まりしていたらしい。色々あってこのバーベキューグリルを拾った、とツリ目は穏やかな目をして言った。
なんか性格変わってる気がする。
ふと妙な匂いが鼻をついた。グレン達の体からだ。
「なんだ? 臭うか?」
「ちゃんとお洗いになっているのですか?」
「彼らは海で行水してるだけだからね」
「……いつもより、いい匂い」
「そ、そうか」
潮の香りだ。
彼らは良い匂いと言われてニヤけているが、まともに体も洗えないなんて苦労が偲ばれるエピソードである。
どうやらグレン達はあまり楽しくないバカンスを過ごしたようだ。
私としてもお昼にバーベキューというのは悪くない提案である。
皆が良いならという条件付きで了承したのであった。
ジュワジュワと泡を吹いて貝が開いていく。
一体どこから獲ってきたのか、ラインナップは豊富だ。牡蠣やハマグリ、ムール貝……あと知らない貝が色々。日々の採集依頼で鍛えたおかげだろうか。
手際良く焼けたものをグレンがお皿に乗せて差し出してきた。
レモンと塩を少しかけていただく。
どれも身が締まってプリプリだ。複雑な海の風味が合わさった貝特有の味。心ゆくまで食べられる。
私たちは新鮮な高級食材に舌鼓を打った。
「へー美味しいね、やけに手際もいいし」
「やりますわねえ」
「俺らは一昨日から自給自足してたからな、もう慣れたぜ」
「トモシビ、もっと食うか? 牡蠣はどうだ?」
グレンはしきりに私のお皿に乗せようとしてくる。鍋奉行ならぬバーベキュー奉行のようだ。
ちなみに牡蠣は生だ。ジェノバでは牡蠣は焼かないのが当たり前らしい。食中毒とか怖くないのかな、と思うが当たり前なら大丈夫なのだろう。
グレンが甲斐甲斐しくレモンまで絞ってくれたそれを、つるりと食べてみた。噛むとそこからエキスが溢れる。
苦味がない。質が良いのかな?
思わず顔が綻んだ。
「おいしい」
「おお……好きなだけ食っていいからな」
「えーと、僕らの分はないのかな?」
アスラームが苦笑いしている。そもそも彼等にはお皿すら配られていない。
「ねえよ。何か持ってきたら勝手に焼いていいぞ」
「一応、これ俺らの昼飯なんだぜ?」
「ええ〜っ、なんかごめんね」
「お金、だす?」
「いやお前らはいいよ、こっちが誘ったんだからな」
「やれやれ、それならこちらもそうさせてもらうよ」
どうも彼等の仲は悪いようだ。前から警戒心むき出しにしていたが、過去に何かあったのかもしれない。どちらも王都の有名人なのだから繋がりはありそうなものだ。
アスラームがパチリと指を鳴らすと、どこからか料理を持った女性達が現れた。
側近の執事がテーブルを設置し、白いテーブルクロスをかけるとその上に料理を乗せていく。
「君達の態度次第では分けてあげても良かったんだけど……残念だよ」
「ぐ……てめえ……」
「さあ、トモシビさん達はどうぞ。珍しい海の幸ばかりだよ」
「ほんと?」
なんだろう?もう既に調理済みの料理が並んでいる。執事が恭しく説明してくれた。この人、本当に執事なのかもしれない。
「イカとカツオのカルパッチョ、アイボールのボイルでございます」
「イカですか」
「イカです」
「良かったわね、メイ」
アイボール?
聞いたことがない。
お皿に目玉みたいなのが乗ってる。なんかの卵だろうか?
私が知らないのだから珍味なのだろう、しかしこの世界ではイカやカツオも珍しいようだ。イカ好きらしいメイは目を輝かせて喜んでいる。
私とフェリスはアイボールをフォークで刺して口に運ぶ。
なんだこの味。不味くはないと思うけど……なんか変な味だ。苦味辛味甘味塩味旨味の全てが同時に襲いかかってくる。フェリスは食べてはいけないものを食べたような顔をして噛まずに飲み込んだ。
「これ魚の生肉? いけるわ」
「ほんと、おいしーね。これクリプト達が作ったの?」
「ええ、お褒め頂き光栄です」
「まじか。あーしのとこに嫁に来いよ」
「それはちょっと」
一番人気は執事が作ったというカルパッチョだ。やっぱりカツオやイカは安定感がある。特に私にとってはカツオは懐かしさも相まって感動すら覚えたほどだ。
エステレアはメイに勧められてイカを食べている。なかなか好評なようだ。クロエはアイボールが気に入ったらしい。一人で平らげている。
「喜んでもらえたかい?」
「うん」
「それは良かった。探した甲斐があったよ……ああ、君のそのみ」
「おいトモシビ。やべえぞ、ロブスターが獲れた」
「すごい」
アスラームが何か言いかけたが、グレンが持ってきたロブスターに一瞬で心を奪われてしまった。
大きなハサミのついた立派なロブスターだ。グレンが半分に割って網に乗せる。
「ちょっと待ってろ。一番うまいところをやるからな」
「少しでいい」
「すごいですわね。こんなのどこで獲ったのかしら?」
「まあちょっと、な」
「危険を犯した甲斐があったぜ」
焼きあがったぷりぷりの身を口に入れる。
素材の甘みが濃くて、ただの塩で充分に美味しい。この香ばしい香りはそれだけで暴力だ。
……そろそろお腹いっぱいになってきた。
「トモシビさん、ウミガメのスープができたんだけど良かったらどうだい?」
「ウミガメ」
アスラームがさらに畳み掛けてきた。
まさかのウミガメ。
一人分しかない。私が食べて良いのだろうか? とにかく一口スプーンですくって食べてみる。
肉は普通に哺乳類と変わらない感じだ。でもちょっと潮の風味がする。ニンニクの効いたスープとマッチして美味だ。
「てめえ、金に物言わせやがっていい加減にしやがれ」
「財力も力だよ。つまらない僻みはやめてもらおうかな」
「俺たちの方が高級なもん集めたがな」
「我々の方が珍味です」
なんか……競ってるらしい。私としてはどっちも美味しいのだが、これはもう食べられないのであとは皆にあげることにする。私にくれたっぽいし、べつに良いよね。
「エステレア、あーん」
「むぐ……爬虫類を食べたのは初めてですが美味しいですね」
「と、トモシビ様、私もあーんって……」
「エクレアもあーん」
「トモシビ様、このロブスターあと全部食べて良いんですか?」
「もう食べられないから」
「さっすが、セレストエイム様は話がわかるー」
「トモシビちゃん、あとでデザート食べに行こうね」
「うん」
デザートに海産物などないだろうから、さっき双子の片割れのプラチナが食べてたジェラートなんか良いかもしれない。
そろそろ皆食べ終わったようだ。
ショッピングのついでにデザートを食べに行くことにしよう。隅っこで従業員みたいに立っているプラチナに声をかける。
「ジェラートですか? それならご案内いたします」
「ありがと」
「彼らトモシビを取り合ってるんですのね。放っておいていいの?」
「……うん」
なんだかんだで楽しそうだし、良いんじゃないかな。張り合うばかりで誰も私の水着には一言もないし……。
それがちょっと不満だったのは内緒だ。
アイボールの味は放置したホヤみたいな感じですね。通好みの味らしいです。




