まだ生きてる遺跡でした
※10月7日誤字修正。ご報告頂きありがとうございます!
カチリ、と音が鳴った。
階段を降り、その先の部屋へ入った瞬間である。
壁に設置されてあるランタンに明かりが灯った。魔導具のランタンだ。珍しいものではないが、古代のものがまだ生きてるのは驚異的ではないだろうか。
そしてゴトゴトと何かが動くような音がそこかしこから聞こえてくる。
真っ暗闇じゃなくなったのは嬉しいが、なんか……いけない事をしてしまった気がする。
「……やばくね?」
「何かのスイッチでも入ってしまったのかしらね……」
とはいえ、それはそれで大発見である。罠とかあったら怖いが……どうしよう?
考えてると、カタカタと足音みたいな音がどんどん大きくなってきているのに気付いた。
フェリスに聞くまでもない。こっちに向かって来ている。
戦闘態勢に入る私達。
やがて、部屋の奥からソレが姿を現した。
8本の節のある足、複数の目がある頭、鎌のような顎。
「く、くも!」
どう見ても蜘蛛だ。
犬くらいある。
その大蜘蛛は大声を出したせいか、私に向かって機敏に飛びかかって来た。
気絶しそうだ。
しかし訓練した体はすぐに反応した。
ショートカットから魔術を発動。そしてそれを障壁で包み込む。
パイルバンカーだ。こんなときを想定して何度も反復練習した接近戦用置きパイルバンカー。
正面に置いたその球体に蜘蛛は突っ込んで……爆散した。
やってしまった。
バラバラになった蜘蛛の欠片が私に降り注ぐ。
スーッと顔から血の気が引いて行くのが分かる。
グラリと倒れかけた私をエステレアとエクレアが支えた。
「お嬢様! しっかり!」
「トモシビ様違うわ!蜘蛛じゃない!」
いや、どう見ても蜘蛛だ。私の体はもう蜘蛛の体液まみれになってるはずだ。もうお嫁に……は行かなくていいけど。
私は自分の体を見た。
あれ? 体に何も付いてない。
あたりを見渡す。
機械部品みたいなのが散らばってる。
「な、なにこれ? 魔物じゃないの?」
「これはゴーレムですね」
「ゴーレムってなぁに?」
「一言で言うと魔導具を使った勝手に動く人形です。あのゲームの人形と違うのは、複雑な機械仕掛けがあることですね」
やけに詳しいクロエ。
一応この世界でも、ちょっとした機械仕掛けくらいはある。電気の代わりに魔力を使っているだけで歯車やバネなどの仕組みを使った時計などが作られている。
ただこんな自動人形を作るのは、ちょっと聞いたことがない。
ちなみに人生色々ゲームの人形は天然の魔物素材をそのまま使ったものなのでノーカンである。
世の中には仕組みがわからなくても使えるものがあるのだ。
「でもあんまり強くなかったし、いけそうだね」
「スカイサーペントやミミズに比べれば雑魚よね」
気持ち悪いフォルム以外は特に問題なく倒せそうだ。
剣はあまり通じなさそうなので、パイルバンカーや爆弾で壊すのが良いだろう。フェリスなら素手でもいけるかもしれない。
そのフェリスと、トラップの類に詳しいメイを先頭にして私達は進んで行く。
結果的には罠は一つも見つからなかった。その代わりゴーレムとは何度も遭遇した。
ゴーレムは蜘蛛型が大半だったが、車輪の付いた人型もいた。ハニワみたいな外見をしている。ゴトゴト音を立てていたのはこのハニワゴーレムのようだ。
ハニワは驚くべき事に銃のような物を連射してきた。
「トモシビ様の視力強化がなかったら危なかったわ」
「面白い事をしてきますね。石を魔法で飛ばすなんて」
「普通に石投げればいいのにね」
強化があるとはいえ、皆剣で弾いて対処してしまった。威力は前の世界の拳銃より低い。
この程度の銃で魔物に対抗できるとは思えないので、たぶん対人用なのだろう。
フェリスに破壊されたゴーレムの銃は回収しておく。皆にとっては無用の長物でも私には貴重な物理攻撃手段だ。後で調べて使えるようにしたい。
他にも変わった部品は回収しておこう。今回、私の着替えなどをホテルに置いてきたのでアイテムボックスは少し余裕があるのだ。
このゴーレムの存在だけで来た甲斐があるというものである。
この階層はどうやら地下一階のような迷宮ではないらしい。いくつもの小部屋があり、廊下はそれを繋ぐだけの簡素な作りをしている。
小部屋の中には朽ちかけた木の椅子や机があったり、変色した紙や謎の部品が散らばったりしていたが役に立ちそうな物はなかった。
そして今度は普通に階段がある。
「行くところまで行くしかありませんね、お嬢様」
「うん」
スカイサーペントに追われてまで来たのだ。ここまで来て帰るなんて選択肢があろうはずがない。
私達はさらに地下へと進む。
地下3階は2階とほぼ同じだ。ゴーレムを破壊しながら進む。
そしてまた階段を下る。
4階には一つの部屋しかなかった。
部屋の中央には魔法陣が描かれており、入り口に番人のように置かれた像がどこか荘厳な雰囲気を出している。羽とツノの生えた奇妙な人間の像。悪魔か何かだろうか?
「今度はまた複雑な魔法陣ですね」
「さっきのは構造くらいはわかったけどこれは全然理解不能ね。トモシビ様、わかる?」
「……わからない」
さっぱりである。後で魔導院の研究所に持って行こう。
魔法陣のスクリーンショットを撮っていると背後でゴトリと音がした。
……そんな気はしていた。
悪魔像が動き出している。
「どうせ来るだろうとは思ったわ」
「先に攻撃しておけば良かったですね」
「また変な攻撃してくるかも」
油断はしない方が良い。
悪魔像はグッと台座に身を沈めたかと思うと……一気に飛びかかって来た。
「トモシビちゃん!」
フェリスが私の前に立って受け止める。悪魔像の爪がフェリスの手甲に当たって火花を散らした。
なんで魔物はいつも私を狙ってくるんだろう?
2匹目が飛び立った。上空を旋回し獲物を定めているようだ。
「私チームこれ担当」
「わたくし達が上ですわね!」
丁度2チームいるんだし各個撃破で良いだろう。
アナスタシア達が飛び立って空中戦に移行する。
よし、こちらは目の前の敵だ。
フェリスと鍔迫り合いならぬ爪迫り合いを演じる悪魔像に、エクレアが背後から爆弾の魔術をぶつける。
仰け反る悪魔像。
しかし損傷はない。これまでより硬い相手だ。ボスだけのことはある。
悪魔像は羽を広げて飛び立つ。
が、次の瞬間、真上に置かれていたパイルバンカーに当たる。その強烈な衝撃でぶっ飛ばされ、地面に凄い勢いで激突した。
もちろん置いたのは私だ。
「ナイス〜!」
フェリスがサッカーボールを蹴る要領で悪魔の頭を蹴り飛ばす。
頭が飛んで行き、壁に当たってコーンと良い音がした。
まだ動こうとするひび割れた体を全員で刺し貫く。
私だけ剣が弾かれた。力が足りなかったようだ。悲しい。
動きが止まった。
誰かの剣が重要なパーツを破壊したらしい。
楽勝だ。私達の連携力が上がって来たのを実感できる。
……あ、いや違う……まだだ。
「あっち」
蹴り飛ばされた頭の方に振り向く。
魔法陣。
やっぱりだ。
火の式だけはわかる。あとは謎の式。情報不足だが障壁を発動する。
これでなんとか……。
その時、頭上にさらに魔力の揺らぎを感じた。
「トモシビ!避けて!」
上にいる悪魔像が真っ直ぐ私を見ている。その口元には魔法陣。
十字砲火……? あっちも連携してきたのか。確実に飛び道具だ。
やばい。
エステレアが振り向いた。
私を抱きしめて横っ跳びに疾走する。
レーザービームのような閃光が部屋を横薙ぎに走った。同時に、先程まで私がいた場所に光の柱が降り注ぐ。
「熱っ!」
「くっ……」
ビームの魔術? そんなものがあるなんて。
横薙ぎのビームを浴びたエステレアの顔が歪んだ。
しかしまだ終わってない。横薙ぎのそれよりも格段に眩く光り輝くビームの照射が私達に向かって移動してきている。
「この!」
光が止んだ。
アナスタシアが氷を纏わせて棍棒みたいにした剣で殴りつけたようだ。氷のエンチャントだ。そういう使い方もあるのか。
横薙ぎビームはクロエ、エステレア、エクレアに当たり、上からのビームはなんとか避けた。
私に怪我はない。エステレアが庇ってくれた。
頭だけになった悪魔像をフェリスが踏み潰して完全に破壊する。
「エステレア……!」
「大丈夫です……少し火傷しただけのようです」
エステレアの背中の服が焼けて肌が真っ赤になってる。
エクレアの足やクロエの右手にも掠ったらしい。炭化まではしてないが酷い火傷だ。治療しなきゃ確実に痕が残るだろう。
「これでもトモシビ様の障壁でかなり減衰してたみたいね……」
「皆さん大丈夫ですか!?」
早く治療をお願いしたいが、悪魔像はもう1匹いる。
そしてまたこの感覚。
上空を見上げると、また悪魔像が魔法陣を描いていた。
ゾワリと総毛立った。恐怖ではない。武者震いのようなものだ。
魔法陣で変換された魔力の波動は覚えた。
次は完全に防いでみせる。
透明な壁が悪魔像を包み込み、その中で閃光が弾けた。
よし、完璧だ。
「さっすが!」
自分のビームの熱で焦げた悪魔像にトルテが上から踏み付けて剣を刺す……が、刺さらない。こいつの体は硬い。不安定な空中で貫くのは難しいだろう。
彼女はそのまま体重を乗せて悪魔像ごと落下していき、その体を床に叩きつける。衝撃で剣が硬い悪魔像の体を貫いた。
「セレストエイム流剣技!」
悪魔像の口から火が噴き出した。
剣に炎をエンチャントして内部で溢れさせたらしい。
エグい。
セレストエイム流って……もしかしてミミズ倒した時の私の真似だろうか。
「急所は心臓か鳩尾付近です!」
「心得ました」
降りて来たメイが二箇所を素早く貫く。そしてトルテが頭を破壊した。
終わった。
早く治療しないと。
私はすがるような目でクロエを見た。
「クロエ……お願い」
「もちろんです!」
クロエは自分を後回しにして一番重症のエステレアに神術をかける。
エステレアは私を庇うために横薙ぎのビームをまともに受けたのだ。
「んっ…………んんっ……!」
快感に悶えるエステレア。これだけは全員共通である。
赤いのが引いていく。良かった。火傷はもう見たくない。
次はエクレアだ。歯を食いしばって意地でも声を出さなかった。
最後にクロエは平気な顔で自分を癒し始めた。自分に対してやるときは変な快感はないらしい。理不尽だ。
私は治ったエステレアの背中を何度もさする。大丈夫なんだろうか。
「痛かった……?」
「お嬢様をお守りするのは当然です。名誉の負傷ですわ」
「遺跡に行くなんて言った、私の責任」
「そんな事気にしてましたの? わたくし達自分の意思で来たのよ?」
「このご時世、どこ行っても危険なんて当たり前だからね。今更だよ」
そういうものだろうか。
「誰か言い出す人がいないと誰も何も動けないでしょう? 皆が責任から逃げたら何かを決めるのも大変ですわよ。トモシビは責任感のある立派なリーダーよ」
「そうですよ、怪我なんて私が治します」
私は気にしすぎかな。
でもエステレアが私を庇ってくれた瞬間はトラウマものだ。
皆が慰めてくれても反省点は改善しなくてはならない。もっともっと考える必要がある。
「あ、トモシビちゃん、気になってたんだけど……」
「?」
「さっきこの辺の壁、変な音しなかった?」
フェリスが話題を変えた。
私もこの話は終わりにしよう。
フェリスは壁際に歩いていくと壁をコンコン叩き始めた。
悪魔の頭が当たった部分だ。
私にはよく分からないが……また隠し部屋だろうか?
とりあえずフェリスが示す壁に爆弾を当ててみた。
ガラガラと壁が崩れる。
本当にまた隠し部屋だった。
棚にあるのは宝石類だ。それに……床には奇妙な魔法陣。
「フェリスさんもよくわかりますね……」
「いい耳」
「えへへ、私耳だけは良いから」
ピクピクしている猫耳を撫でる私。フェリスは目を細めて喜んでいる。
「不思議な魔法陣だね」
「これ圧縮魔法陣よね。トモシビ様の″窓″と似てるわ」
それは渦を巻くような特徴的な魔法陣だった。渦を構成する一つ一つの点がよく見るとさらに小さな魔法陣になっている。これまで遺跡で見た2つの魔法陣とは全く異なるものだ。
この形はどこかで見たことがある、ような気がする。気になるけど思い出せない。
「こ、このお宝、あーしらで貰っていいの?」
「見つけた者に所有権はあるはずですので、良いと思われます」
「じゃあ帰ったら山分けね!来た甲斐があったわ!」
色々あったが報われた気がする。
私としては、宝石類に負けず劣らず魔法陣やゴーレムの部品の数々もお宝だ。
私達はゴーレムの残骸で死屍累々の道を、来た時より軽い足取りで帰ったのであった。
自分を庇って他の人が負傷するって、こういう世界では結構ありそうですけど、考えたら罪悪感すごそうですよね。




