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人を殴ると自分が痛い



グレン達にバルザックが突っ込む。

私はきっとまた先程の図が再現され、こちらが漁夫の利という美味しい状況になると思っていた。しかしその予想は外れる事となった。

グレングループが内輪揉めを始めたのである。



「誰でも良いからかかってきやがれ!」



グレングループのツリ目の男がそう叫んで隣の者に襲いかかった。

なんだろう?

グレン達は一枚岩ではなかったという事だろうか?

そこにバルザックが突っ込み乱闘が始まった。

各々が勝手気ままに殴り合う。

またしても放置される私達。


鮮血が飛び散るのが見えた。

顔中腫れ上がった男が倒れた。一人目の脱落者だ。

彼を殴り倒した3人がこちらに気付いて、向かってきた。

……そうだ、強化。

皆に強化をかけないと。



「身体強化する」

「ありがとう、トモシビちゃん」

「助かる」



見ながら口々に感謝の言葉を述べる。悪い気分ではない。私もまだ余裕がある。



「あとは休んでいて大丈夫よ」



私達グループの男子、ルーク、ゲイル、セトが前に出た。

そして試合用の模造刀を構える。



「ちょ、汚ねえぞ!」

「武器使用禁止なんてルールはありまして?」

「くそっ」



男子3人が盾役となり、取り囲んで袋叩きにする。基本的にはこういう作戦である。

周りは自由に喧嘩しているのに私達の軍隊のような動きははっきり言って浮いている。

程なくして敵は叩き伏せられてしまった。

相手にならない。当たり前である。

勝利の余韻に浸る間も無く、私達にヤコ先生から物言いがかかる。



「やっぱり武器はなしじゃ、つまらん」

「つまらんって……」

「アナスタシアよ。相手より有利な条件を揃えるのは当然の采配じゃ。だがそれに頼っては対等を学ぶ機会がない」



これも教育の一環ということなのだろうか?

私達、というか私以外の8人は渋々と武器を捨てる。私は最初から持ってない。



「まあやるだけやってみよ。本当に危ないときは止めてやる」

「もう!仕方ないですわね」


「もういいか?」



その声を発したのはツリ目だった。

乱闘は終わったらしい。その場に残っているのはバルザックとツリ目、それにグレン他2人だ。



「お前らばかり残っててズルいからよ。ちょっと仲間に入れてやろうって話になったんだ」

「痛い目見たくなければ降参するんだな」



つまり彼らは一時的に手を組んで、無傷の私達をターゲットにしたらしい。

グレンと手下二人が右に回り込む。ツリ目は左に。バルザックは正面から。



「姫様はお下がりを。ルーク」

「了解」



アナスタシアが下がり、ルークが正面に立つ。それを見てバルザックが唇の端を吊り上げ、飛びかかった。



「一撃で死ねよ!!!」



その声を合図のようにして集団戦が始まった。

ルークはなんとかガードしたが吹き飛ばされ、それを男子二人が支える。ツリ目はアナスタシアを狙うがメイとジューンに邪魔されている。

私達三人の前にはグレン達が立ち塞がった。

……立ち塞がるだけである。何もしてこない。



「降参してくれねえか?」

「しない」

「……脱落した奴ら見ただろ?顔が腫れ上がったり全身青アザだらけになるぞ?いいのか?」

「……うん」

「そんなことは私がさせません」

「そのメイドが盾になったらそいつが傷付くんだぞ? お前それでいいのか? よく考えろ」

「私が盾になるから」

「そんな!私がお嬢様をお守りするのです!」



グレンは眉間にしわを寄せて悩むような表情を見せた。さっきから何なんだろう。手下二人も何もしてこないし。ちなみにフェリスはアワアワしている。



「よし、じゃあ腕相撲はどうだ? 負けたら降参しろ」

「……お嬢様、この男様子がおかしいですわ。実は弱いのかもしれません」

「ああ!? なんだと!!」

「戦ってバレるのが嫌なのかもしれません。 そういえばずっとお仲間に戦わせてばかりでした」

「ちげえよ!何でそうなる!俺はお前らを……いや」



グレンはもごもご言いながら目を逸らす。これは、照れているのか……? 気持ち悪い。

……ひょっとして私、ならまだしも、まさかエステレアに一目惚れでもしたのだろうか?

嫌な気分になった。



「もういい」



ショートカットから風魔法を起動。私の肩と肘と踵からジェット噴射のような風が出て加速する。一瞬で近づき、そのままの勢いで鼻先にストレートをお見舞いする。

グキリという感触、やつの鼻が折れたのではない。私の手首が曲がったのである。



「いたッ……」

「馬鹿野郎! 痛めやがったな!」



殴られたのは自分なのに、彼はボクサーの怪我を見るセコンドのようにテキパキと腕を掴んで大事ないことを確かめる。

私のパンチって鼻より弱いのかな……?

いや人を殴ったことない拳でもまさか鼻先に負けるとは思えない。何らかの防御魔法を使っているのだろうか。

グレンは一頻り私の右手を診ると、両腕を片手で掴み、吊るすようにして拘束する。



「おら、もうやめとけ」



蹴ろうとしたが煩そうにもう一方の手で払われる。

ダメだ。話にならない。



「トモシビちゃん!」

「お嬢様!……このっ!!」

「邪魔すんなよ」



エステレアとフェリスが動くも手下二人に阻まれている。この二人も手練れのようだ。反撃こそしないがエステレアの攻撃はいなされ、防がれて全く通じていない。



「諦めろ。お前は戦うような女じゃ……いや、戦うなら後ろで守られとけ」

「はなして」

「ぐっ!? 」



グレンが呻いて目を押さえた。

先ほどのジェット噴射を使って目潰ししたのだ。ジタバタ暴れていたのでうまく目に当てられた。

この隙に脱出……できない。

拘束が緩まない。

ならばさらにもう一つ仕込んでおいたショートカットを使うしかない。

こんな時のために十全に準備をしておいたのだ。

ちょっと格好悪いが頭を振り乱して、髪の毛先をやつに当てる。どこでもいい。狙ったわけではないが顔面に当たった。

その瞬間、大音量を立ててやつの顔面が破裂した。


実は私は髪の毛からも魔術が発動できるという特技がある。私にとって髪の毛の先まで魔力を通せる範囲なのである。大事にしてるせいかもしれない。それをショートカットに登録すればこういうことができるわけだ。


一般的な魔術を使うには魔法陣を描く必要がある。魔力をインクとして塗りつけるイメージで使うのである。普通は指や杖などで描くわけだが、やろうと思えば体表の魔力の移動だけで魔法陣を描くことができる。

私のジェット噴射は肘や肩の魔法陣から風を凄い勢いで噴射するというだけのものだ。

そんな場所に手は届かないし見ることもできないので、感覚のみで描かなければならない。

集中力がいるので実戦で使うには修練が必要である。

だが私のショートカットなら登録すればノーモーションで瞬時に使える。

十個までしか登録できないし、場所や方向まで全て決定済みの()()()()()()()()()()()しか登録できないという欠点はあるものの、この機能は非常に便利だ。



「お嬢様!」

「な、なに、今のは!」



腕が抜けた!

音を聞いてアナスタシアが駆けつけてきた。向こうはもう終わったのだろうか?

グレンは流石に顔を押さえているが、すぐ気がつくだろう。この魔法が殆ど威力がないということに。



「クソッ……なんだこりゃ」



うまく調節して派手な音を出しただけである。せいぜい爆竹くらいの衝撃しかなかったはずだ。

よし、トドメだ。

さっきまでのは安全に配慮して作った魔法だったが彼は私のパンチで倒せる男ではない。強力な衝撃で意識を奪うしかない。

ショートカットは用意してないので普通に魔法陣を描く、

書き慣れた火の式。続いて風の式。

この積層魔法陣にはコツがある。一段目をあえて完成させずギリギリまで速度を緩めつつ同時に二段目を描く。外に向けて膨み続ける一段目のエネルギーを強すぎず弱すぎない絶妙なバランスで抑えながら描くのである。



「やるんですねお嬢様」

「や、殺るの?!」

「グレンをやれるわけがねえ!」



みんなはいつの間にか観戦に回っている。



「ちっ!」



グレンがまた手を掴んで止めようとしてくる。だが私はスルリと避ける。

内向きの力をかけた空気の層で包んで圧縮した空気を熱で爆発的に膨張させるのだ。破裂した時の衝撃は条件次第では鉄板を凹ませるほどにもなる。

その爆弾が今まさに魔法陣から生成されようとしていた。



「やめんか!」



その瞬間、滑り込む小さな影。ヤコ先生だ。



「いたっ」



全身に衝撃が走った。

ヤコ先生が私に体当たりを仕掛けたのだ。

そして私の胸に手を当てる。

力が抜ける……魔力の制御ができない。先生が何かしているらしい。



「その魔法は反則じゃ。魔法陣を書き換えるぞ」

「……私、負け?」

「そういう事になるのう」



…………。



「それはダメ」



爆弾は概ね生成されたものの、先生が何かしているのか、発射される様子も破裂する様子もない。

ならばまたショートカットを使う。先程の爆竹魔法。これで爆弾を打ち出すのだ。

手を伸ばす。

それを阻もうとするヤコ先生。だがそこに乱入者が現れた。エステレアである。



「先生!お嬢様に何をなさるのですか!」

「こっちのセリフじゃ!」

「ちょ、ちょっとエステレアさん!トモシビちゃん!」

「おい離れろ!危ねえぞ!くそっ」



エステレアが先生を引き剥がしにかかり、フェリスはオロオロしている。

グレンが爆弾に向かって何か魔法陣を描き始めた。

その前になんとか……届いた!

続けて爆竹を発動、思った通りショートカットは使える。魔力制御の必要がないからだろう。

だがその瞬間。



「あ」



揉み合いで位置がズレた。

爆弾の中に爆竹が現れる。

しかし同時にグレンの魔術で爆弾が丸ごと透明な壁に覆われた。

内部は白く輝き、見るからにまずいエネルギーが渦巻いている。



「どいておれ!」



ヤコ先生の操作だろう。爆弾は凄い勢いで体育館の入り口を抜け、誰もいない校庭に打ち出され、炸裂した。

轟音とともに、地面が揺れる。



「全員無事か?!」



ヤコ先生はそう言って周囲を

見渡す。

ともあれ皆無事のようだ。良かった。



「トモシビよ。お主とんでもないことをしてくれたの」



見れば全員の目がこちらに向いていた。

誤解……ではないけど、事故……いや大部分私の責任なのは確かだ。

あのエネルギーが教室で炸裂すれば全員ただでは済まなかった可能性が高い。

急激に頭が冷めてきた。

ひょっとして大変な事をしてしまった……?

そのとき、エステレアがよく通る声で言った。



「先生!生徒を殺すおつもりですか?」

「……は?」



先生はキョトンとした。



「お嬢様の計算し尽くされた魔術に余計な邪魔をして!全員爆死するところだったではないですか!」

「な、なんじゃと?」



エステレア……心強すぎる。今日はマッサージでもしてあげよう。

続いてアナスタシアが一歩進みでる。



「……トモシビは何をしようとしましたの?」

「爆弾でグレンの意識を飛ばそうと」

「見せてくれたアレですのね。炎というより衝撃の魔術ですしギリギリ合法かしら……あれがダメならバルザックのパンチも反則ですわ」



バルザックはつまらなそうに成り行きを見ている。彼は既にルーク達3名を全滅させていた。強すぎる。



「先生が何もしなければお嬢様が無事勝利していたはずです!」

「じゃ、じゃがグレンは無事では済まんじゃろ!」

「俺を舐めてんのか? そんなもんでやられるかよ」

「おい、あれどうすんだ? 騒ぎになってんぞ」



と言ってバルザックが指差したのは窓の外。校庭に3メートル以上はあるクレーターが出来ていた。しかも人が集まりつつある。これは騒ぎになるだろう。騎士団が動くかもしれない。



「し、しかしワシは審判として……」

「そもそも先生が審判するなど初耳ですし、ルールも最初に説明すべきではありませんか」

「剣を捨てさせておいて、高威力の魔法もダメ。そんな不利なルールを押し付ける審判がいて良いのでしょうか?!」

「ううっ」



アナスタシアとエステレアのエゲツない追求は続く。聞いてると私もなんだか悪くないような気がしてきた……良いのだろうか?



「お父様から聞いております。ヤコ先生は他人の魔力を乗っ取る霊術を使う、と」

「なるほど、早とちりしてそのお嬢の魔法陣を乗っ取ったのか。余計な邪魔しやがって」

「うぅ……」



しかし私も罪悪感が拭えない。

最後に爆竹で駄目押しをしたのも私なのだ。

″俺″の記憶のせいなのだろうか? 冷静になろうとしても、不意に湧く衝動に突き動かされてしまう。

やっぱり私も悪いだろう。

先生は勘違いしても仕方ないようにも思えるし、必死に生徒を助けようとしたことは事実なのだ。



「待って」



先生はすがるような目で私を見た。



「先生はみんなを助けようとした」

「トモシビ……」



先生はなんだか感動しているらしい。ちょろい。

その時、体育館の入り口に数人の人影が現れた。

中心にいるのは校長先生だ。



「クズノハ先生。事情を説明していただけますか?」

「うむ……皆の者、ワシが未熟なばかりに迷惑をかけた。今日は解散じゃ」

「私も行く」

「一応、俺も行こう」



私の魔法が招いた事だ。私からも説明する必要があるだろう。

グレンも名乗りをあげる。

校長室に連行される私達。ちなみにエステレアも当然のような顔でついてきた。



しばらく一日一話のペースで更新していきたいと思います。

よろしくお願いします。

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