初めてのダンジョン
私たちは徒歩で遺跡への道を突き進んでいた。
位置はホテルの支配人が教えてくれた。私のマップがあれば行けるだろう。
「アナスタシア様さ、本当に護衛なしでいいの?」
「いつもの部活だって護衛なんかいないでしょう?」
「そうだけど、男からは守るのに魔物からは守らないなんて変な感じね」
そういえばそうだ。もしかしたら、こっそりつけてるのかもしれないと思ったが、フェリスの耳にもかからないから本当にいないのだろう。
まあアナスタシアは元々魔法戦クラスに来るようなお転婆な王女様である。我がクラスがスパルタ式とは言え、戦闘面では信頼されているのかもしれない。
「入り口は地下か。今まで見つからなかったのも分かるけど、逆にどうやって見つけたんだろうね」
「突然出てきた、みたい……古くなってくずれたのかもって」
先生が言ってた。
地下へ続く階段がある日突然出てきたらしい。先日穴開けた学園の校庭と似たようなものかな。
もしかしたら、あそこも何か面白いものが眠ってるかもしれない。一度探検してみようか。
「あ……」
「フェリス?」
「トモシビちゃん……やばいかも」
突然フェリスが怯えだした。
耳を伏せて、尻尾を股に挟んでいる。
フェリスはあの巨大ミミズにすらこんな反応はしなかった。
私の知る限り、フェリスがこんなに怯えたのはあの魔物だけだ。
まさか……。
「スカイサーペント?」
「……うん」
「なんですって?!」
全員が上を向いた。
……いた。雲の間をニョロニョロ動く影。
まずい。
ここは遮蔽物がない。
降りてきたら終わりだ。
「……マジ?」
「ど、どうしましょうトモシビ様」
「トモシビちゃん……」
どうしよう? ジッとしてたらやり過ごせるだろうか?
それより走って遺跡に隠れる? でも正確な場所が分からない。迷ってる間にやられるかもしれない。
どうする?
……どうする?
だんだん大きくなるウナギの影。
あの時と同じ。
ここで狩る気だ。
今、この辺には魔物がいない。それはフェリスの耳で確認済みである。
つまり狩られる獲物は……私達しかいないということだ。
「全力で走って、あっち」
私の指す方向に全員で走り出す。
スカイサーペントが速度を増した。こちら目掛けて降りて来る。
遺跡はもうすぐそこだ。
地下にあるから見えにくいだけで、この辺にあるはずだ。
「どこ!?ないよ!?」
「地図が間違ってたんじゃないの!?」
見つからない。
どうする?
伝説の龍みたいな巨大魚はもう私達のすぐ上にいる。
もう……やるしかない。
「私が囮になって、上から探す」
「な、何を……?」
「大丈夫、私なら」
言うが早いか私は飛び立った。
「う、嘘でしょ?トモシビ!?」
「トモシビ様!?」
私が一番長く飛べる。
秘策もある。
しかし、その私を空中で誰かが支えた。
「私がサポートいたします」
「エステレア……」
「お嬢様のお考えは全部わかっているんですから」
エステレアはウインクしてみせた。
なら……安心だ。
彼女は飛ぶのが上手い。私達の中で一番かもしれない。私がメインエンジンで彼女が姿勢制御だ。
ぐんぐん上昇する。
目の前にのっぺりとした壁のようなやつの体がある。
まずはエクスプロージョンだ。
注意を引きつける。
旋回して方向転換しようとするスカイサーペントに向けて放った。
鈍色の体に赤い花が咲いた。
……ダメか。
最大限の魔力を込めて撃ったそれは少しの傷すら付けられなかった。
対魔力もミミズの比ではないらしい。
まあそれは想定内だ。今は注意だけ引ければいい。
下を見渡す。
……あった。原っぱの中にポッカリと長方形の口を開けた穴。あれが遺跡の入り口だ。
私が指し示すと皆はそこに向かって走りだした。
「右へ!」
エステレアの叫びが聞こえる。
顔を上げると目の前に巨大な魚のアギトがあった。
全力で右にブースターを吹かす。
なんとか避けた。
いや、まだだ。
うねる体が迫る。私たちはさらにそれを全力で回避する。
この質量だ。掠っただけで死にかねない。バランスを崩して落ちても終わりだ。
縦横無尽に空中を暴れまわるウナギの体を必死で避ける。
逃げるだけでいい。戦う必要なんてないのだ。
どうやらスカイサーペントは体が大きすぎて方向転換に時間がかかるらしい。
逃げるだけならいける。
皆の避難はすぐに完了した。
よし……後は私達が降りるだけだ。
魔力もまだまだある。
エステレアと頷き合う。
ウナギの目がギョロリとこちらを向いた。
嫌な感じがする。
やる気だ。直感的に分かる。
やつの体に模様が浮かんだ。
魔法陣だ。
ここならはっきり見える。
こいつの落雷は魔術だったのか。
やつの体から閃光が迸るその瞬間、私はアイテムボックスから一枚の布を取り出した。
至近距離の轟音が耳朶を打った。
「と、トモシビ様……? エステレアさん……?」
「そんな……」
「ああああ……わ、わたくしのせいで……」
地下に降りる通路の中、信じられないように目を見開くフェリスやエクレア達。
泣き崩れるアナスタシア。
アナスタシアのせいじゃない。私が誘ったのだ。
そんな彼女たちの前で、私は迷彩化したイカクラゲの皮を脱いで姿を現した。
「アナスタシア、悪くないよ」
「ひっ!トモシビ!?」
「え、い、生きてる?」
イカクラゲ……透魚の皮は電気を通さないって前に会長が言っていたのを思い出したのだ。
あの出力の落雷まで防げるかは賭けだったが、どうやら正解だったらしい。オタは素晴らしいプレゼントをくれた。
「心臓が止まるかと思ったわ」
「お二人ともご無事で何よりです……本当に」
「そんなものあるなら最初に言ってよね……」
全員、信じられないものを見たような顔をしてる。
スカイサーペントはまだうろうろしているが、流石にここまでは追ってこれない。
とんでもない目にあったけど。とにかくもう危機は去った。
今からは楽しい探検の時間だ。
「じゃ、行こ」
「はい、お嬢様」
「タフ過ぎるよトモシビちゃん達……」
私達は真っ暗闇の地下を降りていく。魔術で明かりをつけたいところだが、瞬間的な閃光は出せても持続させるのは難しいので普通に手持ちランタンで照らす。
3階ぶんくらい降りただろうか?
階段が終わり、古い石造りの廊下が姿を現した。
不気味だ。
完全にダンジョンである。
静まり返った暗闇に、嫌が応にも緊張感が増してくる。
私たちの息遣いと足音だけが響く。
「こ、怖いね。私暗いの苦手みたいだわ」
「そうですね、私も宗教上の理由で苦手です」
怖がるアンにクロエは全然怖くなさそうに同意する。
魔物はいないのかな。
餌もなさそうだし、いないのは当たり前か。
そんな事を考えていると、ランタンの光に照らされて何かが動いた。
総毛立った。
「く、くもっ!蜘蛛!」
「ほんとだ、蜘蛛だね」
「ふふふ、大きい蜘蛛ですねお嬢様」
「スカイサーペントより怖がってますわね……」
「と、トモシビ様、ほら、私にしがみ付けば怖くなくなるかも」
「そうはいきません」
エステレアが私を抱き寄せる。
蜘蛛は素早い動きでどこかへ行ってしまった。
これは大変な事になった。
蜘蛛がいるということは餌となる虫がいるという事だ。あの大きさからしておそらく……ゴキブリなどである可能性が高い。
これまで以上に注意して進む必要があるだろう。
無数の分かれ道を適当に進んでいく。
この遺跡、結構広い。迷宮のように曲がりくねっていて、隙間なくマップが埋まっていく。私の自動マッピングがなかったらかなり面倒だったと思う。
朽ちた剣や槍の残骸、変な像、骨など恐怖を煽るようなものはあれど魔物はいない。幸いゴキブリも見なかった。
やがて、私達はマップの中央に辿り着いた。
「ここがゴールみたい」
「意外と長かったですわね」
「これがその魔法陣?」
床に描かれている大きな魔法陣はそれほど複雑ではない。転送の式は習ってないのでよくわからないが、おそらくこれがアルグレオへの転送陣だ。
スクリーンショットで記録しておこう。
部屋にはこれ以外何もない。
部屋の中を歩き回っている私にジューンが声をかける。
「満足した? トモシビ」
「うーん……」
物足りない。
遺跡はこの魔法陣のために作られたのだろうか?
何の意味があるんだろう?
マップを眺める。
本当に迷宮みたいだ。
……あれ?
隙間なく埋まっている迷宮の中、この部屋の南側にポッカリとスペースが空いているのに気付いた。
私のマップは歩いた場所が書き込まれていくが、壁の向こうなど認識できない場所は当然埋まらない。
見たところ、この部屋の南側のスペースは壁で囲まれている。
なんでここだけスペースを空けたのだろう?
壁を叩いたり押したりしてみる。
特に何もない。何か隠し扉でもあると思ったのだが……。
仕方がない、爆弾で破壊するか。
私は魔法陣を描いた。
「え? トモシビ!?」
壁に爆弾の魔術をぶち当てるとガラガラ崩れた。やっぱり壁は薄い。重要文化財を損壊してしまった気がするが、新発見のためだ。このくらいなら許されると思う。
「びっくりした〜、どうしたのトモシビちゃん?」
「何かありますよ?」
階段だ。
破壊された壁の先は小部屋になっていた。その中央にさらに地下へと続く階段がある。
「……ここって騎士団も入ってないって事よね?」
「そうでしょ? 壁壊さなきゃ入れないんだから、あーしらが初めてね」
「大発見ですわお嬢様」
「すごいね!トモシビちゃん何で分かったの!?」
マップのおかげである。
閉じられた部屋なんだから十中八九未発見だろう。
面白くなってきた。
私達はさらに地下へと進んで行った。
第40話『先生に話を聞きます』が本来、14日月曜に投稿するはずだったのですが、13日の日曜に投稿してました。
申し訳ありませんでした。
毎日が日曜日なので昨日まで気付きませんでした……。




