ビーチで遊びました
※10月2日誤字修正しました!ほんとありがとうございます!
ジェノバに着く頃にはもう日が暮れていた。
ジェノバは王都ほどではないが、大きな城壁付きの街だ。
貴族たちが挙ってバカンスにくるだけあって安全性にも配慮しているのだろう。
後ろに背の高い綺麗な建物が並ぶ夜の城塞。その入り口を顔パスしていく私たちの馬車。
王族のご威光である。
中心付近にある一際大きな建物が私たちの泊まる『グランリッジ』ホテルだ。
馬車を停めるメイ。御者をする彼女に一人の男性が近づいてくる。
「ようこそ、お待ちしておりました」
ドアマンのようだ。
彼が馬車のドアを開けてくれた。
馬車を降りる私たち。
空気が違う。少し湿った空気。それにこの独特の匂い。
「不思議な匂いがするね〜」
「海の匂いでしょうか?」
「そうですね、潮の香りです」
ホテルから人がゾロゾロ出てきた。
ベルマンが荷物を馬車から運び出す。
総出で出迎えである。
その中の老紳士が頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました。アナスタシア様にご学友の皆様。支配人のクリムベアと申します」
「お久しぶりです、クリムベア様。今年もお世話になりますわ」
礼儀正しい紳士だ。
オペラホールを小さくしたような格調高いロビーに通され、高価そうな絵画が展示された受付でチェックインを済ませる。
部屋割りは私とエステレア、フェリスとクロエ、孤児院3人、アナスタシア達は1人部屋を3つである。
部屋も豪華だ。寮の私の部屋とほぼ同じくらい広い。
私達はホテルのレストランでジェノバ名物の焼き魚に舌鼓を打った後、最上階のロビーでしばし夜景を楽しみ、早めに休む事にしたのだった。
翌日、ビーチに向かった私はその異様な光景に驚愕する事となった。
「これが海……ですか」
「トモシビちゃん、あれ何?」
「……なんだろ」
ビーチは普通だ。エメラルドグリーンの海に白い砂浜は私の知ってるリゾートと同じである。
ただ遠く海の彼方に見えるものが異彩を放っていた。
水平線の向こうに聳えるように立つ巨大な人影。フェリスが指差してるのはそれだ。全長数十キロはあるのではないだろうか? あれが向かって来たら人類が滅びるだろう。
「あれはクルルスの像ですね。正体は不明ですが魔物の死骸ではないかと言われております」
「動かないから怖がる事ないよ」
「でも死骸ならあのくらいの魔物がいるって事だよね?」
「そうねえ……海には大きい魔物が多いらしいけど、こっちには来ないから大丈夫ですわよ」
そういうものだろうか? アナスタシア達は特に何とも思わないようだ。
慣れとは恐ろしいものである。
まあ幸いにもビーチは普通だ。いやむしろ、私の知っている普通よりはずっと上だ。
私達は向こうを気にしないようにパラソルを立ててシートを広げる。
本格的なバカンスシーズンにはまだ早いとはいえ、もうチラホラ人はいるようだ。
皆思い思いに寝転んだり、穴を掘ったり、海水浴をしたりしている。
……テントを張ってる人までいる。実地訓練を思い出す。そういうのも楽しそうだ。
「ねえ、トモシビちゃん。砂に埋まるのやろうよ〜」
「埋まりたいの?」
「うん〜」
「いいんじゃない? やってみたら?」
フェリスは変わった猫だ。
砂に埋まる……そういえばそういう事して楽しむって雑誌で見た。
前世でビーチなんか行った記憶はないがあっちでもやってた。
……良いかもしれない。
穴を掘り、その穴に私とフェリスが入ると皆で砂をかけ始める。
私達はみるみるうちに頭だけになった。
「どんな感じですか?」
「あったかいよ〜」
「暑いくらい」
「お嬢様は少し冷やした方がよろしいですね」
エステレアは私に冷えタオルをかけて頬をツンツンし始めた。私が鬱陶しがる様子を見て楽しんでるらしい。
意外と気持ちが良いので私達はしばらくそのままでいることにした。
皆も思い思いに寝そべったりして優雅な時間を過ごしている。
こうしてゆったりした時間を過ごすのがバカンスの醍醐味らしい。日除け″窓″もあるので紫外線対策もバッチリである。
地面から頭だけ出してボーッと海を見つめる。たしかに魔物の姿は見えない。平和そのものだ。
……。
…………。
私って何なのかな……。
突然変な考えが湧いた。
こう静かだとどうしても自己の内面に没頭してしまうものである。
私は中身も体もまともな要素が一つもない。そんな人間は普通まともな人生に憧れるらしいが、生憎と私はさらなる破天荒な人生を目指して邁進している真っ最中である。
″俺″という男の記憶は私に妥協を許さない。前世の人生はろくなものではなかったが、それが私の原動力になっているのは確かだ。
″俺″は私の妄想の産物ではない。この″窓″があると言うことは、やっぱり″俺″は実在の人物だ。ならば別世界も実在するということになる。
別世界…………世界って何なのかな。
考えてみれば不思議だ。私はおそらく世界を跨いで転生した。つまり世界を超える方法があるということになる。私は一体どうやって超えたのだろう?
魂だけにならないと超えられないということなのだろうか。
そもそも……この″窓″はどこから呼び出しているのだろう?
ひょっとしたら、私はまだ向こうと繋がってる……のかも。
私の心の奥底……記憶の彼方……あるいは夢の中……とかで……。
……。
…………。
………………トイレ行きたい。
フェリスは大丈夫だろうか。
「フェリス……フェリス?」
返事がない。
フェリスは寝てしまったらしい。よく見えないが俯いて微動だにしない。
私は身動きできないので誰かに掘り起こしてもらう必要がある。
顔を少し動かして傾けるが、なぜか誰の気配もない。
「エステレア?」
どこにいるんだろう。このままでは大変なことになる。私は日々理想に生きるトモシビ・セレストエイムだ。いかに水着であっても漏らすなど許されるはずがない。
「エステレア……誰か……」
もうだめかも分からん……。
……そうだ、土の魔術で掘り起こそう。皆普通に手で掘ってるから忘れてた。
直ちに魔法陣を描こうとする。
が、不発に終わった。
なぜ?
魔力が足りない? そんなはずはない。
いや考察してる場合ではない。
頑張って体を動かしてみるがダメだ。土が重い。
「うう……エステレアぁ……」
「どうした? 何だお前は?」
男の人の声だ。
見えないが近くに誰かいるらしい。
「ここから出して」
「どこから来た?」
「王都……早く出してお願い……」
「……いいだろう、お前の名前は?」
「と、トモシビ・セレストエイム」
その瞬間、何かが変わった。
波の音がする。あれ? さっきまでしなかったような気がする。
周囲に人の気配もする。
「あら? お嬢様……」
「エステレア!掘り起こして!」
「え、どうされましたトモシビ様?」
「……黙って掘った方が良さそうね」
エステレアとエクレアが土の魔術で簡単に掘り起こした。
……なんで? 私は使えなかったのに。
というかさっきの人はどこに?
いやそんな事考えている場合ではない。
私はすぐに近くのトイレに駆け込み長い戦いに終止符を打ったのであった。
なんか不思議体験をしたような気がするが、せっかく海に来たなら泳がなければ始まらない。いかに魔物だらけの海でも浅瀬には来ないと言うし、被害が出てないということは心配ないということなのだろう。
まずは波に足を浸してみる。
ぬるい。あまり冷たくない。
「トモシビちゃ〜ん!!」
「うぼぁ」
フェリスが助走つけて飛びついてきた。その勢いで水際に倒される私。
波が口に入る。
塩の味がする。前の世界と同じだ。
そのまま2人で波打ち際をゴロゴロ転がる。
砂まみれだけど、楽しい。
「うへへへへ……美しい光景です」
「お嬢様が楽しそうで何よりです」
「あのー」
キャッキャッしている私達に声をかける男性。知らない人だ。またナンパだろうか?
「俺たち今からバーベキューやるんだけど来ない? 人数多い方が……」
「ちょっとこちらへ」
「え? あ、ちょっと」
それも楽しそうだと思ったら、謎のお兄さんに連れていかれるバーベキュー男。
なに、今の?
「アナスタシアの護衛だよ。私達の周りにいるのは大体そう」
「これでも姫様ですから、当然このくらいは」
「道理で男が寄って来ないと思ったわ」
「素晴らしいですわ。これで安心してお嬢様を愛でることができます」
周りにいるのって……カップルや中年夫婦とかもいるけど全部護衛なのだろうか。
言われてみれば素人ではない気がする。いや、私も一応プロの卵なので分からなくもないのだ。
外側の人が私達を遠巻きに見たりしているが、これではナンパなどできないだろう。私はナンパされたいというより、水着を見られたいだけなので実は理想的な環境である。
……なんか見覚えのある銀髪や老け顔がいたような気がするが気のせいだろう。
もうちょっと海の中に入りたいが、その前に持ってきた浮き輪を膨らませよう。波にさらわれたら死にかねないのが私だ。
思いっきり息を吹き入れる。
何度も何度も吹き入れる。
……疲れる。肺活量が少ないのかな。完全に膨らませるまであと何十回必要だろうか。
「うふふ、お顔を真っ赤にせずとも、そのような事私が……」
「貸してトモシビ様、私がやるわ」
悪戦苦闘している私を見兼ねたらしい。エステレアの言葉を遮ってエクレアがずいっと前に出た。彼女は萎んだ浮き輪を手に、体格が変わるほど息を吸い込む。
そして思いっきり吹き込んだ。
「い、一回で……?」
「エクレアすごい」
「ふっふっふ、このくらいは当然だわ」
私とは次元が違う。さすがのエステレアもこれには驚愕したようだ。
膨らませてもらった浮き輪を持って海に入る。これで足のつかないところでも平気だ。
私の入った浮き輪をフェリスが押して移動する。
波でユラユラして楽しい。
「もっと沖に行くよ〜」
「うんっ」
「あ、待ちなさい。あのブイからは出たらダメですわよ」
「どうして?」
「あそこを超えたら魔物が出るんだよ」
「二人とも引き込まれちゃいますわよー」
手をかぎ爪のようにして襲いかかるみたいなポーズで威嚇するアナスタシア。
私はフェリスと顔を見合わせた。こわい。戻ろう。
魔物ってそんなに杓子定規に線引きを守ってくれるものなのだろうか。不思議だ。
バシャバシャ戻る私たち。それにしても私ばかり浮かんでフェリスを働かせてるのは申し訳ない。
「次私動かすから、フェリス乗って」
「えっ……や、やめた方がいいよトモシビちゃん」
「まかせて」
「大丈夫かなあ……」
浮き輪に捕まっていれば沈む事はないはずだ。心配そうなフェリスを浮き輪に押し込めて、私は浮き輪を持って足をバタバタさせた。
「はぁ……はぁ……もうだめ」
「早すぎるよトモシビちゃん」
「まって、やすむ」
「な、流されてるよう……」
数秒間フルパワーで漕いだのに全然進まなかった。
なんで?
推進力より波のほうが強いのだろうか。まさか私の力の無さがここまでとは。
ブイの近くまで流されてしまった。
「トモシビちゃん何かいる!私も押すよ!」
その言葉に振り向く。
水中に影が見える。しかもブイの内側だ。やっぱり魔物は境界線なんか守ってくれないのか。
2人で漕ぐとすぐに浮き輪は次第に陸側に戻りはじめた。
「はぁ……はぁ……うぅ……」
「乗って!私一人で押すから!」
「でもフェリスばっかりだから……」
「そ、そんなこといいよ!」
影は付いてくる。しかも増えてる。本当に魔物なのだろうか?
足のつくところまで来ると影の正体が見えてきた。
「魔物だぞー!」
原色の水着を着た影がザバッと出てきた。トルテとアンだ。
「わぁ」
「あっはっはっはっは!いやー可愛いわー」
「押し戻そうと思って待機してたのよ」
「も〜びっくりしたよ〜」
「魔物は私」
「そ、そのネタやめよーよ」
しかしこの2人、いつから潜水してたんだろう?
エクレアもそうだが心肺機能が凄すぎる。もしかしたら心肺能力の強化とかできるのかな? 身体強化では肺活量までは上がらないはずだ。感覚器官の強化みたいに別枠でできるのかもしれない。今度試してみよう。
そんな感じで、私たちは誰にも邪魔される事なく思う存分波と戯れて1日目を終えたのであった。
この初日の裏でグレン君とアスラーム君が色々やっているお話を1話分書いたんですが、主人公ほったらかしなので泣く泣くお蔵入りになりました。
ちなみに彼らは主に喧嘩してました。




