バカンスに行きます
※9月30日誤字修正しました!ご報告ありがとうございます!ありがとうございます!
私達はすっかりお馴染みとなった王族用の馬車で街道をひた走っていた。
連休は5日間しかないのだが、その最初と最後は移動で終わってしまう。
何しろジェノバまでの道のりは約1日かかるのだ。
距離にして数百キロはあるだろう。
普通の馬車ならば1日ではすまないところだが、私達は魔法使いである。
当然馬にだって強化をかける事ができるのだ。
「やはりトモシビ様の強化は効果が高いようですね。この速度なら夕方には到着できるでしょう」
御者はメイである。エステレアと交代で担当する予定になっている。御者まで普通にできるなんてメイドってすごい。
「やっぱりそうなんだ。セレストエイム様の強化があると戦いやすいもんね」
「お嬢様ならば数年後には馬車が第3宇宙速度を超えるでしょう」
そこまではないだろうが、私の強化はおそらく他の人の1.5倍くらいの効果はある。私のように一切筋力がつかない体だと宝の持ち腐れだが、他人にかける分には役に立つ。
ちなみに馬は8頭もいるのだが、いつも10人くらいに強化をかけてる私としては、もはや疲労すら感じない程度の消耗しかない。
「予定を確認しておきましょうか。まずはこの先の村でお昼の休憩ですわね」
「サウスピーク村だね。結構大きな村だよ」
「牧場で有名なところですね」
牛とか飼ってるところだ。授業で習った。
王都の生活は当然王都だけでは完結できない。周辺に穀倉地帯や牧場などが存在するのだ。
安全区域とはいえ度々魔物に襲われるので危険ではあるが、この世界は大都市以外どこもそんなものである。人類は地上の支配者ではないのだ。
「その後は何度か休憩を挟んで、夕方には到着ね。ホテルは行きつけのがあるから心配しなくても大丈夫よ」
「ありがと」
「王族御用達のホテルに泊まれるなんて夢みたいよね」
「馬車もご用意頂いて、本当にアナスタシア様には感謝の言葉もありません」
「そ、そんな改めて言わなくてもいいですわよ」
エステレアのお礼に慌てるアナスタシア。
海に行こうと最初に言ったのはエステレアである。それに私が乗っかりなんだかんだあって皆と行く事になったのだ。
自分の発案が支持され、実現していく事の嬉しさは私も知っている。
私はエステレアの頭に手を伸ばし、撫でてみた。
良かったね、という意味だ。
「うふふ、メイド思いのお嬢様を持って私幸せですわ」
彼女はお返しとばかりに私の頭に頬擦りしてきた。もうこのようなスキンシップをしても誰も気にも留めない。
「明日はビーチで楽しんで……明後日は遺跡探索ですわね」
「遺跡ってどんな遺跡なの? トモシビ」
「新しい遺跡で、なんか……すごい」
「最深部には魔法陣があるそうです。お嬢様はそれを調べたいと」
「トモシビちゃんらしいね」
「いいじゃん、そういうのワクワクするわ」
「そうねえ、みんなで探検してみましょうか」
アルグレオの事は口止めされているので自分からは言えないが、詳しく聞かれたら打ち明けようと思っている。皆に嘘をつくのは心苦しい。
それで、最終日はエクレア達の希望でショッピングだ。
「エクレアの夢だもんね、ああいうとこでセレブっぽい店巡るの」
「う、うるさいな、いいでしょ」
私も両親にお土産でも買おうかな。
窓を覗くと、外には草原が広がっている。グランドリア平原だ。
時折、牧場や農場が見える長閑な景色。
心安らげる風景のはずだが、スカイサーペントとか巨大ミミズが出たらと思うと不安になる。
普通あんな凶悪な魔物に出くわす事はないはずなのだが、実際私自身が出くわしてるので無警戒でなどいられようはずがない。
……私も思考が戦闘中心になってきた気がする。あんまりよくない傾向かもしれない。
サウスピーク村はたしかに結構大きな村だった。
人口数百人はいるかもしれない。道は舗装されていないが、食堂や雑貨屋、お土産屋などもある。
前の世界の西部劇にでも出てきそうな村だ。
私達はその中で一番大きな食堂に入っていく。
キィ、という音を立てて観音開きのスイングドアを通ると、人々の目がこちらを注視した。
地元の人たちが多いのかな。華やかな服を着てる私達はかなり浮いているようだ。
それに柄の悪そうなのは冒険者だろうか?
すぐ店員のおばさんが注文を取りに来た。
「いらっしゃい、王都の人?」
「ええ、ジェノバに行く途中なのです」
「バカンスよ、バカンス」
「へえ、じゃあ魔法学園の生徒さんだね。女の子だけで大丈夫かい?」
ほとんどの人は夏休みの時期にバカンスに行くのだが、魔法学園はこの時期に連休があるのでそれを利用する人も多い。なのでおばさんは私達が学園の生徒だと察したのだろう。
「私達魔法戦クラスですからね」
「全員訓練受けた戦闘のプロよ。魔物だっていくつ倒して来たか知れないわ」
「へえええ、すごいじゃないか。みんな聞いたかい? エリート様だよ。あんた達より強いんじゃないかい?」
その言葉に荒くれ者達がざわめく。
「言ってくれるぜババア、誰がこの村守ってやってると思ってんだ」
「騎士団だろ。昼間からツケで呑んだくれてるあんたらじゃあないね」
「ガハハハ!そりゃそうだな!」
ノリの良い人たちである。おばさんの言葉に一瞬ヒヤリとしたが、どうやらいつもこういう感じらしい。
私達は口々に注文を言っていく。ここは牧畜の村らしく牛肉が名物のようだ。私はステーキを頼む事にした。
「じゃあそっちの小さい子もエリート様か? そんななりでやっていけんのか?」
私の事だ。もはや学園でこういう反応をする人はいなくなったので、ちょっと新鮮だ。
「私を笑うものは、私に泣く」
「なんだそりゃ?」
「彼女がクラスの委員長です。つまり私たちのリーダーですわね」
「え、ほんとかい?」
「舐めてんの? その方こそ伝説のワームスレイヤー、トモシビ・セレストエイム様よ!」
「ワームスレイヤー!?」
トルテが自慢げに言い放ったワームスレイヤーとはサンドワームを倒した伝説の戦士の称号だ。
ちなみにサンドワームは砂漠に住む、街を一飲みにするとかいう怪物であり、伝説通りならあのミミズの10倍くらいはあると思われる。
私がワームスレイヤーを冠するのは少々誇張気味……かもしれない。
騒めく店内、その中で私たちのテーブルにフラフラ近づいて来る者がいた。
「なんだよ、いつの間にそんなに偉くなったんだメスガキ」
「おじさん」
前に部活で引率をしてくれたおじさんだ。なんでこんなところに?
「久しぶりだな。王女様一行にメスガキ。相変わらず体は成長してなくて何よりだぜ」
「そちらも相変わらず毛根が成長しておりませんが」
「言っちゃならねえことを言ったな……」
「可哀想」
「憐れむな。んなことより、ワームスレイヤーなんて嘘言っちゃいけねえぜ」
「嘘じゃないわ。この食堂を一飲みにするようなミミズの化け物を倒したんだから」
あのミミズも一応ワームではあるので嘘とまではいかない。
それでも信じていなさそうな冒険者の人たちに、私はスクリーンショットを見せてあげる事にした。
私を見下ろすミミズの写真は相変わらずすごい迫力だ。
「マジかよ……こんなのがこの辺に出たら村壊滅するぞ」
それにイカクラゲを撃ち落としたシーンにケルベロスの頭をアスラームが両断するシーン。
写真が切り替わるごとに感嘆の声が漏れる。
「こいつはすげえな。俺たちなら逃げるぞ」
「おっそろしいね。あんた達いくら戦えるからって無理しちゃいけないよ」
「いやいや、こいつらならこのくらいはやると思ってた。師匠の俺も鼻が高いぜ」
いつからおじさんが師匠になったのだろう。調子の良い人である。
「この男の子って、こっちの見切れてる子かい?」
と言っておばさんが指したのはアスラームだ。ミミズと対峙した写真の端っこに彼の顔らしきものが写ってるのに気付いたらしい。
……そういえばこれ、アスラームにお姫様抱っこされてる時に撮ったものだった。
「……うん」
「なんだぁ? やけに近いな」
「この子全部にいるけど、ひょっとしてお嬢ちゃんの……」
「違います!!」
「違うわ」
「こいつアスラーム・バルカだろ。騎士団トップの息子だ」
「なんだと? ふざけやがって。 大体この近さはなんだ?どういう体勢だ?」
アスラームの事は皆知っているのか。彼は私より有名人だったようだ。なんか悔しい。
ニヤニヤしている大人たち。おじさんはなぜか憤慨してる。
「そいつが一方的にトモシビ様に付きまとってるのよ」
「良い迷惑ですね」
「騎士団トップのご子息でも不満なのかい? 贅沢だねえ」
「どうせまた誑かしたんだろ。本当にメスガキだなお前は」
この人は一体私をなんだと思ってるのだろうか。
そんなことを話してるうちに料理がやってきた。皆が頼んだのはほとんど肉料理だ。
ロースステーキにスペアリブ、スジ肉の煮崩したやつ、ハンバーグ。新鮮なサラダもついてる。
ステーキは脂肪と赤身がマーブル模様になってとろけるように柔らかい。
これがいわゆるグランドリア牛というやつである。
ステーキを食べる私を、おじさんがエールを飲みながら見ている。
「美味そうだなあ。昼間っからいいもん食いやがって、一口寄越せ」
「もうやめとけ、お前さん悪酔いしすぎじゃねえか?」
「なんだと? 俺とメスガキの仲だぞ。そのくらい当たり前だ」
管を巻くおじさんを仲間の冒険者が嗜めるが全く効果がないようだ。
私はおじさんとそんな仲になった覚えはない。前もやたら私に絡んできたけど、ここまでではなかった。酔って悪化しているようだ。
「お前らはキラキラしてていいなあ。俺はこの年で妻子もいねえ。冒険者なんてケチな商売して、こんな村で体動かなくなって最後を終えるのさ」
「おっさん、鬱陶しいから他でやんなよ」
「そんなこと言うなよぉ。相手してくれよメスガキぃ」
泣き始めた。
……なんか可哀想になってきた。きっと一人ぼっちなんだろう。まるで前世の″俺″みたいだ。こんな歳ではなかったしお酒飲んで絡んだりはしなかったけど、一人ぼっちの寂しさはわかる。
私はステーキを数切れ小皿に乗せるとおじさんに差し出した。
「……これあげる」
「め、メスガキぃ」
「トモシビ様の優しさに感謝するのね」
「マジでくれるとは思わなかったぜ……俺の分のフォークは?」
「ないけど」
「お嬢様は口だけで食べろと仰っております、犬のように」
「本気か?」
「早くやって、お願い」
「本当に相変わらずだな……」
おばさんもフォークを持って来る気はないらしい。
仕方なく口だけで食べ始めるおじさん。私はスクリーンショットを撮った。
旅の思い出だ。
私たちが粗方食べ終わった頃、おじさんがある提案を持ちかけた。
「なぁ、食い終わったらいっちょ稽古つけてやろうか? お前らがどのくらい成長したか確かめてやるよ」
「おっさん、怪我しても知らないよ?」
「冒険者の戦い方を見せてやるぜ。な、良いだろ?王女様」
「……少しくらいなら良いんじゃないかしら?」
「面白えな。俺たちも混ぜろよ」
他の冒険者までもが乗り始める。
あれよあれよという間に、模擬戦をすることになってしまった。
双方から代表を3人選んで、1対1を3回だ。
嫌な予感がする。
「もちろん、ワームスレイヤー様はトリを務めてもらうぞ」
「と……トモシビ様が出るまでもないんじゃないですか?」
「そ、そうだよ、私達だけで……」
「そうはいかねえ、メスガキの相手は俺だ。どうしても実力を見せてもらいたい」
「……わかった」
いくら私でも冒険者に負けはしないだろう。彼らはほとんど魔法の使えない一般人のはずだ。魔力は人間なら誰にでもあるがその量は個人差があるし、扱う才能はさらに差が激しい。
身体強化一つ取っても雲泥だ。
魔法学園の魔法戦クラスはエリート中のエリート、そして私はその委員長なのだ。
そう思っていたら一瞬で負けた。
「おい、大丈夫か?」
「うん……」
いきなり魔導具でファイアボールを撃たれ、ちょっとすごい所を見せようと思って対魔力で受け止めた。そこまでは良かった。受け止めた瞬間背後から足払いされて終わりである。
何が起こったのか分からない。動きが見えなかった。
「魔導具だよ。ただの携帯型転送機だ」
そんなものがあるとは思わなかった。つまり瞬間移動したのか。見えないわけだ。
「本当にワームスレイヤーか? 弱すぎるだろ」
「大方、運良くトドメを刺しただけなんだろうさ」
「お嬢様が本気を出せば村が焼失します。まともに魔法が使えるはずありません」
「他の2人はそれでも強かったじゃねえか」
私以外の2人、フェリスとエクレアは勝っているので私達の勝ちではある。それがまた哀愁漂う。
対人など模擬戦しかやってないとはいえ、私は模擬戦でも弱い。
「私達は前衛だからだよ。トモシビちゃんは……」
「大丈夫……私が弱いだけ」
向き不向きがあるというのは言い訳にならない。
危険な仕事をしてるとはいえ冒険者はただの一般人だ。一般人に勝てない程度なら魔法戦士として失格であろう。殺さない程度に制圧しなきゃいけない事態などいくらでもあるのだ。
最近良い気になって対人スキルの開発をサボっていた。そのツケかもしれない。
「まあ、なんだ、気ぃ落とすなよ。こんな魔導具は頻繁に使えるもんじゃねえ。メスガキが天狗になってねえか試しただけさ」
「天狗?」
「ああ、自分が強いと思って油断してるやつは簡単に足元を掬われるもんだ」
あの時のバルザックのようなものか。いつのまにか私自身がそうなっていたのかもしれない。
「初心を忘れるなよ。やばい奴からは逃げろ。もし戦うなら考えろ。お前に弱点があるようにどんな奴にも弱点はある。天狗になって考えるのをやめるなよメスガキ」
「ちょっとあんた、なんか悪いものでも食べたのかい? 別人みたいだよ」
「うるせえな、俺はこいつらの師匠だって言ってんだろ」
師事した覚えはなかったはずだが、私もだんだん師匠のような気がしてきた。
彼の言うことはためになる。弱点だらけの私にとっては考え続けることだけが唯一の勝利への道だ。
戦いを生業とする以上、色んな自体を想定して対策しなければ命まで失うかもしれない。
「ありがと、おじさん」
「気持ちわりいな。分かったら後はバカンスしてろ。休む時は休むんだろ? お前らは」
そうだった。休む時は休む。楽しむ時間は楽しむのが私達のスタイルだ。
私達は酒場の人たちに別れを告げて馬車に乗り込んだ。
思わぬ再開のおかげで少し予定時間を過ぎてしまった。
良い教訓になったが、今はバカンスを楽しもう。
第2章は60話で終わる予定です。
もうそこまでは書けているので、このペースのまま一ヶ月後の10月30日に最後ですね。
よろしければ見て頂けると嬉しいです!




