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″俺″と私の人生論



マップによるとここら辺だったはずだ。

スライムの本体がいた場所である。

森林が途切れて荒野が広がっているところ。そこに肉の柱が忘れ去られた電柱みたいに起立していた。そのはずだ。

しかし今そこに肉柱はなかった。その代わりポツポツと背の低い木が生えている。



「別のところに移動したのかしらね? 心当たりある?」

「餌がなくなったんでしょうか?」



クロエの言う通り、それが一番可能性としては高そうだ。

スライムは植物が主食だ。

スライムが木を食べ尽くして移動したから、ここら辺の木が生えてきたとも考えられる。

あの肉の柱は今考えるとスライムが木に取り付いていたものだったのだろう。



「変な形の木だな」

「人間が木に変えられたみたいだね」



ワル男とショタがそこら辺に生えてる木を見ながら言った。

たしかに、言われてみれば人間から木が伸びたようにも見える。

いやこれって……。



「木人?」

「そう、見えますね、お嬢様」

「木人って? あんたの知ってる人?」



これ全部木人だ。

歩くのはもう飽きたらしい。

魔物のくせにすっかり普通の木になってしまっている。

木人のことは私達以外知らないのでスクリーンショットを見せてあげることにする。



「ああ、この魔物なら少し前から研究所で飼育してるわよ。面白い魔導具に加工できるらしいわ」

「ええ〜!加工してるの? 無害なのに」

「攻撃されたそうよ? 相手に害意があれば反応するみたいね」



なるほど、私達のときはアナスタシアが害意を持ってなかったから攻撃されなかったわけだ。



「じゃあこの木も少し持っていく?」

「やめた方が良いわ、結構手強いらしいから」

「抵抗されても僕らなら余裕じゃない?」

「こちらの真似して同じ魔法を返してくるのよ、危険だからやめなさい」



火力馬鹿である私の天敵みたいな相手だ。

スライムの本体も私の真似をしていたが、もしかしたら木人と同じ性質を持っていたのかもしれない。

両者は何か関係があるのだろうか?

同じ場所に生えてるのも気になる。

……そういえば小さいスライムはどこ行ったのだろう?



「アスカ、スライムは?」

「馬車から出たくないみたい」



親に会いたくないのかな?

そういう子もいるかもしれない。

それともここには親がいないと知っているのかもしれない。


結局私達はスライムの本体を見つける事もなく、帰路に着いたのであった。

かもしれない、かもしれない、と憶測ばかりが重なる。

要するに、まだ何も確定できないという事だが、仮説が立てられるだけでも一歩前進と言って良いだろう。

研究とは地道なものである。







研究があまり進まないのはともかく、アスラーム達といるのはちょっとだけ疲れる。

寮に帰った私はフェリスとゴロゴロしていた。

ベッドの上に寝転がって尻尾を撫でる。

極上の手触りだ。癒される。



「トモシビちゃん、あの人達のこと好きじゃないの?」



直球で聞かれる。フェリスは同じように寝転がって私と顔を合わせた。



「好きじゃなくはないけど……」



アスラームにもその仲間にも、私は好感を持っている。彼らは何一つ悪い事はしていない。

優しいしこちらを尊重してくれるし頼りになる。

ただ……安らげないのだ。

あの狙われている感じ。



「獲物にされてるみたい」

「トモシビちゃん、そういうの好きなんじゃないの?」

「……そうかな?」



ナンパ男を弄んでるのを見るとそう思われるのも無理はない。

ただ彼らの場合は深く関わるわけではないし、皆に守られているので安心感があった。

程良い距離感をスリルとして楽しんでいたのだ。

エステレアに小悪魔と言われたのは私のそういう部分だろう。


……そうか、フェリス達が狙われるのが嫌なんだ。

私がいくら狙われようが彼らに靡かない自信がある。でもフェリスが取られると思うと怖い。

……私はわがままな思考をしてるだろうか。



「フェリスは?」

「私もそんな感じかな〜」



少し意外だ。

フェリスは最後は比較的彼らに馴染んでいたように見えた。



「でもトモシビちゃんがあの人達と仲良くするなら私も仲良くした方がいいと思って」



そんなことしなくていい、と言いたいが、仲良くするのは悪いことではない。

フェリスとおでこをくっつけて猫耳を撫でる。エステレアとエクレアは男子に対する当たりが強くて安心感があるしクロエは意外と強かで流されない性格だ。でもフェリスは少し不安だ。

とはいえフェリス達が友達を増やすを妨げるのは良くないと思う。

どうしたらいいのだろう。



「フェリスを取られたくない」



口をついて言ってしまった。結局私にできることなんて本心を伝える事だけだ。ちょっと恥ずかしいけど。



「私もトモシビちゃんが取られたら嫌だよ」

「……私は絶対取られない」

「私もそうだよ」

「そうなの?」

「当たり前だよ〜」



そうなんだ。

安心した。フェリスがそう言うならそうなのだろう。



「ご飯できたわよー」

「ご飯だって〜」

「うん」



エクレアの声だ。

立ち上がってリビングに移動する。

今日は寮の夕飯ではなく、エクレア達の作ったものを食べる事になったのである。ちゃんと寮の管理人さんには言ってあるので、私達の分の夕食が作られることはない。







「いい匂い」

「すごいね〜不思議な香り」



以前お粥を食べた時、すごく美味しかったので東方の料理が食べたいと言っていたのだが、そうしたら3人で作ってくれたのである。

メニューは……これはチャーハンかな? 妙にエスニックな香りがするチャーハンだ。

そしてこれは味噌汁。深皿に入っているがたぶんそうだ。

スプーンですくって一口飲んでみる。

ちゃんと出汁が効いてる。懐かしい味だ。



「かつお節……魚を乾燥させたものですね、それと昆布で出汁を取りました。いかがですか?」

「いい風味」

「本当はもっと海藻とか入れるらしいんだけど今回は豆腐とネギだけね」

「海藻食べるの?」

「食べる地域もあるみたいですね」



グランドリアでは海藻は基本食べない。そもそも海もないし、海のあるジェノバなどでもたぶん食べないと思う。ダシ昆布を手に入れるのも苦労しただろう。ありがたいことだ。


続いてチャーハンだ。変な組み合わせだけど、グランドリアでは全部『東方の料理』なので誰も違和感などないのである。

……甘辛い。ソースか何かが焦げてご飯が固まってて香ばしい。

チャーハンっぽくないけど好きな味だ。なんとか醬的なコクを感じる。



「これ美味しいね〜」

「こっちではちょっとない味ですね」

「チリインオイルっていうのを使ったのよ。それでライスを炒めたんだけど……すごくスパイシーね」

「お嬢様もお気に召したようですね」

「うん」



私の希望でわざわざ東方のものを探して来てくれたのだ。レシピまで調べて作ってくれた。こういう時どう言えば良いのだろう。



「すごく美味しい……ありがと」

「おじょっ……!」



私は語彙も少ないし、喋り方も幼女だし、盛り上がれるようなお喋りもできないので、やっぱり本心をそのまま言うしかないのだ。



「お嬢様はほんとにもう……すぐそうやって天使になるんですから!」

「トモシビちゃん、よく笑うようになったね」

「お料理なんて幾らでもお申し付けください、私はトモシビ様のメイドなんですから」

「そ、そうよ、このくらい当たり前なんだから」



当たり前か。

いつのまにか皆がいるのが当たり前になっていた。前世の″俺″では手に入らなかった、いや想像すらできなかった幸せだ。失いたくないと思うあまりちょっと神経質になってるのかもしれない。

私ももっと心を広くもって彼らと交流しても良いのかな……。

私は少し考えて、やっぱり癪にさわるのでやめる事にした。







その翌日、私たちは商店街に来ていた。

今はアナスタシア達と一緒にちょっとお洒落なカフェで休憩している最中だ。珍しくコーヒーを飲む事にした。私は紅茶派だがコーヒーも飲めなくはないのである。



「ビーチで使うものはわたくしが用意するとして……アメニティはホテルにありますわね」

「道中はトモシビの冒険セットがあれば大丈夫だね」

「うん」



テラス席で優雅に談笑する私達はそれなりに目立っているようだ。通りから見られているのがわかる。

スタッフは私たちを見るや否やテラス席に案内した。外から一番目立つところだ。わざわざ机まで移動してくれた。

おそらく、そういうマニュアルがあるのだろう。

何しろ貴族らしき華やかな女の子10人だ。店としても見栄えが良くなるし、客足が増えるかもしれない。

一方で、あまり見栄えの良くない人達……今入って来た目つき悪い男二人組などは奥に通される。

ちょっと酷い話ではあるが、世の中そんなものだ。


ちなみに、冒険セットとは私のトイレットペーパーや簡易ウォシュレットなどの野外衛生用品だ。



「水着も買ったし、準備万端ね」

「あと必要なものって何かある?」

「お嬢様の浮き輪ですね」

「浮き輪……」



アナスタシア達は何かを察した顔になった。そんな目で見ないでほしい。私が泳ぎの練習をしに行った事は知ってるはずだ。その顛末を想像したのだろう。



「ま、まあ今まで泳いだ事ないんだから仕方ないよ」

「そーそー、うちの子らだって浮き輪使ってるし」



慰めが逆に痛い。私だって精一杯頑張ったけどダメだったのだ。

残念だが私には浮き輪は必須である。

あとはなんだろう? バカンスって何するのかな?



「大きい街ですので、必要なものがあればあちらで買えばよろしいかと」

「そうねえ、あとは何も心配せずのんびり過ごせばいいですわよ」

「頼りになるね〜」



連休までもう数日だ。

遺跡探索に行きたいことはもう伝えてある。

浮き輪はこの後買うとして、バカンス慣れしてるアナスタシア達に任せれば問題ないだろう。



「連休の後だけど星送りのお祭りっていうのがあるの、知ってるかしら?」

「星送り?」

「そっか、トモシビ様達は知らないのね」

「このあたりに伝わる民間伝承のお祭りですよ、昔々神々が地上にいた頃……」



クロエが仰々しく語り始めた。たぶん誰かの真似だと思う。

要約すると、この地から神様が空に旅立ったのでそれを祝うお祭りだそうだ。空の星は神さまが光ってるらしい。だから星送り。

この世界でも空の星が恒星や惑星といった天体であることは普通に知られている。望遠鏡で月を見れば推測できることだ。

正教会でないクロエも毎年楽しんでるらしい。あくまで民間伝承のお祭りであって宗教的な行事ではないのだろう。



「……そして今、再び神は降臨しました。それがトモシビ様なのです」

「なるほど、分かる……あーしにも分かるわ……!」

「まあ……ちょっとアレンジされてるけどそういうお祭りですわね」



洗脳され始めているトルテ。

クロエは毎夜毎夜、妙な聖典とやらを執筆しているようだ。この前はフェリスにも執筆協力してもらっていたらしい。

私はあまり気にしてなかったのだが、クロエがその妙な宗教を広め始めたら罪に問われる可能性があるので不安である。



「私の村にも似たようなのがあったよ。狩った獲物の首を燃やして空に送るの」

「あ、あんま似てなくない?」



それはそれとして、お祭りか。

前世でお祭りを楽しんだ記憶があっただろうか。いや、今世ですらほとんどない。



「みんなで行きたい」

「いきたいね〜」

「そうでしょ? 予定空けておいてね。色んな屋台やお店が出るんだよ」

「最後は花火もあるのよ、楽しみですわね」



花火なんて前世ぶりだ。

バカンスに行って、お祭りに行って、夏休み。

楽しみでどんどん予定が埋まって行く。学園生活って本当はこんなに楽しいものだったのか。″俺″はそういうのに背を向けていたから知らなかった。

しかし私がこうやって積極的に人生を楽しむようになったのは″俺″の寂しい記憶があったからでもある。

そう考えると″俺″の人生も無駄ではなかった。

世の中無駄のことなどないのだ、たぶん。

少し悟ったような気分になってミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲んだのであった。



ちなみに″俺″さんはコーヒーをブラックで飲む派でした。トモシビちゃんはミルクと砂糖がないと飲めません。″俺″さんも無理して飲んでたのかもしれません。

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