聖少女絶対領域
実地訓練の次の日、約束通りお昼休みにBクラスを訪ねた私に、アスラームはいつも通りの爽やかな笑顔を見せた。
「待ってたよ。トモシビさん」
入り口にいる私達に教室の窓際から彼の側近達が手を挙げて挨拶をする。
私も手を振って答える。
警戒。警戒だ。
黙礼で応じるエステレア。
「一緒にきて」
「分かった。行こうか」
素直についてくるアスラーム。意外にも一人だ。
「昨日はすまない。彼らも舞い上がってたようだね。君達を怖がらせるつもりはなかったんだ」
私達の警戒を察知して今日は側近が近づいてこないのか。
私としてはエステレアに粉をかける気がないなら何でも良いのだ。そこは感謝すべきなのかもしれない。
私達は昨日、お昼休憩の後も何事もなく山を降りて馬車で帰った。
ただ、時折アスラームと連絡を取る必要はあったし、最後には直接顔を合わせた。
それで察知したのだろう。ちょっと警戒心丸出しにしすぎたかもしれない。
しかしこう下手にこられると、それも薄れる。本当に仲良くしたかっただけなのかな?という考えが湧いてくる。
良い人なのか何なのかよく分からない。
私達は校舎を移動して生物室に入った。アスカは昼休みはいつもいると言っていたはずだ。
案の定、奥に行くと動物に餌をやってる彼女がいた。
ついでにキョウカ先生もいた。
「あら? そういう組み合わせ?」
「あ、アスラーム様……」
「お久しぶりです。キョウカ先生、それに妹さん」
二人は姉妹のようだ。目付きが似ているので驚きはない。やっぱりという感じである。
「スライムは?」
「その辺にいると思うわよ」
その辺? 辺りを見回すがどのケースにもいない。
……いた。
ケースとケースの隙間に挟まっていた。
スライムはニュルニュルと変形しながら出てくる。
どう見ても放し飼いである。
大丈夫なのだろうか?
「よく脱獄するのよ。でも悪さはしないし部屋から出たりもしないから」
「け、けっこう可愛い子だよね。ほらおいで……手にも乗るんだよ」
アスカはスライムに掌を差し出した。
スライムはそれを無視して私の方に移動し始めた。
私が手を出すと、その上に移動して大人しくなった。
柔らかい生肉みたいな感触。
見た目はピンク色の肉塊だが、可愛い子だ。
「おりこう」
「君の方に懐いてるみたいだね」
「そんなあ、私が仕込んだのに……」
ショックを受けているアスカ。
持ってきた野菜を差し出すとスライムは掌の上で食べ始めた。
「それで、研究って具体的に何をするんだい?」
「言葉教えたり……」
「あんたそれしか考えてないの?」
アスカは呆れたような声を出した。
「とにかく観察日記をつけてデータを取りながら、食性とか生殖機能とか魔法機能とか調べたり……です。こんな生き物初めてだから手探りになるけど」
「詳しいんだね。さすがキョウカ先生の妹さんだ」
「え、えへへ……私こういう事しか、できないし」
アスカはアスラームに褒められて喜んでいる。もうデレデレである。私としても連れて来た甲斐があったかもしれない。
しかしさっきから妹さんとしか呼ばれてないのだが、それで良いのだろうか。
「でも観察日記は難しいね。僕らはこれでもやる事が多いから……」
「あっあっ、それは私がやるから大丈夫です!アスラーム様はたまに来て意見をくれたりしてくれれば!」
アスラームの素人意見が一体何の役に立つというのか。しかしアスカはこのチャンスをモノにしようと必死だ。
そんな妹をクールに無視したキョウカ先生が説明を引き継ぐ。
「現地調査では同行してほしいわね。二人とも委員長なんだし強いんでしょ? 危険区域を馬車で行くと目立つのよ。なんならお友達も連れてきてくれない?」
「現地調査?」
「貴女が捕獲した場所に行くのよ。野生の姿からじゃないと分からないことも多いでしょ?」
なるほど。私はエステレアと視線を交わした。アナスタシア達はまず無理だろう。王女様はああ見えて忙しいのだ。
「クロエとフェリスさんは大丈夫でしょう。エクレア達は日程次第かと」
「僕のチームは全員大丈夫だ。君達さえ良ければだけどね」
「エステレアにちょっかいかけないなら」
「言っておくよ。君に嫌われたくないからね」
苦笑するアスラーム。
アスカはそんなアスラームと私を交互に見て絶望的な顔をした。
「ちょ、ちょっと来て!」
彼女は私の手……スライムを持ってない方の手を取って奥の方へ連行していく。
こっちは準備室だ。
そして勢いよく振り向いた。怒ってるらしい。
「あんた、私に当て付けに来たの!?」
「ちがう」
「私とアスラーム様を応援してくれるって言ったじゃん!」
十分してるつもりだ。しかし名前すら覚えてもらっていないのに、そんな簡単にいくわけがない。
私はアスラームの心を操る事なんて出来ない。何か策を練ってアスカを好きにさせたり、わざと私を嫌いにさせたりなんてことも……できるかどうかは別として、あまり良くないと思う。そういうのは不誠実だ。
私はゆっくりそう説明する。
「だから貴女の魅力で、がんばって仲良くなって」
「……私の魅力って何? 貴女みたいに可愛くないし、委員長じゃないし、強くもないし」
泣きそうになってる。
この前、私に突っかかった時の事が嘘のようなしおらしさだ。
アスカの魅力って何だろう?
思い浮かばない……いや、私も付き合いが短くて分からないけど……生物に詳しいところとか、白衣に拘ってるとか……。
そうだ、重要な事があった。
「アスラームのことが好きなとこ」
「は? なにそれ」
「好きは原動力」
アスカが彼を好きだからこそ私を巻き込んで接点が生まれたのだ。
その執念は立派な武器になっていると思う。
私だって強くもなかったし、委員長としての人望があったわけでもない。ただ頑張ってきた結果そんな評価を得たのである。可愛いのは最初からだけど。
そもそも私とアスラームがくっつくなどあり得ない事なのだから、アスカのライバルは私ではなくたくさんいる彼のファンだろう。
後は本人の努力次第である。
「好きなら何でもできるはず」
「よくわかんないけど……まあ、あんた約束守ってくれたし、一先ず信じる」
アスカは一応納得したらしい。本当に面倒臭い子だ。
私の手の中でスライムが蠢いた。
放課後になり、私はみんなと商店街に来ていた。
かねてから、骨折が治ったら泳ぎの練習がしたいとか海に行きたいとか思っていた私であるが、何にせよまずは水着が必要だということで買いに来たのだ。
私は、当たり前だが前世も含めて、女性用水着など買ったことも身につけたこともない。
楽しみ半分恥ずかしさ半分だ。
「新作はいつもこのくらいの時期に売り出すんだよ」
ジューンによると、王都の富裕層は大体夏になるとジェノバにバカンスに行くらしい。
むしろバカンスに行くことが富裕層の証のようなものであるので、水着も毎年新調して見せびらかすのである。
水着は泳ぐものではなく見せる物というわけだ。ちなみに男性は関係ない。誰も男性の水着は見ていない。
王都の商店街はいつも賑わっているが、今日はまた一段と人が多い。
「お嬢様、お手を。はぐれてしまいますわ」
「じゃあ私も〜」
「では私はこちらを」
エステレアとフェリスが私の両手を取る。そしてクロエが二人の両手をとって輪つなぎになった。いつかの再現だ。
これで人混みにぶち当たっても平気である。逆に押し返してやる。合体した私たちは無敵だ。
「みんなバカンスの準備してるんじゃないかな」
「そうですね。最近は景気もいいですから」
ジューンやメイは事情に詳しい。たぶん二人もアナスタシアと一緒に毎年行ってるんだろう。
一方で孤児院育ちのトルテは口を尖らせた。
「あーしらのバカンスといえば公営プールよね」
「僻むなよ。べつにいいじゃん」
「そうよ、今年はみんなと行けるんだから」
私の″窓″の研究のアルバイトはたまにトルテとアンも来てくれている。
私は彼女達にもきっちりアルバイト代を出しているのだ。
その甲斐もあって彼女達も懐が温かくなり、今年は皆で一緒にジェノバへバカンスへ行くことに決まったのである。
人混みを掻き分けて私達が向かったのは大手のアパレルショップ『ボーダービレッジ』。
入った瞬間に色取り取りの水着を着たマネキンが目に飛び込んでくる。どうやら店も需要が分かっているようだ。正面の一番目立つところは全部女性水着コーナーである。
ビキニばかりだ。
今年の流行りはビキニなのだろうか?
私はマネキンの着てる胸元にフリルフレアのついたビキニを手に取る。
これなら谷間が見えない。谷間がほぼない……いやスレンダーな私向けのビキニだ。
しかし私が……″俺″が、ビキニか。
あまり考えないようにしていたが、改めて思えば変な感じである。
私にとって女であることは当然のことだ。12年間ずっと何の疑問も持たなかった。しかし前世の記憶が戻ってからはたまにこうして前世と比べて感慨に耽ってしまう。
それが悪い事かというと……そうでもない、と最近は思うようになってきた。
″俺″を意識する事で私は男性的な視点で物事を見ることができる。
何事も経験だ。
異性の人生の経験があるのは世界中で私くらいだろう。激レアである。
「どんなのがいいかな、トモシビちゃん。水着なんて選んだことないよ」
私もない。
しかしそう聞かれればファッションリーダーを勝手に自称するこの私の名にかけて答えねばならない。
とりあえずフェリスも私に負けず劣らずスレンダーだ。
……この胸元フレアのやつはどちらかというとフェリスに似合うのではないだろうか?
「これは?」
「こ、こんなに肌出して大丈夫かな?」
「もう大丈夫ですよ」
「何も心配はいりませんわ」
もうフェリスの傷痕は完全に治っている。あんな酷い痕があったなんて今では誰も想像つかないだろう。
「どうかしら」
アナスタシアがホルターネックのセクシーな黒ビキニを着て試着室を開けた。
……大人だ。14歳の選択ではない。
「アダルト」
「アナスタシア様スタイル良すぎ!」
「アナスタシアは毎年セクシー路線だね」
「そう?普通じゃないかしら?」
いつも全裸で泳いでいればそういう感覚になるのかもしれない。
エクレア達はシンプルにセクシーな原色のビキニだ。アナスタシアは大人な感じだが、この3人はなんかギャルっぽい。
「お嬢様、大変です!メイド服がありません!」
「水着ですからね……」
「私は毎年水着の上にメイド服を着ておりますよ」
もうちょっとマニアックなところに行けばあるかもしれない。
でもエステレアもこの機会に他の服に手を出してもいいと思う。
どんなのが似合うだろう?
「これは? エステレア」
ロングスカートみたいなパレオがついてるやつだ。
淡い色もいい感じだと思う。
「これにします」
「ま、まだ試着もしてませんよ?」
「お嬢様に間違いはありません」
試着はした方が良いのではないだろうか。
そんなエステレアに困惑するクロエだが、彼女もまだ何も選んでいない。
「クロエはどれにする?」
「私はもっと大人しい方が……」
ビキニはNGらしい。クロエも十分に美少女なのだが、自分をアピールするのが苦手なのは相変わらずだ。
とはいえ大人しめでも可愛いのは多い。
クロエは私達の意見を聞きながら、最終的にはワンピースタイプで下がスカート状になっているものを選んだ。
そして私は……どうしよう?
他人のを選んでいたら選択肢がなくなってきた。
私もせっかくだからビキニにすべきだ。
いつも黒系だから白系で……。
このスカートみたいなのがついてるやつが可愛い。
早速試着してみよう。
水着の試着は原則下着の上からである。女性水着は密着度が高いので下着を脱いで試着すると色々問題があるのだ。
男性用でも問題があると思うが、男性で水着の試着をする人は前世ではいなかったように思う。
鏡にはコバルトブルーの縁取りの白ビキニを着た美少女が写っている。
いい感じに聖属性でなおかつセクシーだ。
胸にはパッドを入れてある。
そして色を合わせたガーターリングを左太腿に装着する。このワンポイントが光る。
私は試着室のカーテンを開けた。
「うわ〜かわいい!」
「綺麗……聖女みたいだわ……」
「お嬢様その太腿は反則です……私、意識を保つのがやっとです……」
ファッションにあまり頓着がないエステレアですらこの反応。
これはもう決定だ。
「ふふふ」
「すごい満足そうですわねトモシビ」
「す、すみませんエッチすぎて直視できません」
「胸も盛ってるから雰囲気出るね」
盛ってるのはバレバレか。
でもクロエは私の全裸も普通に見てるのに、今の方が扇情的に見えるらしい。
さすがは私のチョイスだと自分で感心したのであった。
何のために付けるのかは知らないのですが、私はガーターリングがとても好きです。




