先生に話を聞きます
※9月14日、ちょっとだけ文章校正しました。
※3月2日、誤字修正。ご報告ありがとうです。
「待っておったぞ!」
キャンプ地に到着した私たちに、全く悪びれない笑顔のヤコ先生が飛び出してきた。無表情にそれを見つめる私たち。
「飯ができておるから食いながら報告を聞こう。なにしろ暇で暇で……」
私はヤコ先生の話を遮ってフェリスとバルザックに尋ねる。
「食べながら、魔物わかる?」
「わかるよ〜」
「当たり前だろ」
ならいいか。正直もう先生に何を言われても安心できない。
私たちは崖を攻略してからも度々魔物に襲われた。
イカクラゲにゴブリン、二足歩行のイノシシや人間ほどの大きさの蟻。
その近くには必ず、魔物を誘う匂いを出す壺が置かれていた。
私たちはその全てを燃やして突破して来たのだ。
もしかしたらあのミミズすら作為的に引き寄せられたのかもしれない。
「なんじゃあ? 怖い顔しとるのう。女の子は笑顔が一番じゃぞ。のうグレン」
「ああ? まあ、そうだな」
「ほれほれ、そんなんじゃモテんぞ」
「先生、これ以上お嬢様を挑発するなら私にも考えがあります」
「わ、わかった。委員長達はこっちじゃ。残りのものは好きに食え」
「ちょっと待って」
キャンプ地には他にも先生や騎士団が何人もいて炊き出しをしている。
炎の灯りがあるとはいえ、もうすぐに真っ暗になるだろう。
野営を張るなら今しかない。
やっぱり食べるより先に準備すべきだ。
私のその提案は全会一致で可決された。
「そうだね」
「そうしましょうか」
「先生は待ってて」
「……ほほう」
意味ありげな笑い方をする先生。
そんな彼女を放っておいて私たちは持って来たテントの設置にかかった。
白亜に金の刺繍がされたコットンの壁。中は広々として、中央にテーブルを設置してもまだ余裕がある。
私に相応しいテントだ。
先日カズトーリさんにゲームの件で文句を言いに行ったとき、ついでに貰ってきたものである。
彼は『人生は試練の連続じゃ』などとしたり顔で言っていたがフェリスに怒られて意気消沈し、お詫びにと、このテントを格安で譲ってくれたのである。
「お主サーカスでもする気か? 教師より目立つのは許せんぞ」
「お嬢様が先生より衆目を集めてしまうのはいつもの事ではありませんか」
「おのれ、いい気になりおって……」
この先生、相変わらず怒るポイントに私情が入りすぎている。
「まあよい。それより飯じゃ飯。ワシだけ一人飯なんて寂しいぞ」
どうやら私たちとお喋りがしたいらしい。こういうところがあるから憎めない。
皆で食べに行ってあげよう。
先生のテントは本当に粗末だった。私のとは大違いだ。
そのテントの近くの焚き木を囲んで夕食をとる。
ちなみに夕食はカレーだ。
メンバーはヤコ先生にBクラス担任、アスラームに双子、グレンにバルザック、そして私のパーティー10人。
「いや、お前ら全員で来んのかよ」
「賑やかじゃな。ワシ好きじゃぞ、そういうの」
だと思った。
早速私のスクリーンショットを見せながら報告をはじめる。
……このミミズはよく撮れてる。私とアスラームが正面からやつに向き合った場面だ。
「ミミズの魔物か。サンドワームではないようじゃが、これはでかいのう」
「先生の罠ではないのですか?」
「この件はノータッチじゃ。この区域にこんなのがでるとは思わなんだ」
「それで、この状態からどうやって倒した?」
「10人ほどで包囲射撃を試みましたが効果は薄く、最終的にはトモシビさんが接近戦を挑み、魔法で焼き尽くしました」
アスラームが素直に答えた。
驚いて私を見る先生2人。
「この規模の魔物を焼き尽くしたじゃと?」
「トモシビ様が剣を刺して燃やしたら、すぐ灰になったわ」
「内部から対魔力を破ったということか。単独でそれほどの魔法とは……クズノハ先生はご存知なかったのですか?」
「いやまあ……トモシビよ、後で話がある」
聖炎のこと話すの忘れてた。
せっかく私が英雄みたいになったのに、虫を燃やすだけって知れ渡ったら幻滅されるだろうか?
……本当のことだからいいか。それ以外の実力で納得させれば良いのだ。
「で、これは透魚じゃな。どうやって察知した?」
「フェリスとバルザックに索敵してもらった」
「うむうむ、ワシの計算通りじゃ。うまくクラスをまとめ上げたようじゃな」
先生は満足そうだ。
そういう狙いか。
わざわざ崖に仕掛けたのは嫌がらせだと思うけど……。
そうだ、思い出した。
先生に文句を言ってやろうと思っていたんだった。
「……死ぬとこだった」
「ん?」
「一つ間違えたら誰か死んでた」
「そうですわ。前から思っていましたが任務が危険すぎますわ」
「ふーむ、そうかのう」
「そうだな。誰か死んだらどう責任取るんだ? 先生よ」
先生達は私たちの言葉に考え込んだ。何と言うべきか迷っているように見える。
「……ワシがいるから大丈夫じゃ」
「てめえは罠仕掛けてただけだろ」
「僕も同意見です。Aクラスの感知能力がなければ1人や2人死人が出てもおかしくなかった」
「BクラスとAクラスは結成目的が違う。今回は合同だからこういうやり方になったまでだ」
「お主らには早急に力をつけてもらいたいのじゃ。理由はそのうちわかる」
全員で責めても教師2人はのらりくらりと躱すだけだ。思わせぶりなことを言ってるが何も教えてくれない。
私たちの不信感は募るばかりだった。
夕食後、自分のテントに戻ってベッドを広げる。
このテントでは私のチーム5人で寝る予定だ。
ベッドは例の魔力で膨らむ簡易ベッドである。散々相応しくないとか言っておいてなんだが、たしかに野営には便利なものだ。
ただ、それとは別に私には不満があった。
「お風呂入りたい……」
「今日は我慢してくださいお嬢様、私も色々我慢しております」
「温泉でも出てたら良かったんですけどね」
話しながらタオルで私の体を拭いていくエステレアとクロエ。
こういうことが出来るだけまだマシか。
いつでも水やお湯が使えるし冷やすこともできる。魔法は便利だ。
「お嬢様の玉体に土埃が付いておりますね。アスラームは一体何をしていたのでしょう」
「ミミズのときのですね」
さすがの彼も土埃から守らなかったのを責められるのは酷である。
みんなからアスラームに気をつけろと言われるものの、私は彼に対して嫌悪感はない。逆にイケメンへのトキメキみたいなのもない
お姫様抱っこはされたが、それに対して何か思うところがあるわけでもない。
上半身を拭き終わり、下半身を拭いてもらいにかかる。その時、事件は起こった。
「おい! ちょっといいか!?」
グレンの声。
テントのファスナーが勢い良く下げられる。
そこから老けたフツメンが覗いた。
「うおっ!」
……今、覗いた?
その顔は私の姿を見て慌てて引っ込んだ。
何がうおだ。
体を拭いてもらっている私は半裸だ。完全に見られた。
「な……今、あの男……」
「トモシビ様、早く服着て!馬鹿じゃないのあいつ!?」
「へ、変態にもほどがあります!なに考えてるんですか!?」
「すまん!緊急事態だ!」
外で不可抗力を主張するグレン。殺気立つエクレア。剣を取りに行くエステレア。
こちらも彼のせいで緊急事態である。
「と、トモシビちゃん、グレンと結婚しなきゃいけないの?」
「なんですって!?」
「裸を見られたら結婚しなきゃいけないんだよ!」
「セレストエイムではしなくていいから……」
フェリスは涙目になっている。
前は尻尾の付け根を触ったら結婚とか言っていた気がする。何かにつけて結婚を迫るレプタット村の風習が気になるところだが、皆の反応のおかげで私は冷静でいられた。
私はクロエの手を借りて素早く服を着ると、グレンに謁見の許可を与える。
恐る恐る覗くグレン。
「そこで止まりなさい。今とんでもないことをしたこと、お分かりですか?」
「あ、ああ……」
「普通女の子のテント勝手に開ける? 信じられないわ……」
グレンが責められている。こうなると番長も形無しである。
なんだか愉快になってきた。私はツカツカと彼に歩み寄っていく。
「しゃがんで」
戸惑いながらしゃがむグレン。私はその顔を思いっきり引っ叩いた。
硬い……。
拳だとまた痛めるから平手にしたが、どっちにしろ私の手の方が痛い。
とにかくこれでケジメはつけた。
呆然としてるグレンに尋ねる。
「緊急事態って?」
「……あ、いや……クラスのやつが2人いなくなった。テントも空だ」
「どっか探索に行ったんだわ」
「キャンプ地は見張りがいる。外には出られねえ」
となると……透明な魔物にやられた、というのもありえる。最悪の事態だ。フェリスは何も反応してないけど絶対ないとは言い切れない。
とにかくマップを開いてみる。
皆テントの中で寛いでいるようだ。おかしな行動を取っている人はいないようだが……いや、19番と20番がいない。
オタともう1人だ。
もっと範囲を広げてみよう。
大画面にしたマップを皆が覗き込む。
「いた! 来た道戻ってる!」
本当だ。どういう事だろう?
考えられるのはなんらかの手段で見張りの眼を掻い潜った。もしくは魔物に運搬されてる……とか。
いずれにせよ追わなきゃいけない。
「お嬢様、まずは先生に報告しましょう」
「先生には先にランドが報告してる。もうすぐこっちに来るはずだ」
ランドというのはグレンの舎弟だったと思う。用意がいい。
それからすぐに先生が現れた。
「話は聞いたぞ。まず落ち着け」
「どうするんですか?」
「こちらで捜索隊を出す。トモシビはちょっと付き合え、オペレーターをするのじゃ」
「わかった」
「では私がお嬢様のお世話をします」
なんでこう、次から次へと気の休まることなく事件が起こるのだろう。委員長とはかくも過酷な仕事なのか。
不信感は拭えないが、先生の気持ちもわかってきた。このクラスをまとめ上げるなんて並大抵の苦労ではない。
まあ道中の苦労の大半は先生のせいではあるが……。
私は先生に連れられて捜索隊の下へ急いだ。
「あ、トモシビちゃん達。夜中にごめんね」
騎士団の魔導院にいつもいるラナさんだ。学園は彼女の管轄だそうなのでこういった行事には駆り出されるのだろう。
「大丈夫」
「ラナ様が捜索隊なのですか?」
「そうだよー。私のことも、その″窓″に登録しておいてね」
お安い御用である。ついでに先生もフレンド登録しておこうか。
……マップ上のフレンド表示をオンオフできる機能を作るべきかな?
先生の位置が分かってたら今日の罠はもっと楽に看破していただろう。でもそれだとズルしてるだけだ。いくら腹が立っても超えるべき試練だ。不正はしたくない。
それにプライバシーの侵害も問題である。マップを見たらトイレまで丸わかりだ。
さっきのグレンと同類になってしまう。
フレンド登録をすませるとラナさんは数人を伴ってすぐに出発した。
マップのオタ達はもうすぐ崖に到達しそうだ。
……この速度はやはり徒歩かな? どうにかして抜け出したというのが正解だと思う。
「まっすぐ崖に向かって良いぞ。全速力で馬鹿どもを連れ戻してくれ」
『了解!』
ラナさんのアイコンは道を無視して差を縮めていく。
すごい速さだ。どう見ても飛んでる。数十秒ほどで追いついた。
『いるんでしょー? 出てきなさい』
先生の持つ通信機から声が聞こえる。
『貴方達のせいでトモシビちゃんが寝られないのよ?』
『やべw』
『い……今出ます』
オタ達の声だ。
『もうちょっと待ってw この辺だからw』
『何がこの辺なの?』
『この辺に魔物の死体があるから、皮剥いで持っていきたいw』
『皮? 素材が欲しいの? 嵩張るよ?』
『お嬢様にプレゼントするんだw』
殴られたようなショックを受けた。
私に?
そのためにこんな事を?危険な夜中に?
俯いた私の肩に先生の手が置かれた。
「お主モテすぎじゃろ。腹が立ってきたぞ」
「お嬢様のせいではございません」
エステレアはその手を素早く払って私の頭を撫で始めた。
「……仕方ないのう。その皮を剥いだらすぐ帰ってきてくれ」
『了解です。手伝ってあげるから、トモシビちゃんにちゃんとしたの渡そうね』
『通信してんすか?w いえーい、お嬢様見てるーw』
「見てない」
聞いてるけど見てない。プレゼントは嬉しいけど、私は何も返せない。少々罪悪感を覚える。
程なくしてオタ達が戻ってきた。
彼らはヌメヌメした灰色の物体を抱えてる。なんか生臭い。
イカクラゲの皮か。死ぬと見えるようになるらしい。
「魔力を通すと周囲の風景に溶け込んで見えなくなる皮じゃ。犯罪には使うなよ」
昼間これを入手したオタ達は、その有用性に気付き、その皮を被って透明状態で残りを取りに戻ったのである。
勇気ありすぎ。
「ちゃんと加工してプレゼントするよw」
「お主の家は魔導具屋じゃったな。それはいいが、プレゼントを渡す本人に迷惑かけてどうする。もちろんワシらもじゃ」
「ごめんw」
「すません」
「……危ないことしないで」
何を言うべきか考えたが、結局私の口から出たのはそれだけだ。
オタ達は相変わらずの反省してるのかしてないのか分からない笑みを浮かべてテントに戻っていった。
「トモシビちゃん、人気あるんだねー。もう男の子に貢がせてるんだ」
「そうじゃのう。なかなかどうしてリーダーやっとるじゃないか」
ヤコ先生はそう言って温かいカップを差し出した。
「……もうAクラスの中心は名実共にお主じゃな。面白い結果になったものじゃ」
口をつけるとぬるりとした塩味と酸味が口に広がった。はるか前世の記憶が蘇る。
……梅昆布茶だ。こんなものこの世界にあったのか。
エステレアも目を白黒させて飲んでいる。
「ワシの予定では、お主はアナスタシア付きの火力要員じゃった。どうしてこうなったのかのう」
「それがお嬢様のお力です」
昔の私のままなら、もしかしたらそうだったかもしれない。目立たないようにアナスタシアの影に隠れていただろう。私が委員長の立場になるなんて想像もつかなかった。
この口ぶりだと先生ももう私が委員長である事に文句はないのかな。
「そうそう、報告でミミズの魔物を焼き尽くしたとか言っておったな?あれはなんじゃ?」
思い出してしまったようだ。
……教えても良いのだが、先生達は何も教えてくれないのに、こちらだけ乞われるままに教えるのは不公平ではないだろうか。
「私の質問に答えてくれたら教える」
「なんじゃ?スリーサイズも年齢も内緒じゃぞ」
「そのようなもの誰も興味ありません」
「言いすぎじゃろ……」
「……なんで私達を強くしたいのか、教えて」
これだけは早急に聞き出したい。
私が無茶しなきゃいけないのも全部そのせいだ。納得しなきゃ先生を信頼できない。
先生は真面目な顔になってラナさんと目を合わせた。
「トモシビちゃんなら大丈夫ですよ」
「どいつもこいつもトモシビに甘いのう。ワシも人の事言えんが……」
先生は仕方ないのう、と呟いて梅昆布茶を一口飲んだ。
「つい最近、南の海を越えた大陸にアルグレオという国があることが分かった。知っておるか?」
「知らない」
海の魔物は極めて危険である。
ただでさえ巨大生物がいるのに、それが魔物化しているのだ。
この世界では人類が外海に乗り出すのは自殺行為に等しい。船などあっという間に沈められてしまう。
遠洋まで航海すること自体ができないのだ。
そのため、この西方の国であるグランドリアは陸続きの東方としか繋がりがなく、海の彼方に何があるかは今まで全く知る機会がなかったのである。
「そうじゃろうな。グランドリアと同じく発達した文明のある国じゃ。直ちに我々は使節団を送った」
「どうやって送ったのですか?」
「ジェノバは知っとるじゃろ? バカンスで有名な街じゃ。数年前、あの近くに古い遺跡が見つかったのじゃ。調査の結果、その奥に巨大転送陣があることが分かった」
「それが南の大陸に繋がっていた、ということですか?」
「その通りじゃ。で、使節団の話に戻るぞ。そのアルグレオと国交を開くに当たって、彼らは魔法戦の親善試合がしたいと言ってきおった」
先生が言うには、彼らは最初グランドリアの軍を見せろと迫ってきたらしい。
当然グランドリアは断る。軍事情報を一方的に見せるなど受け入れられるわけがない。
しかしとにかく彼らはグランドリアの軍事レベルを計りたがった。それはグランドリアとしても同様であり、紆余曲折を経て、学生同士の親善試合ということになったとのことだ。
「その試合にお主らが出るんじゃ。良かったな。歴史に残るぞ」
……なんてことだ。
新大陸? 未知の文明? 親善試合?
なんて……ワクワクする話だ。
「素晴らしいですわ!そのアルグレオとやらにお嬢様の威を見せつけてやりましょう!」
「うん、楽しみ」
「えぇ……普通喜ぶか? プレッシャーとかあるじゃろ」
「もう跳ね返した」
「早すぎじゃろ……」
「お、大物だね」
どうせならその親善試合はあちらでやってほしい。アルグレオに行ってみたい。
その古代遺跡にも行ってみたい。きっと古代人はそうやって行き来していたんだ。なぜ途絶えたのだろう?
知りたいことがいっぱいだ。
よし、やっぱり今度の連休はジェノバに行こう。海でバカンスして遺跡を探検しよう。
「お嬢様、目が輝いておりますわ」
「その若さが眩しいわい……とにかくそういう理由でお主らを鍛えとるんじゃ。まだ正式発表前じゃから他言するでないぞ」
「わかった」
その後、聖炎のことを適当に話した。
虫の魔物は多いとか言われたがそれはもうどうでも良かった。
なんで私達が親善試合に出ることになったのか、とかそういうのもこの際どうでも良い。大陸を越えて私の名を……私達の名を轟かせてやるのだ。
話を終えて、テントに戻った私は待っていてくれた3人と共にベッドに潜り込んだ。
興奮してなかなか寝付けないだろうと思っていたが、べつにそんなことはなく朝までぐっすり眠ってしまったのだった。
そういえば、グランドリア国の首都は王都グランドリアです。紛らわしいので王都と呼ばれています。




