きをつけーやすめー
※1月1日誤字修正、ご報告ありがとうです!
朝のホームルーム。ヤコ先生はついにその議題を挙げた。
「えー、ついにうちのクラスも委員長を決めることになった。これからはクラス行動も多くなるでな。クラスを取りまとめるリーダーが必要じゃ」
一息つく先生。
アスラームが言ってた件だ。
先生たちの間では私に決まったと言っていたが……。
「トモシビ、前に出よ」
教壇の隣に立つ私。もう注目されるのは慣れたものだ。
「選考基準は作戦立案、状況判断、戦闘能力、リーダーシップ、積極性などじゃな。じゃがトモシビ、ワシから見てお主には問題があると言わざるをえん。戦闘能力とリーダーシップにじゃ」
「む……」
「お嬢様なら問題ありません。先日もチームをまとめて優勝されたではないですか」
「それは少数のチームだからじゃ。そうじゃな。皆、起立せよ」
「あ? なんでだよ?」
「いいから早くせよ!日が暮れるぞ!トモシビはそこに立て」
のろのろと立ち上がる29人。私はその真ん中に配置された。
「トモシビ、号令をかけてみよ。気をつけ、敬礼、休め、じゃ」
私たちは学生であるが、有事は騎士団の予備隊扱いを受ける。一応このような基本教練も教え込まれるわけだ。
私は息を大きく吸った。
「きをつけー!……けーれー!……やすめー!」
皆、ちゃんと動いてくれた。良かった。これなら大丈夫だろうか?
「どうじゃ? 従う気にならんじゃろ」
「なります!!」
「お主ら以外じゃ」
「あー、まあな」
「服従したいw」
「可愛いんですがね」
「グレンでよくね」
……なんで!?
ガヤガヤし始めたクラス。
焦る私にヤコ先生が同情の目を向ける。
「だってお主、幼女なんじゃもん」
「……先生も幼女」
「ワシは大人じゃ! ワシは声量も発声もしっかりしとるじゃろ。お主は普通に幼女のそれじゃ。しかも大人しいタイプじゃ。不安になる」
「……」
「一部からアイドル扱いされとるが、生死のかかった戦場で幼女のアイドルを隊長にして命を預けたいやつがおるか?」
言われてみるとそういうものかもしれない。
舐められたら実力で黙らせることもできない。
資格なし、ということだろうか。
「しかしのう……実はもうお主に決まっておる。評価だけ見ればお主は優秀じゃ」
やっぱりそうか。クラスはさらにざわめいた。
「厳しいことを言ったがワシも応援しとるんじゃぞ。就任挨拶でもするか? 自分の言葉で皆を納得させてみよ」
就任挨拶? ……私が?
見られるのは慣れた。知らない人と話すのももう大丈夫だ。
でも、これは……。
私が王様に挨拶できたのは考えてきたからだ。それにあれはあくまで子供の挨拶だ。お礼を言っただけだ。
壇上に立つ。
…………どうしよう。
必死で言葉を考えるが、焦って集中できない。
エステレアは私を心配そうに見ている。フェリスもクロエもアナスタシアもメイもジューンも。
……皆の方を見てると少し落ち着いてきた。
前に立った以上、黙ってるだけでマイナスかもしれない。
とにかく、まずはこのざわめきを止めなくてはならない。
「聞いて」
ダメだ。声が小さい。
……あれをやろう。
アレ、つまり爆竹である。注目を集めるにはこれに限る。もうショートカットを使うまでもなく1秒以下で使える。
教室に響き渡る破裂音。
静かになった。
「委員長になったトモシビ・セレストエイム、です……えと…………私が委員長だと不安かもしれないけど……がんばるから……みんなで助けてください……おねがいします」
頭を下げると拍手が巻き起こった。
ホッとしたのも束の間、すぐに気付いてしまう。
よく見るとエステレア達が全力で拍手しているだけだ。半分くらいは拍手してない。
私はまだ認められてないのか……。
「スライム、聞いて」
放課後の自宅、私は生物室から持ってきたスライムに話しかけた。
エステレアは家事をしている。
「私の喋り方、ダメなんだって」
スライムは波立った。
ヤコ先生は小さくても、声は張りがあって大きいし、説明も明瞭だ。私のように辿々しい言葉遣いもしない。威厳ないように見えて、たしかにあの問題児揃いのAクラスをまとめている。すごい人だ。
「一緒にお喋り練習しよ」
スライムは言葉を理解してないのかもしれない。ただそれでも話しかけていればそのうち理解すると思うのだ。
私の話す練習にもなって一石二鳥だ。
声が幼女と言われてもどうすれば良いのだろう。
私はもう12歳だ。幼女という歳ではないのだが、生来無口であり家族以外と話してこなかったせいか喋り方が幼いのは自分でも分かる。
クラスの男子が私を見る目はマスコットやアイドルへのそれであって、自分達の上に立つ者としては不足という事なのだろう。
この声も喋り方も、皆は可愛いからそのままで良いと慰めてくれた。私としても無理して変えたくはない。
でもそれでこの先やっていけるのだろうか?
どうしたらいい?
「きをつけーやすめー」
スライムは動かなくなった。
私は野菜をあげることにした。
神術というのは基本的に治療のために使われる。信仰する神によって多少の変化はあるらしいがそこは聖火教でも東方でも同じだ。
祈りによって神が魔法を使ってくれるらしいのだが、その神というのがいかなる存在なのかは誰にもはっきりとした説明はできない。
一般人から見ると原理不明の、まさに奇跡なのである。
その神術で私の右手を観ていたクロエは目を丸くして言った。
「……治ってますね。もうギプスは外して大丈夫です」
土の魔術でギプスを変形させて外す。
私はスライムを生物室に返したあと夕食を食べ、今は皆と共にリビングにいるところだ。
久しぶりの右手解放である。
あまり洗えないので臭ったりするかと思ったらそうでもなかった。
細くなったわけでもないし、ニギニギしても違和感はない。前と別段変わった様子はない。
握力はなさそうだが、それは元からである。
「もう治っちゃったの?」
「普通2週間も経たずに治るはずないと思うんですけどね……」
「お嬢様ならその程度、造作もありません」
造作どころか私は何もしてない。この場合褒められるべきは治療にあたったクロエではないだろうか?
「じゃあこれからは何でもできるねトモシビちゃん」
「うん」
あれから模擬戦は見学してたし、お城では泳げないし、散々だった。
とりあえずはフェリスの尻尾を患部だった部分に巻きつけてみる。
「どう?」
「ふわふわ」
隠れてた部分だから、久しぶりに外気に触れて敏感になっているようだ。私はしばし柔らかな毛並みを楽しんだ。
何をしようかな。尻尾を撫でながら考える。
クロエ、エステレアはもちろん、気をつかってくれた皆にも感謝しなくてはならない。あとお見舞いに来てくれたクラスの人たちもだ。
そうだ、快気祝いを送ろう。
前にグレンにクッキーをあげたことがあるのを思い出した。なんかぼーっとしてたがたぶん喜んでたと思う。
私が完治した手でクッキーを作ってクラスみんなに配るのだ。
もしかしたら……それで少しは認めてくれるようになるかもしれない。
賄賂みたいだが、快気祝いなので悪く思う人はいないはずだ。
これは良い事を思いついた。
早速私はその考えをみんなに伝えた。
「お嬢様……」
「?」
エステレアはなんだか泣きそうになってる。
「いじらしすぎます!! 」
思いっきり抱きしめられた。
エステレアの抱擁は骨折が治ったせいかまったく遠慮がない。
「お可愛くてお可哀想で頭がどうにかなりそうです。『みんなにクッキーを焼いたら認めてくれるかもしれない』なんて……」
「トモシビちゃん、私も手伝うよ……きっとみんな喜んでくれるよ……」
「私なんか涙出てきました……」
なんだろうこの反応は。
「トモシビ様のお声が幼女だからって、なんで蔑ろにされなくてはならないんですか……こんなに頑張っておられるのに……」
私はそんなに哀れっぽく見えるのだろうか?
スライムに話しかけてたのを見られたせいかもしれない。
「大丈夫だから、作り方教えて」
「はい……お嬢様のはじめては私が頂きたかったのですが」
「先に食べさせてあげるから」
私はクッキーどころか料理自体した事がない。前世も……覚えてる限りではほとんどなかったはずだ。ちょっとワクワクする。
エステレアは材料を並べながら鼻歌を歌っている。自分のエプロンを私につけさせてご満悦なようだ。
クッキーの作り方は、まずバターをトロトロに混ぜながら砂糖、卵黄、小麦粉を投入して随時混ぜ合わせる。
今回は生地を3つに分けて、1つにはアーモンドパウダー、もう1つにはココアパウダーを入れる事にした。もう1つは何も入れないプレーンだ。
混ぜる。
切るように混ぜるのがコツらしい。
混ぜる。
混ぜる……。
「つかれた」
「無茶ですよ。ずっと腕動かしてなかったんですから」
何しろクラス全員に配るつもりなので量が多い。これでは私の右手が病み上がりから疲労骨折してしまう。
「ではフードプロセッサーを使いましょう」
エステレアはボールの中に球状の魔導具を入れると、蓋をかぶせて魔力を込めた。中の生地がみるみるうちに切り刻まれ、混ぜ合わされていく。
こんなのがあるなら最初から頼ればよかった。だが自分でやると言ったのは私である。ぐうの音も出ない。
次は型抜きだ。
私としてはデコボコの不揃いより、やっぱり色んな形で焼いて楽しみたい。
魔術で少し冷やせば硬くなるので上手に型抜きできるらしい。
さっそく猫の型で切り抜いてみた。
「見て、これフェリス」
「それハクビシンだよトモシビちゃん」
紛らわしい。
他にも色んな型がある。組み合わせたら絵も描けるかもしれない。
「生地を混ぜたら色が出せますね」
「お嬢様のお顔を作ってみました」
「わぁ」
「似てる〜」
デフォルメされた私の顔だ。ゲームで使った人形に似てる。
そんな感じで楽しく型を作り、クッキーが焼きあがった頃には11時を回っていた。もう普段なら寝る寸前である。
しかし焼きたてを食べられるのは作った私達だけの特権だ。
「はい、みんなありがと」
熱々のクッキーを2、3枚配っていく。
かなり手伝ってもらったとはいえ、私の快気祝いのプレゼントなので私が手ずから渡す。
「あったかいと美味しいね〜」
「ふふふ、お嬢様の愛情を感じます」
「聖遺物としてケースに入れて保管しますね!」
「早めに食べて」
遺物とは縁起でもない。
私たちはちょこちょことクッキーを味わって幸せに浸った後、袋に詰めるのは明日にして寝ることにしたのであった。
クラスメイトはトモシビちゃんに意地悪してるわけではないんですけどね。
彼らなりに真剣に考えているのでしょう。




