スライムと名付けました
「ほう、クマ肉か。うまそうじゃな。それから……これは木の皮と種か。他は? 木材は採って来んかったのか?」
「歩いてるだけで無害な魔物でしたので倒さなかったのですわ」
「これ見て」
私はヤコ先生にスクリーンショットを見せた。道中撮ったものだ。
歩く木人。樹皮を剥いでも気にも留めない木人。天を舞うスカイサーペント。雷を発する瞬間。
それに粘菌の魔物。
意識のトリガーで写せるので、実は私は普段から事あるごとにスクリーンショットを撮っているのである。
魔物だけではない。
昨日のお城の晩餐会もお風呂も撮っている。
あとで皆と見て楽しむのである。
魔物達の画像をヤコ先生は興味深そうに眺めた。
「ほっほう!スカイサーペントか。はるか昔から伝えられてる伝説の魔物じゃ。これはすごいのう。
それからこっちは……本当に木人という感じじゃな。木の魔物はよい素材になるんじゃがのう……」
「可哀想」
「ふむ、まあ種があるなら良いじゃろう。それから、これはなんじゃ?」
先生が指し示したのは粘菌の魔物だ。
「いい子だったから、交渉した」
「交渉? 話したのか?」
私が経緯を話すと、ヤコ先生は難しい顔をした。
「言う事を聞いたのは驚くべきことじゃが、友好的だと考えるのは早計じゃぞ。帰ったらすぐ研究所に持っていけ」
「私が育てる」
「馬鹿者! どこまで大きくなるか分からんのじゃぞ。しかも分裂するのじゃろ? 街中がその魔物に飲み込まれたらどうする?」
……その通りかもしれない。
でももしかしたら人間と共生できる魔物になるかもしれないのに。
「研究所に置いておいて、時折様子を見に行けば良いのではないでしょうか」
「そうじゃな。なんならお主が主導して研究すれば良い。ちゃんと管理するのならな」
「……わかった」
そうするしかないか。
勝手に魔物を飼うなんて冷静に考えると許されるわけがない。
私がどうかしてるのだろうか。
大人しく袋に入っている肉塊を見つめる。
いわゆる人間の天敵としての存在に当てはまらない魔物。
実は最初のクマも話せばわかるタイプだったのかもしれない。
しかし考えてみると狩猟とはそんなものではないだろうか。
相手が襲ってこようがこまいが殺して食べたり利用したりする。それが人間の営みである。
でも……そんな中でも共に生きていけるような生物ができたら、それは素晴らしい未来だと思うのだ。
部活で狩猟をした次の日の朝、私はエステレアと研究所を訪れた。
共同研究者のスミスさんに書類の束を差し出す。
「まずこれ」
「ありがとう、たくさんあるね」
これは″窓″のメインメニューの圧縮魔方陣を書き写したものだ。みんなで確かめながら細かいところまで正確に書き写したら用紙100枚くらいになってしまった。
ともかく原理を解明するなら地道に調べるしかない。そのためにはあちらにも写しが必要だということでスミスさんから頼まれていたのである。
「あとレポート」
続いて取り出したのは上に提出するレポートだ。
この″窓″の機能のまとめ、特異な点、解析することで得られる利益、など考察を交えて書いてある。
魔法陣を書き写すのが大変でこれ以上のことはできなかった。
「……これ君が書いたの?」
「う、うん」
「よく書けてる。一年生とは思えないよ」
「お嬢様、頑張りましたものね」
「ただ欲を言えば、文章より図を多く混ぜた方が分かりやすくなる。長い文章を読ませるより一目で分かるようにするんだ」
なるほど。私は文章を分かりやすく書こうと努力はしたが、そういうことは考えてなかった。
「むしろ図解で説明できるとこはそうすべきだ。その方が説得力も出る」
「……わかった」
「トモシビちゃんが一生懸命書いたのにお説教したらダメですよ」
受付のお姉さんが入室がてらスミスさんに苦言を呈した。
彼女は相変わらずショートケーキをお盆に乗せている。エステレアもご満悦である。
「ごめんごめん、研究生を相手にしてるつもりになってしまったよ」
「トモシビちゃんが全部やるなら、スミスさんやる事ないじゃないですか」
「うん、次は僕がこれを元に魔法陣の解析を進めておくよ」
この″窓″を呼び出す仕組みが私固有の霊術だとしても、どこかにその型が保存されていなければ説明できないと思われる。
その辺を考察するなら、″俺″の記憶にまで触れなければならないことになりそうなのが憂鬱だが……。
それはそのうち考えよう。
「それで、まだ用事があるって言ってたよね?」
「うん」
先日、捕獲……というか受け取った粘菌の魔物らしき生物のことである。
袋を机に置き、スクリーンショットを見せながら経緯を説明する。
「……それで、言葉覚えさせたい」
「……どう思うラナ君?」
「そういう生き物がいると噂では聞いたことありますけど……俄かには信じ難い話ですね」
このお姉さんはラナっていう名前らしい。今初めて知った。
「あ、疑ってるわけじゃないからね。ちょっと驚いただけだからね」
「そもそも意思疎通はできていたんだろうか?」
「攻撃してこなかったんですから、攻撃しないというトモシビちゃんの意思を汲み取ったんじゃないですか?」
「そうすると袋に入って欲しいというのも理解できたのかな」
私はそう思ってる。言ってることはオウム返しだったがコミュニケーションを取ろうとする意思を感じた。
「ところで名前はあるのかな? 君が発見したんだから君が決めていいんだよ」
「……スライム」
それしかないと思った。この日、この世界に魔物『スライム』が爆誕するのだ。
私は荷物から野菜を取り出すとスライムの袋に入れた。すぐさま取り込んで食べ始めるスライム。
「あなたの名前、スライム」
ちょっと表面にさざ波が起こった。返事をしているのかもしれない。
「やっぱり家で育てたい」
「お嬢様……」
「その子のこと好きになっちゃったんだねえ。いっそ学園で飼っちゃえば?」
「学園で飼えるのですか?」
ラナさんによると魔物の飼育というのは学園でも行ってるという。
騎士団の研究所ほどの設備はないが、そもそもがこんな流動体の魔物などを想定した設備なんてどこにもないのだから、多少劣る設備でも同じだとの事だ。
「学園は私の管轄だから何かあった時も力になれると思うよー」
「何かあったら生徒に危険が及ぶんだが……」
「クズノハ先生がいるから大丈夫ですよ」
「ヤコ先生?」
「クズノハ先生って実はすごい人なんだよ。頼りになるでしょ?」
「うん……?」
頼りになるかならないかでいうと、なる……のかな。本気出したらすごいって自分で言ってたからその辺が関係してるのかもしれない。
学園に帰ってきた私達はその足で職員室に向かった。ヤコ先生に相談することにしたのだ。
今日は日曜日ではあるが、幸いヤコ先生は学園にいた。
「たしかに、魔物の飼育はしておるが……」
「ダメなの?」
「魔法理論クラスが管理しておるからのう……頼むにしても、ワシ、その、ほら」
「?」
「うん、まあ、あいつら嫌いなんじゃ」
ヤコ先生はぶっちゃけた。
「仲良くした方がいい」
「ダメじゃダメじゃ。どいつもこいつも現場を知らんくせに、上から目線で嫌味ばかり。お主らも一発で嫌いになるぞ」
「頼りになるヤコ先生がいるので学園の方が良いと仰っていたのですが」
「なに!?誰がじゃ?!」
「騎士団のラナ様です。」
「ほ、ほぉー……仕方ないのう。今回だけじゃぞ」
どうやら頼んでくれるらしい。
ヤコ先生は目に見えて上機嫌になった。
わかりやすい人である。
スライムは私たちの事情など構わず野菜を消化している。
この生き物は植物を好んで食べるらしい。昨日の夜、スライムに肉と野菜を与えたところ、野菜の方を取り込み始めたのだ。
この様子なら人を襲うこともなさそうである。
ヤコ先生と共に魔法理論クラスの棟に移動する。入ったのは初めてだが、なんだか薄暗い建物で個人的にあまり好きではない。
私は日光が苦手だからといって暗いのを好むわけではないのである。
それに人気がない。私達の棟は運動部の部活があるせいか、休日でもそれなりに人がいるのだがここは静まり返っている。
私達の足音だけが響く学園。
なんか不気味だ。
「ここが生物室じゃ。たぶん責任者がおるはずじゃが、いなければ待機しとる教師をあたる」
できれば責任者に話を通したいところである。
扉の魔導錠を解錠して中に入る私達。
「わぁ」
「これはすごいですね」
中はガラスケースが積み上げられ、それぞれに魚や小動物が入っている。
机にはいくつも鉢植えが置かれ、珍しい植物がたくさん植えてある。
ちょっとした水族館か動物園のようだ。
珍しい魚、カエル、トカゲ、ヘビ、ネズミ。
私は基本的に生き物は好きである。嫌いなのは虫だけだ。
「クズノハ先生、ここには来ないでって言ったでしょう」
夢中になってガラスケースを見ていると、声がかかった。白衣を着た女性だ。明らかに不機嫌そうである。
「ワシも来たくなかったが、生徒たっての頼みでな」
彼女は胡乱な目で私を眺める。おそらく先生なのだろう、ヤコ先生と違って普通に大人だ。細身でけっこう美人だが霞みがかったような目付きが怖い。
「……貴女はセレストエイムさん? ああ、そういうことね」
察しが良い。私の持っている袋に気付いたらしい。
「そういうことじゃ。頼めるか?」
「ま、私も興味あるしいいでしょう。とりあえず血液と髪の毛のサンプルを貰おうかしら。注射は大丈夫?」
「……私じゃなくて、こっち」
全然察し良くなかった。
勘違いしてる彼女に袋のスライムを見せつける。
腰を屈めて覗き込む白衣の先生。
その目にだんだんと光が灯ってきた。
「これ、ショグゴスじゃない」
「ショグゴス?」
「伝説上の生き物よ。これ生きてるのよね? どこでこれを? ちょっと触ってもいい?」
私は昨日今日と何度も説明した経緯を彼女に話した。いい加減慣れっこである。
「へー、スライム? それともこの生き物がスライムでスライムの魔物というべきかしら? ショグゴスじゃダメなの? ベジタリアンなのね?」
どうもこの世界では粘菌は知られてないらしい。とはいえ、かく言う私も詳しく知ってるわけでない。そんな生き物がいて、このスライムがそれと似てる気がするという程度の知識だ。
彼女は興奮した様子で袋を手に取ると。突然、手を突っ込んだ。
野菜好きとはいえ魔物である。自衛のために何するかわからない。
ヒヤリとする私達。
だがスライムは怯えたように手から逃げて縮こまった。
「あら? 魔物っぽくない反応ね? うりうり」
「酷いことしないで」
触れると、スライムはその部分を引っ込める。いじめにしか見えない。
「臆病な魔物じゃのう」
「この調子なら預かっても大丈夫でしょう。貴女が研究するって言ってたけど、あてはあるの? 研究計画は?」
「……知能測ったり……言葉教えたりしたい」
「貴女、他の研究もやってるのよね? それに部活も。そんなに幾つもできるの? 中途半端はダメよ?」
言われてみるとちょっと手を伸ばしすぎてる気がする。充実しすぎるのも考えものである。
ただでさえこの学園の授業は高度なのだ。学業の方が疎かになると困る。特に実技は私にとって鬼門だ。この前のチーム戦で少しは取り戻せたと思うが……。
ヤコ先生を見る。
「ま、頑張るといい」
完全に他人事である。
「このいい加減な先生を頼っちゃダメよ? 貴女もいい加減になっちゃうわよ?」
「これじゃ。こうやって嫌味ばかり言うんじゃ。陰気な奴じゃろ」
「もしなんなら興味ありそうな子を付けてあげるから、その子と一緒やりなさい」
共同研究しろということだろうか?
願ってもないことだ。
「騙されるなよトモシビ。そうやって手柄だけ持っていくのがこやつの常套手段じゃ。このスライムは未発見の新種で、しかも魔物化して知能が高くなっておる。大人しくて飼うのも簡単。手柄の宝庫じゃ」
「人聞き悪いわね。貴女が何もしなかっただけじゃない」
なんか過去にあったらしい。ヤコ先生は研究所所属と言っていたことがある。たぶん仕事をこの人に全部丸投げしたのだろう。いかにもありそうだ。
「その辺は後で話し合って決めなさい。もちろん私も指導教員として名前出したりするけど変に思わないでね」
「……わかった」
「じゃ、また明後日あたりに来なさい。そのスライムは置いていっていいわ。……それから私はCクラス担任兼生物室室長のキョウカ。貴女たちは名乗らなくていいわ、トモシビ・セレストエイムさんにエステレアさん」
「私の名前までご存知なのですか?」
「有名よ、貴女たち」
意味ありげに笑うキョウカ先生。彼女は私達の魔力を魔導錠に登録するとこう言った。
「ここの子達が見たくなったらいつでも来なさい」
生き物が好きなのだろう。普通に良い人に思える。私は最後にスライムに野菜をあげて別れを告げる。
「またね」
スライムは少しうねうねした。
暇に任せて書いてたらストックが15話くらい溜まったので、月水金の更新にしていきたいと思います。
ストックに応じて週2、3話ペースで調整していく感じになりますので、よろしくお願いします!




