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魔物狩り

※6月2日誤字修正。ご報告ありがとうです!



「魔物の痕跡が見つかったぞ。糞だ」



おじさんが指し示した先には、うず高く積もった動物の糞があった。

顔をしかめる私達。

おじさんはまったく気にせず木の枝で糞を解体し始める。



「クマの糞に似てるな。しかし量が段違いだ。……草も肉も食ってやがる。ほら見てみろ。繊維に混じって毛があるだろ」

「ひどい臭いですわね」

「お嬢様、見てはいけません」

「大丈夫」



ハンカチを鼻に当てる者、逃げる者、我慢して見る者。

フェリスは平気そうだ。すごい。

私は我慢して見ているが、ネチャネチャいじくり回すのはちょっと堪える。



「おい旦那、それくらいにしようや。お嬢さんがたが引いてる」

「なんだぁ? うんこくらい誰でもするだろ。ほれ、ちゃんと見ろ」



おじさんは、あろうことか糞を棒の先端につけて私たちにズイッと突き出してきた。

悲鳴が上がった。

というかもう阿鼻叫喚である。

私も逃げた。



「おっ、これは苦手かメスガキ」

「馬鹿、旦那。また嫌われんぞ」

「ああ?」

「もういいから!早く魔物探して!」

「ちっ、とにかく近くにいるってこった。ほれ、足跡があるぞ」



私のいつになく怒りを含んだ声に、おじさんはブツブツ言いながら探索に戻る。

近くにいるなら早くそうしてほしい。これだけ騒がしくしてたら魔物だってこちらに気づくだろう。

木の枝を踏む音に文句言ってたのは一体何だったのか。



「クマならあっちの方にいるよ。そんなに大きくないみたい」

「魔物かどうかわかるか?」

「足音が変だからたぶん魔物だよ」



どうやらフェリスがいれば、糞を弄る必要はないらしい。

フェリスの案内に従って歩を進めると、たしかにいた。

黒いクマ。

大きさはヒグマくらいだろうか。魔物にしては大きくはない。

一瞬、普通のクマかと思ったがすぐに違和感に気づいた。足が3対あるのだ。

クマはこちらをじっと見ている。



「よし、じゃあお前らだけでやってみろ」

「火は禁止だ。それから無闇に毛皮を傷付けすぎないようにな」



私達の剣は細身だが強度も鋭さも一級品だ。熊の毛皮くらいなら貫けると思う。心臓を突けば即死させられる。



「急所が隠れていますね。どうしましょうか」



と、メイ。

本当だ。2対目の前足が脇腹のあたりから生えているため、足で心臓をガードする形になっている。



「じゃあ撲殺かしらね」



撲殺……あの頭を棍棒で殴るのを想像してみる。

何度もやれば案外倒せそうだ。

丁度良い魔法もある。



「私のパイルバンカーなら一撃」

「バルザックにとどめを刺した魔法ですね」

「じゃあ落とし穴で動きを止めましょうか」



とにかくみんなで囲んで牽制して、隙をついて落とし穴に落とす。それからパイルバンカーでトドメ。

こういう作戦になった。雑だが、目の前に獲物がいる以上詳細を考える時間はない。

全員に身体強化をかける。一応おじさん二人もパーティーに入ってるので12人にかけることになるが、私の魔力が上がったおかげか大して疲れない。

クマは私たちが近付くと立ち上がって威嚇して来た。

腕を広げて、体を大きく見せようとしているらしい。



「ブォォーー!!!」



その吠え声と同時に、エクレア達孤児院3人組が枯葉を撒き散らして弾丸のようにすっ飛んでいった。

ジェット噴射のブースターだ。

これ私がみんなに教えたのに、私が一番下手くそである。姿勢制御にも筋力が必要なのだ。

木を蹴り、空中を疾走する3人。

一瞬にしてクマの間合いに滑り込み、腕を広げたままがら空きの胸をフェンシングの達人みたいに貫く。

一歩遅れて腕を振り下ろすクマ。

もうその時には3人は離脱していた。

クマは掠れた声を出して、ゆっくり倒れていった。



「……終わり?」



回り込もうとしていたジューンが呟く。

あまりに呆気ない。

いや3人が強いのか。あの加速を自在に操りながら、一瞬で懐に飛び込み一撃で急所を貫くなど私にはできない。

もう既に騎士みたいな洗練された動きだった。



「やりますわね!」

「エクレアちゃん達、すごいね〜」

「私達出番ありませんでしたね」

「ざっとこんなもんよ」

「おい!早く処理しやがれ!いちいちキャイキャイしてんじゃねえ!」



喜んでるとすぐにおじさんの叱咤が飛んできた。ヤコ先生と違って声が太くて怖い。

私たちはとりあえず作業しやすくするためにクマをテーブルに乗せた。



「まずは血抜き?」

「正中線から切って、皮を剥ぎましょう。それから内臓を出します」

「あとは我々におまかせください」



メイとエステレアがテキパキと解体を始める。こんなことにも詳しいなんて、メイドってすごい。

クロエも慣れない手つきで参加する。



「やっぱりメイドさんいいなあ……」

「お前はもうあいつらに近付くんじゃねえ」



おじさん二人と私達が見守る中、メイド達はテーブルを血塗れにしながら処理していく。

魔物でも中身は普通の生物と同じだ。生命の神秘を感じる。

……ノミがいたらどうしよう。



「血を流したいので、申し訳ありませんがお水をお願いいたします」



水が使い放題なのが魔法の良いところである。

全然特に役に立ってない私とアナスタシアとジューンの貴族3人で水の魔術をかける。テーブルに皮に肉に内臓。あと手やナイフも。



「手、洗ってあげる」



水の湧き出る掌でエステレアの手を包み込んで血を洗い流す。

エステレアは震え出した。



「?」

「お嬢様を抱きしめたい衝動を堪えているのです」



エプロンにも血が付いているので残念だが我慢してもらわなくてはならない。

あとは解体したものを袋に詰めてみんなのデイパックに収納する。

毛皮はノミがいそうなので聖炎で消毒しておいた。便利だ。

胆嚢や肝臓なども持っていく。これらも栄養価が高いらしい。

ちなみに、魔物の肉は魔力を含んでおり、食べると魔力が上がると言われている。他の素材に関しても、毛皮が普通のものより頑丈だったり、特殊な能力を持つ個体ならその能力をそのまま受け継ぐ魔導具に加工できたり、魔物の体は色々有用なのである。



「よし、悪くねえ手際だ。全部しっかり冷やしておけよ」

「毛皮も?」

「毛皮もだ。少し肉が残ってるだろ」



それはそうか。あとでまた処理するのだろう。

骨だけになった魔物。

肋骨の一部が肩甲骨のようになっており、二対目の前足はそこから生えていたようだ。筋肉とかどうなっていたのだろう?

……変な生き物である。



「じゃあ次行きましょうか。ノルマはチームにつき一匹ですわ」



私達は2チームで共同作業してるので2体狩る必要があるのだ。

とにかくやり方はもう大体わかったので、まずはフェリスに獲物を探してもらおう。



「……近くにちょっと変わった音があるよ。ナメクジとかかな?」

「どんな音?」

「粘液みたいな、ちょっと湿った音だよ」



狩ったとしてもナメクジの魔物なんて一体何を持ち帰れば良いのかよく分からないが、動きは遅そうだし、いざとなれば逃げられる。

とにかく行ってみようということになった。









「……これ何の魔物?」

「見たことねえな。何だこりゃ」



肉の柱だ。

ゼリー状になったピンク色の肉が3、4メートルほどの柱となって聳え立っている。

この付近は森林が途切れた荒野であり、このピンクのオブジェは一際異彩を放っていた。

表面はザワザワ蠢いて生き物であることを主張している。

スライム的な魔物だろうか?

図鑑でもそんなのは載ってなかったと思う。レア物かな。



「気持ち悪いですわね」

「……やめた方がいいかもな。嫌な予感がする」



モリディーニは警戒しているようだ。

でも珍しい魔物なら、珍しい素材が取れるかもしれない。



「私が少しけずってくる」



私がナイフと袋を手に名乗りを上げた。たぶん粘菌の魔物ではないかと思う。

鈍そうだし少しなら採取しても大丈夫だろう。



「お嬢様、それなら私が」

「危なそうだから私も行くわ」

「私も行くよ」

「ご、5人で行きましょう。それなら何も怖くありません」

「うん……でも警戒されるかも、だから一人で大丈夫」



一番体の小さい私が行った方が良いはずだ。いざという時はショートカットで緊急避難もできる。

そう言ってみんなを説得し、私はそろそろと肉柱に近づいていった。

何も反応がない。

そもそも感覚器官自体がなさそうなので外界を認識するのは苦手かもしれない。

触れたら襲ってくるかな?


歩を進める。

3メートル、2メートル、1メートル。

変化は突然起きた。

肉の表面がウネウネ動いたと思うと、何かが浮き出してきたのである。

……人間の顔?



「ひっ」



私の顔だ。口が動いてる。

こわい。

一旦下がって様子を見る。



「何なのあれ?」

「け、警告じゃないですか? 」

「そうだろうな。メスガキの接近に気がついてるって言ってんだ」



そうかもしれない。

ただ口の動きが気になる。私は唇が読めるような訓練はしてないのでさっぱりわからないのだが……。

もう一度チャレンジしてみよう。

少なくとも、あの近さで警告を出すだけなら積極的に攻撃する気はないということではないだろうか?

先ほどと同じ1メートルほどの距離まで近づく。

肉柱の魔物は、まだ私の顔で何か言ってる。どうせ気付かれているのだ、私は話しかけて見ることにした。



「トモシビ。私の名前、トモシビ……と、も、し、び」



肉の顔は『ト・モ・シ・ビ』と口を動かした。

私の口の動きを真似ているようだ。

意外と可愛いやつかもしれない。



「あなたはだれ?」

『あなたはだれ』

「敵じゃない」

『敵じゃない』



さすがに言葉まで分かってるわけではないのか。

袋を広げてさらに近くに寄る。



「これに入って」

『これに入って』



促すように袋を振るとスッと顔が消えた。

代わりに触手のようなものが伸びてくる。



「お嬢様!」

「大丈夫」



触手の先がポトリと袋に落ちた。ウゾウゾしてるが袋から出ようとする様子はない。



「ありがと」



触手の千切れた部分に口ができて『ありがと』と動いた。



「またね」

『またね』



友好的で良い子だ。そんな魔物もいるのか。

この分体を育てたら意思疎通できるようになるかもしれない。

戻った私はすぐみんなに囲まれた。



「やったねトモシビちゃん!」

「すごいわねトモシビ様。怖くなかった?」

「怖かった」

「どうやら賢い魔物のようですね」

「油断しないようにね。外へ出ないように注意して見てないと」



袋の口は縛っているが、何しろ変形するスライムのような魔物なので、この密閉具合では甚だ心許ない。

かといってビンに詰めたりして、空気がなくて死んでしまっては困る。



「メスガキも少しは役に立つじゃねえか」

「しかし、課題は狩猟だろう? これではダメなんじゃないかな」



私もそう考えていた。先生に渡せば素材コースだろう。敵じゃないと言っておいて屠殺するのは酷すぎる。



「俺としては時間もねえし、このまま帰ってくれた方が楽なんだがな」

「フェリスさん、何か近くにいるかしら?」

「……少し歩いた所に変な気配がするよ。木の魔物じゃないかな」

「御誂え向きだな。いい経験になるだろ」

「じゃ、行ってみましょうか」



植物の魔物というのは図鑑でみた覚えがある。動物みたいに動き回って蔦を伸ばして捕食してくるらしい。

粘菌の魔物と比べればポピュラーな部類だろう。







と思ったら想像と違った。

なにやら木彫りの人形みたいなのが歩いて来る。人間と同じく五体を備えていて、手足をぎこちなく動かして二足歩行している。



「まあ、木は木だけどなあ」



頭には目や口はない。あくまで木をそのまま人型したという感じである。表面は木の皮で覆われており、加工品の人形などではないことがわかる。



「また変なのが出てきた……」

「あれなに?おっさん」

「知らねえよ。そういう魔物だろ」



その木人はキレの悪いロボットダンスのような奇怪な動きでゆっくりと歩行を続けている。

私たちはその後を普通に歩いて追いかける。

歩く練習でもしてるんだろうか?



「ほっといてあげようよ〜」

「うん」



このまま背後からパイルバンカーか何かでバラバラに破壊すればいけそうだが、ただ懸命に歩いてるだけの存在を狩るのは罪悪感が高すぎる。

フェリスの提案は全会一致で可決された。

しかしせっかくの珍しい魔物なので樹皮の少しくらいは欲しい。



「よしメスガキ。もういっぺん誑かして来い」

「私、たぶらかしてない」

「なんだよ得意技だろ。おねがーいって媚びればいいじゃねえか」

「おじさんがやってみて」

「俺がそんなことできるか」

「お嬢様なしでは何もできないのですね」

「……じゃあ、しょうがないからやってあげる」



命令されると反発したくなるが、やっぱり私が行った方が良いかもしれない。



「本当に行くのかよ。俺の責任になるからやっぱやめろ」

「旦那、もうその子と喋りたいだけだろ」



面倒臭いおじさんだ。どうしろと。



「じゃあ今度はわたくしが話しかけてみましょうか」



アナスタシアが交渉役に名乗り出た。



「姫様……」

「何よ、そんな顔しても無駄よ」

「アナスタシアは自分も魔物と話してみたいんだろう?」

「正解ですわー」

「危険もそんなになさそうだし、いいんじゃないか?」

「王女様になんかあればお前タダじゃ済まんぞ」



アナスタシアは楽しげに木人に近寄って行った。

そして横に回り木人の顔を覗き込む。が、木人は脇目も振らず一心に歩いている。



「良い天気ね。 どこに行こうとしてるんですの?」

「……」

「私はアナスタシア、あなたは木の魔物さんでいいのかしら?」

「……」



完全無視である。



「……ええと、皮とっていいかしら? 少しだけだから」

「……」




アナスタシアが木人の樹皮に手をかけるとペリペリと剥がれた。

私たちの間に緊張が走る。

しかし木人、これをスルー。



「あ、ありがとう……それじゃ、ごきげんよう」

「……」



戻ってきたアナスタシアは満足げな顔をしていた。



「未知との遭遇ですわ!」

「何にも意思疎通してなかったけどね」

「面白い魔物でしたね」

「見て、種があるわ。あいつ足跡に種落として歩いてる」



本当だ。種を蒔くことが目的だから歩いてるのかな。なんで人型になる必要があるのかわからないが……。

魔物とは本当に不思議な生物である。

私達は種をいくつか拾ったのち、帰路に就いたのであった。

結局一匹しか狩猟できなかったので、代わりに草や木の実を採取して誤魔化しておいた。



良いハンターってやつはおっさんに好かれちまうんだ……。

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