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スカイサーペント



「おい、音」

「音?」

「音立てんなってんだよ、メスガキ」

「メスガキ?」

「一番偉そうなお前だよ!」



私のことか。

そんなこと言われても10人全員メスのガキであり、木の枝や枯葉が散乱した地面をこれ以上音を殺して歩くのも私には難しい。



「諦めて」

「ちっ、せめて枝くらいは避けろ」

「トモシビ様が退く必要なんてないわ」

「お嬢様の基本方針は蹂躙制覇。行く手を遮るものは踏み潰し、踏み砕くのみです」

「あとその日傘やめろ!何考えてんだ!」

「でも帽子忘れたから」



私は色素が薄いので日差しに弱い。これから夏にかけては日向に出ると眩しくて目も開けられない。

私は実家では引きこもっていたし、外出するときはいつも日傘や帽子などで対策してるので、幸い今までは日焼けとは無縁でいられたわけだが、日傘なしで長時間紫外線に晒されたらかなりまずいことになると思われる。

火傷のように水膨れになるかもしれない。



「ちょっと、トモシビ様が日に弱いのくらい見てわかるでしょ。このお肌にシミでもできたら責任とれるの?」

「責任だぁ?」

「結婚とかじゃないですから、勘違いしないでください」

「おっさんもロリコンかよ」

「セレストエイム様に構ってほしくて文句言ってんじゃない?」

「馬鹿言うな!その舐めたガキを躾てやってんだよ!」

「愚かな。逆にお嬢様に無礼な口を躾られた方がよろしいかと」

「これから気をつけて」

「こ、この……」



おじさんは黙ってしまった。今日は皆不機嫌なので少々言い過ぎてるかもしれない。

というのも、今度こそ女子だけで部活ができると思ったのにまたしてもダメだったからである。







ふかふかのベッドで気持ちの良い朝を迎え、豪勢な朝食を食べた私達はしばらくお城で過ごした後、王族用の豪華な馬車で部活に向かった。



「今日はみんな大好き魔物狩りをやってもらうぞ!危険区域に行くので自信のないやつはその辺で草毟りしておってもいい」

「そんな腰抜けはもうやめちまっただろ」

「バルザック。お主はいつも元気なのが取り柄じゃな。良いことじゃぞ」



突然褒められたバルザックはバツの悪そうな顔をする。



「しかしやはり危険なので、今回プロの冒険者がチームに一人付くことになる。ちゃんと礼儀正しくして言う事を聞くんじゃぞ!」







というわけで私達のチームにはこの口の悪いおじさんがついたわけである。名前はベクレルというらしい。



「旦那、女の子の扱い下手だねえ」



アナスタシアのチームにはこの軽そうな比較的若いお兄さんがついた。モリディーニという名前だそうだ。



「じゃあお前が面倒見ろや」

「そりゃ、そうさせてもらうけどね。旦那ももう少し言い方なんとかした方がいいぜ」



モリディーニは先導するおじさんから離れるとこちらへ向かって話しかけてきた。



「ねえ、日傘俺が持ってあげようか? 大変だろう?」

「なんですって……? お嬢様の日傘を持つ名誉をなぜ貴方に譲らなければならないのですか?」

「あ……ああ、ごめんね。仕事取っちゃ悪いよね。責任感ある女性ってすごく素敵だと思う」



なんだこいつ……。

もしかしてエステレアを口説いてる?

エステレアは全く相手にしていないが……やっぱり腹が立つ。



「私のエステレア、だから」

「え?」

「まあ!ご安心ください。私はお嬢様のものですし、むしろお嬢様が私のものですわ」

「へえ、愛のある主従なんだね」

「こんなに可愛いお嬢様がいるのに誰が男なんかに靡くものですか。月とスッポン、天使とスッポンポンの変態ですわ」

「……」



何を言っても無駄な事を悟ったのか

彼は黙って引き下がった。



「おい、面倒見るのは良いがナンパはやめろ。 14歳だぞ。お前がロリコンじゃねえか」

「いやあ、とてもそうは見えなくて。最近の子は発育良いよな」

「だからってこれ以上面倒ごと増やすんじゃねえよ。ただでさえうるせえのに」



こそこそと話してる二人。やっぱりエステレアの体目当てか。ナンパしないだけうちのクラスの男子の方がまだマシである。



「下らないお話してないで、そろそろ休憩にしませんこと? 」



アナスタシアの提案にみんなが頷く。このおじさん歩くペースが早いのである。歩幅の違いを理解してないらしい。

特に私などずっと早歩きしてるようなものなのだ。その上で足元に気をつけるなど不可能である。



「……仕方ねえな」



やっと一服つける。

丁度良い木陰に私がアイテムボックスから机と椅子、それにティーセットを取り出すと、メイド達がセッティングしていく。



「お前らどれだけ寛ぐつもりだよ!もう危険区域すぐ側だぞ!」

「うるさいですね……」

「休むときは休まないと力が出せないじゃない」

「ほっといてお茶にしよーよ」

「スコーンもありますよ」

「スコーンもあったかいねトモシビちゃん」



お城で受け取ったスコーンもティーカップと一緒に温めておいたのだ。

好き勝手にお茶会を始める私達におじさんは肩を落とす。



「はぁ……」

「……俺たちが警戒してりゃいいじゃねえか旦那」



ちなみに椅子は10人分しかないので二人の席はない。どうしよう。



「ねえ、おじさん達の椅子ないの?」

「わたくしの分の椅子を使わせてあげましょうか?」

「あ、じゃあ私が立つよ」



みんなで椅子の譲り合いを始める。

……仕方ない。

私は無言で椅子から立ち上がると、その椅子を彼らに運んでいった。



「使って」

「セレストエイム様やっさしー」

「……いいよ、ガキが気を使うんじゃねえ」

「俺達が座ったら君はどうするんだい?」

「ここ……よいしょ」



エステレアの膝の上に座る。



「ふふ、これではお給仕ができませんわ」

「と、トモシビ様、私の膝の上に座ってもいいのよ?」



エクレアのところだとアンとトルテがニヤニヤしてるから冷やかされそうである。



「じゃあありがたくもらうか」

「俺は?」

「おじさんの膝の上」

「冗談はやめろ」

「……そんなもの見たいかい?」

「見たいからやって、お願い」



私だって同じ事してるのだ。やってくれてもいいと思う。

おじさんたちは渋い顔をした。なんか面白い。



「こいつまじでメスガキだぜ……」

「……わたくしが立つから使っていいですわよ」

「王女様にそんな事させられねえや」

「じゃあ私が立つよ〜」

「いえ私が……」



結局おじさん二人が交代で使うことになった。

仕方ないのでスコーンと紅茶も配ってあげた。警戒された。

しかしなんだかんだで美味しそうに食べているのを見ると、おじさん達ももう私達に染まりつつあるようだ。ちょろいものである。

それに私達がこんなにのんびりしていられるのも一応理由があるのだ。



「フェリス、索敵お願い」

「いいよ〜」



フェリスに目一杯魔力を込めて聴覚強化をかける。

色々考えたが、索敵方法はこれしか思い浮かばなかった。騎士団では観測気球を飛ばしたりしてるようだが、森林の多いこの場所ではどれほどの効果があるか疑問である。

フェリスは平時でも部屋の外にいる虫の羽音くらいはわかるらしいので、強化をかければ数十キロ以内の敵は把握できると思う。たぶん。



「ほう、そんなやり方でわかるのか? 大したものだな」

「猫は耳がいいっていうしなぁ。猫人もそうなんだな」



ピクピク動く猫耳に触りたいのをぐっと我慢する。



「う〜ん……わかんないや」



ダメだった。



「急に森が静かになっちゃった。あと雷みたいなうるさい音が上の方から……」



上……?

青空には所々雲が浮かび、初夏特有の白い日差しが降り注いでいる。

耳を凝らすと、たしかに雷のような音が聞こえる。

どこかに積乱雲でも発生してるのだろうか?



「おい旦那、アレ」

「ああ……お前ら、動くなよ。そこでじっとしてろ」

「な、なによおっさん? 何がいるの?」



なんだろう? 眩しくて良く見えないが、真上らへんの空に動いてるものがある。

なんかニョロニョロしてる。

……ウナギ?



「スカイサーペントだ。動くと襲ってくるぞ。戦おうなんて絶対考えるなよ」



それは不思議な光景だった。雲の隙間を細長い生物が舞っているのだ。

神話の龍のようだが、絶え間なくニョロニョロと蠢く様はヘビというよりウナギのような生物を連想させた。



「なにあれ……」

「大きいですね……」



距離感がよく分からないが隣の雲と比べると相当な大きさに思える。王室御用達の10人乗り馬車を50台くらい並べたくらいだろうか。さらに言うなら前世の新幹線くらいか?

それが空を飛び襲ってくると言うのだ。

さすがの私達も顔を強張らせた。



「あれだよ、うるさいの……」



フェリスは耳を伏せ、尻尾を足の間に挟んで怖がっている。私はフェリスと抱き合うようにして息を潜めた。



「王都の近くにあんなのがいるなんて……」

「普通はいねえんだけどな。運が良いのか悪いのか」



そのまま数分が経過した。

スカイサーペントは相変わらず私たちの真上でニョロニョロしている。

……嫌な事に気付いてしまった。

その影が次第に大きくなってきているのである。

近づいてきてる。



「やべえぞ旦那。ここで狩る気だ」

「これからは喋るのも禁止だ。もし襲われたら全力で逃げるぞ」



涙目で素直にコクコク頷く私たち。

もうほとんど目と鼻の先を飛んでる。ここまで近いと全長が見えない。木々の隙間から巨大な体の一部が見えるだけである。

表面は鈍色で、のっぺりして鱗のようなものはないようだ。顔も龍というより不気味な深海魚のように見える。その知性も感情も感じられない目に私たちは震え上がった。


頭上を旋回、というより這い回るように動く巨大生物。

怖い。早く行ってほしい。


そのままさらに数分が経った時である。

ギャーという鳥のような鳴き声が聞こえた。羽音もする。

スカイサーペントの動きが変わった。

なんだろう? 木が邪魔で見えないがたぶん獲物を定めたんだと思う。


不意にやつののっぺりとした鈍色の体に模様が浮かんだ。

なんだ? と思ったその瞬間。

視界の全てがホワイトアウトした。



「ひっ!」



近くの木に閃光が降り注ぎ、私の目に稲妻の軌跡を焼き付ける。

空気を切り裂く雷鳴が鳴り響く。



「体を低くしろ!」



雷が落ちたみたいだ。まるで巨大デンキウナギである。

木は幸い炎上しなかったようだ。

雷を発した張本人は体をくねらせながら一直線に天に昇っていく。

助かった……みたい。

皆がホッと一息ついた。

目を凝らすと、その魚のように大きく裂けた口に何かをくわえてるのが見えた。



「首のいっぱいある鳥……かな?」

「うそ、例の魔物?」



ルークやバルザックが戦ったというあの魔物だ。

聞いた時は化け物だと思ったけど、スカイサーペントにとってはただの餌か。

やつはそのまま雲の上に隠れて見えなくなり、それきり姿を消した。

もう二度と会いたくない。



「す、すごかったわ」

「もう魔物通り越して神じゃん」

「実際、どこかの民族は神として崇めてるらしいけどね……実際は恐ろしくでかいだけの魚だよ」



あの巨体で空を飛び、放電能力まである。世が世なら本当に神として扱われそうである。

あんなのが常に空にいたら生きた心地はしないだろう。



「怖かったねトモシビちゃん」

「うん……耳大丈夫?」

「大丈夫だよ。森も普通になったみたい。いっぱい生き物いるのわかるよ」



きっとあいつが怖くて周辺の生物は皆、息を潜めてたんだろう。

私達はいそいそと片付けて、移動を再開した。



「何かでかい生き物の気配がしたらすぐ言えよ、集団で動くものもだ」

「うん」

「足跡や糞なんかも見逃すなよ」

「わかった」



先程までとはうって変わって神妙に言うことを聞く私達。



「なんだ馬鹿に素直になったな。怖くなったか?」

「うっさいなー、いいじゃん」

「頼りになりそうな方々と分かったので」

「メスガキとか言わないなら普通に礼を尽くしますわ」

「な、だから言い方考えろって言ったろ?」

「メスガキはメスガキでいいんだよ」



それにしても一体どんな魔物を狩ればいいのだろうか。

さすがにスカイサーペントは無理だとしても、あの餌になった鳥のようなのも怖い。



「丁度いい小型か中型の魔物を探すんだ。変異しても大抵の場合、体型はそこまで変わらん。糞や足跡で大体見分けられる」



変異という言葉が出てきた。

魔物とはそもそも何なのか?

広義では人間の天敵のことを言う。

つまり人間を襲って食べる生物だ。食べないのもいるかもしれないが大体食べる。

しかし例えば、クマは人間を襲って食う事があるが魔物とは言われない。


厳密には、魔物は何かの魔法的な影響で変異した生物だという。

首が九つあったり、巨体で空を飛んだり、普通の生物では考えられないような変異をしているのが特徴である。

大抵は種族というものを持たず、一つの個体のみの変異で終わるらしいのだが、ゴブリンなど種族として確立したものもいる。

って授業で習った。

それ以上はおそらくあまりよくわかってないのだろう。



「危険区域ってのは魔物が多い。なぜかわかるか?」

「……変異しやすい土地だから?」

「そうだ。呪いだとか魔力の満ちた土地だとか言われてるが、とにかく生物が魔物になりやすい場所があるんだ」

「生物が魔物に……」

「そっちのお嬢様はセレストエイムっていったよね? あそこもそうだろう?」

「……そうなの?」

「はい」



セレストエイムで生物が魔物になったという話は聞いた事がない。

私は引きこもりだったので知らないだけだろうか?

しかし領内で飼い犬とかが魔物化したらさすがに領主の娘である私の耳にも入るだろう。

あ、いや……心当たりがあった。

私だ。



「私、変異個体かも」

「え……いや、君は魔物じゃないだろう?」

「そ、そうよ。ちょっと色々特殊なだけで……」

「調べてもらった方が」

「ダメだよ!そんなこと言ったら私なんて猫の魔物だよ!」

「トモシビ様が人と違うのは当たり前ですよ。だって……ねえ? エステレアさん」



私が魔物と同じく変異した人間なら色々説明つくと思うのだ。たまたま見た目が良い感じになってるだけで、悪い方に行ったら魔物なのではないだろうか。



「お嬢様は最初から天使ですわ」

「そ、そうだよ。きっと天使の獣人なんだよ!」



言われてみると、獣人の始祖もそうだったのかもしれない。

魔物と同じというのは失礼な想像かな。でも私自身もそうである場合も失礼に値するんだろうか?



「フェリスと一緒?」

「一緒だよ!お揃いだよ!」

「そっか」



フェリスと両手でハイタッチとかしてると、皆の雰囲気が和らいだ。

自分が魔物であろうと私はあまり気にしないのだが、必死になって励ましてくれるのが嬉しい。



「なんだよ、年相応にしてりゃ可愛いもんじゃねえか。ガキなんてそれでいいんだよ」



おじさんがニヒルな笑みで言う。たぶんこの人、『戦場に女子供がいるなんて気に食わねえ』とか言っちゃうツンデレおじさんだ。


ちなみにスカイサーペントのモデルはロマサ◯のモンスターです。

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