友達ができました
※5月20日誤字修正、ご報告感謝です!
食堂には既に多くの生徒がいて思い思いに過ごしている。
賑やかな喧騒を横目に個室へ向かうアナスタシア。
「予め部屋を取っておいたのですわ」
「予め?」
「女子全員に声をかけるつもりだったの、女の子はただでさえ少ないんだから親睦を深めたいでしょう?」
「女子会だね」
部屋にいるのはアナスタシアと取り巻き2人、それに私、エステレア、フェリス。
全員女子生徒である。アナスタシアの取り巻きには男子生徒もいるが遠慮してもらったとのことだ。
「あともう一人の子も誘ったんだけど逃げられちゃって」
Aクラスの女子はここにいるのともう一人、クロエという子の7人しかいない。ちなみに男子は23人いる。魔法の才能に男女の偏りはないと言われているが、魔法戦クラスを選ぶ数に差があるのである。
「トモシビちゃん、これすごいね。宮廷料理まであるよ」
フェリスがメニューを見て猫耳をピコピコ動かし始めた。かわいい。
「すごい」
「ここの食堂は一流の料理人が出向してるの、一般にも開放してるから観光で来る人も多いですわ」
「そうなんだ。でも宮廷料理はやっぱり高いね」
フェリスはグランドリア牛のサーロインステーキの値段に尻込みしているようだ。
その様子を横目に私は当のステーキを指差して決定を下す。
「これにする」
「う〜ん、やっぱり私はカレーでいいかな……」
学生は一般より割引されているがそれでも高い物はそれなりの値段がする。その分カレーなど庶民的な料理はとても安い。
四角いテーブルの両サイドにアナスタシア達3人と私達3人に別れて座っている。アナスタシアの右側に座るのはメイという黒髪ショートのメイド。甲斐甲斐しくアナスタシアの世話を焼く姿は私にとってのエステレアを彷彿とさせる。
左側にいるのは金髪でショートカットの女子。ボーイッシュな喋り方だが制服の着こなしや髪型に女の子らしい拘りが見える。ジューンという名前だったと記憶している。彼女はアナスタシアの使用人というわけではなく、王族に近しい家柄なのだそうだ。
しばらく話していてわかったが、アナスタシアはとても気さくだ。偉ぶった感じもなく、自己紹介での第一印象とは全然違う。
平民であるフェリスにも態度を変えず分け隔てなく接する様子は好感が持てる。
フェリスはレプタットという田舎の村出身で、問題児のバルザックとは同郷だそうである。
彼女によるとバルザックは幼くして大人と一緒に魔物狩りをしていたらしい。その強さは凄まじく、素手でオーガを殴り倒すほどだとか。
「あいつには注意してね。2人とも放課後行くんだよね?」
「降りかかる火の粉は払うまでですわ」
「児戯に等しい」
「さすがはお嬢様」
エステレアが頭を撫でてきたので手で防ぐ。エステレアはすぐ私を子供扱いしようとするのだ。
その様子を見つめるアナスタシア。
「ねえ、トモシビさん……トモシビって呼んでいいかしら? 私も撫でていい?」
「いい」
「お嬢様!?」
珍しくショックを受けた表情を浮かべるエステレア。
別にエステレアのスキンシップが嫌なわけではない。ただ、人前ではちょっと恥ずかしいというだけで。
アタナスタシアは楽しそうに私の髪の毛を弄り始める。
「まぁ……! 柔らかいのにコシがあって全然絡まない……すごい滑らか……」
ついには抱きついて全身で味わうアナスタシア。
うどんみたいな感想だが、私の髪の毛は自分で触ってもクセになるくらい素晴らしい手触りなのだ。私の自慢である。
「この赤いのは染めてるの? お洒落でかわいいわね」
「お嬢様の髪の毛は伸びると自然に毛先が赤くなるのです。洗っても取れませんし、切っても切った部分が赤くなるのです」
「不思議だねー……わあ、すごい……絹糸みたい……」
「お人形さんみたいな顔してるけどやっぱり触ると柔らかいですわね」
フェリスも一緒になって触り始めた。アナスタシアはもう頬を引っ張ったりやりたい放題である。
そんな様子をエステレアが捨てられた犬のような目で見ている。
こうなると拒んでしまったのが可哀想になってきた。
「エステレア、来て」
二人に弄られながらエステレアに両手を伸ばして頭を撫でてみる。撫でられるのが嫌なら撫でれば良いのだ。
「私、お嬢様分が切れて七孔噴血悶死寸前でした」
「それはすごい」
「貴方達って面白いですわね」
そんなことをしていると料理が運ばれてきた。
そのタイミングで蚊帳の外にいたジューンが発言する。
「アナスタシア、そろそろ本題に入らない?」
「そうねぇ……また今度触らせてね」
「本題ってなんだっけ? トモシビちゃん」
「バルザックとか?」
「それもあるけど、誘った目的は別にあるんだよ」
親睦を深めるって言ってたけど違うのだろうか。
「食べながら話しましょう。料理が冷めてしまいますわ」
料理を前にメイド二人が動きはじめた。
ステーキを切り分けたり、サラダを取り分けたり、紅茶を淹れてくれたりとテキパキ動き回る。
「フェリスさん、カレーソースはご自分で量を調節なさいますか? それとも先におかけいたしましょうか?」
「ふぇっ! お、お願いします」
フェリスのカレーはソースポットから自分でかける本格的なグランドリアスタイル。ライスはサフランライスだろうか?
ステーキに負けず劣らず美味しそうだ。
「単刀直入に言います。貴方達に私の派閥に来て欲しいの」
「……それはだめ」
そういうことか。
アナスタシアは良い人みたいだけど、下につくのは嫌だ。
「そう、じゃあ同盟を組みましょう」
アナスタシアは気にする様子もなく代案を出した。
私は考えついでにサーロインステーキを一切れ食べる。これは美味しい。赤身と白身が融合して柔らかく、ステーキソースはサッパリとして味を引き立てる。
その様子見つめながらアナスタシアが続ける。
「……急がないからゆっくり考えて。ちなみに私はステーキソースより岩塩がおすすめよ」
「姫様は」
それまで黙っていたメイが口を開いた。
「姫様は王族であらせられますから、あのような不良達を捨て置く訳にはいかないのです」
「皆は知らないだろうけど、クラスの半分くらいはグレンの手下なんだよ。不良を恐れてコソコソしてる王族がいたらどう思う?」
「あ〜……王女様も大変なんだね〜」
そもそもアナスタシアは強さ比べがしたいわけではないということか。
「でもバルザックは絶対絡んでくるよ。あいつ村でも領主のとこの子、舎弟にして喜んでたんだから」
「グレンもそうだろうね。あいつは自分がトップじゃなきゃ気が済まないんだ。王都の幼学校は半分があいつの傘下だった。私の学校もそう」
ジューンの話では、グレンは本当に番長的なやつだったらしい。アナスタシアは幼年学校は行かず、王宮で英才教育を受けていたそうなのでグレンとは関わりなかったのだそうだ。
「暴力で従えるなど愚か」
「トモシビちゃんも似たような感じじゃなかった?」
「お嬢様は負けず嫌いで頑張り屋さんなので、張り合ってしまったのです」
「……まあ、でも貴女なら可愛いものですわね」
生暖かい目で見てくる。
私の中ではそれなりに大きな決意をした瞬間だったのだが、端的に言うとエステレアの言う通りである。
「彼ら相手では、わたくし一人ではたぶん……勝ち目がありませんので、チーム戦を提案しようと思っているのですわ」
「受けてくれるの? タイマンゲームって言ってたし、たぶん一対一だよ」
「仕掛けてきたらチーム戦なら受けると提案するのよ。あくまで降りかかる火の粉を払うだけという体で」
「相手の決めたルールに従う必要なんてないからね」
「でもトモシビちゃんはタイマンする気満々なんだよね?」
皆が私を見る。
まあそうなのだが……私がタイマンなどしたら十中八九負けるであろう。
でも、もしかしたら、ほんの少しでも勝てる可能性があるなら……。
いや違う。もっと衝動的なものだ。
勝てる勝てないなど考えていなかった。
戦闘において体格差は極めて重要だ。それは魔法があるこの世界でも同じである。
私は魔法だけは自信があるが身体能力はクラス最弱であろうことは想像に難くない。
しかし、だからといって心まで小さくいたくはない。
「んー……」
やはり断ろう、と思った。
ジューンは相手の決めたルールに従う必要はないと言った。
違う。
相手の決めたルールでないと意味がないのだ。例え、苦手なものでも逃げたくないのだ。
……もちろん私の小さな体では色々と限界がある。そこは承知の上だ。
例えば、この150gのサーロインステーキは私には大きすぎるとか。
「その前にこれ食べて」
「トモシビちゃんそれまだ半分くらいだよ」
「カレーと交換」
「良いの?」
カレーをちょっとだけもらって食べる。
これは美味しい。 小麦粉をほとんど使ってないのにとろみがありスパイシーだ。それにフォン・ド・ボーだろうか? 深い旨味がある。
ご飯はサフランではなくターメリックライスだ。小さな雑穀が入っておりカレーソースとよく合う。
「美味しい」
「美味しいよね!毎日食べたいくらい」
満腹であまり食べられないのが残念だ。お返しにさらにステーキをフェリスの皿に放り込む。
「いいの?!」
「私食べられないから」
「お嬢様のお腹はとてもコンパクトであらせられるのです」
エステレアにも食べてもらうことにする。
自分はあまり食べられないけれど、他人と美味しさを共有するのも良いものである。その点このフェリスは素晴らしいリアクションをしてくれる。
ちなみにこのステーキ、通常のステーキソースの他に山葵醬油と岩塩が用意されている。フェリスには全て試してみて欲しい。
「柔らかい! こんなの食べたことないよ〜」
「岩塩も美味しい」
「そうでしょう? 良いお肉はそれが一番なのよ」
デザートにエステレアのパン・ペルデュを少しもらう。フェリスもちゃっかり貰っている。″俺″の知識ではフレンチトーストと呼ばれていた食べ物だ。
シナモンバターの香りが素晴らしく、失いかけている私の食欲を刺激する。
もう食べられないんじゃないのかって?
甘い物は別腹である。
外は香ばしく、中はジューシー。散りばめられたブルーベリーの酸味と蜂蜜の香りがハーモニー的な何かで云々。とにかく細かいこと抜きで素晴らしい。
「ふあぁ……」
やっぱり女の子にとって甘いものは別格だ。″俺″も好きではあったが感じ方が違う気がする。私とフェリスは言葉もなく幸せに酔いしれた。
エステレアもいつもより頬が緩んでいる。甘いものを食べるとこうなるのだ。
アナスタシアはそんな私達を穏やかに、というより遠い物を見るような表情で見ている。
「……トモシビ。実はね、打算があったの」
同盟の話だろうか。アナスタシアは続ける。
「貴女の事は前から調査してたの。即戦力の子だって。貴女は貴族の女の子で私の親衛隊候補として申し分なかった」
私を取り込もうとしていた、と彼女は語った。
同盟だろうが何だろうが王女である以上、アナスタシアは自動的にこの国のトップになる。
たとえ今は対等でも関係を続けていればどうにでもなるとのことだ。
そういうものかもしれない。
「でもやめ。普通にお友達になりましょう。貴女が嫌ならチームに入る必要もないですわ」
「姫様それでは……」
「メイ、貴女は口を挟まないで」
アナスタシアは強い口調で言った。
「グレン達はどうするの?」
「その時はその時ね」
「でも、何で急に考えを変えたの? 」
フェリスが突っ込んだことを聞く。
「だって貴女達楽しそうだから。私も皆と食事を分け合ったりして……マナー的には大問題ですけれど……何にも拘らずにお友達になれたらなって」
アナスタシアは笑って言う。
「なんだか馬鹿馬鹿しくなってきましたわ。たかが不良ゴッコしてる子に怯えて政治ゴッコなんかして」
「……」
「貴女達と一緒ならそんな事よりずっと素敵な学園生活を送れるような気がするの」
ちょっとグッときた。
やっぱり同盟受けよう。
アナスタシアがバルザックみたいなやつに服従させられるのは見たくない。
友達なら尚更である。
……友達か。
そういえば忘れかけてたが、私のメインメニュー、つまり″窓″を出す魔法にフレンドの項目があった。
いや、フレンド機能自体は大したものではないのだが、重要なのはその中にあるパーティー機能なのだ。
さっそく″窓″を出現させる。
テーブルの上に薄赤く光るメニュー画面が浮かんだ。
「わっなにこれ!?」
「これ、トモシビが? 」
「お嬢様……」
エステレアは気づいたようだ。彼女で実験したのだから当然かもしれない。
「私のパーティーに入って」
驚く彼女達に私はそう言った。
見てくれる方、評価してくれる方、ありがとうございます!
すごく嬉しいです!