(結婚しよ……)
※三人称視点になります。
バルザックは内心、平静ではなかった。
あんな小さな女の子に負けたことは悔やんでも悔やみきれなかった。
あの戦いの最初から最後まで何度も思い返した。
手加減しなければ良かったとは思わない。殺すわけにはいかないからだ。それは言い訳にはならない。
だが勝てたチャンスは何度もあった。
最初に殴った時、あれで立つとは思わなかった。加減を間違えたなら、もう一度攻撃して意識を奪うべきだった。
狂化した後もすぐに追撃するべきだった。
平静を装っていてもそんな考えがグルグル頭を回った。
(舐めすぎた。結局はそれか)
だが彼にとって、相手を舐めて負ける事ほど格好悪いことはなかった。
「てめえ負けたんだってな」
グレンである。
バルザックは彼とよく衝突するが、べつに嫌いではない。なかなかやるやつだと思っていた。模擬戦でも彼とやって未だに決着がついたことはない。
バルザックが答えないのを見て、グレンはさらに続けた。
「意外じゃねえよ。お前よりあいつの方が必死だったからな」
「……負けたのはお前もだろうが」
「俺は引き分けだ」
「実質降参だろ」
グレンがトモシビを狙ってるのはもう周知の事実である。本人は否定しているが誰がどう見ても惚れている。
(あいつの何がいいんだ?)
グレンも、それにフェリスも彼女に夢中なように見える。他のクラスメイトもそんな奴らは多い。
バルザックにとっては強さが全てだ。弱者は魅力的には思えないのである。
それは負けた今でも同じだった。
本気の戦闘なら最初の一撃で臓物をぶちまけて終わっていた。彼はそう思っている。
(フェリスのやつめ……)
フェリスは変わった。
最初は猫かぶってると思っていたがどうやら本当に変わったらしい。
彼の知ってるフェリスはもっとストイックに力に固執していた。彼はそれを気に入っていたのだ。
しかし、腑抜けたと思ったフェリスは彼の記憶よりずっと強くなっていた。あの4人を相手にして圧倒するほどの力はなかったはずだ。
(あいつを守るためだからか? ……馬鹿馬鹿しい)
「ま、お前チーム戦なんてできねえもんな。お前の力なんてそんなもんだ」
「ああ? 喧嘩売ってんのか?」
「一人じゃ何も動かせねえ。俺もあいつも王女も知ってる。お前だけが知らねえ」
「んだとコラ」
彼の頭は一瞬で沸騰した。殴ろうと立ち上がりかけ、グレンとしばし睨み合って、また座った。彼が真摯にアドバイスをしていることに気付いたからだ。
(わかってんだよ、そんなこと……)
自分より弱いのに、いやむしろタイマンなら未だクラス最弱だろう。それなのにAクラスの覇者とまで言われてるトモシビ。まるでアイドルのような人気だ。
自分は強い。誰よりも強い。きっとこれからもそうだろう。
だが、そんなこと関係なく上って行くあいつを、自分はこの先ずっと下から見上げることになるのではないだろうか。
そんな思いが頭をよぎる。
それは彼が変わり始めた瞬間だった。
「よう、グレン。悔しいか?」
放課後、下校中のグレンに話しかけてきたのは、つり上がった目が特徴のライである。
彼はグレンの幼馴染だ。グレンに挑むのが半ば趣味と化している変人であるが、仲が悪いわけではない。
むしろ唯一と言っていい対等な友人である。
「なんだと?」
「俺は優勝者だぜ。お前にもバルザックにも勝ったわけだ」
「アホか。てめえだけの手柄じゃねえだろ」
グレンにしてみれば彼はたまたまチームに恵まれただけだ。トモシビがいなければ彼は勝てなかっただろう。
「そりゃお嬢だってそうだろうが。チーム戦なんだからな」
「……お前の代わりはいくらでもいるがあいつの代わりはいねえ。お前なんざ使い捨ての盾だ」
「なんだ、嫉妬か?」
「ああ?!」
ライはニヤリと笑った。
グレンは彼の煽りには慣れている。いつもは軽く受け流せるはずの挑発は、なぜか彼の心を逆撫でした。
「お前変態扱いされてたじゃねえか。俺がお嬢と仲良くなって嫉妬してんじゃねえかって思ってな」
「するわけねえだろ」
「……なあ、お前学園のトップになるんじゃねえのかよ。悔しくねえのか? 興味なくなったのか?」
決してなくなったわけではない。ただ悔しくもなかった。
今、Aクラスの覇者とみなされてるのはトモシビだ。そう思われている一因はグレンの彼女に対する態度のせいでもある。だからといって、彼は態度を変えるつもりはなかった。
「興味なくなったわけじゃねえ。殴るだけがやり方じゃねえだろ」
「ふん。やる気があるならいいんじゃねえか。女にうつつ抜かしててもな」
「抜かしてねえだろ!」
「キレんなよ。それより商店街行こうぜ。ピッツァ食いてえなピッツァ」
グレンは商店街に行くと大抵絡まれる。彼に恨みがある者は一人や二人ではないのだ。さらにライがいるとその数は倍となる。
(いい加減、チンピラも卒業しねえとな)
チンピラと言うには若すぎるグレンであるが、彼としてはもう少し品性を身につけたかった。
少なくとも、変態扱いされない程度には。
グレンはぶっちゃけトモシビが好きである。守りたいし、結婚したいと思ったことすらある。
だが同時に、自分は彼女に相応しくないとも考えている。
最初にトモシビとエステレアの抱擁を見たとき彼は『なんて美しいんだ』と思った。
彼女らの世界を壊したくない。貧民街の路地裏で喧嘩に明け暮れる自分は、あそこに入るべきではない。
そう感じた。
ただ、そうは思っても気持ちは止められるものではない。
せめて嫌われたくなかった。
できれば……できれば笑いかけてもらいたい。
また、あの時のように。
少し前、こんなことがあった。
日が沈み、あたりが暗くなり始めた夕暮れ、グレンは学園の敷地を通っていた。
この学園は広い。校舎だけでもいくつもあるし、校庭に体育館、演習場、それに寮。
(なんか今動いたか?)
寮の裏に誰かいた。
特に興味があったわけではない。通りすがりに何気なく見てみた。
トモシビだった。
魔術の修練をしているようだ。
グレンは薄ぼんやり光る魔方陣に照らされた顔に見惚れた。
(俺の障壁じゃねえか)
よく知ってる魔方陣。何しろ開発者は彼の祖父だ。
トモシビは見て覚えたのだろう。
大したものだが、それだけでは無理だ。
この魔術は普通のやり方では成功しないことを彼は知っている。
(どうすっかな……)
教えることはできない。いくら好きな女でも。
それに彼は自分が嫌われていることを自覚していた。出て行っても不審者扱いされそうだ。
そのくらいは彼にも分かっていた。
(ま、あいつの助けになるなら……ヒントくらいはいいか)
意を決して出ていくと、案の定彼女はビクリと引いて構えた。
「撃ってみな。ファイアボールでいい」
「え?」
「手本見せてやるよ」
遠慮なく撃ってきたそれに障壁を合わせて止める。
この魔術は一人で成り立つものではないのである。
他人の魔力に同調して打ち消す技。
彼自身も知る由もないが、初日の暴走は、ヤコ先生による魔力支配と干渉したせいである。本来なら障壁が爆弾ごと飛んでいくことはないはずだったが、ヤコ先生の霊術は、トモシビの魔力を覆う彼の魔力をも支配したのであった。
「もう一回だ」
撃たせて、止める。
彼女の目に敵意はない。なぜ自分にこんなことをしてくれるのか? そんな感じだ。
彼は、トモシビの感情がなんとなく分かるようになっていた。
「分かったか? 俺はもう行く。練習するなら誰かとやれ」
「?」
「誰かと、な」
グレンはそう言い残して立ち去ろうとする。
一人じゃ練習もできない魔術。
彼女なら理解できるだろう。
グレンの思い浮かべるトモシビはいつも仲間に囲まれている。
「待って」
その声に振り向く、彼女は何か持っていた。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
ハンカチに包まれたそれは、自家製のクッキーだった。
「これあげる」
「俺にか?」
「ありがと……また明日」
そのはにかむ笑顔を見たときこそが、彼が生まれて初めて将来の伴侶というものに想いを馳せた瞬間であった。
なんか前に日曜に更新するとか言っておいて土曜になってしまったので、今回は2日連続投稿することにしました。
いやすみません、言い訳です。したかっただけです。
ここからは水曜と日曜に更新していきたいと思います。
ところで完全に片思いですけど、これって精神的BLとかになるんでしょうか。念のためタグ付けました。




