セレストエイム家
※三人称視点となります。
※2020年7月10日誤字修正しました。
トモシビの父、ブライト・セレストエイムは寡黙な男である。
老けてなおかつての貴公子然とした姿が残る容貌であるが、常に無表情で眼光鋭く、口を開いても唸るような声で言葉短く喋る様は、対峙するものを威圧して止まない。
その領主の目から一筋の涙が頬を伝って読んでいた手紙に落ちた。
そんな彼に彼の妻、ステラ・セレストエイムが声をかける。
「言った通りでしょう? トモシビはあれでしっかりしてるんだから」
「……そうか」
「そうですよ」
と言いつつ内心ステラも驚いていた。
手紙によると、友達がたくさんできたらしい。王女とも親しくしており、新しいメイドや将来の騎士候補を雇うことにしたという。
おまけに騎士団付きの魔導院で研究員として働くと書いてある。
なんだその行動力は。
トモシビは領民からは深窓の令嬢として知られていた。ごくたまに出歩くと、その儚げで物憂げな容姿に領民は誰もが見惚れた。
しかし普段の彼女は屋敷の中で本を読み、気に入った服を取り寄せたり魔法の練習をしたりする以外はゴロゴロしているような、引きこもりがちの生活をしていた。
父親に似て言葉も少なく、人見知りが激しい。
しかし彼女は負けん気が強かった。
ステラは、娘が人前に出る事になるたびに歩き方やしゃべり方、作法の練習をしていたのを知っている。
入学試験では震えを隠しながら大人顔負けの魔術を行使していたのを知っている。
そんな娘なら自分達から離れてもやっていけると信じていた。
(でもここまで一気に成長するものかしら?)
トモシビ付きのメイドであったエステレアは自分達と同じくらい娘を溺愛している、とステラは感じていた。屋敷のメイドでは最年少であったこともあり、ステラもブライトも我が子のように彼女を可愛がった。彼女とは娘についての話だけで一日中盛り上がることができた。
そのエステレアからは何度か手紙を受けとっているが、大体の内容はトモシビがいかに可愛い行動をしたかということであり、相変わらずだと思っていたのだが……。
「……ここはどういうことだ?」
そう言ってブライトが指し示した箇所。『身体を舐めたり弄ったりする』だとか『二人で気持ち良い事をする』だとか書いてある。
「……ただのスキンシップじゃありませんか。女の子同士なら普通よ」
自分でも、はたして普通なのか? と思いながらステラは答えた。しかしながらエステレアには前以上に懐いてるようだし、彼女が男を遠ざけてくれているようなのでよしとしよう。そう考えることにした。
手紙によると、同い年の友達であるフェリスという子は猫の獣人だそうだ。猫好きのトモシビはさぞ喜んだだろう。彼女は娘と抱き合って寝るのが大好きらしい。
新しいメイドはクロエというらしい。黒髪の大人しい子だが神術を使う神官であり、そして女の子同士の絡みを見るのが大好きらしい。
将来の騎士候補であるエクレアという子は剣術が得意で女の子同士の主従関係が大好きらしい。
「これも普通なのか?」
「……都会では普通よ」
「そう、か……?」
いわゆる百合ハーレムを築きつつある娘に鉄面皮が取り柄のブライトですら動揺を隠せない。
ステラは古い考えの人間だが、娘がそういう性の悩みを抱えているなら応援しようと思っている。
しかし幸か不幸か王女様達はいたって普通の友人のようだ。いや、むしろ王女様を手篭めにできていなくて残念と思うべきか。
ステラは密かに考えを巡らせた。
「魔法を開発して、研究者になったとあるぞ」
「ええ、元々魔法はすごかったものね」
「天才か……」
トモシビは謎の魔法陣と謎の霊術を使えるようになったという。娘には魔導書を絵本代わりに与えていたがまさか学園で本格的に魔法を習う前に魔法研究者になるとは。
そもそも霊術というのは生まれつきの才能であり、後天的に開発するなど聞いたことがない。
「このお嬢様セラムというのは?」
「エステレアの報告にもあったわね。美容と健康にとても良いと」
何かの冗談か比喩だと思ったが本当に何かが分泌してるらしい。言われてみるとトモシビは体力がない割に病気もあまりせず、特に皮膚のトラブルなどは一切なかった。体からそんなものが出てるならトモシビの肌や髪の美しさも納得だが……。
一体、娘は何の神の祝福を受けたのだろうか? それとも呪いか。
ステラに心当たりは全くなかった。
「……お前からも出ているのか?」
「まさか」
だろうな、という顔をするブライトにステラは内心憤慨した。これでも自分の美貌はまだ枯れていないはずだ。社交界では今なお美しさを称えられているくらいである。
(ひょっとしてトモシビを世話していたからかしら?)
あの子にはものすごい価値があるのかもしれない。こんなことが知られればおかしなブローカーなどに捕獲されて、カブトガニよろしく死なない程度に体液を取られ続けるかもしれない。
くれぐれも他言しないように口止めしておこうとステラは話した。
「うむ。ただでさえ可愛いからな」
顔に似合わずブライトは親バカである。ステラより盲目的で直情的だ。そこはエステレアに似ている。彼女は数年前ブライトがどこからか連れてきたのだ。ステラは信じていないがブライトの隠し子なのでは、ともっぱらの噂である。
「次の手紙はいつだ? いつ帰ってくるんだ?」
「帰るのは夏休みじゃない? 手紙は小まめに送るように言っておきましょう」
「うむ」
ブライトとトモシビは放っておくと何時間もろくに会話をしない。同じリビングにいるくせに一体何が楽しいんだか、とステラは思うのだが、本人達の仲は決して悪くない。
帰ってきたら少しは会話を弾ませるかもしれないと期待はしていた。
次の日、ステラが騒ぎを聞いて駆けつけるとブライトが集会所の掲示板に自ら何かを貼り出していた。
「あなた、なにしてるの!」
トモシビからの手紙である。
手紙を持ち歩き、暇さえあれば読み返していたブライトであったが、何を血迷ったのか領民にそれを公開すると言い始めたのだ。
「これは芸術だ」
「何言ってるの!馬鹿な真似はやめなさい!」
「全領民の手本にすべきだ」
「はぁ……」
ステラはため息をついた。
どこの国に娘の手紙を晒し者にする父親がいるのだろう。
「トモシビに嫌われますよ」
「トモシビは王の器だ。民草の手本となるに相応しい人格と覚悟がある。異を唱える筈がない」
唱えるに決まっている。
トモシビの性格は表面的には父親似だが中身は自分に似て冷静だとステラは見ている。
ただ、どうも流されやすくて物事をあまり気にしないところもあるので言われたら許すかもしれないとも思った。
この領主、かつてはトモシビをモデルにした絵画コンクールなど開いていたくらいなので彼の奇行についてはトモシビも領民も慣れたものである。
「ではトモシビに許可をとりましょう。それまではダメよ」
「むう」
「拗ねないの。書く理由を与えれば返信もすぐ来るかもしれないでしょう?」
「たしかに」
ブライトがトチ狂う気持ちもわかる。
ステラとしてもトモシビがいない屋敷は寂しい。
なんだか火が消えたようだった。具体的にはリビングのソファーと子供部屋あたりの火が。
物静かな娘であるが存在感は大きかったのだ。
そんなわけで実のところ、ステラも心配で気が気でなかったのだが、トモシビもエステレアも元気にやっている事がわかって安心したのであった。そしてすぐに返事を書こうと考える。
(でも書き始めはどうしようかしら? あまり他人行儀でない方がいいわよね?)
手紙の書き始めに悩む癖が遺伝であることはトモシビは知る由もなかった。
両親のお話です。
領主ですが暇そうですね。
トモシビちゃんは何不自由なく育ちましたが性格は不自由でした。




