拝啓、生まれ変わる前の私へ
※1月26日、文章校正しました。
円形に灯火が灯っているその中央に立つとブゥンと音がして転送魔法が起動した。
目眩のような平衡感覚の消失の後、私たちは似たような白い壁の部屋に移動した。
フワリと体が浮く。
皆、さして戸惑いはないようだ。
飛空艇でも慣れ親しんだ無重力の世界である、
「うわ、何これ? ガラクタだらけじゃない」
部屋は物置みたいにガラクタが浮遊していた。
新型の端末、砲撃魔導具、改良型セル……全部魔導具だ。
「……これ精霊に盗まれたやつですよ! ここにあったんですね」
「あー……そういえばそんなのあったわ。結局何がしたかったのか分からなかったけど」
「あ、窓があるよ」
「真っ暗ですわお嬢様、どこなのでしょう?」
窓の外は漆黒、しかし所々に街灯みたいな輝きが散りばめられている。
……どう見ても宇宙空間だ。
見えないけど下にはきっと私たちのいた地上があるじゃないだろうか。
どうやら私たちは人工衛星か何かの中にいるらしい
「天の頂、至高天、まあ要するにすごく高い所じゃ」
「あの花みたいなやつのことじゃなかったんですか?」
「あそこは前室じゃな。もともとは会議室みたいに使われておった。丁度さっきお主らがしとった国際会議じゃ、あれじゃよ」
「ああなるほど、やっぱりあの椅子は玉座なんですね」
「各地の王が集まるわけじゃな。そしてその諸王を統べる者こそがここに上がることができる」
「トモシビ様のことね」
南の大陸の皇帝を跪かせ、東方諸国と同盟し、グランドリアでは一時的とはいえ議会をも超える君主に据えられた。
大体私の意志だったような気がするがカインの言う通り彼の手助けがあったのだろう。
「でもトモシビちゃんすぐ王様やめたよ?」
「重要なのは認められることじゃ。味方を増やせとは言ったが、まさか全世界を味方につけるとは思わなんだ」
「当然です。私は最初からお嬢様が世界の支配者になると確信しておりました」
エステレアは最初から全部お見通しみたいな顔をしている。
エステレアだけではない。皆して信じすぎだ。
私なんて中身はコミュ障の運動音痴でカンニングペーパーがなければまともにニュース読むことも出来ないのに。
いくら私が上昇志向が強かったとはいえ誰かが認めてくれなきゃこうはならなかっただろう。
エステレアもクロエもフェリスもエクレアも、クラスメイトもカインみたいな黒幕おじさんも、皆で私を押し上げたのだ。
そのおかげでこんな大災害に対応できるのだから、あのカインおじさんも一応世界のことを考えていたということだろう。
市民にミサイル発射する極悪人だけど。
「エステレア、おろして」
私はエステレアの腕から降りて部屋を見渡した。
ここに来たのは先生の説明を聞くためではない。
先生の正体にも興味はあるけど後回しだ。
私たちは世界を救いに来たのである。
一刻も早く汚染された天脈をどうにかしなければならない。
この宇宙空間に浮かぶ至高天の部屋はパンケーキみたいな形をしているようだ。
縁の部分に窓があるが他にはガラクタが浮遊するだけ……。
……いや、違う。
何かある。
私の鋭敏になりすぎたお肌がピリピリする。
この部屋の中心に夏の太陽光線みたいなものを感じる。
「さて、トモシビよ。最後の選択の時じゃ」
先生は私をまっすぐに見た。
「神になって世界を救うか。それとも……地上に降りて人の力で足掻くか」
よく知ってるはずの先生が、私の知らない天の使いみたいに厳かに告げた。
「神になってから、地上に降りてあげる」
「無理じゃ」
「ど、どういうことですか? やっぱり閉じ込められたり……」
「教えてやろう。お主のその圧倒的な魔力の源、必要なのはそれじゃ」
先生はいつのまにか握られていた七枝の刀で私の胸元を指し示した。
「この世界は既に終わっておった。神々が去り、″かの世界″との繋がりを調整する管理者もおらん。この世界を維持する魔力は″かの世界″から来る」
「つまりそれが……」
「天脈じゃ。そしてもう一つ繋がっているものがある」
……言われなくてもわかった。もう分かった。
私の湧き上がる魔力、ドラゴンも焼き尽くす私の中の燃え上がる心臓の正体。
「トモシビ、お主じゃ」
「と、トモシビちゃんが?」
「神とは生贄。お主は天脈の源となりここで永遠に世界を維持する装置となる」
「…………」
「……ま、やめておけ。トモシビ、誰もお前を責めなどせん」
………………………。
………………………。
「もう一つ道がある」
低い声が聞こえた。
よく響く男の声。
白い部屋が灰色に塗り潰されていくような感覚が私を襲った。
狭間の世界だ。
夢の世界。
魔王のいる世界。
「全てをやり直すんだ」
いつのまにか部屋の隅にいた銀髪の男がゆっくりと歩いてきた。
魔王だ。
もはやロリコンおじさんの仮面を脱ぎすてた魔王はその名に相応しい異様な魔力と迫力を放っている。
「……おじさん」
「おじさんか。なんでそんなになったんだろうな? 元は同じなのに」
「……」
「お前もそうだろ。殴り壊して焼き尽くして消し飛ばしたくなるだろ? 嫌いだからだ」
「……」
「他人が嫌いで、周囲全てを憎んでた。それが俺達だったな」
……そうだ。
彼は今、″俺″の話をしている。
誰にも認めてもらえなくて、誰にも心を開かず、誰も認めなかった。
そんな″俺″の周りには誰もいなかった。
「お前の体と俺の力、それに神の座があれば何でも思い通りになる。時間も空間も超えて干渉できる」
「思い通り?」
「俺は神になって全ての失敗をやり直す。理想の世界を作る」
理想の世界。
まるで私みたいなことを言う。
「2年前……東方のある遺跡をある日強力な魔力が貫いた。覚えてるか? 星送りの遺跡だ」
「うん」
「各地にあるあの魔法陣は全てが繋がっている。グランドリア地下の魔法陣もその一つだ。その日、入学式前日……お前はその真上にいた」
……寮の私の部屋の真下にある魔法陣のことだ。
じゃあ私が前世を思い出したのは……。
「おそらくそれで漂ってた俺の記憶がお前に転写されたんだろう。不完全な記憶がな」
「……」
「その時お前に俺が入った。元のトモシビは……消えた」
「…………」
「お前は俺のコピーだ」
頭の中がグルグルしている。
消えた? 私が? コピー?
前世と思ってた記憶はコピー元の前世で……私は乗っ取られた、と言うことになる。
いや、乗っ取ったのが、私?
私は自分がかつてなく動揺していることを自覚した。
「思い出せ、悲願を。千年前からやり直すんだ。今度はきっとうまくいく」
思い出す。出そうと思えばポロポロと思い出せる。
最初からペットだったドラゴンとの繋がり。
魔法の知識。
そして、″俺″のこと。
……そうだ、ゲームをしていたんだ。
「……生まれる前のこと、覚えてる?」
「ああ……VRのゲームをしてたな。それが最後の記憶だ」
「うん」
そのせいでゲームの世界に迷い込んだのかと思った。
懐かしい最後の記憶…………。
……ではない。
「ちがう」
「……何が?」
「私は、あなたじゃない」
私は自分によく似た他人の目を真っ直ぐに見た。
彼は私じゃない。
何かが違う。
生まれる前に通った光の渦の記憶、これが私が生まれる前の最後の記憶だ。
それは私と″俺″の境界の記憶だ。
″俺″と私の記憶はそこで直接つながっている。
でも彼は違う。
ひょっとしてコピーは……。
「″俺″のはずだ。お前も」
「でも、変わった。変えてきた。それが私……ちがう?」
私は確信を持ってその名を呼んだ。
「エステレア」
彼女は当然のように答えた。
「はい、お嬢様」
第一話のタイトルが不穏ですがこの作品は一応TS転生ものです。
※次回更新は1月31日か2月1日くらいになります。