ペットに転職、がんばろー……ね
※11月23日文章校正しました。
「俺の見解では」
声が響いた。
ロリコンおじさんの声だ。
まあ私の周りにおるおじさんは9割方ロリコンおじさんなのだが、それぞれ私へのアプローチの仕方は異なる。
例えば熱心なファンを拗らせてパパ面し始めるおじさん、ローアングルでスカートの中を撮影することに命かけてるおじさん、そして私に乱暴しようとして返り討ちにされたザコのおじさん。
これはその最後者の人……つまり魔王である。
夢の中までストーキングしてくるのは彼くらいのものだ。
「精霊なんてものは管理システムが外部に干渉するためのプログラムにすぎない。俺が前に言った言葉を覚えているか?」
「おじさんは、幼女の私に、目をつけて、行動をおこした……」
「誤解を招く言い方だがそこじゃない。神はいないといっただろう」
そういえばそんな事を言っていた気がする。
結構前の話だ。お前も神にならないか? みたいな台詞を大真面目に言ってた気がする。
「精霊は何かを探しているらしい。神の命令もなく動き出したということはやつらも危機を感じているのかもな」
「でも泥棒は、犯罪」
どうやら私が正体を突き止めた雲型ゴーレムの話をしてるらしい。
「精霊に犯罪なんて概念はないだろうな。まあ、お前のやり方で危機が去れば俺はそれでいい」
「……おじさん、なんで私の行動、しってるの?」
「いつも見てると言っただろ? これからも見せてもらう、いや見守るつもりだ。近くでじっくりな」
おじさんは憑き物が落ちたように穏やかに笑った。
見えないけどそんな気配がする。
私はロリコンおじさんがあまりに堂々と覗き魔宣言をしたことに戦慄した。
「ザコだからって、調子にのらないで」
「えっ」
以前から構ってちゃんのストーカーだったが酷くなっている。
どうも本当に自分を私の父親か何かと勘違いしてるらしい。
いやもしお父様でも覗きはさすがに容認できない。見知らぬ中年男性なら尚更である。
少し優しくしたらつけ上がってしまった。
これはもう……家族と職場に連絡するしかないだろうか?
この場合、家族はめすいぬやドラゴンになるのかな。
だが彼女らもまた身許引受人が必要な身である。
身許引受人は……私だ。
やっぱり私がなんとかしなきゃならない。
「おじさんも、気持ち悪いから、躾けてあげる」
「いや……な、なんだ、その顔」
「魔王から、ペットに転職、がんばろー……ね」
私はなるべく優しく言ってみた。
おじさんがキョドる気配が伝わってきた。
「がんばろー……」
目を開けると皆が私の顔を覗き込んでいた。
「トモシビちゃん?」
揺れ動く感覚、景色の流れる窓、そして柔らかい椅子……はエステレアだ。
エステレアに抱かれているらしい。
私は一瞬で状況を把握した。
ここは移動中のマンティコア馬車の中だ。
そして皆がこっちを見てるのは寝言を聞かれたからだ。
耳に自分の声が残ってる。
「ふふふ、はい、頑張ろーですわお嬢様」
「セレストエイム様、寝言かわいー」
「……」
エステレアが後ろから私の手を操って掲げさせてくる。
恥ずかしくなってきた。
夢のおじさんをペットにしてあげようと思ったら私が辱めを受けてしまった。
「トモシビ様、アスラームの家なんかに行ったから疲れちゃったんだわ」
「あいつの家、そこまで精神消耗するんだ」
「トモシビ、寝不足なら寝てて良いですわよ?」
「大丈夫」
今日は久しぶりに魔物退治のミッションに行くことになったのだ。
それなりに遠い場所に行かなくてはならないため、通常授業と部活を繋げて泊まりがけでの任務となった。
私達の代はアルグレオ親善試合のこともあり、スパルタ方式で育てられたためその分カリキュラムに余裕がある。
この手の遠征を遠足みたいに挟むことも可能なのである。
ともかくしばらくは馬車の旅というわけだ。
寝るには勿体ない。
「トモシビちゃん起きたからお嬢様ゲームしよ〜」
「やるー」
「いいですねえ」
「え、なにそれ?」
お嬢様ゲームとはパーティーゲームの一種である。
くじを引いて当たった人がお嬢様となり自由に命令することができる。
命令は多少過激なものも許されている。ラップ越しにキスしたり膝枕したり……まあ、色々だ。
ちなみにエステレアがいつもやってくることよりは過激度は低い。
王様ゲームでなくお嬢様ゲームなのはメンバーの好みの問題である。
「全員女子なんだけど……」
「何言ってるの? だからやるんじゃない」
「お嬢様ゲームは男子禁制でございます」
こんなことばかりしてるから百合園の女王とか言われるのだが、もうそれも当然のように受け入れてしまっている。
しかも、そう思われてる方が男性ファンにも都合が良かったりする。
男というものは、好きなアイドルが男と仲良くしてるのは許せなくても女の子同士で仲良くしてるのは許せるものなのだ。
まあ、逆もそうかもしれないが。
「エステレアさんがお嬢様ですね」
「エステレアのお嬢様多くない?」
「では……3番が太ももに私の手を挟みながら、耳に私の息を吹きかけられて、最後に大好きと言って頂きます」
「まるで3番が誰だか分かってるみたいですわね……」
当然3番は私だった。
なぜか私はくじ運がないのでいつも命令される側になるわけだが、それでも気の知れた友達とやれば楽しいレクリエーションである。
こうして私はいつも通り夢のロリコンおじさんの話を一瞬で忘れ、馬車の旅を大いに楽しんだのであった。
ビーチリゾートのあるジェノバより西、グランドリア国の西端近くにサンデールという町がある。
柵で囲まれた開拓村みたいなよくあるタイプのこじんまりとした町だったそうだが、魔王領が滅びた後急速に発展してきたという。
正確には魔物移民を受け入れてからだろうか。
要するに害のある魔物が減ったので町を拡大し始めたのだ。
これも最近の時代の流れである。
町の周りに建物が増え、大規模な農場が何10キロも遠くまで広がった。
その町から離れた農場の農夫が今回通報された魔物の目撃者である。
「黒っぽい丸い魔物が飛んでたんよ」
「一応、報告ではすごく大きかったとありますわね」
「でかいなんてもんじゃ……たまにこの辺飛んでるドラゴンの数倍はあった。
農夫はブルブルと首を振った。
かなりの大型魔物だ。
魔物が減ってきた今、まさかそんなのが出るとは。
一体どこから来たのだろう。
「他に特徴は?」
「表面がクネクネ動いてた。ほら、イトミミズがボールみたいなの作るだろ? だからイトミミズの魔物じゃねえかって」
「私達に依頼が来たと」
イトミミズの魔物なら弱そうに思えるが被害は出てるのだ。
主に農場が荒らされたりするらしい。
まだ被害者が出てないなら幸いだけど、知らないうちに旅人などが襲われてる可能性もある。
ドラゴンより大きい魔物なんてほとんど見たことないが、いずれも凶悪な相手だった。
農夫は最後に参考図を描いてくれた。魔物のイラスト画だ。
蠢く巨大イトミミズ魔物が空から降りてくる様子が描かれている。
空に蠢く無数の線形動物……そんな魔物をどっかで見た気がする。
私はつい最近の記憶を検索し始めた。
「……なんか、見た事ありますわね」
「うん」
「いましたね、あの時こんなのが」
「知ってるんか? さすがは聖少女様だな」
聖域で戦った悪魔と呼ばれてた魔物だ。その中にこんなのがいた。
ミナを連れてくれば良かったかもしれない。
聖域が崩壊してから奴らがどうなったのか確かめる手段はなかった。
どこか遠い別の場所だと勝手に想像していたが、実は意外と近くだった?
あの大型の魔物達がグランドリアに来たとしたら……。
嫌な想像が私の脳裏をよぎった。
魔王さんはメスガキプレイされるとキョドります。
免疫がなさすぎるのでしょう。
※次回更新は11月29日月曜日になります。