お嬢様はうろたえない
※11月9日文章校正しました。
ドラゴンは速い。
本気を出せば飛空艇より速いし魔法を使えばさらに速度は上がる。
面倒くさがりなショコラもなぜかいつもより積極的である。
「い、椅子! ベッド!」
「畳んで」
急旋回からの急加速でズルズルと飛んでいきそうになる家具をアイテムボックスに収納する。
でも一番大事な家具はあの謎のゴーレムに奪われてしまった。
なんとしても取り戻さなくてはならない。
ボフッと雲に突入し、突き抜けてまた別の雲に突っ込む。
衝撃も抵抗もない。
前方の雲が書き消えていく。
ドラゴンシールドの風圧ドームが雲を左右に切り裂いているのだ。
「全然追いつかないよトモシビちゃん」
雲の隙間から時折小さな人型の物体が見える……気がする。
雲に紛れて見えにくい上に、上下左右に動き回るので全然わからない。
異様な機動である。
これはスライムとメレンゲが見失ったのも仕方ないかも知れない。
光点は一直線に南東へ進んでいる。
やがて流れる雲が少なくなり、地平線に海が見えて来た。
「なんかアルグレオに向かってない?」
「言われてみればそうですね……」
皆がエル子を見た。
このまま行くと海に出る。そしてその先は南の大陸、つまりアルグレオ国だ。
あそこの魔導技術ならこういうステルス兵器も作れるかもしれない。
「ち、違うわ! 教授ならもっと虫っぽい足をたくさんつけるから!」
「たしかに」
そもそもその教授の積荷も盗まれたのだ。犯人はレメディオスではない。
それに彼女なら隠したりせず自慢してきそうだ。
むしろ嫌がらせに私にけしかけて反応を楽しむ事までしそうである。
あの謎のゴーレムはどう見たってアルグレオ製でもグランドリア製でもない。
じゃあ一体どこのものなんだろう?
光点は躊躇うことなく海の上へ侵入する。
「ショコラ、高度あげて」
ショコラはシューっと鼻息を吐いて高度を上げた。
海の上は……やっぱりこわい。
いくら強くなっても危険は避けたい。
クルルスみたいな魔神も島みたいな魚も見た。
仄暗い海からいきなり巨大魚がジャンプしてくるかもしれない。
油断一つで死につながる。そういう世界なのだ。
そう思うと雲の高さ程度じゃ不安だったのである。
「わあ、見てトモシビちゃん。雲が割れちゃったよ」
「おー……」
ショコラのドラゴンシールドが雲を引きちぎっているのだ。
このシールドは中と外から強大な圧力をかけて作った大気の壁だ。
雲を巻き込めばそのまま霧散させてしまう。
触れた雲は高圧の空気層に吸引されそこだけ穴が空いたように消失する……のだろう。
飛行機の逆で、通った跡が晴れるのだ。
「トモシビ様のだとこんなにはならないですよね」
「私は爆弾の応用、だから」
「お嬢様の魔術は繊細ですのに、このトカゲときたら……」
「シュー……」
ショコラは鼻を鳴らした。
私の場合はさらにもう一枚外側に層を作るので周囲に影響はない。
ショコラはあまりそういうことを考えないらしい。
人間とドラゴンの違いだろう。
私達が乗らなければ中の気圧も保つ必要はないのかも知れない。
ショコラときなこもちだけなら気圧の変化にも耐えられるはずだ。
風を防ぐだけならそれでも……。
…………?
ふと私の頭にイメージが浮かんだ。
「お嬢様、何かありますわ!」
「何かって何よ?」
「……ダンジョン」
「はぁ!?」
マップを見ると、進む先になにか構造物があるのがわかった。
ダンジョンみたいだ。
壁があって、道がある。
それが表示されているということは、私はそのダンジョンに入ったことがあるらしい。
答えはすぐに見えてきた。
そんな場所にあるのは一つだけだ。
「花ですわお嬢様」
上空に浮かぶ巨大な白い花。
何度も見たけど近寄らないようにしてた。
その中のマップが表示されてる。
つまり私はどうにかしてこの中に入ったらしい。
心当たりは……ある。
「ちょっと何あれ! 何あれ!」
「……星のおへそ」
「そういえば似てるわ、壁の感じ」
マップの光点は脇目も降らずそこに向かっている。
どうやらあそこがこの謎のゴーレムの隠れ家らしい。
「トモシビちゃん! 逃げられちゃうよ!」
「突っ込みましょうマスター!」
「突撃ね! よーし!」
ミナが興奮している。エル子が杖を構えた。
やる気満々だ。
このままいけばあの花に逃げ込まれてしまう。
得体が知れない技術が満載された謎の花だ。
外から入れるかも分からないし、何が飛び出してくるか想像もできない。
正体不明は何より恐ろしい。
できればその前に捕まえたい。
私はショコラに命令を出すことにした。
「ショコラ、とまって」
停止命令をだ。
すぐさま減速するショコラ。
私たちは逆向きのGで前方に引っ張られた。
「何してんのおおおお!?」
「マスター!?」
身を乗り出していたエル子とミナが信じられないと言わんばかりの目で私を見た。
きなこもちだってゴーレムだ。定期的に魔力を補充しないと停止してしまう。
そうなるとマップ表示が消失する可能性がある。魔力を発さなくなるからだ。
2人が心配するのは当然だ。
「大丈夫、これでいい」
……が、逆に言えばその繋がりを感じられる限り大丈夫なのである。
私は″窓″を呼び出した。
「きなこもち、きて」
ショコラの背中に浮かんだ魔法陣、そこから何事もなかったかのようにきなこもちが現れた。
「ハイ、マスター」
「先輩!」
「あ、召喚! そういえばそれがあったわ!」
最初から召喚すればいつでも取り戻せるのだ。
私のペットとの繋がりを舐めてもらっては困る。
だからブースターも使ってない。
泳がせて隠れ家まで案内させるつもりだった。
エステレア達は薄々分かっていたはずだ。
たから呑気に会話していたのである。
「お人が悪いですマスター……」
「トモシビ様、あいつがまだ」
きなこもちにしがみ付く雲みたいな物体。
あの泥棒ゴーレムだ。
近くで見ると本当に雲の塊、いや霧でできてるように見える。
動きが止まっているのはおそらく……急に座標が変わったからだ。
私は透明の″窓″を展開した。
きなこもちごと360度を囲みこむように。
「みてて」
「トモシビ様……?」
日傘を改造した魔力信号を遮断する″窓″である。
雲みたいなゴーレムの体内が煙みたいにゆらりと揺らいだ。
……ふと、思いついたことがある。
ドラゴンの風圧シールドの話だ。
もし、シールドの外ではなく中に雲が浮いていたらどうだろう?
人間がいなければ中の湿度や気圧がめちゃくちゃでも問題ない。
そしてそのシールドで人間の形を作ったらどうなるだろう。
……きっと、この雲ゴーレムみたいになるのではないだろうか?
私の予想は当たらずとも遠からずだった。
「崩れてますね……」
雲ゴーレムから雲が漏れ出す。
そしてそれはすぐに1気圧の大気に吸い込まれて消えていく。
中身はない。
予想通り、空っぽだ。
どんな力場で固定していたのかは知らないが、中身が空っぽならあの機動力も頷ける。
ならば、その外殻だけの空っぽの何かは一体どうやって動いているのか?
センサーも頭脳もないはずだ。
その時点で、正体もなんとなく想像はついた。
外からの通信だ。
謎の力場を外部から魔力信号で操っていたわけだ。
そこら中を飛び交う魔力の流れの中では魔力信号など感知できるものではない。
私のように信号変換の魔導具を持たない限りは。
「何なのこいつ? 誰かが操ってたってこと?」
「そうみたいですね」
「操るって……まさかまた魔王ですか?」
「そうであれば喜ばしいのですが」
「ちがう」
魔王ではない。
私はそんな奇跡のようなを遠隔から起こせる魔力信号に心当たりがあった。
むしろそれしか心当たりがないと言うべきか。
ハンニバルおじさんの反乱の時、アスラームやプラチナと対峙した時に感知したあれだ。
「たぶん、精霊」
空飛ぶのって気持ちよさそうですね。
トモシビちゃんは快適な空の旅を気に入っていますが、移動中も楽しみたい時はマンティコアの馬車を使います。
そういうのも旅の醍醐味ですね。
※次回更新は11月15日になります。