グリーンアイドモンスター
※三人称視点になります。
※10月26日文章校正、誤字修正ご報告ありがとうございます!
「やあトモシビちゃん、今日もかわいいね」
ミナは不快感を覚えた。
内臓脂肪のついた肥満気味の中年男性がマスターであるトモシビに口を聞いているのだ。
ゴーレムであるミナには彼の正確な年齢は分からない。
ただ、マスターはメイド長いわく『まだちっちゃい』らしい。
14歳という年齢はそこまで小さくもないのだが、やはりゴーレムであるミナにはその辺の機微はよく分からない。
ただ一般的にはこういった中年男性が性的対象とすることは不適当であることは知っている。
「……どうしておじさん、いつも入り口にいるの?」
「もちろんトモシビちゃんに会いたいからだよ。おじさんそれが楽しみで楽しみで……」
「初めて見ました。あれが小児性愛者ですか」
ミナは自分のことを棚に上げて上司たるメイド長エステレアに尋ねた。
「その通りです。そしてあれは小児性愛者の求愛の行動の一つです」
「何という不遜な。殲滅の許可を」
「対処は不要です」
「なぜでしょうか?」
「見ていれば分かります」
ミナは物陰からそっと身を乗り出した。
まるでこっちの方が不審者のようだが、彼女は現在研修中である。
メイドとしての研修を受けているのだ。
難民となったゴーレム達は全員がセレストエイムに送られる事となった。
セレストエイムで吸い取った聖域のデータ解析をしたり、進んだ技術を活かして働いたりする予定だったのだが、ミナだけはトモシビの近くで働く事になったのである。
ゴーレム達と本人の希望を叶えたのだ。
そんなわけで、現在ミナはトモシビ達の買い物の後をつけて陰ながら護衛をしている。
中年男性はトモシビの太ももが気になるらしい。チラチラと遠慮がちに見ている。
正確にはその短いスカート丈のすぐ下にある飾り……ワンポイントのガーターリングのあたりを。
中年男性はゴクリと唾を飲み込んだ。
「おじさん、きもちわるいから、ブザー鳴らすね」
「まって、違うんだよ。おじさんはただトモシビちゃんブランドのお嬢様聖水を思い出しただけなんだよ」
「ねえ、この人本当に変態じゃないの?」
「私も自信なくなってきたよ」
意味不明な言い訳をしている変質者にディラ、通称エル子とフェリスが顔を見合わせている。
お嬢様聖水はべつにいかがわしいものではないが、不思議なことに男性にやたらと人気がある。
トモシビは嫌がっている様子はない。
口角が上がっている。目つきも微妙に笑っている気がする。
言葉とは裏腹に楽しんでいるのだ。
ミナは首を傾げた。
「なぜあのような不遜な雄を野放しにされるのです?」
「お嬢様はお可哀想に、その身に眠る小悪魔ちゃんを小まめに発散させる必要があるのです。彼はその点では丁度良い相手と言えます」
「丁度良い相手……ですか」
たしかによくよく見ると身なりは小綺麗だ。一見いやらしいだけの目にも微かに理性の光がある。
かろうじて人間性を保っているのだ。
口ぶりからすると彼はこれまで何度もトモシビと話しているようだ。
安全実績のある変質者らしい。
変質者はトモシビに一頻り責められると、スーパーの割引券を貢がされて嬉しそうに去っていった。
ミナはその様子を複雑な思いで見送った。
カサンドラはさらにその様子を遠巻きに見ていた。
(特に不審な言動を取る様子もありません……)
ミナの事だ。
不審な言動にかけては大陸に並ぶ者のいないカサンドラだが、他人の怪しさには敏感である。
カサンドラはトモシビが連れて帰ったゴーレム達を警戒していた。
彼らには、1000年前のゴーレム全盛期ですら見たことのない高度な技術が使われている。
聖域などというものには聞き覚えがなかったが、話を聞くとどうやら魔王の椅子と同じ材質で作られていた可能性が高い。
ならばそれは彼女にとってはバルカ家以上の仇敵……かもしれないのだ。
いざとなれば自分がどうにかしなければならない。
ゴールドマン商会へ入っていくトモシビと、その壁に張り付いて手持ちミラーで中を伺うメイド見習いを見ながら、カサンドラは密かに決意を固めていた。
「いらっしゃ……親友! 親友じゃないか!」
大喜びのアイナと両手でハイタッチをするトモシビ。
ショップ店員として大人っぽく小綺麗な服装をしているが根は年相応らしい。
賑やかな少女である。
ディラはその様子を見てなんだかちょっとモヤっとした。
「アイナ、こっちはエルフのエル子」
「トモシビちゃん、本名はディラちゃんだよ」
「まあ、よろしくしてあげなくもないわ」
ディラはツンツンしながら挨拶した。彼女は基本的にそういう言い方しかできないのである。
「私は親友の親友アイナだ! 欲しいものがあったら言えよ! ただ同然で譲ってやるからな!」
「いや、勝手にただ同然で譲ってもらっちゃ困るよ……」
セリフと共に奥から少年が現れた。
いかにも純朴そうな大人しめの少年だ。
彼は何気なくトモシビの太ももを一瞥し、すぐに目を逸らした。
「んっ……!」
あまりに純朴な反応。
またか、とディラは呆れた。
この国の男性は一体どうなっているのだろう。
どいつもこいつもトモシビの太ももがよほど気になるらしい。
ちょっと太ももにエロティックな装飾を付けただけでこれだ。
いくら美少女でもこの幼さで一体何人を毒牙にかければ気が済むのか?
いや、もちろんトモシビが人気があるのは知っている。
男人気だけではない。
リザードマンや獣人だけでは飽き足らず、ゴーレムまで手懐けてしまったのだ。
やっぱりトモシビはそういう素質があるのだろう。ディラの目は正しかった。
「お前こそ親友にプレゼント送ってるだろ!知ってるんだぞ! 服とかアクセとかなんだよあれ!」
「そ、それは僕の個人的な……」
ヨシュアは耳を赤くしながらゴニョゴニョと呟いた。
こいつもかなりトモシビにやられているらしい。
「ちゃっちゃと用事済ませちゃいなさいよ。ディラ様も暇じゃないんだからね」
もちろん特に用事はない。
ディラは妙なモヤモヤを飲み込むために急かした。
一日のメイド研修を監視していたミナは最後にお風呂から上がるトモシビとエステレアを見守っていた。
「さあお嬢様、ブラッシングのお時間でございます。たっぷり時間をかけて気持ちよくして差し上げますからね」
エステレアがトモシビの尻尾を丁寧に梳いて行く。
ミナは着替えを用意し、側で佇んだ。
この尻尾の手入れはメイド業務の中でも特に人気のある業務だ。
交代制でやる事になっているらしい。
トモシビの魅力的なお尻や太ももを彩る尻尾はとてもキュートだ。
今ではミナにも男性型ゴーレムの気持ちがよくわかる。
「こうして耳を噛みながら……尻尾の付け根を……くりくりして差し上げます」
「んっ……」
見せつけるようにイチャイチャしはじめるエステレア。
本当に見せつけているのかもしれない。
「はぁ、可愛いです私のお嬢様……誰にも渡しません……誰にもです」
髪の毛を撫でたり、首筋にキスをしたり、尻尾で自分の頬を撫でたりエステレアは遠慮がない。
トモシビ以外の世界にも心を開いてきた彼女だが、トモシビへの異常なまでの愛情は変わらない。
むしろ増加している。
エステレアはブラッシングにかこつけて全身を愛撫していたが、やがてそれも終わり、トモシビを膝に乗せて猫のようにスリスリし始めた。
「エステレア」
「はい、お嬢様」
「エステレアが私の、だから」
「……はい、お嬢様」
2人の会話はよく分からない。
が、エステレアはとても幸せそうだ。
立ち入れない絆を感じる。
何やらもやもやとしたものを感じながら、ミナは着替えを差し出した。
「ありがと」
「いいえマスター」
「ご苦労様です。今日の研修はこれまでです」
「はい……」
メイド業務ではメイド長に敵わない。
当然のことだ。
しかし、例えば……小悪魔ちゃんとやらの発散に自分を使ってもらえないだろうか?
何もあんな下民を使う必要はない。
明日そう進言してみよう。
ミナは前向きに考えることにしたのだった。
ちなみにその後カサンドラさんは覗き見がバレて怒られました。
どうしても夜中更新になってしまいますね。どうしたものか……。
※次回更新は11月1日になります。