お嬢様は下々に希望を与える
※10月19日、文章校正しました。
「魔力が足りません。システムダウンします」
聖域のシステムが発した警告音声が何かだろうか。
緊張状態の最中、その場で睨み合う全員が何らかの反応を示す。
とりわけゴーレム達の反応は顕著だった。
「システムダウン……?」
「ミナ、どういうことだ!?」
武器を構えながらもはっきりと狼狽えているゴーレム。
動けない皆を尻目に私は椅子に登ってコンソールを確認した。
その途端、ブゥンと音がした。
私の魔力を吸って再起動したのだ。
「天使様!」
「聖域が……」
「お嬢様、大丈夫なのですか!?」
「まかせて」
聖域の反応は先程とは違った。
コンソールは表示されている。それは同じだ。
ただしそれ以上進まない。
しかも魔力を吸われ続けている。
ミナがそれを見て表情を曇らせた。
「起動シーケンスが進んでいないようです」
「どうして?」
「確認します。マスター、私の膝の上にお座りください」
「なんですって!? お嬢様を膝に乗せてお尻を堪能しようとは何たる下衆!」
「エステレアさんがいつもやってるけど……」
「魔力残量なし……現在緊急モードで起動しているようです」
さっきまで星の魔力を集めてるって言ってたはずだ。
それが途切れた原因は……。
そんな私たちを横目で見ながらアスラームが冷静な声を出す。
「聖域を管理するためにトモシビさんが必要、そう言ったね?」
「……そうだ」
「その聖域が動かないのにトモシビさんを確保しても仕方ないんじゃないかな?」
「一時的な不具合だ。天使様がいなければそれを直すこともできない」
どうやらゴーレム達はまだ諦めてはいないらしい。
無理もない。彼らは私たちが想像できないくらいの年月を待っていたのだ。
ゴーレムの精神というものがどういうものかは分からないが、私達と同じように感じたり考えたりするように見える。
彼らにとっての使命の重要性は今のこの騒動だけでも察することができる。
ミナの目がチカチカ光っている。
そのリズムに呼応するようにコンソールが情報を流す。
早すぎてよくわからないけどミナが操っているらしい。
ゴーレムには聖域とリンクするような機能があるのかもしれない。
「……マスター、聖域からの脱出を提案いたします」
「どうして?」
「脱出だと? 天使様がか!?」
「ちょっと、どういうこと? 説明しなさいよ!」
ミナは若干強張った顔をしているように見える。
「現在聖域の機能はほぼ失われております。失われた機能の一つに結界機能が」
そこでミナが言葉を切った。
その理由は私達全員が分かった。
足元がグラリと揺れたのだ。
地鳴りのような音がする。
「今の衝撃は……聖域下部が損傷……侵入されています」
「悪魔だ! 聖域に入られた!」
「え? まずくね?」
ズシンズシンと、地響きを伴う地震みたいなのが断続的に続く。
かなりの大型に取りつかれているらしい。
私は複数の″窓″を起動した。
これは今のうちに備えておく必要があるかもしれない。
「は、排除……排除を」
「馬鹿ね! 逃げなさい!」
「案内してくれ!僕らが時間を稼ぐからその間にみんなは脱出を!」
「待ってくれ、聖域が……」
アスラーム達が数人のゴーレムを伴って出て行く。
またズシンと鳴った。
それからゴウゴウと風が鳴るようなノイズ。
本格的にやばいらしい。
「マスター、お早く」
「トモシビ様! 外に出ましょう!」
部屋に残るのは私のチームと数人のゴーレム。
若く見えるけど長老みたいな人達らしい。
力なく項垂れた彼らが私を見ている。
「天使様……」
「一緒にいこ」
「どうぞ脱出を。聖域がなくなれば我々の存在する意味もありません」
「見捨てろってことですか!?」
「ちょっと! そういうのやめてよね! 後味悪いでしょ!」
また地鳴りがした。
ミシリと上から嫌な音が鳴る。
どうやらもう下部だけじゃないらしい。
聖域の大きさと強度は分からないが、あのクラスの大怪獣が複数取りついたらどうしようもないだろう。
なら……逃げるしかない。
「お嬢様、無理やり連れて行きましょう」
「助けたところで自己停止します。無意味な労力です」
「まって」
「時間がありません、マスター」
「我々に構わず」
「トモシビちゃん……」
「ちょっとまって」
フェリスが縋るような目で見てる。
分かってる。
時間はたぶんあまりない。
べつに爆弾処理のようにカウントダウンされてるわけではない。
だが、だからこそ焦る。
先が見えないからこそ怖いのだ。
今、この瞬間にこの部屋が潰されるかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られない。
「ミナ、天使様を頼む」
「……はい」
ミナの目がチカチカしている。
もう地響きはしない。
代わりにメリメリ変な音がする。
……彼らは聖域と一緒に死にたいのだ。
そんな人たちにかまけて私達まで巻き込まれては目も当てられない。
大切なのはこの4人と自分だ。
赤の他人のゴーレム、しかも私を拉致しようとした人達なんて見捨てて当然………。
……のはずがない。
「転移するから、集めて」
「うん!」
「天使様、我々は……」
誰が見捨てるものか。
そんなことをしたら私はもう私でなくなってしまう。
ごちゃごちゃ言ってるゴーレムをフェリス達が無理やり連れてくる。
外の座標はわかってる。
今分かった。
「つくる」
「……?」
「聖域、作りなおしてあげる」
「いくら天使様でもそれは不可能かと」
「ダウンロード、終わったから」
目まぐるしく動いていた私の″窓″が停止している。
聖域のデータを全て記録し終わったのである。
「なっ……なんですと!?」
「マスター、まさか」
ミナは聖域とリンクしていた。
そして彼女は私とペット機能の″糸″で繋がっている。
彼女を踏み台にしてデータを吸い取ったのだ。
彼女自身に自覚はなかったらしい。
その時にマップも手に入れた。
部屋の端がベキッと壊れる。
「じゃ、とぶね」
「はい、お嬢様」
解析は時間がかかるかもしれないけど希望はある。
希望があれば人間なんとかなるものだ。
まあ、ゴーレムだけど。
私は主にエステレアの圧迫でギュウギュウになりながら転移を発動した。
「トモシビさん!」
外は明るかった。
足元には地面、そして頭上にはゲートがある。
大地には黒いものが巻き付いていた。
当然、魔物だ。
さらに、向こうには触手の塊みたいなのが取り付いている。
地面は所々外装が剥げて白い外壁を晒していた。
聖域の外壁だ。
剥がれた外装は下に落ちて行く。
この地面に偽装した聖域のさらに下……地上へ。
聖域を核とした浮き島とゲートのある衛星、そして圧縮された周囲の空間。
何で空に浮いてるのか原理は知らないけど聖域はそういう構成になっているらしい。
何でこんなもの作ったのかも不明だ。
解析すればわかるだろうか?
「よかった! 全員無事ですわね!」
「早くゲートへ! いつ閉じるか分かりません!」
ゴーレム達は崩れる聖域を何も言わずに見ている。
私も少しセンチメンタルな気分になりながらゲートへと飛んだ。
「……っていうことが、あった」
「ふむ」
先生は、私の後ろに並ぶ人間にしか見えないゴーレムの集団を見渡した。
彼らは学園の校舎に入りきらないので校庭で報告しているのである。
あの後、なんとか元の遺跡に戻った私たちは探索していたメンバーと合流して帰路についた。
ちなみにゴーレムはドラゴンを呼んで輸送してもらった。
「つまり……また難民じゃな」
「はい」
「はいではないが……住むところはどうする気じゃ?」
「しょうがないから、私が面倒みてあげる」
「さすがはお嬢様」
「お主甲斐性ありすぎじゃろ……」
セレストエイムは絶賛土地開発中だ。
100人に満たない集団ならいくらでも住める。
ゴーレムは食事もいらないだろうし、住むだけなら何とでもなるはずだ。
「それは良いが報告書は出すんじゃぞ。何が何だか分からん」
「それは後でわたくしが出しますわよ」
「なら良い。しっかり休むが良い」
先生は手を振って校舎に戻った。
口出ししないのは信頼されてるのだろうか。
ゴーレムは今日は女子寮とセレストエイムの別荘を使ってもらう。
それからセレストエイムに送ることになる。
実家に連絡したらまた猫を拾ってきたみたいな反応をされた。
私は最後にミナを女子寮の部屋に送った後、ミナに対抗したのか、いつもより力を込めてしがみつくエステレアに抱かれて眠ったのだった。
トモシビちゃんはなんか甲斐性ありますが前世ではあんまりなかったと思います。
お嬢様ムーブなんでしょう。
関係ないですけど急に寒くなりましたね。
冬物出すのが大変です。
※次回更新は10月25日になります。