映像記録、天使のローアングル
※三人称視点になります。
※10月7日誤字修正しました。ご報告ありがとうございます!
天使と呼ばれる存在がいた時代のことを彼らは直接知らない。
ゴーレムたる彼らにとっても記録の彼方のことだ。
全ての物は劣化する。
記録も同様である。
磁気、光学、電子的な記録は言うに及ばず石に刻んだ記録もやがて風化する。
人間の記憶など下手をすると数分で消えてしまうことすらある。
天使の時代にいたゴーレムはもう誰もいない。
今動いているのは全て新しいゴーレムだ。ゴーレムがゴーレムを作り、古いものが止まり、また新しく作った。何代もそれを繰り返した。
記録は複製を重ねることで残っているがそれも完全ではない。
ゴーレム達にとって重要なのはこの聖域の維持であって詳細な記録の保護ではなかった。
「天使だ! 天使が帰ってきた!」
つい先程ゲートの監視に出て行ったはずの少年型のゴーレムが叫びながら戻ってきた。
「センサーの点検は?」
「この前した! 悪魔を簡単に倒してたんだ! 直接見たらビビッときた! 天使だ!」
「落ち着け。ビビッとではわからん」
「ゲートから現れたのか?」
「とにかく、まずは映像記録を確かめてみましょう」
ミナと呼ばれる女性型ゴーレムは彼の見た視覚データの解析を提案した。
天使を見たことない彼らには何がビビッなのか分からない。
しかしかつてのゴーレム達は天使をマスターとして認識していたらしい。
今のミナ達はかつてのゴーレムより随分とダウングレードしたが根源的な部分は同じだ。
ゴーレム達はマスターとなる天使を待っている。
それは生物で言う本能だ。
彼が何かを感じたのは一度も使われたことのない機能が動作したせいかもしれない。
ミナは比較的古いゴーレムを集めると、視覚データを再生を開始した.
「この女の子ですか?」
「何か感じるだろ?」
「おお……ビビッとくるとはこういうことか」
「大変興味深い」
「これだけではなんとも……先へ進めましょう」
映像記録には美しい少女がローアングルで映っている。
少年のメインカメラは外を見た瞬間に彼女に釘付けになった。
綺麗な線を描く脚を詳細に記録し、その服装を材質まで分析し、細くて薄い体と少し膨らんだ胸のサイズを計測し、整いすぎた顔にズームして、それからお尻に焦点を合わせて細かく観察し始めた。
「目が離せなかった。不思議な感覚だ」
「なるほどこれは……」
「ふむ、続けたまえ」
「……」
ミナ以外の男性型ゴーレムがやけに食いつきが良い。
この臀部に何かあるのだろうか?
ミナはそのプニプニしたお尻を観察し始めた。
確かに形は良い。
幼いが少女らしく骨盤が広がっており、生意気そうに上を向く双丘はかなり弾力がありそうだ。
そしてなぜか中心から尻尾が生えている。
スカートから覗く脚の肌は非常に滑らかで、毛穴のようなものが見当たらないのが気になった。
「脚から腰までをもう一度再生できるか?」
「どうぞ」
「次はもう一度、臀部をたのむ」
「その後は顔を」
男性型ゴーレムは難しい顔をして、しきりに頷いたりしながら見入っている。
彼らは普通の人間ですら見たことはない。
ただ知識はある。
尻尾が生えているのは装飾品の類かもしれないが、たしかにこの女の子は周囲のヒューマンとは異なる特徴を備えている。
ミナも男性型ゴーレムほどではないがこの美貌には何かを感じる
そして最後にカメラは彼女の周囲の空間に浮かぶ赤い窓のようなものにズームした。
「天使様の魔法のように見えますね」
「角度が悪いが……たしかにそう見える」
そこで少年ゴーレムが叫んで映像は終わった。
最初は疑問に思ったが、確かに天使である可能性は高い。
映像が終わった頃にはミナも自分が興奮状態にあることを認識した。
ここのゴーレム達は感情を有している。
元々は天使が自身を参考に作った人格だったらしい。人間のように内部や外部の環境変化によって思考が揺らぐのだ。
その後、すぐにゲートへ向かったミナは歯噛みした。
天使と思われる少女達が既に撤収していたからだ。
それからゲートの監視は常時行うことになった。ゴーレム達の仕事は多くはない。
皆がこぞって監視につきたがったので複数で行うことになった。
最も重要なことは彼女がまた来たときに逃がさないことである。
そしてそれから一ヶ月も立たずにかの少女が現れた。
現れた天使……トモシビとその仲間を歓迎するパーティーの最中、その知らせを受けたアナスタシアは青ざめた。
「どうしました?」
近くにいた原住民がそれを敏感に察知した。
「いえ、ちょっとお手洗いをお借りしても?」
「お手洗い……ああ、排泄はそちらでお願いいたします」
「ありがとう」
アナスタシアは横目で近くにいる彼女のチームを見た。
「あ、あーしも行く」
「私もー」
皿を置いてアナスタシアに続く4人。
何も不自然なことはない。
彼女らが連れ立ってトイレに行くのは学園でも普段からやっていることだ。
案内してくれた人がおかしな言い方をするので身構えたがトイレはいたって普通だった。
むしろ使うことを躊躇うほどに清潔だ。
使用した形跡が一切見られないほどに。
「トモシビ、聞こえまして? トモシビ?」
「ダメだね」
端末で通信を開こうとしたが、トモシビは応答しない。
何か良くないことが起こったらしい。
アナスタシアは制服のポケットから光沢のある昆虫が入った小瓶を取り出した。
昆虫のお尻が赤く点滅している。
「震えるのは良くない知らせでしたわね」
「んで赤いのはエル子ちゃんとの繋がりが途切れたってことだっけ?」
「そうですね」
ディラの虫はディラ自身がいなくても様々な方法で状態を知らせてくれるらしい。
良くない知らせというのはやけにフワッとした判断だが、それが虫の知らせというものなのだろう。
繋がりが途切れた事を踏まえて考えると何となく見えてくる。
おそらく何らかの理由で遠くに転移したのだ。
「事故じゃね? トモシビ様わりとドジっ子だし」
「聞いてみる?」
「いえ、ここの方達を信用しない方がよろしいかと」
「……ともかく一度行ってみましょう」
トモシビ達が通された別室へ。
話し合いの余地があるなら交渉する。
隠すようなら敵と断じて構わない。
アナスタシアはこう見えてトモシビより冷徹な性格をしていた。
既に原住民との全面戦争も視野に入れている。
アナスタシアは武器を確かめた。
アスラームはおかしなことに気付いた。
原住民は食事に全く手をつけていない。
食事をしているのは自分たち魔法戦クラスの者だけだ。
嫌な予感がした。
食べようと口に運んだフォークを思わず皿に戻す。
毒かと思ったのだ。
(いや……違う?)
それにしては症状が出るのが遅い。
クラスメイトはたらふく飲食をしているし、アスラーム自身ももうそれなりの量を食べている。
原住民から悪意はまったく感じない。
不自然な善意もない。
そもそもアスラーム達にそんなに彼らに興味を持たれてないらしい。
グランドリアの話をしてみても相槌を打ったりするだけで一向に話が広がらない。
興味を持っていたのはあくまでトモシビ、他はそのおまけでしかないということだろうか。
「なんですって!?」
向こうで怒ったような声が響いた。
アナスタシア達がこの聖域とやらの住民ともめているらしい。
「お鎮まりください」
「鎮まっていられるものですか! トモシビを返しなさい!」
アスラームはすぐに理解した。頭脳に自信ある彼でなくとも想像はつく。
新しい地、興味を持たれたトモシビ。
そうくればもう答えは出ている。
(またか……)
トモシビが攫われたのだ。
自分も学習しない男だ。彼は悔やんだ。
トモシビはそれはもうしょっちゅう狙われるのである。
ありとあらゆる勢力から狙われ、行く先々で拐かされそうになるのがトモシビという少女だ。
取り巻きのメイド達が付いていたから油断した。
アスラームは自分へ2割、原住民へ8割の怒りを堪えながらアナスタシアに並んだ。
「……トモシビさんをどうした?」
「聖域の主人として中枢にお迎えした」
「でもセレストエイム様は同意してないんでしょ?」
「説得するのだ。分かっていただけるまで」
ダメだ。
この手の輩の答えは決まっている。
トモシビを手に入れたものが自らトモシビを手放すことはない。
話自体は分からないがそれは理解できた。
アスラームは腰に下げた剣をスラリと抜いた。
ミナはトモシビが拒絶するであろうことは理解していた。
だからこのような手段を使ったのである。
ミナはトモシビを傷付けてはいない。トモシビを天使の部屋へ転移させたのである。
天使の部屋は物理的に他と断絶されている。拒否されても逃げられることはない。
結局、ミナは彼女を直接見ても『ビビッと』などという感覚は来なかった。
だが天使であることは疑ってはいない。感知した魔力のパターンが他の人間とは全く違う。
きっとこの魔力なら聖域の機能を回復できるはずだ。
ミナは聖域のゲートを起動させ、自らも天使の部屋へ移動した。
部屋の中ではトモシビ達5人が眠っていた。
念のため眠りの魔法もしこんでおいたのだ。魔法材料と魔導具を使い捨てる貴重な魔法だったが天使以上に重要なものなどない。
よく効いているようだ。
ミナはトモシビをお姫様抱っこして持ち上げた。
寝ているトモシビは温かい。
ゴーレムとは違う。かつてのゴーレムもこの温もりを感じていたのだろうか。
ミナは部屋の一辺にある椅子、天使の座にトモシビを運ぶ。
これで聖域は生き返る。
天使の魔力が中枢を駆け巡り聖域を動かすはずだ。
ミナは確信を持ってその時を待った。
眠らせる魔法って便利そうですが、他の国にはありません。
この手のバステ付与ってリアルだと強すぎる気がします。
※次回更新は10月11日になります。