好き嫌いがあります
「よろしいですか?」
「うん」
エステレアが撃った爆竹に合わせて瞬時に魔法陣を描く。
私の魔法陣から放たれた魔力が爆竹を形成しているエステレアの魔力を覆うように……ダメだ、間に合わない。
目の前でパン、と弾ける爆竹の魔術。
私がやってるのは障壁の練習である。
色々あって、この魔術は相手が撃った後に発動して迎撃するカウンターだということが分かった。
言葉ほど簡単なものではない。むしろ難しすぎてできない。
魔法陣を描くだけでもそれなりの時間がかかる上に、綿密な魔力の操作が必要なのだ。
すごい技術だ。グレンは余程の修練を積んだのだろう。
「お嬢様のショートカットではダメなのですか?」
「うん……相手の魔術に合わせて調整しなきゃダメ、だから」
″窓″を解析して気付いたのだが、おそらくこのショートカットという機能は、ヤコ先生のように私の魔力を乗っ取って勝手に使っているのだ。
それでは目の前の魔術ごとに合わせる必要がある障壁は使えない。
肝心なところで役に立たない機能である。
「お嬢様、そろそろお夕飯です。今日はもう休まれませんか?」
「……わかった」
もうそんな時間か。
ここは寮の裏だ。建物の中で魔術を練習するわけにはいかないので外でやる必要があるのである。
寮は5階まで階があり、私の部屋は5階、フェリスは4階だ。階の移動は転送機の魔導具を使うことができるので階段を使うことはない。もし転送機がなければ私は足だけムキムキになっていただろう。
テレポートのように一瞬で移動するので前の世界のエレベーターより便利なのである。
1階のラウンジに行くと既にフェリスとクロエがいた。私達はほとんど毎日ここで食事をとる。
「こっちこっち〜」
手を振るフェリス。食べずに待っててくれたようだ。別にいいのに。
「どうでしたか?」
「ダメだった」
「でも後一歩でした。お嬢様ならきっとすぐにマスターされるはずです」
そうだと良いんだけど。
こればかりは地道に練習する他ないだろう。
障壁はいわば他人の魔力に寄生する魔術である。自分の魔術には発動させることができない。
そのため、練習するにはみんなに付き合ってもらわねばならないのでちょっと心苦しいものがある。
一応その代わりと言ってはなんだが、私の習得した魔術はみんなにも教えている。
みんな私より上手く使いこなしてしまうのがちょっと悔しい。
「はい、トモシビちゃん。今日は七面鳥だって」
ドンと置かれた七面鳥の肉の塊を見て私とエステレアは驚く。みんなで切り分けて食べるやつだ。
「今日お祭りなの?」
「えっお祭りって?」
フェリスは不思議そうに聞き返した。
私にとって七面鳥は正教会のお祝い行事で食べる鳥である。セレストエイムではそれ以外で七面鳥が食卓に上ることはほとんどない。
だから何かのお祝いかと思ったのだ。
「ああ、王都ではわりとポピュラーな食材なのですよ。たくさんいますからね」
「そういえば市場でよく売られておりますね」
「そうなんだ。私の村では食べたことないよ」
「鶏より脂が少ないので好き嫌いが分かれるかもしれませんね」
エステレアが切り分けてくれたものを口に運ぶ。
良く言えばサッパリしている。悪く言えばパサパサである。
でも嫌いではない。皮はパリパリで甘酸っぱいクランベリーソースがよく合う。
というかむしろソースが美味しい。
うちでは別のソースだったが、これからはセレストエイムでもクランベリーソースで食べるべきだ。
「美味しい」
「グレイビーソースもありますが、やっぱりお嬢様は甘いのがお好きなようですね」
「うん」
「ほんとだ。お肉に甘いのって合わないと思ってたけど美味しいね」
もちろん夕飯は七面鳥だけではない。スープは野菜たっぷりのポトフだ。
人参、ジャガイモ、ブロッコリー、キャベツ、タマネギ、などなど。
私はその中の人参にフォークを突き刺すと、添えられたマスタードにつけていただく。
これも美味しい。
ホクホクしてる。
「ふふふ、お嬢様。カリフラワーもお召し上がりにならないといけませんよ」
「ぅ……」
「トモシビ様はカリフラワーお嫌いなのですか?」
「だってモソモソしてるから……」
食べるなら似たようなブロッコリーで良いではないか。そんな願いも虚しく、エステレアによって口に押し込まれてしまう。
まっず。
「私はタマネギが苦手だよ〜」
それは猫人だからじゃ……。
フェリスはタマネギをお皿の隅に避けてポトフを食べている。
猫にタマネギは毒である。タマネギだけではなく、チョコレートやニンニクもダメだったはずだ。
猫人にも毒であってもおかしくはない。
でもココアパウダー入ったティラミス食べてたし関係ないのかな?
ポトフのスープにもタマネギの成分が溶け込んでるけど……。
「スープにもタマネギ溶けてますよ」
「このくらいなら大丈夫」
「……私タマネギ担当、フェリスカリフラ担当」
「おっけ〜!」
「いけません。お嬢様ったら」
「フェリスさんも体に悪いものじゃないなら食べた方が良いですよ」
「え〜」
どうも私とフェリスが年下だから、みんなお姉さんっぽくなるようだ。私たちの健康を考えてくれてるんだからありがたいことではあるのだが……。
「気持ち悪い……」
「臭いよう……」
嫌いな食べ物を克服するのはまだ先のことになりそうである。
次の日の1限目は魔法学だった。
私はこの授業が好きである。
ファンタジーに憧れた前世のせいだろうか? それとも魔法の研究ばかりしてるからか?
私はひょっとして魔法戦士より魔法研究者に向いてるのかもしれない。
今回の授業は魔導具についてである。
私たちの生活は魔導具によって支えられている部分が大きい。
前の世界の電子機器と似たようなものだが、技術によってはこちらの方が便利だったりもする。
「原理的には魔術も魔導具も同じじゃ。お主らが使う魔術のほとんどは魔導具でも再現可能じゃ。
……魔導具に使う材料は何かわかるか?」
わかる。魔物の素材と宝石類だ。
生徒を見回す先生をじっと見てアピールするが、先生は別の人に答えさせた。
「……そ、そんなに睨むなトモシビ。いつもお主ばかり当てるのはなんというか、こう、よくないじゃろ?」
「よくないの?」
「めんどくせえから分かってる奴に答えさせろよ」
「お主らに加点のチャンスをやっておるんじゃぞ。感謝しろ」
そういうものだったのか。
私はせめて座学では一番でありたいので必死なのだ。全部私に加点してもらいたいくらいである。
「……続けるぞ。宝石も魔物の素材も特定の魔法式を記録したものじゃ。我々は魔法陣や魔導具という媒体を通じて魔力を変換する事で様々な現象を起こしているのじゃ」
そういえば私のショートカットと魔導具は基本的に同じだと思う。
便利であるが、これはなるべく使うべきではない、と最近は思うようになってきた。
そもそも熟練の魔法使いはショートカットなどなくともほとんどの魔術をすぐに使うことができるのだ。
それは並々ならぬ修練の賜物である。
私はこのショートカットという補助輪に頼りすぎている。
ただ、それでも意識のトリガーだけで使える利点は大きい。
例えば障壁などはショートカットで使えたらどんなに便利だったことだろうか。
緊急の場合の対処法などはやはりいつでも使えるようにしておくべきだ。例えば胸からジェット噴射してバックステップとか。
あとは……転送魔導具の魔法式をコピーしてワープ移動するとか。
……いや無理かな。莫大な魔力が必要だと聞いたことがある。
あれ? じゃあ寮のやつはどうやって動作させてるんだろう?
「魔導具は魔力を吸って自ら魔術を使う装置じゃ。魔導具の方が安定しておるが、自分で魔術を使えば微調整が効く。複雑な魔法式であったり、同じ現象を何度も起こしたい場合は魔導具を使う」
「先生」
「なんじゃ?」
「寮の転送するやつは、誰の魔力吸ってる……の?」
「お主もなかなか遠慮しなくなってきたのう」
そうだろうか? 前世の静かな授業とは違って、先生に文句言ったり茶々を入れたりするのが当たり前の環境なので私もそうなってきたのかもしれない。
「転送魔導具はほれ、魔物の木が使われとるじゃろ。あれで地脈から少しずつ魔力を吸い上げて貯めておるんじゃよ。人間と同じじゃ。放っておけば勝手に回復するんじゃ。わかったか?」
「わかった」
人間と同じ。
そう言われて、思いついたことがある。
例えば魔導具で爆竹を発動して、それに障壁を合わせることは可能だろうか?
それなら一人で練習できる。
障壁は他人の魔術があって初めて可能となる技術だ。ならば魔導具を他人と見立てれば良い。
では魔導具でなく、私のショートカットなら……?
ショートカットを介した魔術は、厳密には私の魔術ではない。ヤコ先生の魔力支配を受けても使えた事からもそういう推測が成り立つ。
早く試したい。これならうまくいきそうだ。
「……なんじゃ?今度はなんで睨んどるんじゃ?」
「お嬢様は早く魔術を使いたいと仰っております」
「無茶言うでない」
「私、何も言ってない」
「おい先生、そいつに構いすぎだろ。授業進めろよ」
「だってワシ、こんなに熱心に授業受ける生徒初めてなんじゃもん」
思えば先生も苦労人である。
生徒は問題児ばかりで喧嘩するし、タメ口きかれるし、授業の進行は妨げられるし、遅刻ばかりしてるのもいる。
……よく考えるとそれ全部私だ。
そうだ。
この前服買いに行きたいって言ってたし、ショッピングに誘ったら来るだろうか?
実はちょうど、孤児院組を誘って何かしようと思っていたところだ。
ついでに先生も誘ってみよう。
七面鳥って最近は日本でもクリスマスに売られてたりしますが、私は普通にチキンの方が好きです。