聖天使猫姫
※9月28日、文章校正しました。
転移先の現地人は皆ヒューマンのように見える。
猫耳もエルフ耳もいない。
服装は普通だが、全員似たような格好をしている。
私みたいにお洒落に拘るようなのはいないらしい。
あまり余裕のある暮らしはしていないのかもしれない。
私達は上下反転してその集団の真っ只中に着地した。
未知の相手とのコンタクトは何度か経験しているが、ほとんど友好的な反応をしてくれる。
それはそうだ。誰だって無意味に敵対などはしない。
どんな動物だって生存に不利益をもたらす行為は慎むものである。
敵対的になるのはそれなりの理由がある時……例えば最初のコンタクトが失敗に終わった時であろう。
「天使様でしょうか?」
まだ若そうな女性が私に尋ねた。
どう見ても私に言ってる。
「その通りです」
エステレアが自信満々に答えた。
現地人はざわめいた。
「では天から降りて来られたと……」
「よくご存知のようですね」
「空間に窓のようなものを出す不思議な魔法を」
「無論使われます」
「やっぱり本物の天使だ」
「記録通りです」
……なんか話が通じているみたいだ。
私自身が何も発言することなく、ファーストコンタクトは成功しつつあるらしい。
いや……もしかするとセカンドだろうか?
過去に天使とやらがいたなら、それがファーストコンタクトということになる。
その天使が嫌なやつなら敵対的な態度を取られていただろう。
先頭の女性は何かに気づいたように空を見上げた。
つられて私達も見上げる。
黒っぽい球体が浮かんでる。けっこう大きい。
……いや、あれは魔物だ。
表面が細かく蠢いてる。
無数の何かの集合体のようだ。
また触手魔物だろうか。
「……やつらが来ます。こちらへどうぞ」
「やつら?」
「あーしらなら倒せるよ?」
「一匹や二匹倒してもダメなのです。あの悪魔どもは」
地面の一部が持ち上げ式の蓋みたいに開いた。
前の時と同じだ。
中は階段になっているらしい。
「聖域です。お早く」
現地人の女性が先に入り、手招きをした。
中は白い壁に囲まれた地下室みたいになっていた。星のヘソとかいう謎空間を思い出す。
物理的に地面に埋まっているわけではなさそうだ。
なにしろ、前来た時は掘り返してもこんな空間見つけられなかったのだから。
仕組みは分からないが、たぶんこれも転移魔法の一種なのだろう。
「聖域っていうんですか? すごい魔法ですね」
「はるか昔、天使様がお作りになったものです。ご存知ありませんか?」
「うん」
「お嬢様はまだちっちゃいのです。はるか昔にはまだ生まれておりません」
「お若い天使様なのですね」
彼らはこの聖域と呼ばれる構造物の中で暮らしてるらしい。
外は全て悪魔の支配するエリアだそうだ。
悪魔というのは前に私達が倒したものみたいな大型生物のことらしい。
地面に潜んだり、空を飛んだりして人間を襲う。
そのまんま魔物である。
キョウカ先生によると厳密には魔物ではないそうだけど、ちょっと変わった魔物くらいの認識で良いだろう。
あんな大型魔物がうようよいるとしたら、確かに今まで見たことないくらいの危険地域だ。
「天使様が去ってから私達はこの聖域を守ってきました。いつかお戻りになられる時のために」
「健気じゃん。よかったね、セレストエイム様が来て」
「ええ本当に……」
現地人の女性が立ち止まる。
階段の横の壁が自動ドアのように音もなく開いた。
エントランスルームみたいな広さの空間にいくつも通路が繋がっている。
建物の中……というよりは前世の豪華客船を思い出すのはあの乗り物っぽい入り口を見たせいだろうか?
大勢の人が暮らしてるわりに生活感があまりない。
掃除が行き届きすぎてる。
「これらの通路の先が休憩室になっています。一先ず皆様はこちらでお休み下さい」
「あの、申し訳ないのですけれど、わたくし達は迷子ではなくあなた方と友好を結びに来た使者です。代表の方とお話がしたいのだけれど」
「そうでしたか。後ほどささやかながら歓迎会を開かせて頂きますので、その時にお話し頂ければ」
女性はそう言って、客室乗務員みたいに私達を部屋に導いていく。
外界と断絶されてそうな雰囲気だが、客室があるということはそうでもないのだろうか?
「天使様はどうぞこちらへ」
当たり前のように私は特別扱いされた。
皆4、5人に分けられてるのに私だけ単独だ。
視線が痛い。
主にエル子の。
「……私も、普通でいい」
「最も広いお部屋をご用意しました。天使様ですので」
「じゃ、みんなで行こ……エル子もきて」
「ふん、しょうがないわね」
私のチームとエル子で6人。
案内役の女性は特にこだわりもせず私達を部屋に導いた。
自動ドアが開く。
「へえ……いいじゃない」
「なかなか広いですね」
白い壁に大きなベッドにソファ、机。
ホテルのスイートルームというより、やはり特等船室といった感じに見える。
装飾も窓もないけど清潔感はある。
他の部屋を知らないので比べられないが、6人でも狭くはないだろう。
短い間を過ごすには十分すぎる。
ソファに腰を下ろしてエクレアが口を開いた。
「ねえ、どう思う? 天使って何なの?」
「トモシビ様じゃないですか?」
「なんでトモシビ様が天使だって知ってるの?」
「見た目じゃないですか? 私だって聖火神様と同じ特徴だからトモシビ様を……ああ!」
「待って、わかった! 天使がその聖火神だってことね!」
「そういうこと」
エル子とエクレアは笑い合った。
そう……かもしれない。
みんなは魔王を見たことないのだ。
彼は先端の赤い銀髪に赤目、私と同じ身体的特徴をもっていた。
あの魔王こそが聖火神である可能性が高いが……私は口に出すのは避けている。
クロエや聖火教徒がショックを受けそうだからだ。
魔王がここへ来て、原住民のためにシェルターを作って去っていった。
……一応辻褄は合う。
今でこそろくでもないロリコンの犯罪者だけど、昔はカサンドラ達に慕われるような人だったのだ。
魔王の魔法技術ならこのくらいはできそうな気もする。
なんか引っかかるけど。
「トモシビちゃん、また名前が増えちゃったね」
フェリスはニコニコしている。
名前じゃないけど呼び名は増えた。
神だの魔王だの魔王姫だの猫姫だの聖少女だの。
天使とは前世の記憶を話した時からエステレアにずっと言われてたけど、こんな知らない土地で話が繋がるとは思わなかった。
「そうだ、つなげて聖天使猫姫ってのはどう?」
リノ先輩が聞いたら喜んであだ名にしそうだ。
私は丁重に断った。
歓迎会はしめやかに行われた。
会食形式である。
グランドリアのようにダンスパーティーを開いたりはしない。
皆は大部屋でビッフェ形式で飲み食いを楽しんでいる。
私と5人は個室に通された。
代表会談でもするつもりなのだろうか?
出てきた料理は無国籍だ。東方西方の混じったような料理がたくさん出てきた。
なんか……懐かしい感じがする。
「お口に合われましたか?」
「うん」
「良かったです。作る機会がありませんでしたから正しいか不安でした」
女性はよくわからないことを言った。
「どういうこと?」
「こういうことです」
女性は自らの頭を両手で挟み持ち上げるように力を込め……次の瞬間、頭は本当に持ち上がった。
「ひっ」
「え?」
…………?
なんか変だ。
首が取れてる。でも血が出てない。
「お嬢様、これは」
「……ゴーレム?」
「はい。我々はゴーレムです」
私は女性を上から下まで眺めた。
人間に見える。
魔力だって人間っぽい魔力だ。
「すごいわね。このディラ様をして全然わからなかったわ」
「外見も情動も人間と同じになるよう作られたのです」
「天使が、つくった?」
「仰る通りです。しかしある日を境に天使様は全てお隠れになりました」
「え、天使っていっぱいいたんですか?」
「もちろんです」
女性……女性型ゴーレムは頭をはめ直した。
なんかSFのアンドロイドみたいだ。
「我々は統括するマスターの帰還を待ち続けました。一年前、ゲートが開いた時は歓喜しました。我々は期待を込めて監視を続けました」
「そしてお嬢様が降臨なされたと」
「はい。ですので天使様」
女性型ゴーレムは私に向き合い……頭を下げた。
「どうかここに留まり、システムを統括して下さいませ」
言葉と同時に視界が暗くなった。
まずい。完全に不意を打たれた。
その瞬間、私は最初からコンタクトに失敗していたことを悟った。
トモシビちゃんはとても騙されやすい性格なので、こういう手にとても弱いです。
※次回更新は10月4日月曜日になります。