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たった一つの冴えたやり方

※9月21日文章校正・誤字修正、ご報告感謝です。



「んー……」



指で口の端を持ち上げて……離す。

元に戻ろうとする筋肉を無理やり引き留め、そのまま10秒保つ。

いや……10秒は短い。30秒にしよう。

1……2……落ちた。

全然ダメだ。

顔筋が攣る。

表情がへにょりと元に戻る。

そこでドアが開いた。



「あら、どうなされのですかお嬢様? ぷにぷにほっぺを強調なされたりして」

「笑顔の練習」

「まあ」



エステレアはチェシャキャットみたいに笑った。

お風呂上がりなのでタオルを体に巻いている。

ちなみに私も同じ格好だ。

2人ともツヤツヤした肢体を晒している。


最近よく写真を撮られていて思うのだ。

表情が思ったように出てない、と。

ニッコリ笑ってるつもりなのに笑ってない。

口の端が少し持ち上がってるだけだ。よく見ないと分からない。

これではモデルとして少しばかり努力不足ではないだろうか。

そんなわけで私はわずかな時間を見つけてこのように笑顔の練習をしているのだ。

私は再び口の端を持ち上げると、エステレアに向かって微笑んでみた。



「はあぁぁ……可愛いぃぃ……」



エステレアは口を抑えて悶えた。

練習成果は出てるようだ。

表情は重要である。

プロの女優なら表情だけで演技ができる。

女優ならずとも見られる人間で表情を意識しない者はいないだろう。

私は最初から360度どこから見ても美少女だけど、そこに甘んじていてはいけない。

今の私はプロ美少女だ。

仕事として撮影されている。

プロになったからにはさらに上を目指さなくてはならない。

そう力説すると、エステレアは後ろから私の首に抱きついてきた。

石鹸の香りがする。

上気した肌が触れ合って熱い。

私は魔力で冷房を操作して室温を下げた。



「しかしお嬢様……お嬢様に演技など必要ないと思われます」

「どうして?」

「全く演技ができないお嬢様だからこそ良いのです。その純粋な自然さが汚れに塗れた者達にシアーハートアタックなのでございます」

「そっか……」



そうなんだ。

汚れに塗れた者達の心情にも詳しいなんて、エステレアはすごい。

彼女は私の首筋にスリスリと頬を擦り付けた。



「私、お嬢様画像は全て検閲しております。お嬢様は表情に乏しくともいつもウキウキでございます」



確かに撮影されるのはとても楽しい。

私は自分が大好きで、自分の可愛さを世に広めるのが大好きだ。

なのでこういうのは天職と言って良い。

昔は人の目線に晒されるのが嫌いだったのに真逆になってしまった。

自信と成功体験は何よりも大切だ。


色々あったけど私の目標は達成されつつある。

魔王は倒したし、魔物と暮らせる国もできたし、世界を回って交流して珍しいもの見たり食べたりした。

そして好きなことをして暮らしている。

平和だ。

私は今、理想の世界を満喫している。

北の神殿遺跡の件だとか飛び回る変なゴーレムだとか懸念事項はあるものの、それらが大きな脅威になっているというわけではない。

余裕を持って調査して対応すれば良い。



「あらお嬢様、お目目がとろんとしておりますわ」

「うん……ねむたい」

「表情筋トレのしすぎでお疲れなのでしょう。お着替えしておねむにいたしましょう」



バスタオルのままゴソゴソとショーツを履き、キャミソールとショートパンツを着る。

鏡には眠そうな半開きの目の自分が映っている。

純粋かは知らないがたしかに私は自然体だ。

ほぼ欲望のままに生きてる。

好きなことはずっとやりたいし、好きじゃないことはやりたくない。

しかし……。



『天脈が途絶えつつある』



魔王の言葉がチラつく。

あの時も眠気と戦いながら聞いていたせいだろうか。

リラックスしてるときに限って思い出すのだ。

どうやら……考えなくてはならないことがあるらしい。



「ようやく真面目に考えるようになったか」

「……おじさん」



魔王を自称する中年男性の声が聞こえた。

夢の世界でこのおじさんと話すのはあの時以来だ。

やれやれ、みたいな口調が腹立たしい。

考えないようにしてたけど、逃げられるものではない。

人間好きなことばかりして生きていけるわけではないことくらい私にもわかっているのだ。



「……議会いくね」

「そうだな、それが良いだろう。お前にしかできない使命を全うするんだ」



議会は好きじゃない。

仰々しいし……あのいかにも会議してる感が苦手だ。

でもそんな苦手な政治も我慢しなきゃならない。

なにしろ天脈が枯れるらしいのだ。

それは即ち……環境問題である。



「国が、対策しなきゃ」

「ん?」



当然のことだ。

天脈に頼らないエネルギーへシフトする必要がある。

この星の国全てが連携して乗り越えるべき課題だ。

魔王はかつてそれで戦争を起こしたらしいが、意味不明である。



「いや……神の座」

「おじさん、ふざけたらダメ。大事なこと」



おじさんは黙った。

いい加減、力でどうにかしようとか一人でどうにかしようなんて考えはやめた方が良い。

だからこんな小さな女の子に負けて馬鹿にされるのである。

私は困惑するおじさんを無視して、議会に環境対策課の設立を提言することを決意したのだった。







「そういうことでしたのね」



と、アナスタシアが頬に手を当てた。



「トモシビったら、いきなり議会に来て発言させろって言い始めるんだから』

「でも通ったんでしょ?」

「そうねえ。お父様達、トモシビが来ると本当に嬉しそうだから……」



それがおじさんという生き物だ。

美少女に迫られたら大抵の頼みは聞いてしまうのである。

ちなみに、ここは私のマンティコアが引く馬車の中。

私が提案を通すべくお城へ足を運んだのは昨日のことである。







「ああトモシビちゃん! よく来たね! 真っ先に顔を見せてくれるなんて、おじさん感動だよ」



私は議会に行く前に総主教のお部屋に足を運んだ。根回しのためだ。



「隣に、座ってあげる、ね」

「おお……! トモシビちゃん今日はすごく積極的だね?」

「おじさん……太ももばっかりみないで。変態みたい」

「あ、ご、ごめんね。おじさんは変態じゃないよ。知ってるだろう?」

「しらない」

「トモシビちゃん……」

「でも……変態おじさんでも、おねがい、聞いてくれたら……許してあげても、いいよ?」



総主教は一瞬にして籠絡した。まあ最初からこのおじさんは私のペットみたいなものだ。

王様も同じだ。甘えたらすぐ籠絡できた。

というわけで、私の提案は特に反対意見もなく受理されたのである。







急なお願いだったが、おじさん達は議会でちゃんと他の議員を説得してくれた。

魔王と話したのは私だけだし、魔王が本当のこと言ってるのかも分からない。

ただ、事実として魔王領の地脈は枯れた。

源泉である天脈の流れが関与していてもおかしくはない。

まあ原因はひとまず置いておいおくとしても、グランドリアの地脈も突然消えてしまう可能性はあるのだ。

そうなった時の対策は必須である……と、そういう感じだ。



「理に適ってるね。普通に提案したら普通に通ったんじゃない?」

「……そうかも」

「ともかくこれでトモシビちゃんは心置きなく探索ができるんだね」



そういうことだ。

魔王から預かった肩の荷がようやく下ろせた……いや丸投げできた。

現在このマンティコアの馬車は女子12人を乗せて街道を北へ爆走中だ。

12人の体重がかかろうが、身体強化を施したマンティコアは早い。

そろそろ着く頃合いだと思う。

今日は例の神殿遺跡の2度目の探索なのである。







カツンカツンと足音が響く。

神殿遺跡内部は前に出た時と変わらない。

いや、魔物は少なくなったかな?

この前の時にだいぶ掃討したはずだ。



「トモシビさん、神殿の方はどうする?」

「そっちも、調べなきゃ」



とりあえず突入組の訳半分を神殿探索にしてもらうことにした。

まだマップの空白……つまり行ってない部分が多いからだ。

そして残り半分の私達はワープゲートに向かう。

壁の崩れた瓦礫地帯を乗り越えて触手を追った道筋を辿る。

油断せず神経を尖らせているが、触手はもういないみたいだ。

やがて私達はワープゲートと思われる2本の柱にたどり着いた。


柱に挟まれた真ん中には光を反射する空間がある。

まるで水滴状の巨大な水銀の塊があるかのよう……だけどこれは物体ではない。

空間の歪みがこう見えているのだ。



「先に行くわ」



ズイッとエクレア達3人が前に出る。

私は頷いた。

もはや彼女らは立派な私の騎士だ。

金属レンズみたいな空間に飛び込む3人。

たぶん何もないだろうけど……。

と心配したらすぐにエクレアの声が聞こえてきた。



「トモシビ様、人がいるわ!」

「前のあの子ですか?」

「いっぱいいる! とにかく来て!」



いっぱい?

私は残りの皆とともにゲートに歩を進めた。

金属レンズみたいな空間が抵抗なく私を飲み込む。

強い光が目を刺した。

重力が逆さまになって髪の毛のスカートが引っ張られる。

すぐさまスカイドライブを発動させて皆を集める。



「出た! 本当に来た!」

「天使様だ!」



頭上がワーワーうるさい。

上を見る。

十数人の人間が私を見上げて歓声を上げていた。



トモシビちゃんはおじさんを手玉に取るのが好きなので、理由を見つけてそういうことやりたがります。


※次回更新は9月28日月曜日になります。

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