お嬢様は未だ冒険に憧れる
※8月17日誤字修正。ご報告ありがとうございます。
※10月26日誤字修正しました。ご報告感謝です。
「お嬢様、お嬢様」
体が揺さぶられる。
私は抱き枕代わりにした自分のもふもふ尻尾を、ギュッと抱きしめた。
「か、かわ……! いえ、今はそれどころではございません」
「あれ? トモシビ様まだ起きてないんですか?」
「困ったお嬢様です。今日から新学期ですのに遅刻してしまいます」
分かっている。
だからこそ億劫なのだ。
今日からまた学園が始まるのである。
「あと5分ねさせて、エステレア」
「いけません、お嬢様……失礼いたします」
エステレアは布団を剥ぎ取ると丸まっている私をひょいと抱き上げた。
私と一緒に丸まっていたフェリスが声を上げた。
「にゃあ、トモシビちゃん〜」
「フェリスぅ」
「フェリスさんまで……そんなに悲壮感出してもダメですよ」
クロエに抱き上げられて連れ去られるフェリス。
夏の間はフェリスと一緒に寝ることも多い。
クーラーをガンガンにかけてフェリスと布団に包まると最高に気持ちよく眠れるのである。
勿体無いと思うなかれ、私の有り余る魔力を使っているのでエコそのものだ。
私はそのまま鏡台の前に座らされ、寝巻き代わりのキャミソールとショートパンツを剥ぎ取られる。
私の小ぶりな胸が露わになった。
さらにショーツを脱がされる。
鏡には生まれたままの姿になった寝ぼけ眼の美少女が写っている。
先端の赤い髪の毛。大きなルビーみたいな瞳。
肌は全身ツルツルで磁器のような艶感と透明感がある。
背は小さいくせに長くて綺麗な足、体は薄く細くてお尻と胸だけがちょっと膨らんでいる。
今更ながら私は自分の容姿が好きである。
こんな寝起きでもまるでドラマの撮影中みたいにパーフェクト美少女だ。
私も今年で14歳なので、普通ならもうちょっと成長してると思うのだがやっぱり変化はない。
まあそれはそれで私の体とプリティフェイスの黄金比が崩れないのだから別にいいのだ。
「下着はこれでよろしいですか?」
「うん」
淡いピンクの上下は私の白い肌によく映える。
とにかく今日もとっても可愛い。
目が覚めてきた。
自分で鏡を見る度に気分が上がるんだから、赤の他人にはどれほど影響を与えるだろう?
美とはそれだけで力だと思う。
私は起き抜けとはうって変わって機嫌良く教室のドアを開けた。
「遅い! たるんどるぞ!」
「先生がはやい」
「お嬢様ほどになられると弛みとて魅力と化してしまうのです」
私は入るなり髪をサラリと払って優雅に席についた。
クラスメイトはもはや声も上げない。
とはいえ皆が私の挙動を目で追ってしまうのは悲しき男の性であろう。
いつも通りである。
「長い休みの後は憂鬱なものじゃ。特にお主は夏休み前から刺激を受けすぎておったからな」
それはその通りだ。
東方遠征からそのまま例の事件を解決した、聖少女などと持て囃され、夏休みはセレストエイムで楽しい時間を過ごした。
毎日授業を受けるだけの生活に戻るのは憂鬱だったのだ。
もっとも、授業を受けるだけの生活も以前はそこまで退屈ではなかったのだが……。
「トモシビだけではないがな。魔物退治ももうほとんどないからのう。演習だけではモチベーションが下がるのはわかる」
「外出ても草刈って終わりじゃやる気しねえよ」
野良の魔物が少なくなってきたのは前からだが、捕虜魔物の狩りによってそれに拍車がかかった。
今では危険地域でもほとんど野良魔物と会うことはない。
平和そのものだ。
平和を求めて戦ったのに、いざ平和になると刺激が足りないと感じるのだから自分勝手なものだ。
聖少女なんて称号もらっても頭の中は少年じみているのが私なのである。
「そんなお主らに良い知らせがある」
「なんだよ」
「喜べ。新たなる遺跡が見つかった。そこの先行調査を受けることになった」
頬杖をついていた男子達が顔を上げた。
フェリスの耳がピクリと動く。
私の尻尾がピンと持ち上がった。
ノースドリアの向こうにグランディア山という山がある。
私達が一年生のときキャンプした山だ。
その北側の山肌……私達が登った場所のちょうど裏あたりが崩れて遺跡が顔を出していたらしい。
「優先的に調査する権利があるのは発見者じゃ。大抵の場合は発見者が国に依頼して騎士団が調査する。じゃが今回発見者はトモシビを名指ししてきた」
騎士団と私で調査をするのも良いが、せっかくだからということで、そのままこの魔法戦クラスへ丸投げしてくれたのだそうだ。
そんなわけで私達は現在マンティコアの馬車でノースドリアへ向かっている。
メンバーは魔法戦クラスの女子全員だ。
男子は後ろにぞろぞろ続く普通の馬車に乗っている。
この世界において遺跡とはダンジョンを意味する。
遺跡には価値がある。
古代に今より発展した文明があったことはもはや常識である。
そんな発達した文明の遺産が丸々手に入るのだ。宝石の類は当たり前のようにあるし、古代の魔導具や魔法陣なんかも物によっては途方もない価値がある。
それらを発掘し、解析することは国の責務であると言える。
だからこそ魔導院は私が持ってきたゴーレムのパーツを高値で買い取ってくれたりしたし、古代魔法陣の情報にもいちいち高値を払うのである。
「発見者代表、ノースドリア村長だって」
「たしか……改造セルを見つけたときにお会いしましたわね」
アナスタシアが目線を斜め上に向けて記憶を探り始めた。
私も覚えている。
たしか、空飛ぶエイの調査で来たのだ。
結局それは魔王軍の差金だったわけだが……今ではそのエイとて私の配下である。
諸行無常だ。
世の中の流れの速さを感じる。
「あ、見てあれ、あそこ」
アンが指差した先を皆が見る。
地面がそこだけ暗くなってる。
穴だ。
地面に穴が空いてる。
地盤沈下したみたいに大きな穴。
見覚えがある。
「ほら、ミミズの穴じゃん。皆で戦ったっしょ」
「本当だ。懐かしいね」
「うん」
景色を見て感慨に浸る私たち。
一緒に冒険した思い出というのは色褪せないものだ。
思えば大怪獣を倒したのはあれが最初だった。
思い出すたび身が引き締まる。
恐ろしい相手だった。
接近に気がつかなければ今の私でもやられてしまうかもしれない。
あんなものが地上を彷徨ってて、よく近隣の村に被害が出なかったものだ。
「あれか」
「これはまた……荘厳だね」
グランドリア山の裏側に着いた私達は、その光景に目を奪われた。
たしかに崖の一部が崩れている。
崩れた部分には装飾のついた石柱が2本、門のように並んでおり、その真ん中が遺跡の入り口になっているらしい。
アスラームが荘厳と言ったのはとても大きいからだ。
今までの遺跡の入り口なんてせいぜいうちの玄関くらいの大きさだが、ここのやつは魔王城くらいはある。
つまりドラゴンが通れるくらい大きいのだ。
「神殿みたいですね……」
「まさしくだな」
神殿と言われるとそうも見える。
ノースドリア村長によると中はけっこう深いらしい。
古代遺跡というものは押し並べて複雑な作りをしているものなのだ。
この規模なら山全体が遺跡だったなんてこともあり得る。
崩れた部分は断崖絶壁の中程だが、よく見ると階段の形跡みたいなのがある……ように見えなくもない。
もしかすると遺跡の中でもこれは特に重要なものなのではないだろうか?
ワクワクしてきた。
「トモシビ様の目が輝いてるっす……」
「作戦会議しよ」
「そうだね。思ったより大きそうだ。手分けして探索するとして……」
「各班に探知能力のある人を入れたいですわね」
「バックアップも何班かいるだろ」
探知能力があるのは獣人の2人とエル子である。
エル子は匂いや音に敏感な虫を召喚できるのだ。
「本当はトモシビさんもここで司令塔して欲しいんだけど……」
「やだ」
「ですわよね」
「仕方ないね。じゃあ現場にいながらオペレーターは大変だろうけどお願いさせてほしい」
「まかせて」
ここまで来て入らない選択肢はない。
バックアップ班は希望者を募ったら何人か出てきたので彼らに任せることにした。
残りは突入班だ。
「よし、各自無理はするな。異常があれば必ず報告すること。じゃあ、トモシビさん」
「……ごー!」
力が抜けると評判の私の号令と共に、私達は古代神殿に向けて飛び上がった。
トモシビちゃんは可憐な見た目とは裏腹に冒険とか戦いとか大好きです。
でも不便したり服が汚れたりするのは嫌いです。
お嬢様なので仕方がないですね。
※次回更新は8月23日になります。