灯火の灯る日
※三人称視点になります
※8月10日、誤字修正しました。
ブライトはソファで魔導書を読む娘を眺めていた。
髪をツインテールにしてヘッドドレスを付け、ゴスロリチックなミニ丈のキャミソールワンピースを着た姿は、穢れを知らぬ天使のようでもあり退廃に塗れた吸血姫のようでもある。
服自体の布面積が小さいのに清楚さを感じるのは、手足を隠すロング手袋とニーハイソックスのおかげである。
もしくはトモシビ自身の容姿によるものだろうか?
しかしいくら清楚そうに見えても真っ白な太ももや肩から胸元、背中は露出している。
化粧でもしたかのような艶と赤子のように自然な瑞々しさを放つ肌が眩しい。
実の父親であるブライトからしても目の保養……いや目のやり場に困る。
しかしさすがのブライトも娘を性的な目で見るほど落ちぶれてはいない。
一人の少女として見た娘が恐ろしく魅力的であるということも、その美貌で国を傾けまくったことも、全ては愛情に変換されて彼の心を満たす。
「トモシビ」
「なに?」
「ちょっと来なさい。抱っこしてやろう」
「やだ」
にべもなく断られた。
あまりに素っ気ない。
昔はあんなに懐いていたのに今ではバイ菌扱いだ。
きっとそのうち服を一緒に洗濯もしてもらえなくなるのだろう。
ブライトはしょんぼりした。
トモシビはその様子を横目で見るとおもむろに立ち上がり、ブライトに歩み寄ってきた。
「はい」
「む」
「……しょうがないから、ちょっとだけ、させてあげる」
「と、トモシビ!」
ブライトは溢れでる歓喜を抑えながら壊れ物でも扱うようにソッと娘を抱擁した。
何という天使か。
今回はプレゼントで釣っていないのに抱かせてくれるというのだ。
しかし貢げないのはむしろ残念ですらある。
お小遣いをあげようにも既に娘は使いきれないほどの金を持っているのだ。
背中に手を回すと絹糸のようなツインテールが腕にかかる。
甘い香りがフワリと広がる。
少女特有の小さくて柔らかくて温かい体。
そのまま抱きしめようとするが、剥き出しの背中に気づいて手を浮かせる。
年頃の娘である。父親に素肌を触られるのは嫌がるだろう。
そんな葛藤の中、チャイムが鳴った。
「トモシビちゃ〜ん」
「あ、フェリス」
トモシビはパッと離れた。
友達が呼びに来たのだ。
ブライトは名残惜しく思いながら去りゆく娘の背を見つめた。
……と、思ったら戻ってきた。
「お父様、お小遣いほしい」
「お、おお、そうか……うむ。好きなだけ持っていきなさい」
「ありがと」
トモシビは多くも少なくもないお金を受け取ると、少しだけ表情を和らげた。
これが娘の喜びの表情であることをブライトはよく知っている。
何という天使だろう。
ブライトは幸福感を噛み締めながら、魔物を交えた軍の運用を考える仕事に戻ったのだった。
カサンドラは与えられた使用人室でふて寝していた。
「魔王様……」
例の事件の際、ワイバーン型ゴーレムを制圧に赴く飛空艇セレストブルーの中で、彼女は確かに魔王の魔力を感じた。
彼女は歓喜した。
ついに復活したのだと思った。
トモシビの魔力も顕在だ。
トモシビと魔王、2人に仕えることができる。
それは夢のようなことだった。
直後、魔王の魔力は消失した。
カサンドラはあまりのショックで横になった。
憎きエセ狐人の教員が、邪魔だから自室で寝てろというので自室で寝ることにした。
そのまま今まで何の仕事もせず寝て過ごしているのである。
「はぁー……」
魔王は生きている。その事は知っている。
力を分割され、封印された魔王は残った最後の魔力を別の次元に隠した。
魔王は魔力に意志を乗せることができる。それは彼の手足、彼の分身のようなものだ。
その何処かへ消えた分身とトモシビに宿った力があれば復活は可能と見ていた。
魔王には何か目的があった。
あの大人しい人物が侵略戦争に乗り出したのはそのせいだ。
世界の覇権を手にして何かするつもりだったのである。
ならばトモシビが覇権を手にすればその下に魔王の分身が現れるのではないだろうか?
分身から音沙汰ないのはきっと力を溜めているからだ。
ここぞという時に使うつもりなのかもしれない。
カサンドラの皮算用は概ね正しかった。
全てが終わった後、トモシビからは魔王を半殺しにしたと伝えられた。
「お転婆にも程があります.…」
事情を聞くと大量虐殺を幇助しようとしたのて止む無くやった事らしい。
そう言われると、トモシビの下僕どもに対して魔王の残したお手製ゴーレム程度には情を持ちつつあるカサンドラも怒りは沸きにくい。
しかし無念さは消せない。
そんなわけで感情の処理ができず悶々しているのである。
「めすいぬー」
いきなりドアが開いた。
トモシビである。
「ついてきて」
「申し訳ありません。私はちょっと鬱で」
「だめ、命令」
「トモシビ様……」
トモシビは引きこもり自立支援業者のようにカサンドラを引っ張った。
非力すぎて全く動かないが、トモシビは一生懸命引っ張り続ける。
カサンドラは仕方なく自ら立ち上がった。
「皆さま、来てくれて、ありがと。今日は楽しく、お喋りしてあげる」
カーテシーをするトモシビに拍手が巻き起こる。
ホアンはそれを直立不動で見ていた。
美しい、と彼は思った。
顔が美しい。体が美しい。姿勢が美しい。歩き方が美しい。
(しかも服がエッチだ……)
今の彼は会場警備兵だ。トモシビ直々に声をかけてもらった。
名誉なことである。
学校にも行けない貧民から奴隷になり、数奇な運命を経てトモシビに仕えることとなった。
トモシビの騎士になって心底良かったと思っている。
給料は良いし教育は受けられるし休みもある。おまけに隊長のエクレアは美人で、主人のトモシビは世界に名だたる美姫だ。
これ以上の職場はない。
「ちゃんと一人一人警備つけた?」
赤い髪を靡かせ、腕章を付けたエクレアが訪ねた。
ドレス姿に帯剣が勇ましい。
彼女は会場全体の指揮を取っているらしい。
「付けたぜ」
東方の貴族にグランドリアの貴族、それにアルグレオのエルフが2人。
総勢50人はいるだろうか。
トモシビの一声でここまで集まるとは思わなかった。
そう、この宴の主催はトモシビなのだ。
彼女の両親は何も手出ししていない。
全てあの小さな主人の人脈で集めた者達だ。
「しかし何を恐れてるんだ? 敵なんかいないだろ」
「いる前提で動くの」
とにかくしっかりね、と言い残してエクレアは歩き去った。
東方に西方、南方の貴族がここにいる。魔王領の脅威ももうない。
一体誰が逆らうと言うのか?
ホアンは疑問に感じながらも持ち場へ動いた。
「いやはやすごいものですなトモシビ姫」
ホアンの担当する男がトモシビに話しかけた。
顎ヒゲのいやらしい男である。東方のどこかの貴族だろうか。
ホアンはムッとした。
「みんなのおかげ」
「なんと奥ゆかしい。トモシビ姫は思っていたよりずっと大人のようですな」
「よく言われる」
「ときにトモシビ嬢はご縁談などは……」
またその手合いか。
ホアンはうんざりした。この美しく輝く主人は誘蛾灯のように男を引き寄せる。
ホアンが介入しようか迷ったその時、トモシビの陰からぬるりと魔人が姿を表した。
「なるほど、トモシビ様に値するか試してみても?」
「あ、いや……それはまたの機会に」
カサンドラの蛇のような目に睨め付けられたヒゲ男はすぐに白旗を上げた。
なるほど、あのカサンドラはそういう役目かとホアンは納得した。
メイド達は給仕で忙しく、フェリスは獣人の相手をしている。
今はこのカサンドラがトモシビ付きなのだ。
「ふぅ……」
「めすいぬ、褒めてあげる」
「いいえ、当然のことでございます」
幾度となくグランドリアと戦ってきた彼女である。その実力はホアンなど足元にも及ばない。
護衛としては申し分ない。
カサンドラもトモシビの世話ができるのは嬉しいらしい。
表情が和らいできている。
言いよる貴族は絶えないだろうが、この調子ならトモシビの心配は無用だろう。
ホアンは安堵して、窓の外を目を向けた。
何かがいた。
「ッ!?」
それは人型の雲のような物体だった。
窓から覗き込むようにのっぺりとした人型が張り付いていた。
ホアンが剣に手をかける。
人型物体はスッと風船のように空へ上がった。
「待……」
窓に駆け寄る。
風船はすごいスピードで空に吸い込まれて消えた。
ホアンは唖然としながらエクレアにどう報告しようか迷った。
俺は白い空間にいた。
ここは知っている。
天の頂、そんな言葉が頭をよぎった。
円形の中心部。そしてそこから八方に伸びる通路。
中心部にある床の灯火がいくつか灯っている。
神の座はすぐそこにある。
俺はそこに理想の自分の姿を幻視した。
ここまで見てくれてありがとうございます。
第4章はここまでになります。
夜描くとどうしてもシリアス風味になってしまうのはなぜでしょう。もっとほのぼのしたいのですが。