お嬢様は天下に泰平を齎す
※8月3日、文章校正誤字修正しました。
整備された街道をマンティコアの馬車が走る。
静かで快適、かつ安全な馬車だ。
私はその馬車の中から外を見ていた。
「あ、ゴブリンだよトモシビちゃん」
街道沿いの村で農作業をしているゴブリンがこちらを見て手を上げた。
私も窓から身を乗り出して両手を振ってみた。
「ごぶー」
ゴブリンは私に気がつくと、魔物語で仲間を呼び、王族に出くわしたかのように両手をあげて歓声を上げた。
これは私に対する魔物流の敬礼のようなものらしい。
私が仲間内でやってたハイタッチを真似たのだそうだ。
こうしてみるとゴブリンも人を襲わなければ可愛いものだ。もう私のゴブリンに対する苦手意識は薄れつつある。
「この辺りもずいぶん長閑になりましたねえ」
「お嬢様の治世の為せるわざですわ」
「ふん、私だって故郷ならゴキブリに敬礼されるんだから」
エル子が乗ってるのは私達に付いてきたがったからだ。
今日は夏休みを利用してセレストエイムに里帰りするのである。
元々東方遠征から戻ったらその足でセレストエイムに寄ろうと思った私だが、あの事件のせいでお流れとなった。
あの事件とは、もちろんカインおじさんがとち狂って暴走した事件のことだ。
正式には魔王信奉者による暴走とされている。
その顛末は、私達がミサイルゴーレムを阻止したことで一応の決着を見た。
カインおじさんは逮捕され、ステュクス家は以前のように好き勝手出来なくなった。
新体制となったグランドリア王国はほとんど連邦国のようになった。
グランドリアを構成する国々の独立性が高まったのだ。
私を最高機関として全ての国家機関をその下に置く……要は議会も諸侯も同列というわけである。
トップの私が降りてもそのあたりは残った。
今は連邦国に名前を変えようとか首都機能移転しようとか議論が巻き起こってる。
新たなる首都候補はセレストエイムが最有力だったりする。
「トモシビ様がそのまま全部治めたらよかったのに」
エクレアとクロエは私が国のトップから降りたのを残念がった。
気持ちは分からなくもない。
お飾りでも聖少女だ。
カインおじさんの思い通りになるのは癪だが、やろうと思えば政治的権力を持つことだってできたと思う。
というか、まだできるかもしれない。
聖少女認定自体は取り消されてないのである。
「遊べなくなっちゃう」
「子供ねえ」
「エル子とも、遊べなくなる」
「そ……そうね。これで良かったのかもね、うん」
税金の計算すら知らない私が議会に出たところでお昼寝タイムになるのがオチだ。
政治というものは第一に国民の生活を守らなくてはならない。理想で人は食べていけない。
私よりアスラームや王様やアンテノーラがやった方が良いだろう。
結局お飾りになる。それなら自由がある方がいい。
ちなみに軟禁状態だった王様は諸侯とほぼ同等の扱いになった。政治に参加できるようになってむしろ権力は増えたかもしれない。
そんなことを話していると前方に城塞が見えてきた。王都よりは低いが立派な城塞だ。
そろそろ準備をしようか。
魔力を練る。
私の銀色の髪の毛をかき分けて猫耳が飛び出た。
「あら、可愛いお耳」
「式典はまだ先ですよ?」
「フェリスのお父さん達に、会うから」
獣人には獣人モードで接した方がウケがいい。
ちなみに明日開かれる式典でも別の獣人と会うことになる。
何の式典かというと……セレストエイムと東方の国々との国交開始の式典である。
「お父様、お母様」
「と、トモシビ! 何だこの魔物は!」
出迎えたお父様はマンティコアを見て剣を構えている。
大体、初めてマンティコアを見た人はこういう反応をするのだ。
マンティコアは欠伸をしている。
「私のペット。いじめないで」
「いじめられるのは人間の方だぞ」
「あなた、セレストエイムでも魔物を受け入れているでしょう?」
「だがこんな猛獣は……」
「お父様、ちゃんと時代についてこなきゃ、だめ」
私がしたり顔で説教すると、お父様は困惑した様子で私とマンティコアを見比べてため息をついた。
「まあ良い。色々あったが無事で何よりだ」
「うん」
「うむ……背も伸びたか?」
「いいえ、お嬢様は1ミリも変化ございません」
「そ、そうか」
お父様は私の頭をポンポン撫でた。猫耳に触れて少し手を止めると、そこを重点的に撫で始める。
私は猫耳をピクピク動かしてみた。お父様の顔が思わずニヤけた。
お父様は私に似て猫好きなのだ
「そうそうクロエさん、聖火教の寺院も作ったのよ。なんか皆さん必要だっていうから」
「え、ほ、ほんとですか!?」
「セレストエイムは宗教自由よ。これも時代の流れね。あと飛空艇発着場でしょ。迎賓館に、ドラゴン飼育場、お風呂にサウナも作ったわ。あとで入りなさい」
「うん」
セレストエイムは領地が増えて潤ってるらしい。
魔王領もセレストエイム管理だ。
まあそっちは赤字らしいけど。
「とりあえず、入って……エステレア」
「はい、ただ今お茶をお入れします」
「あらあら」
両親はリーダーシップを取る私を眩しそうに目を細めて見つめている。
無理もない。
信じて送り出した娘が一年ちょっとで並ぶもののない救国の聖少女となって帰ってきたのだ。
故郷に錦を飾りすぎである。
私は誇らしげに尻尾をピンと立てて、ちょっと豪華になったお屋敷に帰還したのであった。
お茶を飲んで一息ついた私達は早速街を見て回ることにした。
「なんか雰囲気変わったね〜」
「建物がかなり増えたようですね」
お屋敷の周りからメイン通りまで沢山の真新しい家や商店が立ち並んでいる。
まだ作りかけの部分も多いけど、ここだけ見ると王都と遜色ない。
もう田舎とは言わせない。
前より明らかに人通りが多くなった往来を色んな人が行き交っている。グランドリア人はもちろん、東方風の服装の人、エル子みたいなフードの人、それに牛の頭をした獣人。
……ん?
「オルクス!?」
「フェリスか!それに……!?」
オルクスだ。
彼はフェリスに気が付き、次に私を見て牛そのものの目をまん丸にして絶句した。
「な、なんだ? こんな猫人見たことねえぞ……!」
穴が開くように見てる。
初めて着飾ったアイドルを見た田舎の人みたいだ。というか、そのものかも知れない。
私は尻尾をゆらゆら振ってみた。オルクスは血走った目でそれを追った。
私の口の端が持ち上がった。
フェリスが私の顔を見て何かを察した。
「私の尻尾、すきなの?」
「す……好きです」
「なんで?」
私は自分の尻尾を手に取って前に回すと、彼から良く見えるようにそのもふもふの毛並みに頬擦りした。
「う、美しいからさ! すげえ美しい! 見た瞬間ビビッときた! 現実じゃないみたいだ」
「尻尾触りたい?」
「トモ、猫姫ちゃん……!」
「触……いいのか?」
食いつきがすごい。本当に性欲に正直な牛人である。
焦らすように尻尾の先端を振る。
オルクスの手が伸びる。
「やっぱり、だぁーめ」
「あ……」
私はオルクスから逃げるように身を引くとフェリスに抱きついた。
「もうフェリスに、尻尾触られちゃったから」
「みんな触ってるよトモシビちゃん」
「フェリスは、触りっこしてる」
「嘘だろ……てかまさか、あんたは」
「お嬢様です。控えなさい」
尻尾を絡ませる私達を口を半開きにして凝視するオルクス。
好きだったフェリスを私に取られ、今さっき好きになった私をフェリスに取られ、その二人が目の前でイチャイチャしてるのだから、もう頭の中はメチャクチャだろう。
「なんで見た目で気づかないの?」
「獣人にはヒューマンの顔は分かりにくいんだよ〜」
「獣人って変わってるわね……」
「オルクス、きいて」
私は脳の大事な部分が破壊されたような顔をしているオルクスに呼びかけた。
オルクスに会ったのは偶然だが偶然ではない。
獣人村の方に向かっていたのである。
「獣人の代表、あつめて」
「はぁ……?」
「東方から獣人が来るのです。あなたたちも挨拶せよ、とお嬢様は仰っております」
「東方?」
「みんなで交流するの、わかった?」
オルクスは力無く頷いた。
グランドリアの獣人は数が少ない。東方の獣人と交流すれば、うまくいけば少子化対策できるかもしれない。
私も一応、彼らの領主となった身だ。そういうことは考えていかねばならない。
私のフェリスに横恋慕したオルクスだって不幸になって欲しいわけではない。さっさと結婚相手を見つけて落ち着けばいいのだ。
東方とは今までも貿易をしていた。
しかし国交と呼ぶほどのものはなかった。
遠すぎるからだ。
ヨシュアの家のような貿易商が何ヶ月も命がけの大冒険してようやく辿り着ける異国である。
国交を開くとはとどのつまり、転送機が開通するということだ。
ウガヤフキアエズ国とセレストエイムの間を繋ぐ転移がようやく可能になったのである。
ちなみに王都ではなくセレストエイムに設置したのはあちらの希望だ。
今、その転移を実行すべく迎賓館の一室が光を放っていた。
とんでもない魔力が消費されているのを感じる。
ジェノバ遺跡と同じく部屋を丸ごと同期させるタイプの転送機だ。
やがて、光が収まり、ドアが開いた。
「セレストエイムへようこそ、東方の方々。私はセレストエイム領主、ブライトです」
「おお……温かい歓迎、感謝するぞ」
あっちの代表はタマヨリだ。
エン帝とシン王子もいる。知らないおじさんはたぶん他の国の人だ。
皆で定型文的な挨拶をしてる。
「では、今日はこの迎賓館でごゆるりと」
「お待ちを。我が主に挨拶をしたいのですが」
「主……とは?」
「無論、トモシビ姫です」
ザワっと集まった人々がうるさくなった。
堂々と服従を口にするシン王子の言葉に、お父様は怪訝な顔で私を見る。
私は前に進み出た。
「王子」
「魔王姫……! ああ、貴女と過ごした一夜を夢にまでみた。再び会えた幸運を星に感謝します」
「何だ? どういう関係だトモシビ?」
「大丈夫、ただのペット」
「ぺ……」
お父様は絶句した。
仕方ないのだ。本当のことなんだから。
「猫姫や。久しぶりだな。健勝で何よりだ」
「タマヨリも」
「そこの王子ではないがわらわも夢に見たぞ。そなたのあまあまなでなでが忘れられぬのだ」
「後で、やってあげる」
「トモシビ、一体何をしたのだ……」
お父様は頭を抱えた。
なんか楽しい。
たまには両親を困らせるのも良いものだ。いつもだけど。
よく考えるとタマヨリ達が同盟を結んだのは私であって、お父様ではない。私が主体となってホストをやるべきだろう。
「私も夢に見ましたぞ。トモシビ姫、会えて光栄です」
と、挨拶したのは人の良さそうな知らないおじさんだ。
さらに後ろからかき分けるようにおじさん。
続々と追加されるおじさん。
私、大人気である。
「おお、夢で見た通りですな。魔王姫」
「なんだ、皆あの夢を見たのか」
……?
なんか、変なことを言いはじめた。
「夢って、なに?」
「そなたの夢だ。真っ白な神殿で、魔法の灯火に囲まれて玉座に座っておった」
話を聞くと東方の人達は皆似たような夢を見たらしい。
意味わからないけど不気味だ。
不気味だが……不気味以上のことはない。
「ご飯食べよ。ついてきて」
私はさっさと話題を変えて、変な空気を変えることにした。
グランドリアはヒューマンばかりですが、東方はあんまりヒューマンがいません。
色んな種族がいるようです。
※次回更新は8月10日になります。
※長いのでタイトル修正しました。