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お嬢様は天を支配する



カインは平然としていた。

私がいることに驚くこともなく、総主教が大聖堂で危険な性癖を晒しつつあることにも動じていないようだった。



「あまり虐めないでほしいですな。総主教はただ私にそそのかされただけなのですから」



彼は大聖堂の入り口から、満を侍して現れた主役みたいにこちらに歩いてくる。

アピールするのが楽しいのだろうか。

危険な雰囲気を感じ取ったエステレア達が私の下に集まる。



「そ、それは自白と考えていいんですね? 放送してますよ」

「良いとも」



エクレアの質問に堂々と胸を張る黒幕おじさん。



「元々スパイだったって本当なの?」

「知っての通りですな」



大聖堂の観衆に驚きはない。もはや周知の事実である。

王都住民の現在について私は事前の作戦会議でこんな話を聞いていた。







「王都の住民はおじ様を悪とは思ってないわ」



アンテノーラによると、住民のほとんどはこの状況を受け入れているらしい。

異教徒に対する弾圧に思うところはあるだろうが、私という存在を正教会に招くというのは彼らにとってそれ以上に魅力的だったのだ。



「私だって怪しい聖火教より正教会の方が馴染みがあります。普通の人は大体そうですよ……あ、すみません。悪く言うわけじゃないんですけど」



と、ズケズケ言うのはセレストエイムで会った私のファン、クリスティナである。



「ああ、よく勘違いされるんですよ。入ってみると普通なんですけどね。これ差し上げますので、読んでみてください」



クロエは実に手慣れた様子で鞄から取り出した教典を彼女に渡した。

クリスティナは困惑しながら受け取った。



「ゴーレムも何もしてこねえしな。監視されてるのは気分悪いが」



カインがスパイ出身だろうが何だろうがもはや魔王軍は無く、魔人や魔物の力でグランドリアは繁栄する。

ゴーレムは不気味だがそれだけだ。



「じゃあどうするのトモシビちゃん?」

「屈服させて、ふんであげて、撮影する」

「なんで!?」



私がやりたいだけである。

でも実益も兼ねている。

この戦いはあのおじさん達を権力の座から引き摺り下ろす戦いである。

アンテノーラはよくやったが、暴き方が足りない。

グランドリア国民の前で糾弾し、心を折り、懺悔させるのだ。







「軍を引かせて、おじさん」



私の目の前まで来たカインに話しかける。

とにかくこのおじさんの目的を暴かなくてはならない。通信障害を解除して総主教を崩したら議会に乗り込もうと思ったが手間が省けた。

とりあえず最優先すべきは現在魔王城で起きている戦闘を止める事だ。



「私は囚われてないから、はやく引かせて」

「それはできませんな」



彼は首を振った。

私を保護すると言う名目で出兵したのだから、これで止めないならそれは彼の目的に繋がる事なのだろう。



「カイン、もうやめろ。私ももう……」

「いえまだまだです。トモシビ嬢が真に魔王となるには……まだまだ」



大聖堂の外から爆発音のようなものが轟いた。

昔、一年前、パイルバンカーで地面に穴を開けた時のような音。



「な、なんだ? 何をした?」

「ゴーレムですよ。ゴーレム達に命令を与えました。魔王城を滅ぼせ、とね」

『無意味じゃ。貴様らのゴーレムなどモノの数ではない』



通信機から先生の声がした。



「ですがこのゴーレムは他と違います。ワイバーン以上の速度で特攻し、街を丸ごと吹き飛ばすほどの爆発を引き起こすのです」



……なんだって?

私が連想してのは核ミサイルのようなものだ。

おそらく例のワイバーンからヒントを得て作ったのだろう。

それが、今、発射された?

ゾワっと背筋が総毛立った。



「ドラゴンの心臓を加工した大規模破壊魔導具です。これもトモシビ嬢が我が国もたらした恩恵の一つという」

「とめて」

「停止はできません。ヒヒイロカネで……」

「つかまって!」



ダメだ。

構ってる暇はない。飛んで追いかける。

私は言うが早いか、4人と共に飛び上がった。

観衆の声援とも悲鳴ともつかない声が聞こえる。

大聖堂の天辺のステンドグラスをレーヴァテインで溶解させると、夕焼け色の空が見えた。

ゴーレムは……。



「あっち!」



フェリスの差した空には蟻みたいな点がいくつもあった。

あれか。一体じゃない。

さっきの今であそこまで行ったらしい。かなり早い

スカイドライブは飛空艇に置いてきた。自力で追いつけるだろうか?

……いや、私はドラゴンにすら追いついた。ゴーレムくらいどうにでもなる。

ブースター、リミッター解除。

体が縮みそうなGが体を押さえつける。

スライムの魔力供給を受けて、私達は赤い空を疾走した。







数十分経っただろうか。

ゴーレムはもう目の前に飛んでいる。

ワイバーンみたいな形をしたゴーレムは、私たちに脇目も降らず飛び続ける。

私達はその一つに着地した。

どれがドラゴンの心臓を積んでいるやつなんだろう? 全部だろうか?

シーカーでゴーレムを観察する。

シーカーは元々魔導具の回路を調べるためのものだ。これがあればゴーレムの中身まで丸見えになる。

ゴーレムの中に卵みたいに丸い物体が見える。膨大な魔力の塊だ。これがたぶんそうだ。

ここを避けて推進装置を破壊すれば良い。

ゴーレムは10体、5人で手分けすれば間に合う。



「やつは正しい」



男の声がした。暗くなり始めた夕焼け空に違和感が混ざる。

もはやお馴染みになった夢の中にいるような独特の感覚。

彼は私達の乗るゴーレムの後ろからゆっくり歩くように現れた。



「英雄には悲劇も必要らしいぞ」



いつも間が悪いロリコンおじさんが、とびきり悪いタイミングで現れた。







風に靡く銀髪は先端が赤く、その隙間からさらに鮮やかな真紅に光る両眼が覗く。

美形である。

なんか私っぽい。

でも違う。男性だ。



「手分けして、こわそ」



私は無視する事にした。

おじさんに構っている暇はない。

彼から目を離し、再びゴーレムに向ける。



「……?」



魔力が見えない。シーカーがない。

不意に髪の毛が顔にかかった。

風が吹き込んできたのだ。

風圧シールドが消えている。

フワリと体が浮いた。



「お嬢様!」



腕を掴まれて引っ張られる。

ゴーレムにしがみついた4人が私を掴んで引き戻したのだ。

上空の凍てつく冷気が体を叩く。



「お嬢様、魔術が……」



加速するゴーレムに必死にしがみつきながら魔法陣を描く、魔力が赤い軌跡を描く側から消えて行く。

……ダメだ。

魔法陣が描けない。魔力が空間に残らない。

″窓″すら開けない。



「ここでは魔術は使えない。知っているだろう?」



声が響く。皆は反応しない。

私にしか聞こえないのだろうか。

そうだ。最初におじさんが現れた時、私は魔術を使えなくてピンチに陥っていたのだ。



「……」

「出られないだろう? 今回は俺がこちらに来たからな」



いつものように夢から覚める事もできない。

世界に世界を上書きした。そんな感じだろうか。よく分からないけど。



「命を選べ。魔王城の者達を諦めればその4人は助かる。ゴーレムから飛び降りればいいんだ」



おじさんがやけに優しい声で囁く。

捨てろというのか。

アナスタシアとか先生とかアスラームとかグレンとか、私の築いてきた繋がりを。



「……やだ、絶対やだ」

「トモシビちゃん……?」

「ならどうする?」



私には炎がある。なんでも焼き尽くす魔王の炎だ。

尻尾を持ち上げる。

風を受けてパタパタはためく尻尾はもはや私の一部だ。手足のように使える。

ちょっと力を込めるだけで封印だって解ける。私はそれを知っている。



「そうだ。本気を出してみろ。お前に流れ込む魔力を思いっきり吐き出せ」



おじさんの言葉が頭に響く。まるで私の心の声みたいに。

そうだ。私の力を見せてやる。

ドラゴンを撃ち落とした時みたいに。

山のような魔神を消滅させた時みたいに。

マグマのような破壊衝動が湧き上がってくる。握りしめた手は燃える心臓を掴む手だ。

全部焼き尽くして全部救う。

この魔王の力で……。



『奥の手がある、そんな顔ね』



……奥の手?

エル子の勝ち気な声が私の内側に響いた。

これが私の奥の手?

そうだっただろうか。



『お嬢様は上り続けるのです。魔王などで止まったりはしません』



違う。

そうじゃない。

私は止まらない。いつだって昨日より一歩先へ。

そうしなきゃ理想に近づけない。

こんなおじさん……魔王なんかで立ち止まったりはしない。


私の後頭部に旗めく艶やかな銀髪に火が灯った。







風が止んだ。

風圧シールドを貼り直したのだ。



「お嬢様……?」



絹織物のような髪の毛が背中に流れる。

赤い炎がその髪の上を滑るように動き、図形を描いて行く。



「トモシビ様の髪の毛に魔法陣が……」

「トモシビちゃんの髪の毛すごいね!」



エル子の結界と全く同じだ。

魔導具は使用できる。

私の髪の毛は魔力を通す魔力器官だ。

それは魔導具の回路と同じ。

こうして髪の毛に魔法陣を描けば魔術を使える。

左右と真ん中に別々の魔法陣。

ピアノの達人みたいに淀みなく描ける。

周囲の空間から違和感が消えていく。失った色を取り戻すように。

異空間シフトだ。

エル子に教えてもらった魔導回路をトレースしたのである。



「髪の毛……伊達に女やってないってことか」

「トモシビ様!なんかいます!」



ロリコンおじさん……魔王の周囲に赤い″窓″が浮かんだ。

その″窓″を指差してクロエが叫ぶ。

私の周りにその倍以上の数の″窓″が浮かぶ。



「スライム!」

「御意」



スライムの魔力が流れ込む。

魔王の放った衝撃波が私の障壁に当たって消えた。

私の横凪のレーヴァテインを魔王が避ける。

爆弾タイプの魔術を爆弾で迎撃。二人の中間の空間が弾けた。

魔王の電撃をボール型の障壁で押さえ込む。



「な、何これ? ゴーレム?」



現れては消えて行く2人の″窓″。

魔術の速度が早い。

ほぼ互角と見える。

集中している私を再び違和感が襲った。



「同調完了だ。解析させてもらった。もうお前の力は通じない」



″窓″の動きが止まる。

支配の魔力が魔王から迸る。

先生のそれより、かつての私のそれよりも、はるかに強力な力。

それが私に殺到した。

入ってくる。

口の中、お腹の中、頭の中に。

あの時と同じだ。

一度に大量の魔封器を割った時と。

ならば……問題ない。


同調し、支配する。



「……なんだと?」

「解析、してあげた」



一度やった攻撃が私に通じるものか。

所詮はこの尻尾と同質の魔力だ。散々操作してきた。もう慣れた。



「愚かな。一度お嬢様に触れたくらいで何を勘違いしているのやら」

「なっ」

「エステレア……?」

「後悔しなさい! 魔王風情がお嬢様に楯突いたことを!」



見えてるのだろうか……?

いや今はいい。

私の″窓″が再び演算を開始し……終了した。



「おじさんが私に……勝てるわけない……でしょ?」



私を周囲の夜空に紅い花が咲いた。

続け様に11。

座標指定のピンポイントで放たれたエクスプロージョンがゴーレムの推進装置と魔王を包み込んだ。



すごく綺麗な髪の毛って隙間なく流れるような感じですよね。トモシビちゃんの髪の毛もそんな感じです。

触りたいですね。


※次回更新は7月26日になります。

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