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反逆のミスティリオン

※三人称視点になります。

※7月13日、誤字修正文章校正。



「世の理は失われし神の御業の残り香、その見えざる恩寵を人に見える形で為すのが聖人とされる」



大聖堂に良く通る声が響く。

総主教によるミサの言葉だ。

正教会において、聖人は神の奇跡の代行者のようなもの位置付けられている。

神の奇跡とは生命が生きてることや魔法法則や物理法則の全てを指す。

人や世界の運命を紡ぐのもまた神の御業とされる。



「今日、このグランドリアは南の大陸を下し、魔王領との火種を吹き消し、東方の国々をも従える事となった。聖少女トモシビ・セレストエイちゃんによって齎されたものだ」



総主教は言葉を止めて、信者を見渡した。信者たちは神妙に聞いている。

総主教の頭には王冠のように宝石の散りばめられた冠が被せられている。

この冠こそが、グランドリアの魔力を乱し、通信を滅茶苦茶に妨害するジャミング魔導具だった。

開発はレメディオスと魔導院。

高価な宝石と地脈を惜しげもなく使用する事で広範囲の通信妨害を可能としたのである。



「私はここに聖少女による千年王国を宣言する。産めよ増えよ地に満ちて地を従わせよ。グランドリアは地上を統べ、救済の光で世をあまねく照らす使命を与えられた」



総主教は両手を広げ、ライトで背後にかけられているトモシビの肖像画を照らした。

東方遠征前にコスプレ撮影会をしたときの物だ。



「今ここにトモシビちゃんはいない。だが心配はない。すぐにまた元気な姿を見せてくれるはずだ」

「懺悔します!」



最前列の信者がいきなり立ち上がって、罪を告白し始める。



「わ、私は……聖少女に劣情を催してしまい……! 何度も……」



それを片手を上げて制する総主教。



「勇気ある告白者よ。あなたの罪は許された。人は全て罪人である。罪には許しを、闇には灯火を」

「は……はい」



総主教は『お嬢様聖水』と書かれたボトルを手に取って祈りの仕草を行った後、告白者の額に振りかけた。

透明な液体が点々と額を濡らす。

白ワインである。

『お嬢様聖水』はゴールドマン商会で売られている商品であり、トモシビが足で踏んで作ったという触れ込みのせいで相当な高値で販売されている。

額にワインを垂らされた告白者はそれを手で拭うとぺろりと舐めた。

さらにその隣から手が上がった。



「懺悔します」

「言ってみなさい」

「私は、他人を欲情させるのが、好きです」

「……よろしい。勇気ある告白者よ。あなたの罪は許された」



フードを被った告白者は、さらに高い声で続けた。



「あと……ロリコンおじさんをペットにしたり、えらい人に反抗したり、強い人を屈服させるのも、好き」

「……なに?」



総主教がフードの告白者を見つめた。

どこかで聞いた声……いや、この幼い声を聞き間違うわけがない、しかし……。

隣にいるロリコン告白おじさんが一歩引いた。

小さな告白者が目深に被っていたフードを上げる。

パサリと銀髪が落ちた。その髪は先端だけが赤い。



「おお……! トモシビちゃんか!」



総主教は今の立場も忘れて喜色満面となった。

その瞬間、総主教の頭から冠が弾け飛んだ。







魔王城では既に戦争が始まっていた。

グランドリア最強のセレストエイム軍ですらドラゴン相手には遅れをとる。

ましてや魔王城に集まった人魔混合の勢力では、王都の寄せ集めが敵うはずもない。

とはいえ、こちらは手加減しながらの戦いだ。

トモシビの意向によって人を殺すのは禁じられているらしい。

遠慮なく殺すよう命令したが断られた。

完全にヤコよりトモシビの方を優先している。

ヤコとしては歯痒い限りだが、ここにいる者達はトモシビに従うという一点で集まっているのでどうしようもない。

ちなみに、その総大将は突然いなくなってそのままだ。連絡もつかない。

もう痛し痒しである。



「のう、メスイヌ」

「……」



カサンドラはプイと顔を背けた。



「おい」

「……」

「カサンドラよ」

「何か?」



ようやく口を聞いた。

淑女のような見た目で妙に子供っぽい。

彼女はトモシビ以外からメスイヌ呼ばわりされるのを嫌がるのだ。

それを知りながら呼び続けるヤコの方にこそ問題があるのだが、ヤコとしては彼女の嫌がることは積極的にしていきたいと思っている。

何しろ1000年の怨敵だ。あんな目に合わされてあっさり部下にするトモシビの方がおかしいとヤコは思っている。



「ドラゴンに相手を殺さぬよう、しかと命令したのか?」

「しましたが」

「遠慮なくぶち殺しとるように見えるぞ」

「あれはゴーレムよ」



エルフのディラが代わりに答えた。

ドラゴンに薙ぎ払われ、バラバラに四散する物体。


なるほど視力を強化して見ればゴーレムのように見える。トモシビ命名のきなこもちとは違って人型の小さなゴーレムだ。

ディラにはすぐに分かったらしい。

おそらくアルグレオのゴーレムなのだろう。


セレストブルーのハリネズミのような細かい砲撃が地上に降り注ぎ、軍を薙ぎ払う。

この程度では王都の正規軍は死なないと判断したのだろう。

正規軍だけあって、平均的に子供で構成された魔法戦クラスやトモシビの騎士団よりは強力だ。

その子供たちは防戦に努めており、前線ではバルカ家と飛空艇、そしてドラゴンが暴れ回る。

戦況はこう着状態と言えるが、このままなら負けることはないと思われた。

問題はトモシビだ。



(どうせ王都に向かったんじゃろうな……)



玉座のアーティファクトを利用したのはすぐに分かった。

本来はそういう使い方をするものではないのだが、確かにやろうと思えば移動にも使える。

トモシビが自分の言葉を完全無視して行ってしまったのは教師としてちょっと凹んでいる。

一度説教してやらねばならないとは思うが、トモシビのやり方で上手く行ったりするので強くも言えない。


セレストブルーのブリッジでそんな事を考えながら戦場を眺めていると端末が鳴った。



『……私、トモシビ。通信妨害、かいじょした』

「トモシビ!?」

「トモシビか! 王都にいるのか!?」

『通信、ひらいてて』



トモシビは一方的にそう告げた。

誰かを相手にしているのかもしれない。

ブリッジにいる一同は通信機からの会話に聞き耳を立てた。







「すごい! 当たった!」



クリスティナは大聖堂の脇でその様子を見ていた。

彼女の隣で銃を構えているのは元暗殺者を自称する謎の女性だ。

元々はアルグレオの出身だったそうだが、色々あって今はゴールドマン商会の傭兵兼『お嬢様を屈服させる会』の密偵をしているらしい。



「アサシンならこのくらいはね」



魔法で弾丸を打ち出すような機構はアルグレオにも存在している。

むしろ銃が完全に廃れたグランドリアとは違って、アルグレオではゴーレム搭載用のものがまだ現役だったりする。


暗殺者の手によって吹っ飛んだ冠を見届けると、二人の後ろにいるアイナが指示を飛ばした。



「よし! クリス!カメラだ!」

「はい!先輩!」



クリスティナが魔力を込めると目玉のついたカメラがフワリと浮いた。

暗殺者は、ほう、と小さな感嘆の声を漏らした。

クリスティナはセンスがあった。

このカメラを自在に動かした者は多くはない。

残念ながら魔法学園の入学試験には落ちてしまったと言うが、アルグレオにいたらゴーレムマスターになれただろう。


クリスティナはトモシビのファンだ。

トモシビに憧れて上京したクリスティナがまず真っ先に思い出したのが、同じく勢いで上京したアイナという近所の女の子である。

引きこもりニートからあのゴールドマン商会の王都店に就職したという成功者。

その噂を聞きつけ、ショップに足を運んだクリスティナにアイナはこう言った。



「よし!採用だ! 明日から来いよ!」



彼女に人事権は一切ないはずだが、店長のヨシュアは身元証明書の代わりにトモシビのサインを持参したクリスティナを断りきれず、そのまま就職が決まってしまった。

そしてその次の日、勇足でショップに足を運んだクリスティナに任された仕事はトモシビのファンクラブに転がり込んできた我儘お嬢様、アンテノーラの世話係だった。



「よし良いぞ、そこだ! 後は流れで頼む!」

「先輩、下すぎないですか?」

「ここからならトモシビが踏んだ時にまるで自分が踏まれてるみたいに擬似体験できるんだ」

「な、なるほど!」



ともあれ、そうしてアイナやヨシュア、冒険者ベクレルと共に聖火教を助けたりアンテノーラの食事を運んだりしながら、自分が何でこんなことをしているのか分からなくなった頃、トモシビが帰還した。

トモシビはクリスティナの事を覚えていた。

ほぼ一般人の彼女にとある任務を与えたのである。

トモシビの撮影係だ。

そんなわけで今のクリスティナは人一倍気合が入っていた。







「……もしかしておじさんに怒ってるのかな?」



弾き飛ばされた冠は完全に破壊されている。最後にあるそれを確認して、前に向き直った総主教は恐る恐るトモシビに尋ねた。

ミサに集まった人々は静まりかえっている。



「おじさん……おじさんも特別に、懺悔、させてあげる」

「懺悔……私は総主教だよ?」

「でも私の前では、ただのロリコンおじさん」

「ロリコンじゃ……」

「ふーん」



トモシビは台の上に置かれた『お嬢様聖水』を手に取り、総主教に正対した。



「おじさん、いいの?」

「何が、かな?」

「私が罪を、ゆるしてあげる」

「……」

「チャンスは、一回だけ。今、やらなきゃ、全部おしまい」

「おし…………」

「全部吐き出したら……気持ちよく、してあげる」



トモシビは口の端を釣り上げて妖しく笑った。

総主教は焦燥したかのように何度も躊躇い、やがてゆっくりとトモシビに向かって膝をついた。

信者は互いに視線を交わし、驚きの言葉を口にし始めた。



「わ、私は……罪を犯した」

「きこえなーい」

「私は罪を犯した! アンテノーラ嬢の告発は全て事実だ! トモシビちゃんを手に入れたい一心で……!」

「手に入れたいの?」

「私は……」



まさしく懺悔そのものの姿勢で床に膝をつく総主教。

トモシビは彼を見下ろす。

制服のスカートから覗く白く滑らかな太ももが丁度彼の目の位置にくる。



「あと、劣情も、もよおしちゃった……ね?」

「ッ……」



トモシビは彼の頭に『お嬢様聖水』を振りかけた。



「大丈夫、おじさんは……ただきもちわるいだけ。ゆるしてあげる」

「トモシビちゃん……!」

「おじさん、お酒くさい」



自ら振り掛けたアルコールの臭いを理由に、縋りつこうとする総主教をスルリと躱すトモシビ。

カメラが倒れ込む総主教をアップで映す。

トモシビは彼に足を差し出し、その足で頭を撫でた。

カメラの目玉がトモシビの足先、ふくらはぎ、太腿と舐めるように動いた。

クリスティナの操作は正確を極めていた。


再び静まり返った大聖堂にパンパンと拍手のような音が鳴った。



「そこまで、そこまでだ」



大聖堂の裏口、聖職者専用ドアから一人の男が姿を表した。



ミスティリオンってミステリーの語源らしいですね。

知らない言葉ってカッコいい!


※次回更新は7月20日になります。

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