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聖少女は物理ヒールを使った

※三人称視点になります

※7月6日文章校正しました。



「トモシビ……!」



アンテノーラは両手を広げてトモシビに駆け寄った。

友人、擬似的な姉と妹、あるいぺットと主人、関係性は色々あるがどれでもいい。感動の再会シーンだ。

抱き合ってクルクルと回ったり、涙したり、キスしたりしなければならない。

しかしそれは叶わなかった。

メイドが二人の間に立って拒んだからだ。



「な、なによ。退きなさい」

「お嬢様はお触り禁止です」



睨まれてアンテノーラは怯んだ。

いつもならもっと強く行く所だが、今は立場が弱い。

なぜなら王都を混乱に陥れた責任は自分にあるからだ。誰が責めなくとも自分自身が責任を感じている。

ステュクス家と正教会の陰謀を暴き出し、全てを白日の下に晒したのはアンテノーラだ。

あまりにも大々的に暴いたので結果として色んな人達が暴走してこんなことになった。

悪いことをしたわけではない。

ただもっと上手いやり方があったのかもしれないと思う。



「アンテノーラ、はい」



ポンと、トモシビの頭から猫耳が飛び出した。

アンテノーラの表情に疑問符が浮かび上がる。



「撫でていいよ」

「……?」



トモシビの尻尾がゆっくりと振られている。

なんだろう?

アンテノーラは言われるがままに頭に手を伸ばし、髪の毛と同じ色合いの柔毛に包まれた耳を触った。

猫耳がクリクリと動いた。

可愛い。まるで本物のように見える。

いつもより数段猫っぽい。

その愛らしい耳から頭にかけてゆっくり撫でる。

この手触り。

手触りが……とても癒される。



「おちついた?」

「え? そうね……」



たしかにリラックスした。こんな状況だというのに心に平穏が齎された。

ちなみに、トモシビしてみればご褒美をあげたつもりだった。タマヨリにも使ったやり方だ。

トモシビにとって猫耳は価値のあるものなので、実はかなり奮発したつもりのご褒美だった。



「知っての通りその嬢ちゃんは情報通だ。作戦会議でもするといいぜ。欲しいものがあれば言えよ。ゴールドマン商会で買ってくる」

「口悪いけど気がきくわね」

「だからおじさんの友達、私だけ」

「お前も悪いメスガキじゃねえが、口がなあ」



頭髪の薄い冒険者が罵倒されて満更でもない顔をしている。

アンテノーラはこのような底辺の愚民にすら優しいトモシビに満足したのであった。







レメディオスは魔導院にある自らの研究室でため息をついた。

なんとなく気が乗らない。つまらない。やる気が出ない。気分が落ち込んでいる。

心が渇く。

この形容しにくい欲求不満の原因は分かっている。



「はぁ、癒されたい……」



アルグレオから連れてきた奴隷の子供に甘えてナデナデしてもらう、それがレメディオスの癒しだ。

それをもう何週間もしていない。

研究は楽しい。しかしそればかりでは生活に潤いがない。


プロメンテ村にあった古代のゴーレムを解析し、量産化の目処を立てたのは彼女である。

彼女のいたアルグレオではあのような自律型のゴーレムは存在しなかった。

ゴーレムはあくまでゴーレムマスターの魔導具であり、生き物のように自分で判断して動くものではなかった。

しかし、この自律型ゴーレムはその名の通り自律行動する。命令すれば訓練された兵士のように命令を遂行する。

これがあればもう人間の兵隊などいらない……と思っていたが、実はそうでもなかった。



「レメディオス女史、やっぱりゴーレムは治りそうにないですか?」

「ええ……ジャミングを消さない限り無理でしょう」



どうもこのゴーレムは通信機能が重要らしい。

通信妨害を起動してからは新しい命令を受け付けず、新しい動作も実行しなくなった。

できることと言えば、同じ場所に留まって聖火教徒を見つけるだけだ。

今のところそれでも十分ではある。

ただトモシビ・セレストエイムは何をするか分からない相手だ。

レメディオスとしては少し何かトモシビ対策をすべきだと思うのだが、議会は魔導院に何かを頼む様子はない。

レメディオスとしてもグランドリアがどうなろうと知ったことではない。

主任のスミスのようにボイコットもしない。

トモシビの嫌がる顔は見たい。あの可愛らしい無表情は妙に彼女の加虐心を煽る。



(虫でもけしかけてみましょうか)



彼女が保有する虫を軍に提供してはどうだろう?

トモシビはきっと嫌がるはずだ。

前みたいに逃げ惑うかもしれない。

ちょっとやる気が出てきた。

レメディオスは飲み物を取りに行くため席をたった。

そして歪んだ笑みを浮かべながらドアを開く。

人がいる。

数人の少女だ。



「あ、使者の人」

「トモシビ・セレストエイム!?」



たった今、想像の中で虐めていた少女が立っていた。








レメディオスは思わず飛びのいた。

ドン、と背中がぶつかった。

後ろに誰かいる。

そんな馬鹿な。さっきまでいた部屋の中なのに。



「動かないで」



横目で見ると、赤い髪の少女が刃を首元に突きつけていた。

トモシビに気を取られた一瞬で回り込んだというのか。

中々できる。いや中々どころではない。

この歳にして訓練された暗殺者のような動きだ。



「ふむ」

「何がふむですか。裏切り者のくせに」

「裏切ってなどいません。ちゃんと研究成果はちゃんとグランドリアに渡しておりますので」



レメディオスは何も変わっていない。変わったのはグランドリアという国家の方だ。

レメディオスが余裕なのは、殺されるはずがないと踏んでいるからである。



「通信妨害、どこ?」

「んー……」

「刺すわよ」

「やってみなさい」



脅しても無駄だ。

生徒の情報は全て覚えている。

例えばこのエクレアの家は孤児院だ。

無力な子供達などレメディオスの肉食虫にかかればどうにでもなる。

誰にだって大事なものはある。それを使って脅せば逆らえるものなどいない。

レメディオスは歪んだ笑みを浮かべて、彼女らに立場を分からせようとした。



「教えて。早くしないと……エル子が、しんじゃうかも」

「な……何ですって? なんて卑劣な!」

「トモシビちゃん、たぶん何か誤解されてるよ」



レメディオスは逆に分からされた。

トモシビは魔王城に残してきたディラ達を心配しただけだったが、レメディオスは観念した。

誰にでも大事なものはある。

ディラのことは小さい頃から知っている。

手がかかるが数少ない家族だ。



「……分かりました。協力しましょう」

「最初からそう言えば、お嬢様の口を煩わせずに済んだものを」

「ただ……」



レメディオスはトモシビを見つめた。

幼くてあどけない顔をしている。

……この子で試してみるのもいいか。

レメディオスはちょっとした好奇心で切り出した。



「トモシビ・セレストエイム、ちょっと頼みがあります」






レメディオスの頭に小さな手が触れる。

思い切って顔を埋めてみた彼女の胸元は平らなわりに柔らかい。

甘い香りがする。

トモシビはレメディオスの少々傷んだ髪の毛を手櫛で梳きながら、美容師みたいに尋ねた。



「研究、たいへん?」

「え、ええ……」

「おつかれさま……ごほうびに、ぎゅーって、してあげる」



彼女の腕の中に包み込まれる。

なんだかはるか昔母親に抱かれたときの事を思い出す。

これではどっちが子供だか分からない。



「あったかい、でしょ」

「そう……ですね」

「もっと、力ぬいて……なでなで、してあげる」



ウィスパーボイスの振動が耳から浸透して、脳を甘い痺れで満たしていく。

上手い。

今までやってもらった誰よりもトモシビは上手かった。



「なで、なで……」

「ふぅ……」

「肩も、なでなでしてあげる」



じんわり温かい手がレメディオスの肩を抱いた。

それだけでレメディオスの眠気が何段階か上がった。

心地良さが体をリラックスさせ、強制的にシャットダウンさせようとしている。

肩を愛撫する手は全く力が入っていないのにどんなマッサージ師より心地よ良い。



(これは……クセになりそうです)


「ねむたい?」

「ええ……」

「寝ちゃっても……いいよ?」

「お嬢様、もうそのあたりで」



メイドの硬質な声が飛んだ。

余計なことを。

レメディオスはこのメイドに殺意を抱いた。



「じゃ、仕上げ……こしょこしょ」

「ん、んん……」

「こしょこしょこしょ……ふぅー」

「!?」



息が耳朶を叩き、ゴソゴソと鳴った。

ビクッとして眠気が覚めてしまう。

エルフの耳は敏感なのだ。



「おしまい」

「…………」



レメディオスは放心した。

おしまい……終わり? これで?

物足りない。

ディラに王都軍が迫っていることは分かっている。しかし……。



「ちゃんと協力したら、またやってあげる」

「……本当ですね?」

「うん。もっと、もーっとすごいから……楽しみにしてて」



耳元に吐息混じりの声がかけられて、背筋がゾクゾクと疼いた。

これは、思った以上……。

というか想像の埒外だ。

トモシビ・セレストエイムがここまでとは。

一発で完全に骨抜きにされてしまった。

レメディオスは危険なポーションにでも手を出したような気分で、やけにツヤツヤしている髪をかき上げた。







それは突然起こった。

王都全域でまったく同時にゴーレムが停止したのである。

人々は訝しんだが、気味悪い人形の監視の目がなくなったことに気付くと次々と外へ出てきた。

そして広場にあるモニターを見て気付いた。

モニターが復活している。

映っているのはもはや誰よりも有名になった少女だった。



聞くだけで眠くなるタイプの声ってありますよね。

囁く感じの声がやっぱり一番効きます。

トモシビちゃんはエステレアさんにそういうのやられまくってるからやる方も巧みです。


※次回更新は7月13日になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] トモシビちゃんはアレですね。数学の教師とかなっちゃダメなタイプ。 授業時間まるっと居眠りできちゃう自信あります。
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