お嬢様は潜入ミッションがお好き
※6月29日、誤字修正文章校正しました。
特定の魔力をトリガーとした転送機だろうか。
プロメンテ村にあった椅子と同じものだ。
おそらく古代の椅子型魔導具みたいなのを魔王の玉座として流用したのだろう。
「ど、どうなってるんですか? 転移……?」
「お嬢様、ここは……」
「星の、おへそ」
「聖火祭でトモシビ様が行ったっていう?」
プレメンテ村の顛末は皆も知っている。
私は椅子から立ち上がり、背後を振り返った。
正方形の穴が空いている。
通路だ。
前の時と同じだ。
「こっち」
真っ白な通路を歩く。
一体ここはどこなのか? 誰がこんな場所作ったのか?
よく分からないけど魔王が作ったわけではないと思う。
そんな気がする。
「トモシビちゃん、どうするの?」
「おじさんを直接、お仕置きしてあげる」
お仕置きで済めば良いんだけど。
でも先生の選択肢はどちらも気が進まない。
全面戦争は避けたい。しかし投降もよろしくない。
私には大事な人が大勢いるので人質とか取られたら従うしかなくなる。
戦いは相手の意表を突くことが肝要だ。
遠征中だった私の居場所は知られていた。
生身の私自身を探知するような技術は考えにくい。
心当たりがあるとしたらハンニバルの連れてきたというジュディか……もしくはセレストブルーだ。
あれは魔力補充のために天脈と繋がる必要がある。何か発信機のようなものを仕掛けるのは簡単だ。
ともかく彼らが私を魔王城にいると思ってるなら、それを逆手に取って王都に潜入してやることで隙を突けると思うのだ。
私はマップを開いてみた。
私が歩いているのは一本道の通路だ。その先には円形の中心部がある。
そして中心部を挟んでほぼ反対側に別の通路が表示されているのが見える。
思った通りだ。
以前通った通路が記録されている。
ここは中心に行くと変なアナウンスが流れるので壁沿いに歩く。
そして以前通った通路をさらに進むと、また椅子があった。
前は気づかなかったけど、これが転送機なら普通に考えて逆も可能だろう。
つまりここからプロメンテ村に行けるはずだ。
「つかまって」
全員が捕まったのを確認して聖炎を使う。
転移が起こった。
次の瞬間、私達はどこかの部屋の中にいた。
このちょっと古めかしい作りの家はプロメンテ村の長老宅だ。
例の椅子はお祭りの時以外はここに仕舞われているらしい。
外に出ると村は静まり返っていた。
どうやら人はいないらしい。
ここからなら王都には近い、頑張ればなんとか歩いていけるだろう。
私たちはお祭りの時とは打って変わって廃墟のようになった村を後にしたのであった。
「トモシビちゃんトモシビちゃん」
「……ん、猫耳、たべる」
「何でいつも食べてる夢見るのトモシビちゃん」
左右に揺さぶられて私は目を覚ました。
歩き疲れてフェリスにおんぶしてもらったのだが、どうやら寝てしまったらしい。
「お嬢様、着きました。本当にゴーレムがおります」
王都の入り口には門番のようにゴーレムが立っている。
丸いユニットを組み合わせた感じのゴーレムだ。
プロメンテ村にあったやつと同型機。おそらくきなこもちのボディを元に開発したのだろう。
量産型きなこもちだ。
「透明になって侵入する?」
「まって、魔力も遮断する」
イカクラゲの皮を被り、その上から透明な″窓″を作って繭のように全員を覆い隠す。
この″窓″は日除けの応用だ。私達から無意識に発せられる魔力を変換したり遮断したりすることができる。
きなこもちは高性能な魔力感知能力がある。同タイプならそれを備えてる可能性が高い。
用心するに越したことはない。
大門に並んでいる一般人がゴーレムの前を通過する瞬間を狙って、私達もくぐり抜ける。
赤色の剣呑な光を放つゴーレムの目が私達と一般人の塊を追うように動き……スルーして次に並ぶ人を見た。
成功だ。
見えないのに息ピッタリなのはさすが私のチームといったところだ。
ちなみに私はフェリスにおんぶされてるだけである。
街にはそこかしこに小型のゴーレムがうろついている。
住人を監視してるらしい。
本当にディストピアみたいだ。
「思った以上にゴーレムが多いですね」
「このままお城行くのは大変かもね」
私達はゴーレムの来ない路地裏でひそひそと作戦会議を始めた。
「そもそも目標がお城にいるとも限りません」
「まず通信妨害、けしたい」
あちらの様子も気になる。
何しろ軍が向かっているらしいのだ。
グランドリアに来てから何度か通信を試みたがうんとどすんとも言わない。
これが通信妨害なのだろう。
勢いに任せて魔王城からここまで来てしまったのは反省すべきかもしれない。
飛空艇2隻にバルカ軍、魔法戦クラス、私の騎士団、それにドラゴン4匹がいるのだからどうにでもなりそうだが、予想外の事態は起こるものである。
「ん?」
路地裏の入り口あたりから声がした。男の声だ。
……見つかった?
「メスガキ……か?」
聞き覚えのある声に、私は恐る恐る振り向いた。
透明な板を構えた冒険者のおじさんが立っていた。
「……」
「おいおい、メスガキ様って言わなきゃダメか? ったく、あのメスガキが聖少女だなんて世も末だぜ」
「……」
「なあメスガキ? どう見ても聖職者を堕落させる小悪魔の方だよな?」
「……」
なんでこっちが黙り込んでるのにハイテンションで喋りかけてくるのだろう?
はっきり言って目立つ。不審に思われたらまずい。
事情を察してほしい。
「やっぱ世の中見た目だよなあ。メスガキがメスガキしてるだけで国がこのザマだぜ。すげえよメスガキは」
「……おじさん、うるさい」
私が見えない顔を近づけて囁くとおじさんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「やっぱりメスガキじゃねえか。シルエットと匂いで分かったぜ」
「エクレア、気絶させて」
「わかったわ」
「まて、大丈夫だ。このゴーレムどもはいちいち喋ってる内容なんか聞いちゃいねえ。ま、ついて来な」
後ろを向いて歩き出すおじさん。
その足取りは軽い。もしかしてさっきのは久しぶりに私に会えてテンションが上がってしまったのか。
私達はイカクラゲの皮を被ったままその後をつけていく。
たしかに、言われてみるとさっきからずっとゴーレムは素通りしてる。
見た目は量産型きなこもちなのに、思ったよりポンコツなのか。
「だからこそこうやって冒険者に異教徒狩りの任務が来るわけだ」
「なんて酷い事を……トモシビ様を信仰する気持ちは同じはずです」
「俺はメスガキを信仰なんかしてねえぞ」
「てかゴーレム詳しいの? なんか意外だわ……」
「ああ、そういや。忘れてたぜ」
そう言っておじさんは懐からクシャクシャになった紙を取り出した。
「お前依頼出しただろ」
「依頼……?」
「メスガキを狙うやつを調査しろって依頼だよ」
「お嬢様、去年アルグレオの使者が来たときに出したものですわ」
そういえば……そんなもの出した気がする。
状況が動きすぎて忘れてた。
あの依頼、おじさんが受けてたのか。
「狙う人、いたの?」
「いた。ってか、いすぎた」
アルグレオのスパイらしき者、ステュクス家やバルカ家、それに一部のクラスメイトまで。
彼らは互いに存在を認識し、時には牽制し合い、時には協力しあったりして活動を繰り広げていたそうだ。
そんな話をしながら、おじさんはなんの変哲もない民家に足を止めた。
最新式の魔導錠を開けると、廊下の中央あたりの壁に向い……そこをスルリと壁抜けした。
この壁は偽物らしい。見せかけだけだ。
水面から顔を出すような感じで壁を抜けると下り階段があった。
おじさんはそこを降りながらまた口を開いた。
「さて……そんな中、俺はあるアンダーグラウンドの組織に接触した。お前の守護を目的としたでかい組織だった」
「何それ、初めて聞いたわ」
いつのまにそんな秘密結社ができてしまったのだろう。
もちろん守ってもらった覚えは全然ない。私は首を捻るばかりだ。
「ま、そいつらのおかげでちょっとしたコネができた。ゴーレムの情報もそれで知った。今から行くのはそのアジトだ」
階段の先はそのまま地下室になっているようだ。
ドアを開く。
室内にはソファがあった。
誰かが寝そべって雑誌を見てる。
見覚えのある長くてサラサラした黒髪。そのキューティクルが光を反射している。
彼女がこちらも見ずに叫ぶ。
「このハゲ! ノックしなさいよ!」
「……アンテノーラ」
「あ……トモシビ……!?」
彼女……アンテノーラは私に気づくと目を見開き、反動をつけて飛び起きた。
魔王城にアンテノーラがいない理由はここに匿われていたからか。
「『お嬢様を屈服させる会』、それがこの闇の組織の名だ」
名前と正反対の目標を掲げているその組織は、私のファンクラブだった。
冒険者はイカクラゲに対抗するための魔導具を所持しています。
魔力を見るやつではなくて光をどうにかするタイプなので輪郭くらいしか見えませんが、トモシビちゃんは分かりやすかったみたいですね。
※次回更新は7月5日になります。