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ディストピアの聖少女



魔王領の空はもう暗くない。

空間を暗く染めていた幻影都市の仕掛けが、魔力枯渇により解除されたからだ。

実体化した都市と魔王城がどこにあるかはカサンドラが知っていた。


セレストエイムとの国境から少し北東に行った場所に、高層ビル群みたいな遺跡がある。

私達が魔王軍と砦と間違えた場所だ。

魔王城はその遺跡の内部に出現していた。

ビル群の隙間を縫うように舗装された道路が敷かれ、幻影都市は遺跡を取り囲むようにして白い幾何学的な街並みを展開している。


無人となったはずの魔王城の目の前に飛空艇を着陸させると見知った顔が出迎えた。



「遅かったのう」

「先生」



それはヤコ先生だった。

なぜここに?

呼びつけたのはアンテノーラだったはずだ。



「ワシとの再会で積もる話もあるじゃろうが、とりあえずついて来るがよい」

「どこ行くの〜?」

「奥じゃ」



いつもの巫女服みたいな一張羅で、いつもの狐尻尾を揺らして先導する先生。

ウガヤフキアエズ国に行ってから改めて見てみると……どう見ても彼の国の出身者だ。

というかタマヨリの祖先か何かでは?



「……トモシビ。モニターを出してくれんか? そろそろ放送の時間じゃ」



先生のちょっと疲れてる感じの声に、私は黙ってモニター用の″窓″を出した。



『……どうでしょうか、トロメア嬢? ちょっと前例のない体制に思えますが』

『政治は議会が運営します。これまでとそう変わりはありません。聖少女は国家の最高意思決定権を持ちますが、統治権を持つわけではありません』



ステュクス家のトロメアがアナウンサーをしているらしい。

正直、内容は全くわからない。

魔王領まで届くとは、よほど強力な魔力信号を発しているらしい。

放送が響く中、私達は魔王城をコツコツと歩いた。

魔王城は相変わらず白くて千年経っているとは思えないほど綺麗だ。

先生の後には私達魔法戦クラスの皆が続き、その後ろにはハンニバルと数人の部下。

魔物たちは別のところへ飛んでいった。彼らにしてみれば勝手知ったる実家のようなものなのだろう。



「お主らが東方へ行っている間、王都では急ピッチで変革が勧められた」

「この放送でも言ってますわね。立場的には今のお父様と総主教を足したようなものかしら?」

「うむ、聖少女トモシビを国の最高機関として全ての国家機関をその下に置く事になるそうじゃ」



私にすごい権力がありそうに見えるがそうではないらしい。

政治は今まで通り議会が行う、私は任命したりサインしたり、重要な決断をしたりする。

重要な決断とは戦争とかだ。それももちろん勝手にできるわけではない。議会の案に返答するだけである。

とてもつまらなそうだ。



「どうじゃトモシビ? この大陸に君臨してみるか?」

「やだ」

「ふむ……じゃが多くの者には受け入れられつつあった。お主の政治的な能力はともかく、仰ぎ見る偶像としては大歓迎されておった」


『そのトモシビちゃん、東方へ遠征していますが、現在位置は……魔王領?』

『ええ』


「……嗅ぎ付けられたか」


先生が苦々しげに言った。

現在位置がバレてるらしい。

なぜ? と考える前にハンニバルが口を開いた。



「ジュディ嬢か。拘束するべきだったかな」

「ワシからすればそうじゃが、お主らは事情を知らん。仕方あるまい」



よく分からないけどとにかく嗅ぎ付けられたらまずいらしい。

反乱でも起こそうというのだろうか。

白いセラミックのような質感のお城に足跡が響く。



「もちろん反発も起きた。クロエよ、主にお主の教団じゃ」

「当然です。神を貶める行為です」

「デモとかやっておったのう。そんな中……つい先日のことじゃ。ステュクス家の陰謀を放送で暴露した者がおった」

「それって……」



ステュクス家が魔王のスパイをしていた事。

私を魔王に仕立て上げ、グランドリアの乗っ取りを企てている事。

この前起こったプロメンテ村のゴーレム暴走事件の犯人がステュクス家でだったという事など。

全て放送で暴露したのだそうだ。

なるほど、それがアンテノーラか。

良かった。やはり彼女は犯人じゃなかった。

良い子だったのだ。


当然、聖火教は激怒した。トモシビ派も従来派もである。

それで同じく怒った私のファンや市民と一緒に王城に押しかけたのだそうだ。



「暴動が起きたわけね」

「うむ、じゃがすぐに鎮圧された。ゴーレムの軍勢によってじゃ」

「ゴーレムですって?」

「問題はここからじゃ。暴動を鎮圧したゴーレムはそのまま街を監視し始めた。反乱分子を探すと言う名目でな。通信は妨害され、聖火教を始めとする反対派は散り散りになって逃げた」



私達は言葉を失った。

まるでロボットが支配するディストピアの世界だ。

あの平和な王都が、少し離れている間にまさかそんな事になっていようとは。

クロエなど視線を虚空に彷徨わせてショックを隠せない様子だ。



『例の教団の逃げた先と一致している……とのことですが』


「逃げた先まで知られておりますね」

「それでのう、そういう緊急自体じゃから、ワシも少々力を使ったのじゃ」

「てめえに力なんてあったか?」

「あるわ! ワシの力で一時通信妨害を解除したのじゃ! そしてとある人物から全ての反ステュクス派へメッセージを送信してもらった。『魔王城で待つ』とな」

「あれか……」



グレンが唸るような声を発した。そういうことか。

アンテノーラのメッセージはグレンだけに送ったのではなかったらしい。



「でも魔王城なんてそう簡単には辿り着けないですわよ?」

「協力者の支援があった。治安部隊、ゴールドマン商会、セレストエイム、それに一部の魔人もな」


『ええ、議会はなんらかの関連性があると見て調査を進めています』

『具体的にはどのような?』

『彼らが神と仰ぐトモシビ嬢を呼び出し、監禁している可能性ですね』

「なんか大変なこと言ってるよ〜……」



などと話している内に私達は大ホールのような廊下を抜け、真っ白に菌の意匠をあしらった巨大な扉の前にたどり着いた。

以前見た、玉座へ続く扉である。



『ご安心を、既に議会は軍を差し向けています』

『ぐ、軍ですか?』

『ええ、トモシビ嬢奪還は時間の問題かと』

「どうやら猶予はないらしいのう」



私が前に立つと扉は自動ドアのように開いた。







飛空艇も格納できそうな広々とした空間。

その中央には、以前見た時と全く変わらぬ姿の白い玉座があった。

魔王の玉座。

そしてそれは私の玉座でもある。

お城の大ホールより大きな空間には大勢の人間がいた。

私の姿を認めると彼らはザワザワと私の名前を口にし始めた。



「トモシビ様!」

「来て頂けると信じておりましたぞ」



聖火教の長老と寮の地下に住み着いてる司祭のおじさんが進み出た。



「よく無事でしたね」

「聖騎士団のおかげだよ」

「ま、トモシビ様の騎士団としてはこのくらいはしなきゃな」



司祭おじさんの後ろで嘯いてるのは私の騎士団のホアンだ。

彼らがここまで護衛してくれたらしい。

ゴーレムと正規軍から逃れるなんて大したものだ。エクレアの訓練のおかげだろうか。



「ほめてあげる」

「よせやい」

「トモシビ様への返事はイエスかはい! 何度も言ってるでしょ!」



再開を喜ぶ私達。

話が一段落するのを見計らって先生が咳払いをした。



「さて、トモシビよ。お主には二つの道がある」



先生はそこで言葉を切り、一呼吸置いてから続けた。



「一つは魔王への道。そちらを選ぶなら、このままグランドリアに戻って君臨するが良い」

「だ、ダメですよそんなの。トモシビ様も嫌だって仰ってます」

「お主が願えば少なくともこやつらを追ってくる軍は止まるかもしれん」



私の身柄と引き換えなら止まるだろう。

あの総主教のおじさんならお願いを聞いてくれるだろう。

それから……どうなるだろう?

アンテノーラによると、ステュクスおじさんは私を魔王に仕立て上げるつもりらしい。

グランドリアを魔人や魔物の国にしたいのなら、呼び名は聖少女でも実質的には魔王だ。

べつに私抜きで良いような気がするけど、魔王役が必要なんだろうか。



「もう一つは徹底抗戦。こやつらの神として救いをもたらすのじゃ。言うなれば神の道か」



どっかで聞いたような選択だ。



「セレストエイムは間違いなく味方となるじゃろう。戦力をまとめ上げて王都に進軍するのじや」

「……そっちの方が面白えな」

「ただし犠牲は多い」

「だ、誰か死ぬってこと?」

「正面から軍がぶつかればどちらにも犠牲は出る。ワシも尽力はするが、どうにもならん事もある」



戦争はできればしたくない。

お父様が死にかけた恐怖はまだ私の心に焼き付いている。

かと言って、陰謀大好きおじさんに屈服して言いなりになるのも嫌だ。

どうしよう、どっちも嫌だ。



「決断せよ。時間はそんなにないぞ」

「お嬢様……」



なんでまた自国と戦わなきゃならないのだろう。

相手の軍だってグランドリアの人間だ。ちょっと前まで私の放送を見て、ファンレターとか送ってたかもしれない人たちだ。

前に内乱が起こった時は精霊に操られたバルカ親子をどうにかすれば良かった。

今回もそういう感じでうまくできないだろうか?


私が悩んでると、一部の信者が祈り始めた。

歌みたいな声が聞こえる。

この光景には見覚えがある。



「くふふ、まるであの時のようですね」

「黙っておれ」



本当にあの時の焼き直しみたいだ。あの時先導したのはカサンドラ、今回は先生。

あの時は魔物に祈られた。

今回は人間だ。

そして中央には魔王の玉座。


…………。

これも既視感がある。

プロメンテ村で似たような感じの椅子を見た。

あの椅子もおそらくは魔王のものだった。



「……あ」



何か……思いつきそうだ。

これはただの管理装置ではない。この椅子の機能を私は知っている。



「どうした?」

「……エステレア、フェリス、クロエ、エクレア。ちょっときて」

「トモシビ様?」



魔王の玉座。

私は吸い込まれるようにそこへ歩き出し……あっさりと座った。



「トモシビちゃん!?」

「捕まってて」

「おい……! なんじゃ!?」

「アスラーム、アナスタシア、ホアン、ここお願い。めすいぬはドラゴン集めて、守らせて」

「おい! お主は!?」

「ちょっと行ってくる」



陰謀大好きおじさんの所へ。

分からせてやる。

私は……大人の言う事など一切聞かないという事を。

私の体から炎が迸る。

次の瞬間、私の体は抱きついてる4人諸共、白い空間に転移していた。



そういえば聖女じゃなくて聖少女なのはロリコンおじさんの好みです。

ちなみに私も好きです。

決して変な意味ではないのですが言葉から受ける印象が違うと思います。


※次回更新は6月28日月曜日になります。

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