推しに国を貢ぐおじさん
※6月15日、誤字修正文章校正
地上近くを白くて毛がモフッとしたドラゴンが飛んでいる。
あれが私の命令に答えた最後のドラゴンだ。
ハンニバルはその上に大の字で転がっていた。
彼の隣にはアスラームがあぐらをかいて荒い息を吐いている。
ドラゴンに拾われたとはいえ、それなりの衝撃があったはずだが2人ともピンピンしてる。
私が白いドラゴンの上に降り立つと2人は目線だけでこちらを見た。
「ドラゴンが私を助けたのか……」
「悔しいですか? くふふ、魔物に情けをかけられて悔しいですか?」
「悔しくないと言えば嘘になるが……妙に清々しい気分だ」
ハンニバルは空を見上げて黄昏ている。
踏んで写真撮ってあげようと思ったけど、ソッとしておこう。
おじさんには一人黄昏たい時もあるのだ。
特に、息子や年端もいかない少女に敗北した時などは。
「……信じてたよ」
「うん」
アスラームが手を出したのでタッチしてあげた。
彼はなんだかんだでいつも良いタイミングで良い行動をしてくれる。
本当に友人としてなら良い人なのである。
「なるほど、たしかにもう私の時代ではないのかもしれん」
何を見てそう思ったのか、ハンニバルが一人で勝手に納得して起き上がった。
エステレア達が身構える。
「私は敵ではない」
「どういう意味ですか?」
「じゃあさっきのは何なのよ?」
「力を見せてもらいたかったのだ。ドラゴンを操り、魔物を従える君が何者なのか……もはや精霊にも判断がつかないらしい」
そもそも彼は精霊の命令を受けてなかったということだろうか。
一応、今さっき、以前アスラームにしたように一旦パーティーに入れてリリースしておいたのだが。
「……グランドリアの議会は君を王に祭り上げようとしている」
ハンニバルは唐突に変な事を言った。
「王って……嘘!? トモシビ様が!?」
私は戸惑った。それは困る。
「王様が、無職になっちゃう」
「い、いや、あるいは王より上の何か……聖少女とやらに権力を集中させるつもりかもしれんが」
「トモシビちゃん王様より上になっちゃうの!?」
「元から神ですよ! 上です!」
「……」
「不満かね?」
不満というか……引いてしまった。
いくら私が推しだからって国を貢ぐとは思わなかった。
そこまで来ると怖い。
私を傀儡にして陰から権力を振るいたいのだろうか?
しかし今の状態でも議会のおじさんはもう十分に権力を振るいまくっている。
「こう考えてみてほしい。彼らはもはや堂々と王城に魔人を出入りさせ、魔物を操り、そして魔物を従える君を戴冠させようとしている……わかるかね?」
「つまり、魔王軍は労せずしてグランドリアが手に入ると言うわけですね」
頷くカサンドラをハンニバルが横目で見る。
「貴様の企みではないようだな」
「あの男と私は無関係です。最近は魔人仲間からも仲間外れにされておりますし」
「あの男って?」
「ステュクス家の当主代行カインです。ご存知ありませんでしたか? 彼らは魔王軍に情報を流していた裏切り者なのですよ」
カサンドラはわざとらしく首を傾げた。
私は少なからず衝撃を受けた。
彼は今の議会を牛耳っている権力者だ。
つまりそれは議会が売国行為をしている可能性があるということではないか。
私は良いように使われて利用されていたということに……。
「ご安心下さい。お嬢様は議会の言葉など聞く耳をお持ちになったことがありません」
「そっか」
じゃあ良いか。
いや、良くはないのかな。
私はフェリスの尻尾を握って、一緒に考え込んだ。政治的な話は苦手だ。
グランドリアが魔王軍を倒して吸収したのに、逆に乗っ取られかけてるという事だろうか?
でも彼は特に悪いことはしていないように思える。
「……平和に、共生してるなら、いいとおもう」
「あるいはそうかもしれない。ステュクス家の狙いが分からぬ以上、私は魔王軍を殲滅するか、でなければ確かめたかった」
「何をですか?」
「トモシビ嬢をだ」
ハンニバルはお尻を払いながら立ち上がった。
「で……君はその話を受けるかね?」
というわけで私は今、飛空艇の自室でさらに考えをまとめていた。
議会が私を王様にしようとしている。
受けたらどうなるんだろう?
受けなかったら?
私の理想の通りの世界になるなら何の問題もない。
しかし世界がそんなに単純なら誰も苦労はしない。
内通者だったというステュクスのおじさんが胡散臭いのはわかるが、今のところやってる事は魔人を登用しただけだ。
良い事である。
「エステレア、膝枕、して」
「もちろんですわお嬢様」
私はベッドに座るエステレアの太腿にそっと頭を乗せた。
エステレアの手がゆっくり頭を撫でる。
「知恵熱、でてきた」
「いいえ、お嬢様の体温に変化はございません。いつも通り湯たんぽのようにポカポカですわ」
手だけでは飽き足らず、頬を頭に当てるエステレア。
祭り上げられて担ぎ出されて、それでどうなるのだろう?
今以上に自由がなくなりそうだ。
天上人のような権力者になろうと思っていたが、それが現実味を帯びてくると夢のない話に見えてくる。
何かイマイチ気が乗らないのだ。
とりあえずアナスタシア達と相談すべきだろうか?
そんな事を考えていたら不意に扉が開いた。
「……うおっ、すまん」
閉じた。
このデリカシーのなさはグレンだ。
ロックしてないからってノックもなしに入ってくるとは。
「はいって」
私が声をかけると、彼は恐る恐る入ってきた。
「あー……ステュクス家の話は聞いたか?」
「うん」
「なぜあなたがそれを?」
グレンはアナスタシア達と一緒に飛空艇を止めに行ったので、ハンニバルの話は聞いていないのである。
「ちょっとしたツテがあってな……それでそのツテからの連絡が来た。たぶん何度もメッセージを送ったんだろう。その中の一通が……魔力の流れの具合だかが良かったんだろうな、さっき届いた」
「天脈は不安定、だから」
「その連絡の中身を早く言いなさい」
「魔王城で待つ、だとよ」
魔王城という言葉に私の心臓がドクンと跳ねた。
夕暮れの空を2隻の飛空艇が飛んでいる。
私の華麗なるセレストブルーはともかく、2番艦のバルカローレは茶色くていかつい見た目をしている。
きっと中身もいかついのだろう。
動かしてるのはハンニバルを始めとするバルカ家の人間だ。
その飛空艇の周りを守護するみたいに飛んでるのは魔物達である。
ドラゴンが私に従うようになったおかげで、おまけもついてきたのだ。
おかげさまで見た目は完全に魔王軍……というか悪の帝国の進撃みたいである。
その飛空艇にあるゴスロリチックな部屋の中、エステレアが紅茶を注ぎ、私はカップにそっと口をつける。
鏡に映る私はあいも変わらず人外地味た美貌を体現している。
白い顔に銀髪、長いまつ毛、唇と髪の先端だけが赤い。
ウルス国では魔王姫と呼ばれていたが、まさしくそんな感じだ。
「ああ美しい……退廃的で儚げで神秘的。魔物を統べるお方に相応しいかと」
カサンドラが頬に手を当てて何やらゾクゾクしている。
私の物憂げな顔が良かったのかもしれない。
テーブルを囲むのは、アナスタシアにアスラームにエル子、それに私だ。
他の皆はソファなどに座って寛いでいる。
作戦会議がてらティーパーティーのやり直しをしているのだ。
「それでそのツテというのは誰なのかしら?」
「アンテノーラ、だって」
「ああ、彼女か」
最初は教えてくれなかった。
勿体ぶって、本人に聞けとかぐだぐだ言っていた。
しかし私がしつこく迫ったら教えてくれたのである。
「グレン君、君はなぜ顔が赤いのかな?」
「……うるせえな」
低いソファに座らせて足で撫でてあげただけだ。
口止めされていたらしいが、そうしたら簡単に口を割った。
「一度、議会に連絡をして探ってみたらどうでしょう?」
「あまりこっちの反応を見せ無い方が良いんじゃない? 正確にはこの子の反応だけど」
「トモシビは分かりやすいからね」
なんか馬鹿にされてる気がする。
「でもステュクス家はともかく、総主教は本物のトモシビのファンですわよ」
「そうなの?」
「総主教のお部屋はトモシビ様だらけです。ミサでも首からトモシビ様人形をかけておりますし、古い宗教画を外してトモシビ様のポスターに変えてしまったほどです」
「よくそんな奴がまだ総主教でいられるな」
すごい革新的だ。
頭の古いハンニバルおじさんがもうついていけないと思うのも無理はない。
となると、あの総主教は本当に私に貢ぎたい一心でステュクス家に手を貸しているのだろうか。
「ロリコンってすごいのね」
「昔はもっと真面目な人だったのだけれど……」
ファンからの贈り物とは言え、私としてはやっぱり素直に受け取れない。
私の悪い癖、いや良い癖だろうか?
いきなり王様の権力が転がり込んできても不満なのだ。
それは私が自ら掴み取るものでなくてはならない。
私はたぶん地位が欲しいのでは無い。
地位を掴み取る実力が欲しいのである。
「結論はまだ早いぜ。とにかく先に魔王城だ。嫌な予感がしやがる」
「そうですわね」
「なんで魔王城なの? あそこってまだ何かあるの?」
「……さあ」
エル子の疑問に、カサンドラが口元に張り付いたような笑みを浮かべて答えた。
「トモシビ様に相応しいからではないかと」
飛空艇セレストブルーはトモシビちゃん好みに改造されているので色んな所が乙女チックです。
国を貢いだら国が乙女チックにされますね。
※次回更新は6月21日になります。