魔物の王
※6月8日誤字修正、文章校正
「攻撃、やめて! きんし!」
私の口をついて出た言葉は実に平和的だった。
どうやら私はドラゴンを庇っているらしい。私の故郷を攻撃したドラゴンをだ。
自分の中にそういう思いがあることは、しかし意外ではなかった。
ハンニバルは鋭い目付きで私を見た。
「ッ! トモシビ嬢か!」
喋った。
正気っぽい。
いや、前襲いかかってきた時も喋ってたからこれだけでは分からない。
よそ見をしたハンニバルの死角からドラゴンの尻尾が迫る。
危ない。
私から出ている見えない糸のようなものを通じて、私の意思が伝達されていく。
近くにいる私のペット、ショコラに向かって。
「ショコラ!」
パン、と音速を超えた衝撃で空気の弾ける音がした。
青い鞭のような尻尾が、似たような黒い尻尾と交差して止まった。
邪魔するな、とばかりに睨む青いドラゴンをショコラが見下ろす。
同族と戦うことに迷いはないらしい。
ドラゴンを押さえられる戦力なんて同じドラゴンくらいしかいないので仕方ないのだ。
そんな2匹の隙間を抜けるように3メートルくらいある鳥の魔物が下から襲ってくる。
フェリスとエクレアが迎撃に向かう。
その前に横から来たバルカン砲みたいな火球の弾幕で撃ち落とされる。
「セレストブルー!?」
「2号機ですわね。あれも止めないと」
さらに空中で絡む黒と青のドラゴンに向かってレイジングスターの砲撃が打ち込まれる。
ドラゴン2匹が戦いをやめて回避する。
もうめちゃくちゃだ。
そんな中、ハンニバルが大きな剣を肩に担ぐように構えた。
と、思ったら……消えた。
はや……。
後ろでガキンと金属を打ち付ける音がした。
「父上……!」
「止めたか、アスラーム」
「トモシビさんは魔王じゃない! 誤解です!」
「ドラゴンを庇う娘だぞ?」
アスラームの剣は普通の長さだ。
竜巻のようなハンニバルの大剣を、彼は全身の筋力で受け止め、受け流す。
「ドラゴンだって手懐けてる! その黒竜も!」
「それが危険なのだ!」
「彼女に従う魔物は安全です! 邪悪な存在じゃない!」
私は間近で繰り広げられるテンション高い親子の戦いから距離をとり、ショコラの上に着地した。
「トモシビ様、今です。親子共々天上に送って差し上げましょう」
言ってる側から邪悪な存在であることを証明してしまうカサンドラ。
私は人差し指を立てて彼女に向けた。
「めすいぬ、めっ」
「ああん」
「あとで躾けてあげる」
「お嬢様、いけません。この女それが狙いです」
めすいぬはニヤニヤしている。
やりにくい。
「トモシビ嬢」
近くで声がした。
さっきまで空中で暴れ回っていたはずの中年男性がショコラに着地していた。
ブン、と血でも払うように大剣が振るわれる。
アスラームは……弾き飛ばされたらしい。
流石に父親相手では分が悪かったみたいだ。
「君はなぜこの魔物どもを助ける?」
ハンニバルが喋りながら一歩踏み込む。
クロエとエステレアとカサンドラが私の前に出る。
「生きとし生けるものはお嬢様の」
「トモシビ嬢の言葉が聞きたい」
エステレアの言葉が太い声で遮られた。
なぜって……そんなにおかしなことだろうか?
スライムはキモ可愛いし、マンティコアも猫っぽくて可愛い。
捕虜にしたゴブリンとかは残念ながら可愛くないけど、服従した相手だ。
殺す気にはならない。
……考えてみると、元々私は人を襲う魔物は容赦なく殺してきたのだ。
でもドラゴンがやられそうになるのを見て衝動的に止めてしまった。
なぜだろう?
「白いのは一番最初にペットにしたやつだからな」
「……?」
男の声。ハンニバルではない。
いつものロリコンおじさんだ。
時間が止まる。
「青いのはその次だ。どっちも優しいやつだった」
あの砂浜ではない。
景色は普通に現実世界のままだ。
私は首を振った。
時間が動き出した。
……まあ、理由は色々あるけどたぶん私は魔物が身近になりすぎたのだろう。
だからショコラもペットにした。
他のドラゴンもそうしたら役に立つと思うのだ。
「ドラゴンは……配達とかできる。便利で、おとく」
「言うことを聞いているうちは、だろう? 万が一にでも人間を襲う可能性があるなら駆除すべきではないのかね?」
そういう理屈もある。
人間の安全を第一に考えるならそうだろう。
「君は悲しくなるくらい無垢な子供だ。自分が失敗しないと思っている。最後には未来は良くなると信じている」
ジリジリ近づいて来るハンニバル。
たしかに私は楽天的だ。
ありとあらゆるリスクを無視してやりたい放題やっている。
今まで良い結果になっているのは運が良かっただけ、そう言われればそうかもしれない。
ハンニバルが私達の前で止まった。あのドラゴン殺しの剣を振れば全員まとめて両断できる距離だ。
「……自分の危険性は理解しているのだろう? ならば分かるはずだ」
……もちろん、分かってる。
私は私を見下ろすハンニバルに答えた。
「おじさん、頭ふるい」
「ん?」
彼は怪訝な顔をした。
もうそういう時代ではないのだ。
喋る魔物が出てきて、人間を食べないようになって、東方ではシン王子のような人間と全く変わらない魔物まで発見してしまった。
魔物にも人権を与えるべきなどという議論が起こりそうである。
魔王軍とだって戦争が終われば戦う必要はない。
ずっと戦ってきたから敵だと思い込んでるだけだ。
せっかく、いちごだいふくとこの援軍を使って魔王軍を無血で降伏させようと思ったのに……台無しだ。
「古い戦いは、もうおしまい……わかった?」
「あちらから襲ってきたのだが」
「…………仲間を操られて、怒ったみたい」
「なに? 君は魔物と話せるのかね?」
「と、当然です。知らないんですか? 聖火書読んでください」
いや話せない。
青いやつの話をショコラに聞いてもらい、さらにきなこもちに言語化処理してもらったのだ。
「……私は古いかね?」
「古いし、よわい」
「ほう、弱いと? この私が?」
「何も変えられない……よわよわおじさん」
魔王殺しの勇者の家系だかなんだか知らないが、彼は何も成し遂げてない。
おじさんは変化を嫌うものだが、大体問題は変化しなきゃ解決できないのだ。
王都を救って、英雄になって、ファッションリーダーになって、社会まで変えようとしている私。
暴力がすごいだけで、精霊に操られて敗北して、今度は議会にこき使われている情けないおじさん。
どちらが強者かなど明らかではないか。
「お嬢様は、暴力がすごいだけの頭頂部の薄くなってきた情けない議会の犬、と仰っております」
「ふっ…………痛い所を突くな」
私は頭頂部のことまでは言ってない。
罵倒されたハンニバルは表情を緩め、大剣を下ろした。
「確かに私は情けない男だ。それに古いのだろうな」
「おじさんのざぁこ」
「と、トモシビちゃん、とどめ刺さなくていいよ」
「君の言いたい事は分かった」
彼はため息をついた。
「だが古い人間は容易に考えは変えられん」
彼の体にビキビキ音を立てそうな勢いで魔力が充填していく。
フェリスとエクレアが身構えた。
「力を見せてもらおう。私の頭を叩き直すだけの力を」
……やる気だ。
「いちごだいふく!」
「ッ!」
召喚魔法陣から赤く燃えるようなドラゴンが現れる。
その位置は私の眼前、即ちハンニバルの足元だ。
昇竜のごとく上を向いて頭から出てきたいちごだいふく。
その顎門が大きく開き、彼の体をサメの映画みたいに飲み込もうとする。
同時に足場が消えた。
乗っていたショコラが急降下したせいだ。
私達は大空に投げ出された。
ガチンと牙が閉じる。
しかしその一瞬前にはハンニバルは脱出している。
まだだ。
糸から私の意思が伝達される。
「ショコラ!」
そこに戦鎚のように打ち付けられるショコラの尻尾。
ハンニバルは大剣に滑らせるようにしてそれを避ける。
「チョコミント!」
「え!? 」
青いドラゴンが上から大きく口を開いてブレスを撃たんとしている。
繋がりを感じる。
命令したら当たり前のように応えた。
彼に殺到したブレスがフッと消える。
精霊の力だ。
彼に魔法は効かない。
私が絶対の自信を持つ魔法が封じられる。まさしく天敵だ。
……それがどうした。
「うちまくって!」
「えっ、でも」
「こうですかお嬢様!」
エステレアがエクスプロージョンを発射した。殺意が高い。
私は爆弾を何発もミサイルのように放った。
ハンニバルは避けない。
いや、避けれない。精霊術を使っている間は自分の魔術も使えないのだ。
つまりこうして釘付けにしていればブースターで移動できない。
「調子に……!」
「させるか!」
「アスラーム!?」
上から落ちてきたアスラームが剣を叩きつける。一瞬ポケットに入れた手を慌てて抜き、受け止めるハンニバル。
さらに魔法の火線を集中させる。
精霊術のおかげで2人には届かないが意味はある。
バルカ家親子はそのまま空中で取っ組み合いを始める。
「これで僕らの勝ちだ……!」
「アスラーム、まさか……」
ハンニバルが初めて顔に恐怖の色を浮かべた。
もう雲のある高度を抜けている。
地面が近くに見えてきた。
このまま精霊術を使い続ければ地面に叩きつけられて死ぬ。
もう魔法は撃ってない。
しかしアスラームは精霊術を解かない。
「やめろ! 私の負けだ!」
グランドリア城の天辺くらいの高さで父親が叫んだ。
その瞬間、2人の下を白い影が横切った。
トモシビちゃんは動物と心通わす系の少女です。
爬虫類はあまり人間に懐かないらしいですが、ドラゴンは懐きます。
ちなみにハンニバルおじさんは動物に嫌われるタイプですね。
※次回更新は6月14日月曜日になります。