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勇者と魔王、そしてお嬢様

※三人称視点になります

※6月1日、文章校正。



グランドリアは強力な国だ。

ドラゴンを始めとする数々の強力な魔物を有する魔王軍が猛威を振るった過去、それに対抗すべく西方諸国が一つに纏まったのがグランドリア王国の始まりだとされている。

結果としてグランドリアはその魔王軍を打ち破ることになった。

それを可能としたのがバルカ家と言われている精霊の加護を受けた一族の存在だった。

無尽蔵の精霊魔法で飛び回り、全ての魔法を無効化し、ドラゴンの鱗をも貫く特殊な聖剣をもって殲滅する。

その力は人間相手ではなく魔王軍に対抗するための力である。

トモシビとその父親に敗北したとは言え、彼らの力は未だ健在だ。


つまり、魔王軍残党狩りの援軍として彼、ハンニバルがやってくるのは当然の成り行きであったと言える。



「司令!」

「騒ぐな」



ハンニバルが短く答えると同時に、ブリッジ前面にある窓に光が殺到し……空間に吸い込まれるように消える。

光が消えた後に見えるのは大きく口を開いた神話の怪物、ドラゴンだ。



「さ、さすがは司令」

「私はもう司令ではないよ」



ハンニバルにはドラゴンのブレスなど効かない。

彼の精霊魔法の範囲は息子とは段違いに広い。

彼の乗るグランドリアの飛空艇2号機……通称バルカローレを覆い尽くすほどの圧倒的な出力がある。



「先行した子供たちは?」

「連絡つきません」



議会からの情報によると、魔王軍は現在ウルス国と行動を共にしているという。

今現在、目の前で敵対行動をとっているこのドラゴンが独断行動なのか、それともウルス国の意思による物なのか、判別する必要がある。



「ならば総主教に報告しろ」

「はっ……」

「ジュディ嬢の魔物もやられたそうだ。総主教から連絡させろ」



今のハンニバルにもうかつての権力はない。

彼の判断で行動することはできない。

この飛空艇にもお目付役としてステュクス家の次期当主候補であるジュディ・ステュクスとその配下の魔人……魔物を操る術を持つ魔人の一隊が乗り込んでいる。


異国へ地への遠征というこの状況下にあって、魔物使い操る空飛ぶ魔物は大いに助けになると期待していた。

その期待通り見事にドラゴンの居場所を探り当てたものの、どうやら何かがドラゴンの癇に障ったらしい。

攻撃されて一触即発でやられたようだ。

一応連絡のためトモシビの所にワイバーンを向かわせたのだが、それも消息不明だと言う。

ただ、それはそれで良かったと思っている。

ハンニバルはトモシビと直接話すのを躊躇っている。

また彼女に危害を加える事を恐れているのだ。



「私が抑える。最大出力で援護しろ」



ブリッジの上の甲板向かうハンニバル。いつのまにか、その手には大人2人分はあろうかという巨大な剣が握られている。

ブレスが効かないと見たドラゴンの体に魔力が漲る。

トカゲを思わせる鱗の隙間から青白い炎のような魔力が漏れる。

コウモリのような翼が大空を疾走すべく大きく羽ばたく。

そして次の瞬間……ハンニバルの大剣がドラゴンの背中に突き刺さった。



「神器だ。最初から全力で行かせてもらう」



ドラゴンは低く吠えると鞭のように自在にしなる尻尾で自らの背中を薙ぎ払う。

避けるハンニバル。

そうして勇者とドラゴンの戦いが始まった。







アスラームは先程の通信を思い出していた。

父が来ている。

ステュクス家の手先になっているのは業腹だが、復帰の第一歩と考えるなら喜ばしいことだ。

ただ心配事はある。

父はトモシビに対してどのような態度を取るだろう? という事だ。

精霊の意思というのは不可思議なもので、動物のように揺らいだり判断に迷ったりはしない。

魔導具の回路のごとく機械的に指令を下す。

アスラームは飛空艇でトモシビと戦った時のことを思い出す。

彼はあの時から精霊の使命を受けなくなった。



(だが、父上は違う……)



ハンニバルはトモシビによる何かを受けていない。

魔王の力は改めて封印されたとは言え、それでハンニバルが止まるかどうかは確証がない。

ハンニバルと精霊の繋がりはアスラームより深い。

トモシビを見た瞬間、また精霊のスイッチが入るかもしれないのである。

アスラームは横目でトモシビを見た。



「エステレア、スコーンこげた……」

「ああなんて可哀想可愛いお嬢様……このポンコツ、なぜ魔力リミッターをかけなかったのですか?」

「ログ確認……オーバフロー。リミッターハ突破サレタ模様」



胴体がオーブンになっているゴーレムが口を聞いた。

おそらく魔力が強すぎてリミッターも意味をなさなかったのだろう、とアスラームは推測した。

先程見た遺跡の魔法陣のように焼き切れなかったのは僥倖だ。



「そんな事あるんだ?」

「ご安心を。アスラームやグレンに下賜すれば良いのです。彼らなら焦げたものでも喜んで食べます」



そりゃ食べるだろう。

アスラームは諦観した。

好きな女子が頑張って作ったものを誰が捨てるだろうか。



「そうです。焦げが香ばしくて美味しいんですよ」

「そうなの?」

「そうそう」

「そう言う人もいるって聞いたことあるよ〜」

「通は焦げっしょ」

「そっか」



周囲からサラウンドで洗脳されるトモシビ。

なぜあえてそんな事を言うのか?

若干の悪意を感じざるを得ない。

トモシビはわざわざ焦げた部分を切り取ると、行儀良くテーブルに座るアスラームとグレンの目の前に置いた。



「たべて」

「ああ……うん」

「お茶もあげる。おいしく……なーれ」



ドバッと溢れんばかりに注がれるミルク。

通常の数倍の量だ。

多すぎると思うのだが、おそらく彼女なりのサービスなのだろう。

横を見るとグレンはもうガツガツ食べ始めている。



「うめえな、貴族の食事ってのもいいもんだ」

「ほら、お焦げ大人気じゃん。良かったねセレストエイム様」

「ほんとだ」

「……トモシビさん、君は隠れていてくれ。僕が父と話すよ」



1人深刻な表情のアスラームが口を開く。

また同じ事が起きたらと思うと心配が止まらない。

それに……先程の遺跡に入ってから何か嫌な予感がするのだ。

胸がザワザワする。

トモシビが尻尾を付けて帰ってきて、アクセサリーだと言い張っていた時に似ている。



「良いんじゃなくて? 出来れば会わせたくないのはわたくしも同じですわね」

「わかった」

「そんな人援軍に寄越すとか、議会のおっさん何考えてるんだろね?」



当然、わざと送り込んだのだろう。

ステュクス家とはそういう連中だ。



「おかわりあげる」



そんなアスラームの心配などどこ吹く風で、トモシビがさらに焦げた部分を切り取って持って来る。

アスラームは、空を駆ける邪竜の背中に設置したテーブルで、何も食べていないのに重くなっている胃の腑に焦げたスコーンを流し込んだのであった。







「勝ちそうね……」



ジュディは窓から外を眺めて呟いた。

ハンニバルが押している。

少なくとも素人目にはそう見える。

何しろドラゴンは全身を切り刻まれているが、ハンニバルは無傷なのだ。



「ドラゴンの一撃でひっくり返りますよ」

「……そうね、そうだわ」



冷めた目をした魔人の言葉を聞いてすぐに考え直した。

無傷なのはアドバンテージではない。

一撃で即死する人間、何度斬られても意に返さないドラゴン。

やはりどちらが優勢かはまだわからない。

しかしこのハンニバルを見ていると本当にそのまま勝ちそうに見えるのだ。

古より伝わる芳醇な魔導具、ドラゴンを容易く切り裂く大剣、セルによって補充される魔力、そして精霊術。

勝ってしまう。ドラゴン2匹を相手に。

……それは困る。



「もう一匹はどうしたの? 早くけしかけて」

「挑発に乗らない。あんなに冷静な性格じゃなかったはずなんだが」

「できるまでやればいいでしょう?」

「俺の魔物だぞ! そんな簡単に……あっ」

「どうしたの?」

「待て。来た、ドラゴンだ」



偵察代わりの透魚、トモシビたちがイカクラゲと呼ぶその魔物が信号を送ってきた。

それはイカクラゲ同士の意思疎通に使う微弱な魔力信号だ。魔物使うである彼はそれを敏感に感じ取る。



「ドラゴン? 3匹目が来たの?」

「いや違う」



空や浮かぶ黒いシミのようなドラゴンが、窓の外を右から左へ通り過ぎた。



「こいつは……」



稲妻のように飛来した漆黒のドラゴンは、そのままのスピードでハンニバルらの空域に突入し……通り過ぎた。

小さな豆粒みたいなものをポロポロと落としながら。

人間だ。

ジュディは窓にへばりついた。

その中の一つに銀色に輝く髪の毛が見える。そしてほのかに赤色が。

それはトモシビだった。







「トモシビさん!」



先に飛び出して行ったトモシビを見てアスラームは慌てて後に続いた。

隠れていてほしいと言ったのに。

ドラゴンの風圧シールドから抜けて、突風が彼の髪を撫でつける。

彼女の性分を忘れてた。目立つのが好きで、逃げ隠れするのが大嫌いなのだ。

いや、それでも最初は大人しく姿を隠そうとしていた。

しかし先程、翼を切り落とされた白いドラゴンを見て飛び出したのだ。

ドラゴンに同情したのだろうか?

心優しいのは彼女の美点だ。

彼にはそこを責める気にはなれなかった。

なぜなら彼もそれに救われているからだ。



「攻撃、やめて! きんし!」

「ッ! トモシビ嬢か!」



頭からダイブしてくるトモシビ。

宙に浮き、ドラゴンと対峙するハンニバルが正面から彼女の姿を捉える。

パタパタ風になびく尻尾もしっかり見えているだろう。

アスラームは剣を握りしめた。

父が斬りかかるなら自分が止めるしかない。

緊張感が彼の精神を一気に集中状態へと引き上げた。



トモシビちゃんはペットと同じ種類の生き物がいるとつい同情してしまいます。

悪い癖なのか良い癖なのかは結果次第なのかもしれません。


※次回更新は6月7日になります。

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