最近父親面おじさんが多いです
※5月25日文章校正
※5月31日誤字修正、ご報告ありがとうございます。
「あ! ラーメン! ラーメンじゃない?」
エル子が興奮して指差したお店はまさしくラーメン屋だった。
現在時刻は正午、ランチの時間だ。
各自好きなお店で食べることになっているので、ぶらぶらと歩きながら探していたところである。
「ここにしない? 貴女も好きでしょ? ラーメン」
「うん」
「ラーメン? 聞いたことありますわね」
「グランドリアの貧民街に存在している新手のパスタと聞きます」
「知らないの? しょうがないわねー」
引き戸をガラリと開けるエル子。意外と綺麗な店内だ。
良い歳して猫耳をつけたおじさんがジロリと無愛想にこちらを見る。
そして驚いたように目を見開いた。
「猫姫様か。いらっしゃい」
「トモシビ様、もう有名人なんすね」
「こうやって頼むのよ。チリトンコツと子供用!」
「ではわたくし達もそれで」
「辛味トンコツね、猫姫様もそれで?」
メニューを見る限り、このお店は全部トンコツである。
おじさんはエル子の適当な注文に合わせてくれているものの、それは似たようなメニューがたまたまあっただけにすぎない。
エル子はドヤ顔してるがまるで素人だ。
ここは一つ前世で培った経験を見せてやろう。
私はメニューを眺めてよく通る声で言った。
「……ハリガネ、こってり、青ねぎ」
「ハリガネこってり青ネギね」
「な、何よ、得意げな顔して」
「へぇ、トモシビここ来たことあるの?」
「ないはずだけど……」
「トモシビちゃん、絶対量多いから私と分けようね」
ラーメンって分けても良いのかな?
店主の人が何も言わないからたぶん良いのだろう。
そして待つ事10分ほど、運ばれてきたラーメンは期待通りのものだった。
グランドリアのものも良かったが、こっちはより一層前世っぽい。
「豚の骨のスープのようですね」
「一つだけ忠告してあげるわ! スープは体に悪いから飲んだらダメよ!」
「変わったスープ料理ですわねえ……」
冒険者のおじさんの受け売りである。
あのおじさんはおじさんらしく高血圧なのであんまり塩分が濃いのを飲むと危険なのだ。
「エステレア、おねがい」
「はいお嬢様」
運ばれてきたラーメンをエステレアが取り皿に入れる。
スープとチャーシュー、ネギなどトッピングも入れてミニラーメンの完成だ。
私は髪を耳にかけて片側に寄せると……麺を口に運んだ。
私は自分のロングヘアを気に入っているが長い髪はそれなりに不便だ。
下を向けば垂れて邪魔になるし、風が吹けば靡いて顔にかかったりする。
なので大体みんな常にヘアピンや縛るものを持ち歩いているわけだが、私はそういうのはあまり付けたくない。
理由は単純だ。
綺麗な髪を思いっきり見せたいからである。
誰に? もちろんファンにだ。
「んっ……」
「……」
「……」
視界の奥に見えるメガネ二人が蒸気で曇ったメガネ越しにこちらをじっと見ている。
彼らの構えるカメラに向かって素知らぬ顔でしなを作って……。
カメラを下げた。
写真を確認しているらしい。
うまく撮れていたら修学旅行の写真集に使ってあげよう。
ストーカーもうまく使えば役に立つものだ。
「ラーメンはたまに食べたくなって食ってた。やっぱりお前もそうか」
「……?」
不意にラーメンが消えた。
私の手から箸もなくなっている。
というかお店が消えた。
そこは例の海岸だった。いつもの白昼夢だ。
「カサンドラに制服を着せたのか、良い趣味してるな」
ロリコンおじさんの若干笑いを含んだ声が響いた。
一体何を言い出すのか。
前より変態度がパワーアップした気がする。
「しかし今回のことで分かったことがある」
「ラーメン食べたいから、かえるね」
「待て。お前は俺の娘のようなものなんだ」
……声が本気っぽい。
怖い。
私はドン引きした。
要するに新たな父親面おじさんである。
最近この手の輩が多いのだ。
めすいぬは勝手に制服を着たのであって私が着せたのではない。
そんな事で血縁を主張されても困る。
「見てるだけじゃ、満足できなくなった……変態さんなの?」
「全てを理解した。この感覚はそういう事だったんだ」
「……気が向いたら、またあそんであげる」
私は魔力を集中してこの白昼夢空間から脱出を試みた。
変態の設定語りとお昼ご飯、どちらを優先するかは明らかである。
夢の中で目を覚まそうとするような感じだ。慣れたらそんなに難しくはない。
おじさんが何か言ってるようだが、その声はもう声として聞こえない。
そして次の瞬間、ラーメン屋の喧騒が戻ってきた。
「わあ、美味しいねトモシビちゃん」
「……うん」
舌に味が戻る。
たしかに美味しい。
トンコツなのに生臭くない。
私は一瞬で変態おじさんのことなど忘れてラーメンに舌鼓を打ったのであった。
この世界において観光地などというのはさほど多くはない。
そもそもが観光をするために旅行する一般人というものがあまりいないのだ。
魔物とエンカウントする可能性を考えると、楽しみのために外に出るなどそうそうできるものではない。
私たちのように、他国へ修学旅行に来るという事例なんて極めて稀な出来事であろう。
見るものと言えばランドマークの塔に宗教施設、それ
からタマヨリの宮殿くらいである。
時刻も夕方に差し掛かり予定した観光名所を見終わってしまった私たちは賑やかなお店の立ち並ぶ商店街のような場所で買い物をする事にした。
「あらあ、お腰とっても細くていらっしゃいますね」
服を脱いだ私を見て、うさ耳の女性の手が止まった。
ここは着物屋さんだ。
先程買った振袖の着付けをしてくれているのである。
「こういう方は、タオルを巻いて……お胸の方はそのままで結構ですよ」
真っ白なお腹にタオルが巻かれる。
下着姿にタオル。
これだけだとなんか間抜けな感じだ。
どうやら私を寸胴体型にしたいらしい。
振袖というのは前世的にはわりと身近な存在だったが自分で着るのは初めてだ。
何しろ前世は男性だったので当たり前なのだが。
着る方になってみると面倒臭いものらしい。
タオルを巻いた上から長襦袢を付けて、紐をキュッと結んで締める。
それからようやく振袖を羽織る
うさ耳の人が私の周囲を周りながらゴソゴソと整える。
「結構かかりますねえ」
全部で30分以上はかかっただろうか。
ようやく私の振袖姿が完成した。
頭には花の髪飾り。
私は鏡で自分の姿を見て、なんとなくむず痒い気分になった。
前世の成人式を思い出してしまう。
煌びやかな着物を纏う女の子達は成人式の華だ。
記憶の中の彼女らと自分が重なる。
今の私は華になる側だということを認識してしまう。
今までも散々着飾ってきて今更だけど、やっぱりここは文化的に近いせいで生々しく前世を思い出してしまう。
「……どう?」
「くふふふ、とってもお可愛いです。食べてしまいたいくらい」
「ほんと、お人形みたいですわね」
「エステレアさん、抱きついたりしないんですね」
「お嬢様のプニプニした部分が隠れておりますので」
エステレアは太腿とか見せると襲ってくるので、露出が少なければ大丈夫だ。
皆の反応は悪くない。いや、何着ても悪い反応なんてしないんだけど良い感じだと思う。
今日はこの格好で買い物に行く事にしよう。
外に出ると待ち構えるようにしてアスラーム達がいた。
「似合うね。あえての赤系統がすごく映えるよ」
「……ありがと」
「む……あー……」
サラリと褒めるアスラーム。
そして目に手を当てて隠してる変なおじさんがいると思ったらグレンだった。
指の間から私をチラチラ見て、その度ため息とも声ともつかない音を漏らしてる。
まさか、照れてるのだろうか。
「グレン?」
「あ、ああ」
「似合う?」
「おお……?」
「ちゃんと見て」
「……すっげえお淑やかに見える」
手を無理やりどけてあげると、ボソボソと褒めてるのか褒めてないのか分からないことを言った。
いつもはお淑やかに見えないのだろうか。
「あんたら何しに来たの?」
「君のことだ。東方のお土産なんていくら買っても買い足りないだろう? 荷物持ちはいらないかな?」
「いりません」
「エステレアさん達も動き難いんじゃないかな?」
たしかに。
私が欲しいのは服だけではない。
刀も買いたい。ヒヒイロカネのやつだ。
変わった魔導具や魔導書も欲しい。
エステレアとクロエならなんとか持てるかもしれないが一緒に楽しんで回るには邪魔になるだろう。
「じゃ、持たせてあげる」
「光栄だね」
どうやらグレンもそのつもりで来たらしい。
かつての番長が情けないと思うべきか優しくなったと捉えるべきか。
私は彼らを従えてぞろぞろと商店街を歩き始めたのだった。
「じゃ、これは……グレンもって」
「軽いな。中身は?」
「服とか……あと下着も」
「な、なんだと」
「変なこと、想像しないで」
動揺して取り落としそうになるグレン。
なんか危なっかしい。
あまり揶揄うものではないかもしれない。
私が遠慮なく交互に荷物を持たせていった結果、アスラームもグレンももういっぱいいっぱいだ。
「トモシビちゃん! 見て! 猫人用のおやつだって!」
「へーこんなのあるんだ。獣人の国なだけのことはあるわ」
大人買いした液状おやつをアスラームに持たせる。
「くっ……」
「……辛くない? へいき?」
「は、はは、この倍は平気だよ」
「平気に見えないのだけれど……」
なんか居た堪れなくなってきた。
2人を召使い扱いしてるみたいだ。
なんで彼らがそんなに尽くしてくれるのかと言うと、それはやっぱり私のことが好きだからなのだろう。
もはや知らぬものはいない公然の秘密である。
それがまた罪悪感を重くする。
「……帰ったら、2人に、お茶入れてあげる」
「マジでか」
「お嬢様……」
「いいのかい? それなら学園祭の時のミルクティーでお願いしたいな」
アスラームはモエモエキュンにハマったのかな。
まあいいけど。
グレンがやるのも見てみたい。みんなにやらせてみようか。
そんなこんなで買い物が終わった。
刀も何本か手に入れたし、魔導具も買った。服は何着も買った。
それらを2人に持ってもらってショコラの魔法陣から飛空艇へ戻る。
流石に疲れた。一日中歩き回ってみんなヘトヘトだ。荷物持ってる2人はもっとだろう。
その瞬間、私の頭の中でピコピコ音がした。
着信音だ。
うるさいと思いながら通信用″窓″を開く。
『やっと繋がったね。パパ……総主教のおじさんだよ』
「なんだ、通信か?」
「ん」
『ああ、ごめんね、おねむだったかな。単刀直入に言うね。たった今、魔王軍残党とグランドリア軍が交戦状態に入ったんだよ。至急救援に向かわれたし』
「……なんですって?」
私達は顔を見合わせた。
どうやら修学旅行はこれで終わりという事らしい。
グランドリアに修学旅行という文化はないです。
というかこの世界にはないようです。
トモシビちゃんのせいでこれからできるかもしれません
※次回更新は6月1日になります