猫耳は人を動かす
※2月7日誤字修正、ご報告ありがとうございます!
結局のところ、私の中身は男なんだろうか?女なんだろうか?
中身に性別なんかあるのだろうか?
どうやって確かめればいいのだろうか?
″俺″は私だ。私自身だ。
だが少なくとも今の私の体は女だ。そして男になりたいとも思わない。
だってかわいいから。
私は身体能力が壊滅的でも自分のこの体が好きなのだ。
ところで私は今、不本意ながら猫耳をつけている。これも自分がかわいいと信じてるからこそ平気でいられるのだろうと思う。
「あら、 こんなところに子猫ちゃんが……どこから入ったんでしょう?」
さらに私は今、屋敷に迷い込んだ子猫という設定になっている。もちろんエステレアが決めたのだが、彼女はたった今初めて私を見たかのような演技を無駄に違和感なくこなしてみせた。
「にゃ、にゃあ……」
「大人しい子でちゅねー、うふふ……可愛い。お屋敷で飼うことにいたしましょう」
エステレアは私をソファに仰向けに寝かせると猫にやるようにお腹や喉を撫でまくる。
「あら? 恥ずかしいのですか? おかしな猫ちゃん」
「……にゃめてにゃ」
「か、かわいいいいい!もう我慢できません!お嬢様が悪いんですからね!」
彼女の何かが壊れてしまったらしい。物凄い力で締め上げられる。顔が胸に押し付けられて息が苦しい。
「尻尾と首輪も付けましょう!早速注文しませんと……もう!また出費がかさんでしまいます!悪い猫ちゃんでちゅね!」
「それは本当にダメ」
「あら、猫ちゃんが喋りましたわ。罰としてポンポンペロペロの刑です」
エステレアは私のお腹をはだけると頬擦りし始めた。
使用人に猫の真似を強要された挙句、罰を与えられる主人など前代未聞であろう。
そして突如腹部に訪れるヌルリとした感触。思わずびくりと震える。本当にペロペロしてしまったらしい。
「エステレア、くすぐったい」
「我慢、してください。今……いいところです」
きっとエステレアも疲れているのだと思う。彼女の普段の苦労を思えばこのくらいは大したことではない……。
その時、玄関のあたりがにわかに騒がしくなった。今日は日曜日であるのでエステレアはお休みして、屋敷の事はクロエに任せてある。おそらく誰か来客が来たのだろう。
「ごきげんようクロエさん」
「あの、今は……」
アナスタシアだ。クロエが私の部屋のドアを少しだけ開けて覗き込み、バツの悪そうな表情をする。アナスタシアが来るのは初めてだ。無下にはできない。手でオーケーのサインをする。
「お邪魔しま……えっ?!」
「おや」
「……ゴクリ」
案の定、メイとジューンもいる。エステレアはゆっくりと私のお腹から顔を離すと、死体を貪るゾンビのように振り返った。
「失礼いたしました。どうぞお入りください」
「え、ええ……わたくし達の方が失礼してしまった気分ですけれど」
私はソファから起き上がり乱れた服を正す。エステレアも素知らぬ顔でそれを手伝った。
「お茶をお持ちします。クロエはお嬢様の御髪を」
「は、はい」
「あの、お構いなく……」
あれだけの痴態を晒しておいてテキパキと行動するエステレアに一同ドン引きである。
羞恥の欠片もない。むしろどこか誇らしげですらある。
「それでええと……そうそう。城外活動部のことなのだけれど」
「うん」
「前も言っていた通り、次は女の子だけで行きたいと思うの。私の方であたってもいいのだけれどエクレアさんのお友達が二人いるって言ってたでしょう?」
アンとトルテだ。エクレアが私のところに来るのを止めたらしいが、同じ孤児院みたいだし一緒の方が良いと思う。誘ってみるべきだろう。私はそう答えた。
「やっぱりそう思いますわよね」
それで私のところ遊びに来るついでにエクレアに話をつけようと考えたらしい。まあエクレアは基本的に孤児院にいるのだが。
「みんなで行ってみる?」
「良いですわね。天気も良いし閉じこもってるのは勿体無いですわ」
フェリスも行かないだろうか? クロエに呼んできてもらおう。私は支度をしなくてはならない。
どんな服で行こうか……日差しが強いから帽子がいるかな?
でもウキウキする。
閉じこもってたら勿体ないなんて以前の私ならとても同意できない言葉だ。
帽子を被るなら付け耳は外さないと。
「いけませんお嬢様。今日は一日子猫ちゃんの約束ですわ」
正気で言ってるのだろうか。
「……もう終わりにゃ」
「ッ!!……かわいくしてもダメです。むしろ延長したくなりました」
仕方がない。エステレアに日傘を持ってもらおう。
しかし猫耳に合うコーデって何だろう……? フェリスと違って尻尾がないので付け耳を付けてることはバレバレだ。
つまり生まれつきではなくわざわざ猫耳をつけている以上、ファッションとして意味を持たせる必要があると私は考える。
皆に意見を聞いてみようか。
「うーん……とりあえず髪の毛はあまり強調しない方が良さそうだよね」
と、ジューン。たしかに、ただでさえカラーリングが派手なのでツインテールなどにしたら頭がうるさすぎる気がする。
「キャミソールだけで充分お似合いですわ」
「そういうわけにも」
「ボーイッシュな感じならどうでしょう?」
良いかもしれない。
ジューンが髪の毛をまとめてあっという間に擬似的なショートを作ってくれた。すごい。いつもと雰囲気が180度変わった。
「あれ〜? トモシビちゃん私とお揃いだぁ」
「あ、フェリス」
同じ寮なので来るのも早い。いや私の用意が遅いだけか。色は違うが猫耳にショートはたしかにフェリスと似ている。彼女はシンプルにショートパンツでボーイッシュながら健康的なかわいさを発揮している。もう全部お揃いにしてみようか。
「あ、かわいい!姉妹みたいです 」
「えへへ、妹ができちゃった」
「私が姉」
「それは無理があるかな……」
私は髪の毛に合わせて白猫。フェリスは茶猫である。並ぶとたしかに姉妹みたいでかわいい。
ふと、フェリスが尻尾をスルリと私の足に絡ませてきた。
「猫人は親しい人とこうやって尻尾を絡ませたりするんだよ〜。本当は尻尾同士が多いんだけどね」
「なにそれ、かわいい」
スリスリと足を撫でる尻尾の柔毛が気持ち良くもくすぐったい。
「すごい……なんかエッチです」
「やっぱり尻尾も買うべきですね。ちゃんと動く物を」
「い、いいと思いますエステレアさん!」
クロエとエステレアがろくでもない話をしている。
最近クロエもエステレアに毒されてきた気がする。
……いや元からだっけ?
フェリスももっと身体的接触には消極的だったと思うが、今日は猫耳のおかげで安心するのか距離が近い。
私はフェリスと手を繋いで孤児院に向かうのであった。
孤児院は王都の外縁部近くにある。
基本的に王都の中心部は富裕層が多く、外側に行くほど貧困層が多くなる。富裕層と貧困層の住む場所はどうしても離れてしまうのだそうだ。
なぜかは知らない。
我らがグランドリア魔法学園とその寮はその中間くらいに位置するのだが、王都は広いのでそれなりに歩く必要がある。
見た目裕福そうなうら若き乙女が固まって歩いてるとやはり目立つ。中には遠慮なくこちらを見てゲスな笑みを浮かべている者もいるのだが、このメンバーでいると全く気にならなかった。怖がりそうなクロエとかも平気そうだ。みんなといれば無敵である。
しばらくして孤児院に到着した。古い建物だ。子供達の賑やかな声が聞こえる。
洗濯物を干していた年配の女性が私達を見るや否や、エプロンで手を拭きながら飛び出してきた。
「これは王女様! このような場所にわざわざ!」
「お構いなく、今日はお友達を訪ねてきたのです」
「え、王女様?」
「王女様だー」
「こら、きちんと挨拶しなさい」
中から子供達がワラワラと出てきた。王女様のネームバリューはすごい。
そして子供達に続いて、エクレア達三人が出てきた。彼女達もエプロンしている。家事を手伝っていたらしい。
「トモシビ様!わざわざきてくれたのね!」
「ああ、お嬢ちゃんがセレストエイム様だね。小さいのに物凄いカリスマがあるって」
王女を差し置いて私に駆け寄るエクレアを見て、女性は私に笑いかけた。
「きょうえつしごく」
「あはは、そっちの子はお姉ちゃんかい? おてて繋いでもらって嬉しいねぇ」
「私が姉」
「なんでそこに拘るの?!」
「トモシビ様なんで猫耳付けてるの? 似合ってるけど……」
「設定だから……」
エステレアは我関せずとばかりに微笑んでいる。
「汚いところですがとにかく中へお入りくださいな。みんな、椅子を用意してちょうだい」
そうか、私たちが来たら色々用意しなきゃならないのだ。
8人で押しかけたのは迷惑だっただろうか。
そう思っていると、アナスタシアがメイに目配せした。メイが頷いて取り出したのは、豪華な包装で包まれた菓子折り。そして同じく豪華な箱を二箱。この二人、ツーカーである。
「こちらはゴッドイーヴァのチョコレートと、王宮で焼いたスコーン、それにグランドリア名産フレーバーティーでございます」
「あらまあ!これはこれはご丁寧に。 気を使っていただいて申し訳ありません」
「いきなり押しかけたのですからこのくらいは」
……何ということだ。
エステレアに目配せをしてみる。彼女は少し首を傾げて微笑んだ。
だめだ、この笑い方は何も用意してない。ツーカー度合いだけはこちらも負けていない。
…………。
……そうだ。
「ティ、ティーセット……あるよ……」
「えっ? ティーセットかい?」
私はアイテムボックスからティーカップウォーマーを出して見せた。
「ああ!これカップを温める魔導具なのよ!最初に温めておくとお茶が何倍も美味しくなるの!ママ知ってた?」
「へ〜そういうものなのかい。ありがとうね。使わせてもらうよ」
エクレアが得意げに説明する。そういえば、部活のときも美味しい美味しいと言っていた。エステレアは我が意を得たりとばかりに頷いている。本当にいい性格しているメイドである。
「どうしよう、私何も用意してないよ〜」
と、フェリスが小声で言う。突然私が誘ったのだから当然だ。なんかこう普通の反応がものすごく安心する。
「フェリスは私の妹だから大丈夫」
「ふええ、なんかごめんね。私がお姉ちゃんだけど」
「一応、皆を代表して渡したつもりだったのですけれど、説明するのを忘れてましたわ」
何にせよ私がそういうことを全く考えていなかったのは事実だ。主人は私なのだからエステレアのせいにするのもおかしいだろう。
一応、私も貴族の娘の端くれなので家名に泥を塗るわけにはいかないのだ。
「そういうわけで、トルテさんとアンさんも一緒にやりませんこと?」
「うーん、そうね」
「王女様がそういうなら……」
承諾を取り付けたものの、諸手を挙げて歓迎というわけではなさそうだ。
しかもどうやら原因は私にあるらしい。
「この子達トモシビ様を誤解してるのよ。私が洗脳されたと思ってるの」
と、エクレア。
クロエやエクレア、エステレアを客観的に見たら無理もないことかもしれない。
「だって三人で騎士団に入って出世しようって言ったじゃん」
「いきなりトモシビ様トモシビ様ってうわ言みたいに言い始めて……あ、いや、セレストエイム様は悪い人じゃないと思うけど……」
エステレア達を見て怯えたように取り繕う二人。
「だからセレストエイム家の騎士に3人でなればいいじゃない」
「孤児院はどうするの? 帰ってこれなくなるじゃん」
「隣が魔王領でしょ? 怖くないの?」
「そ、そんなこと……」
「セレストエイム様には悪いけど、考え直しなよエクレア」
「騎士団に入って孤児院を助けるんでしょ?」
そうだよね。
もし戦争が起こったら真っ先に犠牲になるのは我が家である。
誰が好き好んで行きたいだろうか。
というか、そうか、考えてみると私の騎士になるということはそういうことになるのか……。
「エクレア」
私の声にエクレアは縋るような目で私を見た。
騎士じゃなくても友達のままいる事は出来る。エクレアのことを考えたら私なんかより騎士団に入る方が、良い……。
なんて事にはさせるものか。
「騎士団の倍、お給料払う」
「え?」
「孤児院も支援する」
エクレアは私の騎士になると言ってくれた。そんな子を絶対に後悔させてたまるものか。
「お嬢ちゃん、それは」
「私が稼ぐ」
「で、でも魔王が……」
「私が倒す」
問題があるならどうにかすればいい。
私を選んでくれた人を幸せにできるかどうかは私次第なのだ。私が最強で最かわで最高になればいい。どんな問題も、問題にならないくらいに。
「領地を発展させて、豊かにして、平和にして、私はもっともっとすごくなる」
「トモシビ様……」
「だからエクレアは私の騎士になって、側でそれを支えて」
私が珍しく長くしゃべっている間、エクレアはじっと私の目を見ていた。
やがてその目からポロポロ涙がこぼれはじめた。
泣きながら何度も頷くエクレア。
「二人も同じ待遇にするから、来て」
「私らも?」
「な、なんで?」
「エクレアの望みだから」
三人で私に仕えればいい、とさっき言っていた。手始めにそれを叶える。
孤児院のママがふぅ〜っと息を吐き出した。
「セレストエイム様、エクレアを……それとこの子達が望むならアンとトルテも……どうか、よろしくお願いします」
「まかせて」
「ママ……」
アンとトルテはまだ迷っているようだ。
結論を急ぐ必要はない、と伝える。ゆっくり私を見極めてくれれば良い。とりあえずは城外活動部とかで。
「口を挟む暇もなかったですわねぇ」
と、アナスタシア。私たちは孤児院で一頻り話した後、彼女が呼んだ馬車に乗せてもらう事になった。
8人が普通に乗れる大型だ。さすがは王族である。
「将来有望な騎士団員が奪われてしまいましたわね」
「ダメだった?」
「いいえ、トモシビの従者なら身内だもの。騎士団よりずっといい」
彼女はそう言って微笑んだ。そういうものなのか。
そういえば勝手に決めてしまったけど、孤児院の三人は最初はクロエに絡んでたのだ。エクレアとは普通に話してたけど三人揃ったら嫌な気分になるかもしれない。
クロエは孤児院でもほとんど会話に参加していなかった。
「クロエは大丈夫?」
「……もう平気です」
晴れやかな顔をしている。本当に平気っぽい。
「トモシビ様は魔王を倒して世界に平和をもたらすのです。それに比べれば私なんて」
そういえばそんなこと言ってしまった。
まあ倒せばいいんだけど。
それに私としては領地経営も良いが世界を周ったりもしたい。どうしたものか。
「トモシビちゃんカッコよかったね。私もちょっと泣いちゃったよ〜」
「プロポーズみたいだったね」
「そんなことありません!」
「なんでエステレアさんが否定するのさ」
「そういうお言葉なら私は何度も賜っております!」
「そ、そうなんだ……」
「トモシビ様のお言葉は全て書き留めてますよ。いつでもこの日の感動を味わえます」
「そのうち本当にトモシビ教ができそうですわね」
私はゲンナリした気分になった。これでは迂闊なことは言えない。元々喋るのが苦手なのにどうしろというのだ。
「トモシビちゃんはどんどんすごくなるねぇ」
まだ何もすごくなってないのだけど。
フェリスの尻尾が彼女の後ろで揺れている。私はまたそれでスリスリされて癒されたいな、と思うのであった。
貧民街とかありますけど、そこまで治安が悪いわけではないです。ただやっぱり万が一があるので女の子が夜中一人でそこを歩いたりはしません。