お嬢様は決まって大変な時に我儘を言う
※5月12日5月19日6月21日、誤字修正文章校正。ご報告ありがとうございます!
頭の中で音が鳴った。
エン帝がペットに追加された音だ。
結果的には私の計算通り……と言いたいところだけど、ワイバーンが突っ込んで来たのは予想外だった。
タマヨリによると人間が操ってやらせているらしいが、頭を下げるエン帝を見ると彼らの仕業とは思えない。
「エン様!」
「もはやこれまでだ。そもそもあのドラゴンどもに目を付けられた時点で命運は尽きていた」
「くっ……」
官僚の人たちは下を向いたり、唇を噛んだりしているが反対はしないらしい。
歴史あるそれなりの大国が13歳の子供が数日前に作った国に飲み込まれるなんて、前の世界では考えられない事である。
この世界では個人戦力の高さが戦争を左右する。突き詰めるとこうなるのか。
「と、いうわけだ魔王姫。我々に攻撃の意思はなく、その意味もない。先程の魔物は我が国とは無関係だ」
「たしかに、ウルス国の立場が悪くなっただけですわね」
「それを証明するためにも無条件で要求を飲もう」
頭を下げるエン帝。
私が答えようとしたその時、横から声がかかった。
「待て、ならばわらわも受け入れよう」
「女王!?」
タマヨリは椅子から立ち上がり腰を折った。
「もはや駆け引きしている暇はない。ウガヤフキアエズも貴国に従おうぞ」
「なぜです? 我が国は立場が強い。ウルスより有利な条件が出せるはずです」
「先に猫姫がウルスに付けば終わりだ」
タマヨリは確信を持って言い切った。側近は何かを悟ったように黙った。
エン帝もハッと顔を上げた。
私は、よく分からないけどそういうものなのかな、と思った。
『緊急事態発生、緊急事態発生』
その時、無機質な声が私の頭に響いた。
きなこもちだ。
着信音の代わりに声が聞こえる。こんな通信は初めてである。
『ウルス、ウガヤフキアエズ両軍ガ交戦中。撤退ノ許可ヲ』
室内にいる者、全員が立ち上がった。
「ちょっと! 戦争が始まってるじゃない!」
「交戦の指示は出していないぞ!」
「まさか先程の魔物で……」
「止めさせろ!」
「指示が届かん。乱戦状態になっておるらしい」
『繰リ返シマ……』
雑音が入って通信が途切れる。通信は魔力の行き来で行う。従って、魔力が乱されるとこのように雑音が入ることもある。
私の特殊な魔力ですらこうなのだから、通常の通信は難しいだろう。
「きなこもち? へいき?」
『……ファイアボルトヲ確認。周囲ハ魔法ガ飛ビ交ッテイマス』
「そういうことだ。猫姫がウルスに付けば我が軍は壊滅する可能性がある」
「落ち着いている場合ですか!」
「魔王姫……いやトモシビ姫様。貴女なら通信も可能のようだ。我が国は貴国の庇護下に入る。手続きをお願いしたい」
改めて跪き、私の左手を取るエン帝。
グランドリアのやり方で忠誠を誓おうというのだ。
彼はそのまま勿体つけず、流れるように手の甲に唇をつけ……られなかった。
私が手を引いたからだ。
「やだ」
私は断った。
「と、トモシビ!?」
「なんだと! なぜだ!?」
そんな気持ちで臣下になってもらっては困る。
たしかにもう私は舐められてはいない。
でも嫌々従わせたいわけではない。
望まない服従など強いるのは私の理想とは程遠い。
「もっと心の底から、屈服したいって、思って」
「何を馬鹿なことを!」
「猫姫、冗談を言っている場合ではないのだ」
「じゃあ……させてあげなーい」
私はそっぽを向いた。
「さすがはお嬢様」
「なんて我儘な……」
「どうしろと言うのだ……」
王達とその一味はがっくりと項垂れた。
良い顔だ。
私はスクリーンショットを撮った。
望み通りになんてしてあげない。
毎回毎回、都合が悪くなると私を利用しようとするのだ。
「エステレア」
私はエステレアを呼び寄せ、魔法陣を描いた。
それはそれとして、こんな時にやることは決まっている。
「猫姫、そなた……」
「ちょっとまってて」
次の瞬間、私は大空の中を落下していた。
転移したのである。
下にひしめく人間はたしかに戦闘状態にあるようだ。
草原に広がる人の海は数キロにも及んでいる。
指揮官不在のほとんど密着した状態から始まったせいで乱戦になったのだろう。
この高度なら丁度よく見える。
高度一万メートルから千メートルへの転移だ。天脈の魔力を使用したので魔力消費はない。
「エステレア、浮いてて」
「はいお嬢様」
私を抱きしめるエステレアに飛行制御を任せて、私は魔術に集中する。
交渉とは関係なく戦争は止める。
それから改めて交渉を迫る。利害とは関係ない善意というものを見せつけてやる。
もちろん傷つけずに止めなければならない。
私にはその手段がある。
火力馬鹿の私がずっと試行錯誤してきたのがそれだ。
使う式は火と風と光、それらを圧縮して閉じ込める。
私に気づいた誰かが上を指差して何か言ってる。
魔法陣が輝きを放ち、数百の球体が私の体から放たれた。
それは戦場全体に傘のように広がった後、放物線を描いて落下した。
私だけのオリジナル魔術、スタングレネードが地上に降り注ぎ……炸裂した。
「……!!」
キィンと衝撃波とも音波ともつかない衝撃が耳朶を叩き、戦場から音が消えた。
「……で、同盟って何よ同盟って」
エル子が不機嫌そうに言った。
彼女は頭にタオルを乗せ、耳の先を赤くしている。
「国家などが同じ目的のために行動を共にする事でございます」
「勿体ないじゃない!あっちから服従するって言ってたのに!」
エル子は湯船の中でバシャバシャ暴れた。
あの後、飛空艇に戻った私を出迎えたのは囚人みたいに大人しい両国の支配者達だった。
何か言いたそうな彼らに、私は譲歩してあげることにした。
自治領として支配下に置くのはやめ、同盟への参加という形にしたのである。
少なくとも建前上は対等な立場ということになる。
そうして会談が終わり、私達はミササギという国境近くの街で一泊する事にした。
タマヨリが勧めてくれたのだ。
なんでも有名な温泉があるらしい。
今入っているこれがそうだ。
「エル子、おこってる?」
「トモシビちゃんを心配してるんだよ〜」
「ち、違うわ!」
「盟主はトモシビなのだから結局同じことですわよ」
両国はそれぞれ何か思うところがあったらしい。
シン王子やタマヨリはもう私を養子にするとか婚約するとかは言ってこなかった。
その代わり、スッと頭を深く下げて帰った。
私にとってはそれで十分である。
私は露天風呂の縁の巌に腰掛け、足だけを温泉に浸した。
夜風が熱った体に気持ち良い。
「お嬢様、お体をお隠しください。どこに下賤な男が潜んでいるか分かりません」
「マップで見てるから、大丈夫」
完全に裸で外に出るなんてことは、温泉でもなければ滅多に体験することはないだろう。
女性の体は男性のものよりずっと隠す部分が多く、隠される機会も多い。
そのせいか解放感も前世よりずっと上である。
「うちも温泉なのだけれど、臭いが全然違いますわね」
「グランドリア城のものは炭酸泉で、硫黄は混じっておりませんからね」
「ま、どっちにしろセレストエイム様のお湯の方が美肌になりそうよね」
この温泉は源泉掛け流しのようだ。お湯を注ぎ足す側から流れていくので私のセラムの効果はそんなに期待できないだろう。
「トモシビちゃん、耳はもう出さないの?」
フェリスが私の隣に腰掛けた。
そしてスルリと尻尾を絡ませてくる。濡れているせいか、いつもより敏感で……変な感じだ。
「フェリスは、出してほしい?」
「一緒にお昼寝したりマタタビ舐めたりする時は出してほしいかなぁ」
「いつもじゃないのね」
「だってトモシビちゃんはトモシビちゃんだから」
「そっか」
よく分からないけどフェリスは悟っててすごい。
「ねえねえ、猫耳で獣人になれるならもっと色んなこと出来るんじゃないの?」
エル子が好奇心に目を輝かせて質問してきた。
答えばYESである。
天使みたいな羽も作れる。練習は必要だけどたぶん何でも作れる。
「それならさ、女同士でも子供作れるかもしれないじゃない。ほら」
「?」
「どういう意味ですか?」
「ほら! あの……体のパーツを作れるんでしょ!?」
「あー……なるほどね」
「え、じゃあ、トモシビ様……」
皆が私を見た。
裸の体に目線が突き刺さる。
私は思わず足を閉じ、胸を隠した。
エクレアとかの目が怖い。肉食系の目をしてる。
いや、確かに練習すれば作れるかもしれない。前世が前世だけに練習しなくても作れるまである。
あまり気乗りはしないけど将来的に必要になるかもしれない。
私は男の体に全然興味を持てないし、どちらかというと女の子の方が興味がある。
それは自分の体でも同様だ。
「お嬢様にそのようなもの必要ありません」
エステレアが私を抱きしめ、その体で視線を遮った。
「でもさ、エステレアさんもちょっとは興味あるっしょ」
「ありません。お嬢様は全部ツルツルですべすべでプニプニで天使なのです」
エステレアは胸が大きいので正面から抱きしめられると胸以外の胴体は密着しない。
……もしかしたら、私も練習すれば胸を作れるかもしれない。
大きな胸なんて必要ないと思ってるけど、胸が多少ある方が似合う服もある。
……試してみようかな。
男の体には興味ないがそっちにはちょっと興味を惹かれたのであった。
英連邦ではイギリス以外の国もイギリスの女王を国家元首としてたりするとか聞いたことあります。
トモシビちゃんも流れに身を任せてたらそんな感じになりそうですが、本人の癖が強くて中々なりませんね。
※次回更新は5月18日になります。