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お嬢様と下僕の優雅なティータイム

※三人称視点になります。

※7月1日、誤字修正しました。



集まったウルス国とウガヤフキアエズ国の両軍は緊張感に包まれていた。

彼らからすればいつ戦争が再開してもおかしくない状態なのだ。

先日、両国の首脳が会談して平和条約が結ばれたというのは周知されている。

しかし状況が変わればまた戦端は開かれる。

和平の後の騙し打ちなどよくある話だ。


西方から来た例の少女の要請でこんな事になっているのも聞いてはいる。

しかし彼らにしてみれば、いくら名の知れた美姫とはいえ、自分達のトップが年端もいかない少女を手に入れるべく奔走しているとまでは理解が及ばなかった。


そんな混乱状態の草原の真ん中に1匹の黒いドラゴンが寝ている。

背中に家具を乗せられた哀れなドラゴンが、件の少女の乗り物である事も彼らは知っている。

なので、不意にその背中にある敷物が光を放っても誰も驚きはしなかった。



「皆様、ようこそお越し下さいました」



光の中から現れた黒髪の艶やかな侍女が西方風のお辞儀をする。

主人といる時は陰のように目立たないが、この侍女も美姫と謳われて差し支えない美しさを備えている事にエン帝は今更ながら気付いた。



「魔王姫はどこかな?」

「代表の方々はこちらへどうぞ、案内いたします」



ドラゴンの背中に転送魔法陣があるらしい。

上空に浮かぶ船の玄関口がこのドラゴンというわけだ。

エン帝と高官が進み出ると、同時にウガヤフキアエズ軍の方から、女王のタマヨリが出て来る。

彼女はエン帝の姿を見ると露骨に嫌そうな顔をした。



「ふん、今度は親の方も出てきたか」

「息子の嫁に会いたくなってついな」

「皆様、あちらをご覧ください」



王達の会話を完全無視して侍女が示したのは、黒竜の首のあたりに設置された人型魔導具……ゴーレムだった。

何事かと思うも束の間、そのゴーレムの首がグルンと回ってこちらを向くと音声を発した。



「ゴーレムメイドのきなこもちデス」

「……?」

「そして足元におりますのがドラゴンメイドのショコラでございます」

「メイド?」

「お嬢様はこの世の全てを支配するお方、魔物もゴーレムも人間も変わりません」



旅行ガイドのように説明する侍女。

なぜメイドなのかという疑問には答えなかったが、主人の武威を示しているらしい。

エン帝にしてみれば示してもらうまでもなく知っている。

彼女は魔王姫なのだから。

しかしこうして眼前に突きつけられると、確かに恐るべき力だ。

何しろこの敷物にされているドラゴンにウルス国は屈したのである。

魔王軍との事も、ウガヤフキアエズとの戦争も、この会談も一歩間違えれば国が滅ぶ。

表向きには飄々としているエン帝だが余裕はない。

綱渡りのような外交をしているのである。


一行を乗せた転送魔法陣が光を放ち、すぐに収まる。

そこは西方の様式を凝らした建物の中のようだった。

ウルス国自慢のサンダーウールには劣るが、赤い絨毯の踏み心地も悪くない。

その絨毯は真っ直ぐに白亜の扉へ続いている。

廊下の両側に立つのは同じ軍服を着た兵士。

鋭い目つきの男と狼の獣人だ。

かなり鍛えられた魔力を感じる。エン帝は血筋がら魔力感知能力が高い。

ウルス国の兵士でもこれほどの者はそうそういないと見えた。



「お嬢様、お連れしました」

「はいって」



その言葉とともに、扉がひとりでに開いた。







ダークな黒と赤系を基調とした薄暗い部屋に、漆黒のテーブルが置かれている。

そこに優雅に紅茶を飲んでいる3人の少女……その真ん中に人形のような銀髪の少女がいた。

トモシビだ。

タマヨリは一瞬誰だか分からなかった。

衣装のせいか、猫のような愛らしさは身を潜め、惚れ惚れするような怜悧な美貌が際立っている。

それに猫耳がない。



「座って」



テーブルの側にある椅子にタマヨリとエン帝は腰掛けた。

空いている椅子は二つしかない。シン王子をはじめとする両国の首脳部は所在なさ気に目配せしあった。



「我々は?」

「床にすわって」

「な……それは猫姫殿と言えど無礼ですぞ」

「私の命令……きいて、くれないの?」



赤く輝く宝石のような瞳で覗き込むように見つめられ、タマヨリの側近は言葉に詰まった。

トモシビはシン王子に目を向けた。



「王子」

「えっ、はい」

「やって、命令」

「……!?」



トモシビは椅子から立ち上がって王子に歩み寄り……そのままぶつかりそうなくらい接近した。

気がつけば彼は尻餅をついていた。

彼が魔王姫と呼ぶ幼い少女が満足そうに彼を見下す。

目の前に彼女の足がある。

その黒いストッキングに包まれた艶かしい足に沿って目線を滑らせる。

姿勢がローアングルなので、スカートの中まで少し見える。

そこでストッキングが終わり真っ白な太腿が覗いている。

と、思ったら見えなくなった。

トモシビがスカートを押さえたのだ。

見かねたエン帝も立ち上がる。



「まて、仮にも我が王子に何を……」

「でも、喜んでる……ね、王子」

「い、いや」



ヒールと絨毯のぶつかる籠った音を鳴らして席に戻るトモシビ。



「クロエ、文書もってきて」

「かしこまりました!」



そのまま立ち尽くす両国の首脳を無視して会談を進めていく。

彼らはどうしたものかと迷いながら一人二人と座り込み、やがて最後には全員が床にあぐらをかいたのだった。







悪くない条件かもしれない。

エン帝は一瞬そう思った。

少なくともウルス国にとっては利点しかない。

軍事力に優れたウガヤフキアエズ国と同化し、西方との流通の利権も確保できる。

名称がセレストエイム天上国自治領ウルスになるだけだ。

実質的に何も損はしない。


ただ、国としてのウルス国は消える。

何百年続く国が消えるのだ。

実質的に失うものがなくとも名を失う。

それは屈辱だった。

時にプライドは実利より優先される。



「ウルスと比べて我が国には利がないように見えるが」



タマヨリは探るように言った。

その疑問に応じたのはトモシビではなかった。



「ウルス国の魔物を自由に使えるようになります」

「猫姫の許可を取って、であろう?」

「セレストエイムが盟主なのですから当然でしょう。ウルス国のみを併合してもセレストエイムは構いません。その代わり東西の貿易路はからは外れることになります」



いかにも何か企んでいそうな笑みを浮かべるのは妙齢の侍女。

トモシビの侍女でも一際曲者のようだ。

人や物の流通は国の繁栄に直結する。

関所で料金を取れば何もせず莫大な金銭を得る事ができるし、食料や宿のために経路は潤う。

そして一番困るのは予定していた西方との転送装置がなくなることだ。

巨大な利権を棒に振ることになる。

タマヨリは嘆息した。

何も差し出すことなく全てを得るのは無理だと気付いたのだ。


一方、当のトモシビはと言うと……。



「……だからって私ばっかり狙うの、酷くない?

「普通そうするでしょうねえ」

「そんなの模擬戦にならないじゃない。私この子の次くらいに接近戦不得意なんだから」

「わかる」



エルフの少女が捲し立て、長身の少女が頷く。

トモシビは時折小さく口を挟みながら優雅に紅茶を飲む。

先ほどの紹介によると、この二人の少女はグランドリアと南方統一国家の王女だと言う。

それを聞いてウルスとウガヤフキアエズの一行は顔色を変えた。

これは間違っても冗談や子供の遊びではない。

たった今ここで世界の行く末を左右する決断をするつもりなのだと認識を改めたのである。


エン帝とタマヨリは脳をすり減らす勢いで悩んだ。



「一つ、条件がある」

「だめ」

「猫姫や。養子の件は」

「だめ。その代わり、臣下にしてあげる」

「そう……なるのか」

「いい子にしてたら……なでなでしてあげる……ね」



小さな胸に抱かれて撫でられる。タマヨリはその感触を思い出して背筋がゾクゾクとうずいた。

選択の余地はなかった。

このままセレストエイムに飲み込まれ、自治領として発展するか。

もしくは衰退し、滅びるか。

諦観の空気が漂う。

タマヨリとエン帝がどちらともなく口を開きかけた……その時、事件は起こった。



「お嬢! ワイバーンだ!」

「何ですって?」

「ワイ……って魔物!?」

「…………どっち?」

「1時だ! ぶっ放してくれ、早く!」



撃ち落とせという意味だ。

トモシビの目の前の空間に、映像が映し出された。

小さな点が光を放っている。

燃え上がっているのだ。

隕石のように。

点はすぐに大きくなり、その翼竜のような姿を表した。

エン帝はトモシビの胸元をまじまじと見つめた。

異様な量の魔力の胎動を感じる。



(どこからこんな……)



トモシビから放たれる魔力は床を伝い、乗り物を巡った。

映像が白い輝きで満たされる。

迎撃魔法が放たれたのだ。

一瞬後、光が消えて再び映像が映った。

ワイバーンは消えていた。

空は何事もなかったかのように静けさを取り戻していた。



「ど、どう言うことだ? 魔王軍か……?」

「ウルス……貴様どう言うつもりだ?」



ウガヤフキアエズ国とトモシビ達の目線がエン帝に集中した。

ワイバーンは魔王軍だ。

魔王軍を擁するウルス国に疑いがかかるのは当然である。

エン帝は焦った。



「馬鹿な! 私も巻き添えではないか!」

「そ……そうですわね。ウルス国とは関係ないんじゃ」

「交渉を有利に進めようとしたのではないか?」

「猫姫や……覚えておくが良い。魔物は特攻などせん。あれは魔物使いのやり口だ」

「……そうなの?」

「なっ……」



それはその通りだった。

長いまつ毛を瞬かせた赤い瞳に見つめられて、エン帝は完全に色を失った。

反論が思いつかない。

無実なのは確かだ。

だが、ウルス国の者が自分の預かり知らぬ所でやった可能性はある。

もう迷っている暇はなかった。取るべき道は一つしかない。



「……忠誠を誓う。ウルス国はこの時よりセレストエイム天上国の自治領となる」



エン帝は魔王と呼ばれる少女の前に、ついに膝を折った。



ワイバーンはそれなりに長く生きてる魔物です。

古代の生き物が魔物化したものとか言われてます。

ドラゴンはまた別格のよく分からん生き物です。


※次回更新は5月11日になります。

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